朝日新聞社の開発内製化はなぜ進んだ?10年後を見据えたエンジニアと組織の成長戦略
10年後に生き残るために、いまエンジニアが身につけるべきスキルは何か。
フロントエンドエンジニアの西島寛さんは、誰もが知る大手IT企業に居続けることではなく、創刊142年を迎える朝日新聞社への転職を選びました。「非デジタル企業の組織変革に関わることが、自分のキャリアの幅を広げる」と西島さんは言います。
DXがバズワードのいま、確実にキャリアを重ねたエンジニアだからこそ選べた「次のキャリア」を聞きました。また、非デジタル企業で多くのエンジニアを受け入れるには、環境作りも欠かせません。記事の後半では、朝日新聞社でサービス開発を担う管理職の都田崇さん、守安克二さんのお二人にも話を聞きました。
一番右が西島さん。所属部門の管理職2人と一緒に
西島 寛
学生時代から開発のアルバイトを続け、新卒で某大手メディアプラットフォームを運営するIT企業に入社。15年間エンジニアとして働く。転職直前の最後の数年間はエンジニアマネージャーを務めて、2020年、33歳のときに朝日新聞社に中途入社した。
-転職からまだ間もないと思いますが、いまどういう仕事をしていますか。
(西島)朝日新聞社に入社し、朝日新聞デジタルの開発を担う部門で働き始めて1年4カ月目です。入社して4カ月で朝日新聞デジタルのフロントエンド刷新プロジェクトのスクラムマスターに選ばれました。「僕で良いのかな?」と思いましたが、ぽんと任せてくれました。
もともと朝日新聞デジタルのフロントエンドはバージョン管理やユニットテスト、CI/CD環境などがない状況でした。その環境をモダンな形に刷新して、足りないピースを埋めていくプロジェクトを進めています。
-いきなり枢要なポジションですね。西島さんは、前職は誰もが知る大手IT企業のエンジニアです。非デジタル企業を転職先に選ばれたのは、なぜですか。
(西島)自分のキャリアを考える上で、エンジニアとしての「幅を広げる」必要性を感じていて、面白いことにチャレンジしたかったから転職しました。
-大手IT企業でエンジニアマネージャーを務めた上で、どの部分が自分にまだ足りないと感じたのでしょうか。
(西島)元々純粋にスキルだけが高い技術者を志向しているわけではなく、人材育成や組織運営など、複合的に事業へ関わるキャリアを意識していました。10年後、自分が40代半ばになった時、技術だけのキャリアで必要とされるのはトップスキルを持つ層だけです。そのとき自分は生き残れない、自分のキャリアをマーケティングできなければならないと思っていました。
-マーケティングした結果、非デジタル企業の方がメリットがあると考えたんですか?
(西島)いまはDXがバズワードになっているタイミングです。前職のようなデジタル企業での経験だけではなく、非デジタル企業が本気のデジタル化に取り組んだ際の経験が、エンジニアとして求められる時代だと考えています。自分はエンジニアらしいキャリアを歩んでいますが、組織変革に対してエンジニアのスキルをベースに関わることができる経験は貴重だと思っています。
-朝日新聞社には、西島さんのような転職経験者は多いのでしょうか。
(西島)新卒生え抜きの方も多いのですが、思った以上にいろんな企業から転職してきています。上司は某ECメガベンチャー出身のエンジニアです。プロジェクトでは経験豊富なフリーランスのエンジニアの方の力も借りています。今もエンジニアを積極採用しているので、今後も色々なバックグラウンドの方が増えていくと思います。
-入社前のイメージと比べて、実際に働いてみた感想はいかがですか。
(西島)インターネットの事業会社は開発環境が整っているので働きやすい側面もありますが、非デジタルの事業会社は逆に整っていないからこその面白みがあると思っていました。実際入社してみて、これは半分は当たっていたと思います。
外れた半分は、良い意味で既に開発の環境面が整っていたことです。一般的な開発ツールが使えないような制約はありません。古い企業は開発に対してがんじがらめと聞いていたのは都市伝説でした(笑)。これは今まで社内で地道に取り組んできてくれたみなさんのおかげで、非常に良いタイミングで入社できたと思っています。GitHub、Confluence、Jiraなど普通に使っています。
人が良い、親切な人が多いサポーティブな環境で、上の役職の方もフラットに接してくれるので仕事がやりやすいです。
21年春のプロジェクトのローンチの日の光景。ものすごく久しぶりに出社してくす玉を割りました
管理職の仕事は環境づくり 高レベル人材をそろえて成長支援
-西島さんからサポートのお話が出たところで、管理職の方々に、エンジニアが働く環境作りや、組織が目指すものについて、お話を聞きます。
都田 崇
朝日新聞デジタルの開発とグロースを担う朝デジ事業センター カスタマーエクスペリエンス部の部長。29歳で防災機器メーカーから中途入社し、複数のWebサービスの開発等に従事した後、朝日新聞デジタルのスマホアプリの内製開発体制を作った。
守安 克二
同部の次長。朝日新聞デジタルのWeb版とアプリ版のサービス開発、特に課金と会員認証の基盤を担当している。バックエンドのマイクロサービス化のプロジェクトを進行中。
-様々な企業から転職してきた人が増えているとのことですが、管理職として心がけていることはなんですか。
(都田)マネジメント層には、環境を整えるのが仕事だと常に言っています。現場には、足りないことは必ず聞いて、それを整えるようにしています。外部の顧問と連携しつつ、環境を整える。技術がわかる人をそろえることがポイントだと考えています。
朝デジ事業センターCX部長の都田崇
-例えば、どういう方がおられるのでしょうか。
