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120年の歴史を持つコクヨでゼロから内製組織を立ち上げ~核となる“土台づくり”とは~

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コクヨ株式会社 / ビジネスサプライ事業本部 VPoE

小谷侑哉(こたにん)

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本記事では、2025年5月27日に開催されたオンラインイベント「コクヨ、朝日新聞社に聞く 内製開発で変える組織の未来 Tech Seminar」内のセッション「120年の歴史を持つ大企業でゼロから内製組織を作っている話」の内容をお届けします。同セッションでは、コクヨのビジネスサプライ事業本部でVPoEを務める小谷侑哉(こたにん)さんに、組織を構成する“土台”と“価値”に触れながら、同社における内製化の軌跡をお話しいただきました。


小谷侑哉(こたにん)さん:コクヨのビジネスサプライ事業本部でVPoEを務める小谷侑哉です。こたにんという名前で活動しています。高等専門学校を卒業してWebエンジニアやエンジニアリングマネージャーなどを務めたのち、ゼロベースでの組織開発に興味を持ち、2024年にコクヨへ入社しました。最近のマイブームは、音楽生成AIサービス「Suno」を使って、ユーロビートの楽曲を大量に制作することです。

当社は3つの事業を展開しており、Campusノートなどの文房具を作る総合文具メーカー、企業や学校などの設計施工やそこで利用するファシリティの製造を行う空間・家具事業、企業向けのECサービスを展開するビジネスサプライ事業を行っています。今回は120年の歴史を持つ大企業でゼロから内製組織を作っている話をさせていただきます。

「内製化」という言葉について

なぜ今、多くの企業で内製化が進められているのでしょうか。その背景には、主に以下の3つの理由があります。

テクノロジー活用の推進

現代において、DXは企業の成長に不可欠です。DXを効果的に推進するには、社内に専門的な知識を持つ人材や組織を育成し、自社でテクノロジーを活用できる体制を構築する必要があります。

アジリティの向上

内製化を進めることで、製品やサービスの開発・改善サイクルを劇的に加速できます。外部委託では難しい、試作と改善を繰り返す“小さく作って試す”アプローチが可能となり、市場の変化に素早く対応し、顧客に価値を届けられるようになります。

ボトムアップでのサービス創出

社内の内製力を高めることで、既存の枠にとらわれない新たなサービスや事業を生み出す原動力が生まれます。現場からのアイデアを素早く形にし、企業全体の進化と成長を促進することにつながります。

「内製化」という言葉には3つの側面がある

内製化という言葉の意味合いは、文脈によって大きく異なります。主に以下の3つの側面で使われることが多いです。

ベンダーからの脱却

外部に委託していたシステムやサービスの開発・運用を社内のエンジニアに移管するケースです。これにより、コスト削減に加え、中長期的には自社で品質向上や開発速度の向上を図れるようになります。また、外部に依存していたブラックボックスを自社で把握できるホワイトボックスに変えることで、よりコントロールしやすい体制を築けます。一方で、引き継ぎや教育にはコストと時間がかかるという側面もあります。

ゼロから内製でつくる

新しいサービスやシステムを開発する際に、最初から外注ではなく、自社で作り始めるアプローチです。この場合、初期段階から開発者が深く関わることで、変化に柔軟に対応できるシステムを構築しやすくなります。全体的な生産性も高く、長期的な視点で見ても効率的でしょう。ただし、プロジェクトのリードを自社でしっかり担う必要があります。

内製で価値をつくる

これは、単に既存のものを内製化するだけでなく、まだ存在しない新たな価値を生み出すことを指します。例えば、新規サービスの開発、社内の業務課題を発見し、それを解決するツールの作成やプロセスの改善などが該当します。価値のないところに価値を生み出す、創造的な取り組みといえるでしょう。

このように、“内製化”という言葉がどの側面を指しているのかを理解することは、関係者とのコミュニケーションを円滑化し、目指すべきゴールを明確にする上で重要です。当社が内製化に取り組む理由は、上記の3点と完全に一致します。会社をさらに成長させるため、社内でのテクノロジー活用を加速させるとともに、事業成長のスピードを上げることで、将来的に新たな価値を生み出すことを目指しています。

