ガバメントクラウドや生成AIまで、事業領域を拡大し続けるさくらインターネットの強さの秘密
2023年11月にガバメントクラウドサービス提供事業者に条件付きで認定され、大きな話題となったさくらインターネット。2024年1月には生成AI向けクラウドサービス「高火力」の第一弾としてベアメタルシリーズ「高火力 PHY(ファイ)」の提供を開始するなど、事業領域を拡大し続けています。
本稿では、創業者であり代表取締役を務める田中邦裕さんをお招きし、国産のクラウドサービスを作る意義についてお伺いしました。
■プロフィール
さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 / 最高経営責任者
田中 邦裕(インタビュイー)
大阪府出身、沖縄在住。舞鶴高専在学中の18歳の時にさくらインターネットを起業。自らの起業経験やエンジニアというバックグラウンドを生かし、若手起業家やITエンジニアの育成に取り組んでおり、現在は、複数の企業の社外取締役やIPA未踏PMも務める。さらに、業界発展のため、SAJ会長・JAIPA副会長・JDCC理事長・BCCC副代表理事など多数参画。最近は、多拠点生活を実践するなど、自ら積極的に新しい働き方を模索している。
ファインディ株式会社 代表取締役
山田 裕一朗(インタビュアー)
同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング、ブラジル事業、三井物産との資本業務提携等を担当。その後、ファインディ株式会社を創業。
一時は引退を考えるも人との関わりを機に再起奮闘
──田中さんは学生の時に起業されているのですよね。起業から現在に至るまでの経緯を、簡単にご説明いただけますか。
田中:学生時代に趣味でサーバーを運営していて、友人に貸し出すようになったことをきっかけに18歳で起業しました。
当時はいわゆるインターネットバブルが華やかになり始めた頃で、会社としても順調に成長していたんです。規模が大きくなるに伴い、本格的に事業を展開するにはデータセンター(以下、DC)を自社で保有する必要があると考え、より資金を集めるために1999年にさくらインターネット株式会社を設立しました。
そこから規模を拡大し続けて、2007年に債務超過になり成長が鈍化した時期もありましたが、自分たちのやりたいことを追求し、現在に至るまで会社を存続させることができています。
──経営を続けるなかで、大きな困難もあったと思います。どうやって乗り越えられたのですか。
田中:困難を乗り越えるといった大それた話ではなく、答えは「続けていれば何とかなる」ですね(笑)。ちなみに、続けるなかで一番つらかったのは、惰性になっている時です。
先ほど少しお話しした“成長が鈍化した時期”については、私自身が無気力になってしまっていてとてもつらかったですね。ただ2015年くらいに「このままではいけない」と思い、会社とより向き合えるようになりました。
──2015年に何があったのでしょうか。
田中:周囲の環境と付き合う人が変わりました。というのも、以前は他社の経営者と関わることが少なかったのですが、2015年からスタートアップのメンターをするようになったんです。目を見張るほどのスピードで成長する彼らと接するうちに、自然と前向きな気持ちになっていきました。
──人との関わりがモチベーションにつながったと。
田中:そうですね。実は2019年には経営危機に陥りそうになり、2020~2021年まで会社として大変な時期がありました。会社の立て直しに奔走する一方で引退を考えていた時期もあったのですが、周囲の方々に勇気づけていただいて、また頑張ろうと思えるようになったんです。
「やりたいこと」を追求し、事業領域を拡大
──紆余曲折がありつつ、2023年からはガバメントクラウドや生成AIなど、事業領域を拡大されていますね。会社として、何か変化はありましたか。
田中:規模が大きくなり、人数も増えて開発できる範囲が広がりましたが、大きな変化はありません。私たちの場合、開発のために仕入れるものはサーバーと電気と通信回線ぐらいで、あとは全て自作しています。自分たちで開発をして、その収益を投資に回して、さらに開発をする。ビジョンである「『やりたいこと』を『できる』に変える」を体現していて、そういったビジネスをずっと続けているんです。お金を稼ぐためではなく、自分たちが「やりたいこと」を追求し続けているだけなんですよ。
強いてあげるなら、ガバメントクラウド条件付き認定を受けて国からもご支援いただけるようになったことで、私も含めて社員自身が「自分たちの方向性は正しかった」と再認識できたのは良かったなと。変化とは言えないかもしれませんが、モチベーションは確実に向上しました。
──クラウドサービスはAWSやGCPなど強力なライバルたちもいる領域ですね。認定を受けたことで、彼らに対する心境の変化はありましたか。
田中:意外かもしれませんが、特にないですね。外資クラウドサービスと比較されることは多いですが、私たちは「“自分たち”が理想とするデジタルインフラを自分たちの手で作り続ける」という想いで常にいます。
国産のクラウドサービス開発を通して“国力”を高める
──国産のクラウドサービスを作る意義はどこにあると思いますか?
