「テクノロジーだけで解決できない」行政DXに必要な”キョウソウ”とは? ~経済産業省と弁護士ドットコムが挑む行政DX~

2021年3月、デジタル庁創設などを盛り込んだ「デジタル改革関連法案」の審議が、衆議院でスタートしました。2020年以降、COVID-19の影響によって、行政におけるDXが加速。GovTech領域に取り組むスタートアップの動きも活発化しています。

今、実際にGovTech領域で課題解決に挑むプレイヤーたちは、日々どのような実践を重ね、新しいルールや仕組みを生み出そうとしているのでしょうか。

2021年3月2日、ファインディの主催する「行政にエンジニアが関わる意義〜行政だからこそエンジニアが活躍できる面白さとは!?〜」では、行政のDXを牽引する経済産業省(以下、経産省)、クラウドサインで電子契約の社会実装を率いる弁護士ドットコム株式会社(以下、弁護士ドットコム)をお迎えし、主にエンジニアがGovTechに携わる意義や面白さ、チャレンジについて伺いました。

登壇者

酒井一樹さん/経済産業省 デジタル化推進マネージャー

酒井一樹さん/経済産業省

もともとは、ネットワーク、サーバー構築を専門領域とするサーバーインフラエンジニア。経済産業省ではデジタル化推進マネージャとして、府省共通旅費精算システムの運用・開発保守、ならびに電子政府や共通語彙基盤等の情報政策に関与。 元市民ランナーで第1回東京マラソンにも出場(自己ベストは2時間36分9秒)。三鷹市公立学校PTA連合会元会長、元コミュニティスクール委員等、学校を中心としたスクールコミュニティの形成にも注力。※2021年4月1日より、一般社団法人コード・フォー・ジャパンに転職。

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社/取締役 クラウドサイン事業本部長

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社

東京大学法科大学院修了。 最高裁判所司法研修所修了。 株式会社サイバーエージェント入社、スマートフォンゲーム事業、契約交渉業務および管理業務等の契約法務、株主総会および株式関係実務に従事。2014年GVA法律事務所入所、資金調達支援、資本政策アドバイス、ベンチャー企業に対する契約アドバイス、上場準備支援などを担当。2015年11月当社入社、2018年4月より執行役員に就任、2019年6月より取締役に就任。

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社/執行役員 CTO

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

東京大学大学院工学系研究科卒業。大学時代にプログラミングを始め、Java/Perl/PHP/C++から、Squeak/NQC/Xiまで多様な言語で開発。
アクセンチュア株式会社入社、戦略グループ通信ハイテク事業本部コンサルタントとして新事業戦略・事業戦略・マーケティング戦略の立案および業務改革支援などに携わる。起業を経て、2014年1月に弁護士ドットコムに入社、2015年10月より執行役員に就任。

モデレーター

山田 裕一朗/ファインディ株式会社代表

同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。 レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング、ブラジル事業、三井物産との資本業務提携等を担当。 その後、ファインディ株式会社を創業。求人票の解析とアルゴリズムづくりが趣味

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

行政サービスこそ、利便性高く。経産省によるDXの実践

初めに、経産省デジタル化推進マネージャを務める酒井一樹さんが、同省におけるDXに向けた取り組みを共有しました。
まず、酒井さんは経産省のDXへの眼差しについて「CivicTech」と「GovTech」を挙げながら説明します。

酒井一樹さん/経済産業省

従来の公共モデルでは『行政がサービスを提供する側』『市民がサービスを享受する側』という立場が固定されていました。

それが近年では、市民自ら、行政や企業と共創しながら、テクノロジーによって社会課題を解決していく『CivicTech』が盛り上がっている。Code for Japanを筆頭に優れた事例が生まれています。

酒井一樹さん/経済産業省

一方で、そうしたボトムアップの動きだけではカバーできない領域もあります。行政自らも、行政手続きプロセスをデジタル化し、業務効率を高めなければいけない。そのためのテクノロジー活用、つまり『GovTech』は急務だと捉えています。

