
Kultureが目指す“ライブ体験価値の最大化”―音楽プラットフォーム「KLEW」の組織と技術
総合エンターテインメント企業アミューズのデジタル戦略を担う100%子会社として2022年に設立された株式会社Kulture。音楽ライブや配信の現場で培った親会社アミューズの知見とAI、NFTといった最新テクノロジーをかけ合わせ“音楽アーティストとファンの熱量をつなぐプロダクト”を生み出す挑戦的な組織です。
2024年11月にはWeb3/AIを駆使したコミュニケーション・プラットフォーム「KLEW」をリリース。他にも、NFTを保有できるデジタルウォレット「A Wallet」や、ストリーミング配信サービスの「LIVESHIP」、A WalletやLIVESHIPとの共通ログインIDで利用可能なアーティストオンラインショップ「A!SMART(アスマート)」、Discordを活用したコミュニティ型ファンサービスの企画・運営、最近ではKultureが主催する都内ライブハウスを中心とした音楽イベント「StoriAA」もスタートしています。
今回は代表取締役の白石さんに創業の背景や「KLEW」の概要、Kultureの強みを、テックリード/エンジニアリングマネージャーの阿部さんとテクニカルディレクター忌部さんに「KLEW」開発に携わるエンジニアの醍醐味について伺いました。
プロフィール

白石耕介さん
代表取締役 CEO
2004年NTTドコモ入社。MIXIを経て、2014年リクルートホールディングスにてエンタメキュレーションアプリ「KOLA」をリリース。Google2015ベストアプリ等を受賞。2016年にアミューズ入社。2022年上席執行役員に就任。2022年にテクノロジーとの融合で新たなエンタメ創出を目指すアミューズの新会社「株式会社Kulture」および「KultureFUND」を設立し代表に就任。

阿部祐輝さん
テックリード/エンジニアリングマネージャー
音楽・テクノロジー領域の新規事業に携わることを志向し、生保SIer、トライバルメディアハウス、DMM.comを経て2023年にKultureへ入社。フルスタックの経験を生かし、プロダクト開発全体を統括。クラウドサービスを活用したスケーラブルなアーキテクチャの設計・開発を主導し、LLM・Web3技術も活用した新サービス「KLEW」を2024年11月にローンチ。クリエイティブコーディングも得意。

忌部創平さん
テクニカルディレクター
オン・ザ・エッヂでエンジニアとしてのキャリアをスタート。以降、エンジニアとしてさまざまなプロジェクトに携わり、エフエム東京やテレビ東京コミュニケーションズでは広告配信システムのテクニカルディレクターを務める。現在はKultureにて、「KLEW」や「A Wallet」といったプロダクトの開発を担当し、エンタメ業界での技術的な挑戦に取り組んでいる。
アーティストとファンのライブ体験価値を最大化させるプラットフォーム「KLEW」

―― まずアミューズという総合エンターテインメント企業から、デジタルに特化したKultureを設立された背景からお聞かせください
白石:私がアミューズに入社した2016年当時、エンタメ業界はIT化・デジタル化の大きな流れの中で、大きな構造変化の波にあおられていました。
これまでのエンタメ産業を構成してきた、アーティストを頂点としたメディア(TV等)とディストリビューション(店舗、配信サービスといった流通プラットフォーム)のピラミッド構造が崩れ、私たちは個(アーティスト)を中心にしたネットワーク型の産業構造になっていく未来を予測していました。

もちろん感度の高いエンターテインメント企業は、どこもデジタルやテクノロジー領域で新しいことをやるべき、と考えており、当時のアミューズもアーティストのコンテンツ力に大きく依存するビジネスからの脱却を模索していました。しかし、現実はなかなかうまくいきませんでした。
社内に技術に詳しい人やエンジニアもデザイナーもいない環境で、サービスの開発を外部に頼らざるを得なかったり、だからと言ってアミューズの中にテックに特化した組織をつくることも簡単ではなかったり、原因はさまざまです。
そんな中、大きな転機となったのが新型コロナウイルス感染症の流行でした。一気に社内でデジタルへの関心が高まり、2022年、テクノロジーの力で新しいエンターテインメントを創造することをミッションに、アミューズの100%子会社として Kulture が誕生することになりました。
―― そんな激動期を乗り越えて2024年11月に「KLEW」がローンチされたわけですね。「KLEW」について教えていただけますか

