サムネイル画像
インタビュー

TOBは未来への布石──カオナビの決断と加速するマルチプロダクト戦略の裏側

企業ロゴ
株式会社カオナビ

社員の個性や能力を生かすタレントマネジメントシステム「カオナビ」を展開する株式会社カオナビは、2025年6月にTOB(株式公開買付け)を経て株式を非公開化しました。同社CTOの松下雅和さんは、「これまでは常に短期的な成果を求められていたが、これからは中長期的な成果を見据えて思い切った投資ができる」と非公開化の決断を、成長に向けた戦略的な一歩だと語ります。

そしてこのタイミングで、マルチプロダクト展開を積極的に進めているカオナビ。CTOの松下さんに、この転換期に対するスタンスや今後の戦略、開発組織の特徴について詳しく伺いました。

プロフィール

松下雅和さん

CTO

早稲⽥⼤学卒業後、SIer2社を経て株式会社サイバーエージェントに⼊社し、コミュニティサービスやソーシャルゲーム等の企画・開発・インフラ構築・運用に携わる。その後、海外向けゲーム制作会社である株式会社トランスリミットにてCTOとして従事。2020年2⽉に株式会社カオナビに⼊社し、同年9⽉より現職。

入社時から感じていた課題に対し、大きく舵を切れるように

――松下さんがカオナビに入社してからのお取り組みを簡単に教えてください

松下:私が入社した当時は、開発人数が今の1/3ほど。その中でテックリードと呼ばれる方々が数名いました。プロダクト開発の組織はできていましたが、全体の技術に関する意思決定を担う役割が不在でした。

私自身は、執行役員兼プロダクト本部長の下で、横断的に技術課題を解消したり、難航しているプロジェクトを支援したり、といった動きをしていましたが、半年ほど経つと、トップダウンで意思決定しなければ解消できない課題に直面しました。そのことを経営層に相談したところ、私自身がCTOというポジションで働くことを打診されたのです。

2
入社直後から組織全体を俯瞰して横断的な課題に取り組んできた松下さん

CTOに就任してまず着手したのは、長期的な技術支援や技術課題の解消ができる体制づくり。CTO室を立ち上げて採用や技術広報にも力を入れつつ、同時に技術課題の解消をするためのチーム体制を敷きました。CTO室は、カオナビのプロダクトに対して外側の視点から長期的に取り組むべき方向性を示し、時には一緒に手を動かしながら支援に入りました。

その後、技術広報も軌道に乗り、優秀な方にもご入社いただけたことで、かねてから想定していた横断的・中長期的な取り組みに対して“人手”という意味合いでは着手しやすくなってきました。

――カオナビは、今年の6月に株式の非公開化をしました。非公開化の理由と、その後に大きく変化した点を教えてください

松下:今回の株式非公開化により、“やるべきこと”にリソースを集中したり、思い切って体制を変えるといった大きな決断がしやすくなりました。

これまでも事業としては順調に伸びており、市場からも一定の評価をいただいていました。ただ、株式市場に上場している状態では1年ごとに成果を出し続けていく必要があり、数年先を見据えた中長期的な投資や大きな投資が難しいなどの制約もありました。

そうした投資判断における制約がある状態では、たとえば「投資したいが、大規模なため今期は難しい」「両方の課題に取り組みたいが、片方は劣後させなくてはならない」と、大きな課題に対し数年かけて取り組まざるを得ない場合もあり、もどかしさを感じることもありました。

前述のように採用が軌道に乗ったことで人員体制が整い、今回の株式非公開化によってリソース配分の自由度が増しました。それにより、セキュリティを考慮した認証基盤や、今後のマルチプロダクト展開を支えるデータ基盤の構築なども、この1~2年で一気に解消できる見通しが立ってきました。

「カオナビ」の強みを生かす周辺プロダクトを展開

――集中的な投資が可能になった今、どのような戦略を考えていますか

3
タレントマネジメントだけでなく労務管理、経営管理プロダクトも展開(画像提供:株式会社カオナビ)