酒井さんは「GovTechとCivicTechの両輪を回していく必要がある」と強調します。そのために、専門人材の登用や新たな技術・開発手法の導入、職員のリテラシー向上など幅広く取り組んできました。

では具体的に経産省ではどのような新たな仕組みが生まれているのでしょうか。酒井さんが事例として挙げたのが『Gビズスタック』と、そこに含まれる一連のサービス群です。

酒井一樹さん/経済産業省

経産省では、行政の提供する機能やサービスをレイヤーに分けて整理しており、全体を『Gビズスタック』と呼んでいます。

例えば『GビズID』は、事業者が一つのIDやパスワードで、行政手続きを利用できるサービスです。民間のサービスではOpenID Connectなどの技術を使って共通認証ができるのだから、行政システムでもやろうという考えの元、開発されました。

酒井一樹さん/経済産業省

経産省では『行政サービスこそ、利便性が高くないといけない』と信じて取り組んでいます。引き続き、機能やサービスを拡充させていきたいです。

エンジニアリングの実装とともに社会的な実装に取り組む。日本社会全体に電子契約を実装する「クラウドサイン」

続いて、弁護士ドットコム取締役・クラウドサイン事業本部長の橘大地さんが、Web完結型クラウド契約サービス「クラウドサイン」をめぐる取り組みを紹介しました。

クラウドサインは2015年の10月にローンチし、導入企業数は14万社、契約送信の累計は400万件を超えました(数値は2021年1月現在)。「今後は行政が、もっとも使うサービスにしていきたい」と、橘さんは直近の成果も交えて語ります。

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社

2021年2月、総務省や法務省、経産省、財務省から、クラウドサインが電子署名法2条1項に該当すると認められました。つまり、官公庁や地方公共団体との契約において、クラウドサインを利用できるようになったんです。

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社

ローンチ後、電子契約の適法性について『グレーゾーン解消制度(事業に規制を適用するかどうかについて、政府に対し事業者が回答を求めることができる制度)』を利用して回答を求めてきました。様々な活動の甲斐あって、電子契約が少しずつ認められるようになっている手応えを感じています。

現在も東京都でのクラウドサイン利用の実証実験や、クラウドサインで締結した書面を商業登記の添付書類として取扱いが開始されるなど、電子契約の普及に向けて動いています。橘さんは「エンジニアリングの実装とともに、社会的な実装に取り組みたい」と熱を込めます。

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社

よく経営者の方々や地方公共団体の皆様にお話しさせていただくのが『あなたたちが変わらないと、あなたの取引先や下請け先も変われなくなってしまう』ということです。

例えば、取引先が10万社を超える企業があったとして。その企業が紙とハンコに固執していたら、取引先や下請け先は自社でリモートワークを導入したくても導入できない。

行政もまったく同じです。GovTechは業務の効率化によって、“国民的サービス”を向上する取り組み。そういう意識でクラウドサインも育てていきたいです。

特定の業界・ユーザーに閉じず、広く国民全体に対し、技術だけでなく、意思決定者が判断するプロセスの変革に携わるのがGovTechの醍醐味
それぞれの取り組みを共有した後は、弁護士ドットコムCTOの市橋立さんも交え、行政のDXやGovTechにエンジニアとして携わる意義について、より詳しく語り合いました。

今まさに「行政×Techが転換点だ」と捉えている人は多いかと思います。その最前線にいる酒井さんに、まずはGovTechの面白さを伺えたら嬉しいです。

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

前提として、「Gov」と言っても定義は広いし、省庁によってDXの取り組みの内容も違う。経産省や特許庁で進めている面白い取り組みを、今すぐ法務省や総務省で行えるかというと慎重にならざるを得ない面もある。水を差すようですが、あえて「行政のDXは何でもかんでも面白いわけではないよ」と伝えておきたいと思います。