白石:「KLEW」はライブチケットを所有するファンとアーティストだけがデジタル上でコミュニケーションをとれる、国内初の機能を持つプラットフォームです。
金銭価値の付いたスーパーメッセージ機能や、ライブに参加した証をデジタルバッジ(NFT)として残す機能などでファンのロイヤリティを高め、当日のライブはもちろん、その前後のファン体験を拡張していくことができます。
まずは何よりも“ファンとアーティストにとって、小さくても価値があるとわかってくれるサービスを出すこと”が一番最初のハードルでしたが、とあるイベントのチケットを購入したファンの73%が「KLEW」に登録をしてくれて。しかも、その後「KLEW」内で投稿をしてくれたファンが40%。これはすごい数字なんです。
私もその公演のタイムラインをリアルタイムで見ていたのですが、ファンの皆さんが喜んでいるのがすごく伝わってきたんですよね。もちろんアーティストもすごく喜んでくれました。
この様子を見て、別のアーティストたちが使いたいと言ってくれて……最初のハードルは超えた手ごたえを感じています。
アーティスト依存ではなく“プロダクト”で選ばれるテック企業を目指す

―― 今後も“エンタメ×テック”でさまざまなプロダクトを生み出していかれると思いますが、Kultureの事業戦略上、白石さんが大切にしていることを教えてください
白石:“プロダクトとしての価値があるから、後からコンテンツがついてくる”という世界を築いていきたいと考えています。
この話をするときに、よく例として挙げるのがBTSが所属する韓国の大手総合エンターテインメント企業HYBEのコミュニケーションプラットフォーム「Weverse」です。
彼らはBTSという世界有数のコンテンツ力に甘んじず、テックへの投資を惜しみませんでした。プラットフォーム化することでコンテンツだけでない他のビジネスとのシナジーを生み出し、新たな経済圏を創造したんです。今ではHYBEに所属しないアーティスト達もこぞって「Weverse」を利用しています。まさにエンタメ企業の教科書のような戦略ですよね。
強いコンテンツを中心にプロダクトを考えると、コンテンツに適応していくためのプロダクト開発に終始することになりがちです。世の中のチケットサービスが強いコンテンツに合わせていった結果、プロダクトとして差別化が難しくなってしまっているのがわかりやすい例です。
私たちが目指すのは、アミューズだからではなく、このプロダクトだから使いたい、というプロダクトづくりです。
―― 今まさに“プロダクトの差別化”の話が出ましたが、他のスタートアップ企業にはない、Kulture独自の強みを白石さんはどのようにとらえていますか?
白石:そうですね。私は大きく3つあると考えています。
1つは、やっぱりアミューズのグループ会社であり、エンターテインメントの会社であること。
アミューズは強力なコンテンツ力を持ち、上場もしている大きな会社ですが、ビジネスの成功と同じかそれ以上に、エンターテインメントやコンテンツを大切にするカルチャーを持っています。ですから、すぐにマネタイズすることよりもアーティストやファンが求める本質的な価値に向き合うことを優先することができます。
たとえば今度、BABYMETALが「KLEW」を使ったライブ・ビューイングをやります。彼女たちは今でこそ海外で100万人を動員するアーティストですが、15年前に「メタルとアイドルを組み合わせれば、世界に届く!」といくら力説しても、急速な成長を至上命題とするスタートアップは投資できなかったと思うんです。エンタメやコンテンツをリスペクトし、チャレンジに寛容なカルチャーがあるからこそ、多様なアーティストが生まれてくるんでしょうね。

2つ目は、ドームツアーをやるようなアーティストとのビジネスの本質を理解していることですね。
私たちは現在「KLEW」のような小規模プロダクトの展開を進めていますが、他方で日本最大級のアーティストとのソリューションビジネスも展開しています。音楽業界のビジネスの解像度の高さや感覚を持てることは、一朝一夕には模倣ができないポイントだと考えています。
最後は何と言っても、コンテンツに近いところでユーザーの熱量に触れながら使ってもらえるプロダクトに携われることじゃないでしょうか。
紅白歌合戦に出演するようなミュージシャン、アカデミー賞にノミネートされるような俳優が、リリースしたばかりのプロダクトを最初から使ってくれること。そしてユーザーの反応を直に感じられるのは、プロダクトの作り手にとっての大きな強みであり、魅力だと思います。
エンジニア視点で見た「KLEW」開発の醍醐味

―― お二人は「KLEW」の開発にどのように関わってこられたのでしょうか
阿部:「KLEW」をローンチした2024年11月の段階では、私がプロジェクト全体を見ながら、私と私の知人などの社外メンバー総勢3名でバックエンド開発を行っていました。フロントエンドやデザインに関してはパートナー企業にお願いをし、インフラに関しては私のみ、という状況でした。
幸いなことにローンチ後も大きなトラブルもなく安定しているのですが、2026年に向けた新機能開発を進めるにあたり、開発スピードと品質を上げていく必要があるという話が上がりました。
忌部:そこで別プロダクトの「A Wallet」を担当していた私が「KLEW」のバックエンドを兼任する形になり、バックエンドの内製化を進めてきました。
阿部:実は今、白石さんとフロントエンドの内製化についても議論をしています。
ファンが触れる画面については、プロダクト立ち上げ時から協力をいただいているパートナー企業の力もあって他のサービスにはないほど作り込まれていると自負しています。
一方でシステムの管理画面等のような“ある意味、正解があるもの”に関しては、DevinやCursorなどのAIツールを活用した内製化の余地があるのでは、という話をし始めたところで、まさに今社内で「AIをメンバーの軸に据えた開発体制」を試しに作ってみよう、という会話をしています。
―― 「KLEW」の開発において、お二人が意識していることはありますか?
忌部:私はプロダクトを使ってくれるユーザーの“熱量”を、いかにそのままアーティストに伝えられるか、をいつも意識しています。
システムの都合でファンの体験価値が下がってしまうと、ライブそのものやアーティスト自身への印象に影響を与える可能性があります。過去にもtoC向けのサービス開発をしてきましたが、ここは大きく違うところですね。