(都田)CTOクラスの技術顧問、ビジネスのことがわかりコスト感覚もある人、いろいろです。エンジニアの方々は、自分と同じかそれ以上のレベルで会話できる人がいないと成長ができないし、理解できる管理職がいなければ、ストレスになりますから。
-それ以外には、エンジニアへの投資としてどんなことをしていますか。
(守安)エンジニアがスタンフォード大学へ留学できたり、WWDCにエンジニアを派遣したり、海外で行われるAWS re:InventやGoogle News initiativeなどの社外勉強会にも積極的に参加してもらっています。外部セミナー参加や書籍購入の費用は会社が負担しており、業務上必要な知識習得やスキルアップを支援しています。でも、まだまだ投資を強化していかなければならないと感じています。また、エンジニアには、主体的に自分たちで使う技術を選ぶ、決める経験も積んでほしいと考えています。費用面の制約やマネージャー陣のレビューはありますが、技術選定は現場のエンジニアが中心に進めています。
最近は、朝日新聞社の技術的な取り組みを積極的に外部に発信するという取り組みも始めました。各社の事例紹介にも積極的に寄稿していくようにしています。
参考:https://aws.amazon.com/jp/solutions/case-studies/asahi-shimbun-2020/
-朝日新聞社は、ネットでのニュース配信の歴史は意外と古いんですよね。
(守安)インターネット黎明期の1995年に「asahi.com(アサヒ・コム)」でネットでのニュース配信を開始し、2011年には業界でも早い段階からサブスクリプションのニュースサービス「朝日新聞デジタル」を提供しています。
ニュースサイトとしての歴史が古いからこそ、レガシーなシステムが残っている部分もあり、機能改善に時間がかかる状態になっていました。機能改善のスピードアップを図るため、開発体制の見直しとモダンな開発環境への移行に取り組んでいます。
-レガシーシステムの課題は、多くの企業が悪戦苦闘しているところでもあります。具体的にどんな改善をしてきたのでしょうか。
(守安)2020年4月に朝日新聞デジタルのスマホアプリを大幅にリニューアルし、そのタイミングからアプリのバックエンドとフロントエンドを内製開発に移行しました。開発体制はスクラム開発を採用しています。リニューアルのタイミングでシステムのリプレイスを完了できたので、最近はDDD(deploys / a day / a developer)が0.1を超えることもあるなど、攻めの開発をすることができています。
朝デジ事業センターCX部次長の守安克二
-いま一番力を入れているのは、どういう領域ですか。
(守安)WebフロントエンドでReactとTypeScriptを使ったリプレイスに取り組んでいます。更にその次のステップとして、Webとアプリのバックエンドの機能を統合していきたいと考えています。また、課金や会員認証などバックエンドをマイクロサービス化していくプロジェクトも開始しています。
-なぜその分野が重要なのでしょうか。
(守安)今まで、新聞社はマスメディアとして均一な情報をブロードキャストしていましたが、デジタルの世界だと個人への見せ方にフォーカスできる環境があります。朝日新聞デジタルも、ユーザーに応じた記事の出し分けなど、パーソナライズやレコメンドが洗練されたサービスになるべきだと思っています。ただ、通知が多かったり、個人の嗜好を知られすぎると気持ち悪いと感じたりするお客様もいらっしゃいますので、どういう形が一番心地よい関係性なのかは、技術の力でしっかりと考えていきたいです。
-朝日新聞社でエンジニアとして働く上のやりがいや難しさは何ですか?
(守安)新聞社ということもあり、膨大な量のコンテンツのデータを蓄積しています。そのコンテンツの中から、読者が読みたい記事、価値を感じてもらえる記事をいかに届けるか、ということが重要だと思っています。今まで以上にお客様のニーズにこたえ、距離感を縮めて、エンゲージメントを高めていかなければならず、まだまだ発展途上だと思っています。一方で報道機関として、単純にPVやCVを増やせばいいというわけではなく、ジャーナリズムとバランスをとったサービス運営も重要と考えております。
-それでは最後に、これから規模を拡大するにあたりどんなエンジニアに来て欲しいと考えているか教えてください。
(西島)課題解決型の思考が出来る人でしょうか。実効性のある技術をしっかり使って、どう現状の課題改善に活かしていくか考えて行動できる人が理想的です。技術力だけを純粋に高めたい人というよりは、朝日新聞デジタルというメディアのビジネスに、技術を用いてどうインパクトを与えられるか、アウトプットを見据えて行動できる人にぜひ来ていただきたいです。
技術の力で朝日新聞社が変わった!という成功体験を作って内外に伝えていきたいフェーズなので、アウトプットをどんどん出していく必要がありますし、それができる環境が整っていると思います。
(都田)エンジニア組織を創っている段階なので、マネジメントに興味がある人は特に歓迎です。また、新聞社のDXという他にあまり例の無い事業を担っているので、切り開いていくタイプの人を求めています。新しい開発環境を作るのが好きな人、モノづくりが好きな人なら楽しんでもらえるのではないでしょうか。 実用的なエンジニアリング、ビジネスに直結する技術の力が今必要だと考えています。
(守安)技術の力で社会の課題解決をしていきたいという思いを持っている方であれば、挑戦できるチャンスがたくさんある環境だと思います。我々と、朝日新聞デジタルと一緒に成長していくことを楽しめる方に来てもらえれば嬉しいです。
※掲載写真の撮影は、緊急事態宣言下でない時期に撮影時のみマスクを外して行いました。