その上で面白さを挙げるなら「今ならこの技術でしょ」と、意思決定者の判断に関与できることですね。

酒井一樹さん/経済産業省

例えば、以前、既存のデータベースシステムが他のシステムと親和性が悪く、技術的にパフォーマンスを維持するのが難しいときがあった。そこで「今そこの分野でやるならAmazon Neptuneでしょう」と伝えて、導入が決まったんです。あれはエンジニア冥利に尽きましたね。
市橋さんは、クラウドサインの開発経験なども踏まえて、GovTechの可能性や面白さといった辺り、どう思いますか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

技術だけでなくプロセス自体の革新に携わることができるのは非常に面白いですよね。

クラウドサインで紙とハンコの契約手続きが不要になり押印のための出社が不要になったとか、紙じゃないから営業が出先で契約書を紛失するリスクが無くなったとか。業務プロセス自体の改善にも寄与できるんです。

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

あと、クラウドサインは特定の業界、特定のユーザーではなく、国内に広く利用されるプラットフォームです。開発においては、色々なサービスと連携できるようAPIを作ったり、他のサービスと積極的に連携したりということが求められる。そうした大きな展開も見据えた開発は、GovTech領域に携わる面白さでもあると思います。

”技術でどう社会に貢献するか”の想いを持った多様なバックグラウンドを持つメンバーが複数のステークホルダーと協力して、技術だけでは解決できないGovTechに挑む

酒井さんは、民間企業でエンジニアとして働いてから、経産省に移られたかと思います。エンジニア的なバックグラウンドを使って、今どのような役割が求められていると感じていますか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

技術が一定“わかっている”立場から、ちゃんと正しいものを正しく使っていくために、声を上げて動くこと、ですかね。独自技術で突き進もうとしたときに、フラットに「何やってるんですか」と言うのは、自分の重要な役割だろうなと捉えています。例えば先ほど面白さとして言及した技術の選定であったり、SIerとの交渉であったり。変な方向に振れないようにする。
行政を利用する側として、いわゆる“わかっている人”が内部にいるのは、非常に心強く感じます。

ちなみに酒井さんと同じくデジタル化推進マネージャーを務めている方には、どのようなスキル・経験を持つ方が多いのですか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

なるべく分野や専門が偏らないよう採用しているので多岐に渡りますね。私はサーバーインフラですし、他には開発やWeb開発、セキュリティ、UI/UX、データ利活用など。SIer出身の方もいますね。

クラウドサインに携わるエンジニアには「こういうスキルや経験を持つ人が多い」といった傾向などはありますか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

契約書をお預かりするサービスなので、セキュリティや可用性などは高いレベルの要求に応えられるメンバーが揃っています。ただ、一人ひとりのバックグラウンドは様々です。

スキルや経験ではなく価値観で言うと、技術だけに興味があるというより、技術でどう社会に貢献するかを考えている人が多い傾向はありますね。

そのように社会貢献への意識を持ったエンジニアが集って、社会的にインパクトの大きいサービスに携わる。その難しさや苦労についてはいかがですか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

GovTechの難しさは「テクノロジーだけで解決できるものではない」ところですかね。必ず法律や専門家も絡んでくる。複数のステークホルダーを理解して、どう解決するかを考えないといけない。

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

でも、その難しさは、必要な段階でもあると捉えています。DXでも何でも、これまで決めてきたルールや慣習、プロセスが「なぜこうなっているか」を知った上で、新しいやり方を考え直す。その上で、過去にルールメイキングしてきた人に「新しいやり方にはこういうメリットがある」と説明するといった段階を踏みますから。

あと苦労でいうと、法律系知識のキャッチアップですね。電子署名法などは、自分でも読んで格闘して、社内の詳しい人に聞いて……を繰り返して理解を深めました。

酒井さんは経産省という前職までと違う世界に飛び込んでみて、「この辺りが苦労した」といったポイントはありますか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

もちろん全く違う世界でしたが、僕はそもそも風穴を開けること、高いボールを投げることを求められて、迎え入れてもらった立場。

外部から見ると、僕たちエンジニアだけが苦労して、活躍しているように見えるかもしれないのですが、それは事実ではありません。経産省の内部にも以前からDXを企んできた人がいて、そういう人がタッグを組んでくれているからです。

