Preferred NetworksのAIが導く「奇跡の大発見」。再エネ・脱炭素に必要な新素材を10万倍の速さでシミュレーション
株式会社Preferred Networks(以下、PFN)は、2014年設立以来、AI技術の研究・開発における第一線を走り続け、国内外から注目を集める企業です。業界を代表するさまざまな企業・団体と、AI技術を実用化する実証実験を行ってきました。現在ではAIチップの開発から、計算基盤、生成AI基盤モデルの開発、そしてAI技術を活用した製品の開発・提供まで、AIにまつわるバリューチェーンを垂直統合し、ソフトウェアとハードウェアの高度な融合を推進しています。
数ある事業のうち、今回は汎用原子レベルシミュレーター「Matlantis(マトランティス)」に関するインタビューを行いました。深層学習技術の活用により新素材開発のあり方を抜本的に変える世界的なインパクトを持つ同製品が、どのように生まれ、今後何を目指しているのか。エンジニアリングマネージャーの川井さんと、プロダクトマネージャーの阿部さんにお話を伺いました。
プロフィール
「Matlantis」エンジニアリングマネージャー
川井 隆典さん
大学卒業後、Web 制作会社や自動車メーカーを経て2020年にPFNに入社。「Matlantis」の立ち上げから開発に参加し、アプリケーション開発や UI/UX デザインを担当。現在は 「Matlantis」のインフラ/アプリケーション開発を行うチームのエンジニアリングマネージャーとして従事。
「Matlantis」プロダクトマネージャー
阿部 幹さん
2015年にPFNのインターンを経験後、2017年に新卒入社し、主にバイオヘルスケア分野の研究やライブラリ開発を担当。2020年に「Matlantis」の立ち上げから開発に参加し、コア技術の開発とインフラ開発チームに所属。2024年5月から同プロダクトマネージャーとして従事。
“奇跡の大発見” をより短いスパンで
「Matlantis」は、新エネルギーや次世代電池、半導体に必要な新素材の原子のふるまいをAIで高速シミュレーションし、ブラウザ上でバーチャルに実験することで、大規模な材料探索を可能にする汎用原子レベルシミュレーターです。汎用性を維持したまま計算コストを大幅に削減することで、計算速度が飛躍的に向上することが認められ、2021年の発表以来、国内外の100以上の企業や学術団体で導入されています。
― 「Matlantis」が顧客に提供する、一番の価値はなんですか?
川井:やはり最大のポイントは、圧倒的に高速な計算です。例えば共同研究をしたENEOS株式会社(以下、ENEOS)様の事例では、「Matlantis」を活用したことで、従来20年かかっていた計算を1週間に短縮することができました。新素材開発の分野で5〜10年に1度起こるような “奇跡の大発見” が、より短いスパンで起きることが期待できます。
環境に優しい新素材や、脱炭素社会へ向けた再生エネルギー活用のための新しい物質の発見を加速させることで、SDGsに大きく貢献することも「Matlantis」が提供する重要な社会的価値だと言えます。
阿部:さらに言えば「Matlantis」の誕生によって、新素材開発におけるシミュレーションの役割が変わろうとしています。
これまで新素材開発では、研究者が勘と経験を頼りに材料を選び、実験を重ね、そのなかで優れた実験結果が得られたら、何が起こっているかを理解するためにシミュレーションを行うというプロセスが一般的でした。
しかし「Matlantis」を活用すれば、成功可能性の高い材料を推測してから、実験で確かめるというプロセスに転換できる可能性があります。このように、AIやプログラミングを最大限に活用することが当たり前になれば、研究効率が飛躍的に向上していくと感じています。
きっかけは社内有志によるコンテスト出場
ー そもそも「Matlantis」はどのように誕生したのでしょうか?
阿部:きっかけは、化合物の特性を予測するコンテストに社内の有志で出場したことでした。コンテスト自体もおもしろかったですし、ありがたいことに賞をいただきました。そこで作成したモデルをベースにライブラリとしてOSSで発表したところ、ENEOS様から共同研究の誘いがあり、本格的に研究開発を行うことになりました。
ー 「Matlantis」の開発で最も苦労したことはなんですか?
川井:最も苦労したのは、製品をどのような形でリリースするかという点です。当初はGUIで計算するWebアプリケーションの提供を考えていましたが、ユーザーとなる研究者にとっては制限が多く、使いづらかったようです。より自由に変数や設定を変更できるよう柔軟性を高めるため、Jupyter Notebookで提供する形式になりました。
阿部:直接的な苦労話ではないのですが、製品を発表するとすぐに導入が決まったので、急いで監視体制を整えました。Prometheusの仕組みは入れていたものの、データを長期保存する枠組みを設けていなかったので、顧客に正しく価値提供できているかと考えると不安な部分でした。今は、問題が発生したらアラートを検出する安定稼働の状態になっています。
計算機クラスタを保有するPFNならではの強み
ー 「Matlantis」の開発において、PFNだからこそ発揮できた強みはなんですか?