松下:今は「カオナビ」をメインとしていますが、その周辺プロダクトとして、「ロウムメイト」「ヨジツティクス」を展開しています。バックオフィス領域全般をカバーするよりは、「カオナビ」の強みを生かし、HRテック業界の中でもタレントマネジメントを中心に周辺プロダクトを連携していくイメージです。

具体的には、「カオナビ」の周辺プロダクトとの連携を通して従業員の方の情報を多角的に集め、個性や才能がさらに発揮できるようなデータ開示・分析を可能にします。その上で、企業の中で従業員の方が活躍できる場をつくれるプロダクトを目指しています。

――カオナビと周辺プロダクトの連携やさらなる価値の提供に向けて、どのような課題がありますか

松下:データ基盤の統合やプロダクト連携により、「カオナビ」と合わせて使っていただくことでお客様に大きな価値を提供できると考えています。ただ、それぞれのプロダクトが独立した認証システムとデータ基盤を持っているので、それらを共通化し、お客様の利便性を高める環境をつくることは一筋縄ではいきません。

また「カオナビ」は、多くのお客様に長く運用いただいているため、ご迷惑をおかけしないようデータ移行などを慎重に実施する難しさがありますし、セキュリティの強度が高いため、周辺プロダクトもその仕組みに合わせなくてはなりません。

ただ、これらが実現すれば、お客様にはこれまで以上に大きな価値を提供できるはずです。

2025年8月に立ち上げた「プロダクト連携推進室」では、私が室長となり、認証とデータ連携部分を担っています。各プロダクトのチームと協力関係を築き、仕組みを相談しながら進めています。

4
オフィスには“カオナビによってあらゆる人材データが有機的につながった世界”をレゴ®ブロックで表現した「カオナビタウン」が飾られている

「市場価値の高いメンバーになってもらう」を第一優先に

――TOBに関わらず、CTOとして大事にしているのはどのようなことでしょうか

松下:TOB以前も以後も、私の意思決定は「カオナビにいるメンバーが最も成果を出せるやり方や体制がつくれるか」が判断軸。常に「一人ひとりが組織をリードできるような市場価値の高いメンバーになってもらいたい」と考えています。

そのために、スキルアップに対して個人とチームに裁量を持ってもらっています。たとえば、チームの中でバランスが取れているなら、フロントエンドが得意な方がバックエンドの開発に携わってもかまいません。まず、キャリアを自分自身で考え、その上で身につけたい技術があれば、チーム内の裁量で自由に判断してもらいます。希望があればフルスタックエンジニアを目指すこともでき、カオナビにはその環境があります。もちろん、リリース間近など時間的余裕がない時には、得意領域で力を発揮してもらいたいですが、比較的安定している時期なら開発の領域を変えても問題ありません。実際、役割を変えているチームはたくさんあります。

――チームごとに判断できるよう、裁量を持たせているのですね

松下:そうですね。開発手法なども基本的にチームに任せています。ただプロダクト開発組織全体でも、進め方が非効率になっていないか、あるいはもっと良い手法がないか、といったことも常に考えています。たとえば、数あるチームの中からいくつかパイロットチームを選定し、外部から招聘したアジャイルコーチにも協力いただきながら、チームの成長を促す活動もしており、CTO室もその取り組みを支援してます。

チームの判断に任せるとは言え、他のチームを無視して独走するような進め方は認めていません。チーム間で連携を取りながらプロジェクトを進める必要があります。チーム間で足並みをそろえるため、毎週エンジニア定例会を実施しており、各チームはそこで進め方を報告します。新しい取り組みや順調な開発手法などを共有するとともに、興味を持った他のチームを見学したり協働したりするきっかけにもなっています。

5
サービスユーザーの実際の声を聞くことができる「感謝祭」には、エンジニアも多数参加する(画像提供:株式会社カオナビ)