そう考えると苦労とか言ってられないし、感謝しないといけないなと思います。

行政のDXは他人事ではなく、誰もが当事者。情熱を持ち、地道に行動を起こすことで社会が良くなっていく

ここからは参加された方からの質問にも答えていこうと思います。まず「デジタル化の先に行政が見据えている社会とは?」について、お二人いかがでしょうか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

きっと答えは一つではないですよね。私が見据えている社会と、質問した方の見据えている社会も違うはずです。

一つ大きな恩恵を挙げるなら申請主義からの脱却ですかね。申請をデジタル化するだけでなく「そもそも本当に何から何まで申請しないといけないんでしたっけ」を問い直し、無駄を省いていくことは非常にインパクトがあるのではと思います。

市橋さんはいかがですか?

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

企業もいちステークホルダーとして、積極的に政治や行政に参加できるようになるのではと期待しています。

例えば、私たちがIT戦略会議やグレーゾーン制度を利用したように。企業が、陳情やロビイングを通して「ここを変えてほしい」と働きかける。そうしたコミュニケーションを図りやすい仕組みは今後出てくるのかなと。

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

その辺りは経産省も『GOVERNANCE INNOVATION: Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン』と題された報告書のなかで語っていたところでもあるので、もし興味のある方は読んでみてください。

関連して、参加者の方から陳情やロビイングについて「日本ではあまり行われているイメージがなかった」と。もしかすると、こうした言葉にネガティブな印象を抱いている人は一定数いるのかもしれませんね。

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

橘 大地さん/弁護士ドットコム株式会社

そうですね。私としては陳情もロビイングも、むしろ「しなければならない責任であり、義務がある」と捉えてきました。

「こうしたら社会が良くなる、顧客が良くなる」と気づいていながら何も実践しないのは、マーケットリーダーとして許されない。マーケットリーダーは社会を変えるためにアクションする義務があると考えています。

酒井一樹さん/経済産業省

とても共感します。やはりいきなり風が吹いて物事が変わることはなくて。問題意識のある人が勉強会や研究会を開いて、話し合って、検討の俎上に上げて、報告書が出来上がり、物事を進めていく。こうした活動もすべて含めて陳情でありロビイングとも言える。そうした地道な積み重ねが、ある日急に始まったように見える大きな変化の土台を成している。
行政と共創するベンチャー企業やスタートアップが増えていくなか「マーケットリーダーとして変えていく」というスタンスを持つのは非常に重要ですよね。

では最後に転職を検討している人へ向けて、経産省と弁護士ドットコムそれぞれが「どんな人にチャレンジしに来てほしいか」を教えてください。

山田 裕一朗/ファインディ株式会社

酒井一樹さん/経済産業省

今日一番お伝えしたかったのは、行政のデジタル化は他人事ではない。全員が当事者であるということなんです。なぜなら日本が変わらないと、自分たちがDXから取り残され、“ディスラプト”されるかもしれないから。

行政のDXは大変だし苦労もあります。でも興味を持ったのなら情熱を持って行動を起こしてみてほしい。少しくらいクレイジーだと思われても良いと思う。もし迷っている人がいたら、共に創る「共創」ではなく、共に狂い奏でる「狂奏」という言葉を贈りたいと思います。

市橋 立さん/弁護士ドットコム株式会社

先ほど述べた通り、技術を使ってどう社会を変えていくかに興味のある人に加わっていただけたら、嬉しい限りです。

活躍する人でいうと、既存の仕組みに敬意をもって、新しい仕組みの落とし所を作れる人ですね。全部ぶっ壊す!ではなくて。先人の知恵を尊重しつつ「この技術があれば絶対良くなる」と地道にステークホルダーを説得し、着実にインパクトを出していく。そうした取り組みに興味のある方なら、きっと活躍の機会は用意できる思います。

今日はありがとうございました!

山田 裕一朗/ファインディ株式会社