阿部:忌部さんの話とも重なる部分がありますが、私は公演自体だけじゃなく、その前後での「KLEW」でのコミュニケーションを含めてひとつのライブ体験として捉えられないかと考えています。そのうえで、“アーティストのこだわり”と“プロダクトの安定性”をどのように両立させるか、が重要だと思っています。
私は音楽が好きで、これまでもいちファンとしてたくさんのライブに参加してきました。ただKultureに入社して実際にアーティストとファンのためのサービスをつくる側になって初めて、“アーティストがこんなにも真剣にファンのことを考えて、こだわってライブ体験を作り上げているんだ”ということを実感しています。
アーティストは熱量を持って「KLEW」を使ってくれようとしているので、このこだわりにできるだけ寄り添うこと。一方でアーティスト固有の仕様に特化しすぎて、プラットフォームとしての汎用性を損ねないこと。このバランスを見極めて、あえてこの機能はつくらないといった決断をすることもあります。
またライブは、「KLEW」がアーティストとファンのコミュニケーションの軸になるので、サービスが止まってしまうと、イベント体験そのものを損なわせてしまう可能性をはらんでいます。新しい技術を活用するものの、サービスの安定性には意識を配るようにしています。

“チケット機能”の実装で、今までにないライブ体験を生み出す
―― 「KLEW」の今後の展望について教えてください
阿部:さて...どこまで言っていいのかな...。
白石:俺はさっきインタビューで言っちゃったけどね(一同爆笑)

阿部:じゃあいいか(笑)
実は既に「KLEW」に“チケット機能”の実装を進めています。チケットはさまざまなライブ会場で、決められた時間で確実に使える状態でなければいけないものです。チケットがないとライブに参加できませんし、よりイベントの成功を大きく左右する機能です。そのため、今以上に難しい課題と向き合う必要があります。
たとえばフロントエンド視点では、電波が入りづらい地下のライブハウスでの利用や人がたくさん集まってネットワークに負荷がかかったときの問題をどう解くかなど、さまざまな課題が存在します。
忌部:バックエンド視点では、チケットの抽選や先行販売、自動決済といったいろいろな機能が裏で動くので、安定性や確実性が一層求められるようになると思っています。そういう意味で、次は「より堅い機能」を作っていかなければならないので、ECサイトの開発等を経験している方はすごい武器になるだろうなと思っています。
阿部:さらにチケット機能の追加によって、できることもたくさん増えます。「このライブに、誰が参加するのか/したのか」を活用した新たな体験をアーティストが提供できるようにしたいですね。Webアプリケーションに限らず、たとえばライブ会場で何らかの体験にその情報をフィードバックさせても面白いと思っています。エンジニアとしても今まで以上にさまざまな技術に触れる機会が増えると思います。
―― 社内のエンジニアはまだお二人だけで積極募集中とのことですが、どのようなエンジニアにKultureはおすすめですか?

阿部:私もそうでしたが、やっぱり“エンターテインメントが好き”で“技術が好き”な人だと思います。
Kultureはまだまだ小さな組織なので、エンジニアが経営層や事業開発メンバーと議論しながら一緒にサービスをつくっていくカルチャーがあります。時にファン目線になり、時にアーティスト目線になって「こんな機能があったらライブがもっと盛り上がるんじゃないか」「こんな体験が作れるんじゃないか」と議論を深めることもあり、エンタメが好きな人にとってKultureはそうしたアイデアを実践していく場としてはすごく魅力的だと思います。
忌部:フロンドエンドもバックエンドもインフラも関係ない……と言うと語弊があるかもしれませんが、私たちは“プロダクト”を作っているので、そこに自分の使える能力があるなら何でも使う、という感覚でいます。
もちろん現時点で技術の軸を持つことは大切です。ただこのチーム規模なので越境せざるを得ない部分もまだまだあります。他の技術に触れることを楽しめるかどうか、は大事になってくるんじゃないかと思っています。
阿部:開発リソースを増やしてスピード感を上げていけるなら、まだまだやりたいことがいっぱいあります。領域に縛られず新しい技術にチャレンジする機会がたくさんあります。少しでも興味を持ってくださる方は、ぜひ一度カジュアルにお話しましょう。