川井:PFNの強みとしては、大きく2つあると考えています。
1つ目は社内に、最先端の研究を行っている計算化学の研究者が多数いることです。計算化学と実験化学のバックグランドを持った専門性の高いリサーチャーとエンジニアが密に連携していることで、高品質なソフトウェアを素早く開発することができています。開発者の中にはドメイン知識がほとんどないメンバーも多いですが、リサーチャーと連携することで補完できています。
強みの2つ目は、自社で計算機クラスタを保有し、モデル生成ができることです。コア技術である深層学習モデルの訓練には、物理シミュレーションした膨大な量の原子構造データを使用しています。最近では国立研究開発法人産業技術総合研究所のAI橋渡しクラウド(ABCI)も利用していますが、自社でスーパーコンピュータを保有していることで自由度の高いモデル開発ができます。
阿部:PFNのバリューの1つにある「Learn or Die」の通り、新しい分野を学び、柔軟に適応させる姿勢も我々の強みです。ENEOS様やその他の顧客から、素材研究というドメインに関して学び、その分野特有の課題に対して、我々が得意とする技術力をどのようにフィットさせるかという思考で製品開発に取り組んだことで、ユーザーの信頼を得られているのだと思います。
ー 競合製品やベンチマーク企業はありますか?
阿部:MicrosoftやDeepMindが類似の研究をしていますが、競合製品は現在のところ登場していません。それよりも直接的なライバルはOSSだと思っています。流行りの研究領域なので進化が速いのですが、それに負けないように、計画的に製品の提供価値を高めていくことを意識しています。
より多くの材料科学研究者が活用できる製品へ
ー 今後はどのような成長を見据えていますか?
阿部:現在は素材研究のなかでも、主に計算科学を担当する研究者に特化した製品となっています。今後は実験を含めたより広義での材料科学研究者にも活用してもらい、ユーザー層を広げていきたいと考えています。
一例を挙げると、とある導入企業でユーザー層を広げたいというご意向を伺ったので、計算化学の専門家以外が使用する手助けになる機能をつけることを検討しています。ユーザーの声を直接聞くことで、どこに潜在的なユーザー層がいるかの理解が深まるとともに、研究の現場でよりAIやプログラミングの活用が進むような支援をしたいと考えるようになりました。
川井:また別の視点では、アメリカやヨーロッパなどの海外市場でも成長の余地があると感じています。そのためには、さらなるセキュリティ強化が重要なテーマです。素材研究は時にノーベル賞を獲るほどの重要機密事項になりえるため、情報流出はあってはなりませんから。
このようにユーザーの声からも、自発的な課題意識からも、取り組みたいタスクが増えています。スピード感を持ってユーザーに価値提供ができるよう、チームの拡充を行いたく、エンジニアの採用を強化しています。
エンジニアを積極採用中!
ー どのようなエンジニアを募集していますか?
川井:Webアプリケーション開発エンジニアとSREを募集しています。僕らはフルサイクルエンジニアリングを実践しているので、ユーザーインタビューで課題を捉え、提供する価値を考え、設計、開発に落とし込むまでのすべての工程に責任を持って担当します。
そのため、ユーザーへの価値提供にこだわりたい方や、さまざまな未経験の技術領域に興味を持てる方を求めていますし、ご入社後は最大限力を発揮できる環境を提供したいと考えています。
ー PFNで働く人の特徴や、働く上で重要なポイントはなんですか?
川井:PFNらしさは、4つの行動規範に表れています。転職4社目の私から見ると「Proud, But Humble」とあるように、謙虚で誠実な人ばかりだと感じます。CEOを始めとする経営層にSlackで問い合わせても、誠実な返答があるので、組織の透明性が高くとても信頼できる環境です。
また仕事をする上では、「Learn or Die」の精神は非常に重要だと感じます。僕らも「Matlantis」の開発をすることになって初めて材料科学という分野について学びましたが、PFNで働くとこうした機会は度々発生します。つまり知的好奇心が旺盛な方、挑戦や成長を楽しみたい方にはぴったりの環境です。応募の段階で材料科学や新素材開発の専門性は問いません。PFNと「Matlantis」に興味を持ってくださったら、下記より「いいかも」をお待ちしております。