田中:大袈裟だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、国力を高めることにつながると考えています。最近はクラウドサービスにおける貿易赤字の問題をニュースで目にすることが増えてきて、日本をデジタル敗戦国だと考えている人も少なくありません。裏を返せば、だからこそ、ソフトウェア開発に注力すべき時だとも言えます。
日本の国力を高めていくためには、円で支払われる国内産業としてソフトウェアを開発し、それを海外に展開していく必要があるのではないでしょうか。
──ソフトウェアは一度開発すると多くの人が使えるようになるため非常に生産性が高く、資源のない国だからこそ取り組むべきものだとも言えますね。
田中:ええ。あとはデジタルインフラを作りたい人たちの就職先を国内に用意しておくという観点でも、国産のクラウドサービスは作るべきだと考えています。
現代はとても便利になった一方で、自作できるものが減ってきていますよね。例えば、昔はOSを自由に入れ替えることができましたが、iOSだとそれは難しい。車もECUが搭載されるようになって、自分でエンジンを調整できなくなりました。安全性が高まっているという点ではもちろん素晴らしいことだと思いますが、作り手としてはどんどん制約されるようになってきたと感じているのも事実です。
エンジニアでいうと、昔はプロバイダを自作している人もいましたが、そんな人は今では少数派でしょう。自分でサーバーを作ってインターネットを自作する機会も減ったため、最近はインフラエンジニアでもInfrastructure as Codeで中身がわからない人が増えていると聞きます。
そんな時代だからこそ、私たちは手段にこだわりたい。デジタルインフラを作りたいと考えている人の受け皿として、会社を存続させなくてはいけないと考えています。
──確かに。国内に就職先がないとなると、意欲のある優秀なエンジニアが海外に流出してしまうことにもなりますしね。
田中:私自身、デジタルインフラを作り続けたいという理由で起業していますし、さくらインターネットの社員たちは「DCで働きたい」「デジタルインフラを作りたい」という想いで当社に応募してくれています。つまり、デジタルインフラを作る仕事を国内に残すというのは、「将来はデジタルインフラ作りに携わりたい」と考えている未来のエンジニアのためにも必要なことなんです。
事業を通して、日本が抱える社会課題の解決に貢献
──先ほど国力を高めるというお話がありましたね。ソフトウェア産業に限らず、国力をあげるためには、何が必要だと思いますか。
田中:付加価値をいかに上げていくか、という考え方が重要なのではないでしょうか。付加価値とは、単なる利益のことではありません。利益に人件費や減価償却費、金利、税金など、諸々をインクルードしたものです。しかし、現代の企業は目先の利益を追求しすぎているような気がしていて。人件費を削って利益を増やしても、意味がないと思うんです。
人件費として支払うと、それが付加価値となり、その総量が国のGDPとなる。会社の利益が増え続けたとしても、国が豊かになるわけではありません。そこが今の日本の課題だと思うんです。経営者が利益を適切に分配できておらず、株主の力が強すぎて値段のコントロール権を失ってしまっているのではないかと。国力を上げるためには、短期間で利益を出せるようにするのではなく、投資するべき時に投資をして、より長期的な目線で戦略を考えることが大切なのではないでしょうか。
──そういった考えは、起業当時からお持ちだったのですか。
田中:いいえ。経営者との関わりが増えたことと、ガバメントクラウドに条件付き認定していただいてから考えるようになりましたね。目先の利益を出すだけであれば国や世界のことは考える必要がありませんが、毎年100億円以上の投資をするとなると、関係者が増えて事業の影響範囲も広がります。そうなると、全体のエコシステムまで考えざるを得ないといいますか。
──とても熱い思いを持って事業を牽引されているのだなと感じました。そういった思いは、社員の方々にも伝わっているのではないかと思います。
田中:そうだと嬉しいですね。私自身、いまとても楽しくて。昔はお金もなく、社会にも認められていませんでしたが、現在はできることの範囲がどんどん広がっていますからね。
あとは事業を通して社会課題の解決にも貢献できていると実感していて、それが自己効力感につながっているように思います。
──具体的にはどのような課題を解決できるのでしょうか。
田中:わかりやすい例を挙げると、地方創生ですね。さくらインターネットはDCを自社で運営しており、東京だけでなく大阪と北海道にも拠点を構えています。それにより、地方のDCで働く人の採用が必要となるため、地元の雇用に貢献できています。実際に、北海道のDCに就職するためにUターンした人もいるんですよ。今後DCを増設することで、その流れをより加速することができると考えています。
スキルよりも重視するのは、作り手としての思い
──採用で重視しているポイントがあればお話いただきたいです。
田中:スキルももちろん大切ですが、それ以上にカルチャーフィットを重視しています。デジタルインフラを作りたいという意思があり、作ることにモチベーションを感じる人。加えて、10年20年と長く働き続けてくださる方を求めています。
──具体的に何か設定されている指針などはありますか。
田中:行動指針として「肯定ファースト」「リード&フォロー」「伝わるまで話そう」というバリューを3つ設定しています。
〈キャプション〉さくらインターネットの行動指針
自由の相互承認という言葉があるように、自分が自由でいるためには、他人も自由な存在だと認めるべきだと考えています。そもそも他人と自分は違うのだと理解できている人にきて欲しいですね。
あと何より重視しているのは、内発的動機を持っているかどうか。内発的動機を持っていないと、仕事に楽しさを感じられないでしょう。仕事は人生で長い時間を充てるものです。「国産クラウドって面白そう」「デジタルインフラを作りたい」と心から思っている方に来てもらえると嬉しいです。
──ありがとうございます。最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。
田中:さくらインターネットは全員が正社員という古風な会社であり、経営者としては「いかに従業員に還元できるか」を日々考えています。また当社には「子育てをしたいから転職してきた」という社員もいるほど、働きやすい環境が整っているのも自慢です。人生観、人生の場所、会社がクロスするのが一番ですし、10年いても楽しい会社と言ってもらえるように、今後も環境を整えていきたいと考えています。
とはいえ、自分の会社を必要以上によく見えるようには言いたくないですし、入社後にアンマッチになってしまうのはお互いに時間がもったいないでしょう。ご面談、ご面接を通じてさくらインターネットのありのままを知っていただき、「この会社に入りたい」と思ってくださる方と一緒に国産クラウドをさらに成長させていきたいと考えています。