――近年、AIによって開発プロセスが大きく変化していると思いますが、その部分もチームに任せているのでしょうか

松下:AIに関しては「開発生産性の向上」「全社的な業務改善」「プロダクトへの組み込み」という3つの方向性で考えています。これまで、私が方針を決めていましたが、2025年8月に「AI推進室」を立ち上げ、今は室長にリードしてもらっています。

AI周りはツールの乱立が予想できたため、現場で判断して次々に使うと、特にセキュリティのリスクが大きいと考えました。そこで、AI推進室で手軽に検証できる環境を用意し、一か所で統制して方針を決めるようにしました。それにより、しっかりとジャッジできる体制が整いました。

AIやツール、使い方に対する知見のあるエンジニアがAI推進室にまとまっている方が、プロダクトへの組み込みに対する支援も容易です。プロジェクトとAI推進室を兼務しているメンバーもおり、プロジェクト内で実施した取り組みや知見をAI推進室で整理・集約することで、他のプロジェクトに共有しやすいという利点もあります。

マルチプロダクトを進めるためにも、「横のつながり」を重視

――チームや個人に裁量を与えつつも、開発組織全体として「横のつながり」を円滑にするために工夫してることはありますか

松下:カオナビはリモートで働いているメンバーが多いので、コミュニケーションはとても重視しています。特にCTO室とプロダクト連携推進室は、さまざまなプロジェクトの方とコミュニケーションを取れるよう、いつでも相談に乗れて、手軽に壁打ちできるような関係性を築くようにしています。

またCTO室では、月に1回のペースで、皆さんで議題を持ち込み自由にディスカッションできる「オアシス」という場をプロダクト開発組織と一緒につくっています。集めた議題からいくつかのテーマに絞り、興味あるグループに入ってもらい、お酒などを飲みながら職種をまたいでフリーにディスカッションしてもらいます。

6
「オアシスはチームを超えた学び合いや学びの循環を目的として生まれました」(松下さん)(画像提供:株式会社カオナビ)

基本的には開発メンバーに声をかけていますが、全社向けに参加を募っているので、AIをテーマとした時には営業やマーケティングを含め40名ほどの参加がありました。普段リモートで働いている方が久しぶりに会ったメンバーとわいわい盛り上がり、新しく入社された方が初めての方と接点を持つなど、風通しが良くなるきっかけになっています。

小さな取り組みとしては、1週間に30分や1時間程度の雑談タイムを設けているチームが多いようです。他にも「いつでも話そうよ」と、Slackのハドルを開きっぱなしにしている方もいますね。私自身も一時期は同じような取り組みをしており、今でも、気軽に話しかけてもらえるように意識しています。

カオナビは“強い意志”を持つ人が輝ける場所

――最後に、どんな仲間と一緒に働きたいですか

7
「データ基盤が構築されたあと、たとえば、AIを掛け合わせることでカオナビをどのように進化させることができるのか、5年後10年後の未来を描いています」(松下さん)

松下:ひとことで言うと“強い意志を持っている方”です。将来のキャリアを描き、身につけたいスキルや技術を明確にして、意志を持って行動できる方と一緒に働きたいですし、そういった方がカオナビでも活躍しているように感じます。

意志を持っている方は、自ら考えて組織をリードできる可能性が高いですし、組織構造や業界などの外部環境が変化しても、自分なりに道筋を決めて対応できるはずです。その結果、会社全体としても柔軟な動きが取りやすくなると考えています。

今回のTOBや非公開化は確かに大きな変化ではありましたが、開発組織としては、中長期的な視点を持った上での意思決定がしやすくなり、“やるべきこと”に対してより一層注力しやすくなりました。また、現場でもユーザーの声を大切にしながらも「何をつくるべきか」「どうつくるべきか」と、チームで議論しながら開発を進めています。さらに、今後新しいプロダクトも増えていく予定ですので、新規のプロジェクトに関わるチャンスもあるでしょう。

言われたことをただやるのではなく、意志を持って“やるべきこと”に取り組みたい・挑戦したいという人には、事業的にも組織的にも、まさに今が一番面白い環境・タイミングだと思います。

少しでもご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ一度お話ししましょう!