内製エンジニア組織の変遷

2024年1月、コクヨの120年の歴史において、この時点ではエンジニアはゼロ。完全に外部委託モデルで事業を運営していました。2月に最初のエンジニアとして私がジョインし、内製組織立ち上げの準備がスタート。7月、5人のメンバーが集まり、初めて組織として形になりました。2025年4月には、キャリア採用で着実にメンバーを増やしつつ、新卒エンジニアを11人迎え入れたことで、組織は一気に拡大しました。未来を見据えた計画も進行中です。2027年4月には35人体制、2028年には40人規模の組織へと成長させることを目標に、現在も積極的な増員を進めています。

現在、組織は中途と新卒合わせて19人体制で活動しています。これまでのフェーズは組織基盤の構築に重点を置いていましたが、今後はエンジニアリングの力で具体的な価値を生み出すフェーズへと移行しています。手掛ける領域は、現在開発中のECサービスの機能強化、社内業務の効率化、そしてAIの積極的な活用推進など、多岐にわたります。新卒エンジニアの育成も行いながら、組織全体で成長していく途上にあります。

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組織で価値を出すには土台が必要

組織が価値を出すための構造とは

組織は、自分が会社の中で所属しているチームや部署、プロジェクトといった1つの箱のことです。組織は価値を生み出すために存在しているといえ、“土台”と“価値”で構成されていると思います。土台には4つの階層があり、土台の上に価値があると考えています。組織が真に価値を発揮するには、以下の4つの層で構成される強固な土台が不可欠です。

1. 企業文化

最も基盤となるのは、会社のパーパスや企業理念、そして日々の業務の中で社員が共有するカルチャーや共通の方向性です。これが組織全体の行動原理となります。

2. 組織文化

企業文化の上に成り立ちながらも、各組織やチームには独自の組織ミッションや働く環境に応じた固有の文化が形成されます。この組織特有の文化も重要な土台です。

3. 人材

どのような文化の上で、誰が働くのか。組織文化と深く結びつき、共に働く人々こそが、価値創出の原動力となります。文化が人を引き寄せること、人が文化を育むことは相互関係にあり、この融合が不可欠です。

4. 環境

最後に、実際に働く人々が業務を遂行するための環境です。エンジニアリングにおいては、ツールや開発環境、近年では生成AIツールなども含まれます。


企業文化、組織文化、人材、そして環境の4つの土台が整って初めて、組織は既存サービスの改善、新たなサービス開発、業務効率化といった具体的な“価値”を生み出す準備ができます。価値を生み出すには、この土台を整えることが必要不可欠なのです。

土台づくりで重要なポイント

上記でご紹介した4つの土台を理解する上で、特に重要なポイントが2つあります。

土台の役割を常に意識

組織が価値を生み出すには、これら4つの要素がそろっている必要がある、という認識を持つことが肝心です。もし、組織で何かを創出しようとしてもなかなかうまくいかない、あるいは期待する価値が出ていないと感じる場合、私たちはつい日々の業務プロセスばかりに目を向けがちです。しかし、その根本にある土台部分を見直す機会は意外と少ないものです。

もし価値創出に課題を感じているなら、業務だけでなく、土台に改善の余地がないかを考えてみましょう。例えば、チームメンバーの方向性がずれてきているなら組織文化に、単純に人手が不足しているなら人材の土台に課題があるのかもしれません。このように、土台のどこかに改善の糸口がある可能性を意識することが大切です。

価値を出すことに急ぎすぎない

特に新しいチームや組織を立ち上げる際、すぐに成果を出すよう求められたり、参加メンバー自身もすぐに結果を出さなければと焦ったりしがちです。もちろん、早く成果が出せるに越したことはありませんが、その下にある土台は、目に見えにくい文化や人の力、そして環境といった要素が複雑に絡み合って形成されるものです。

そのため、一見地味に思える土台づくりにこそ、しっかりと時間をかけるべきだと認識することが重要です。土台が盤石であってこそ、持続的に価値を生み出せる組織へと成長できます。この土台づくりは、関係するステークホルダーや上司と密に対話し、理解を得ながら進めるべきです。時には、具体的な価値創出の前に“土台を築くフェーズ”を設けることも必要でしょう。個人的な見解ですが、この土台づくりに最優先で取り組むことが、長期的にはより大きな価値を生み出す道だと確信しています。

コクヨで取り組んできた土台づくり

コクヨで実際に取り組んできた土台づくりを解説します。コクヨがこの組織を立ち上げるに当たり、この土台にかなり時間をかけて作ってきました。その事例を幾つか紹介します。

私がコクヨに入社した2024年2月、内製組織の土台は、会社の根底にある企業文化を除いて、ほぼゼロの状態でした。組織文化は存在せず、メンバーは私一人、開発環境も整っていませんでした。まさに、何もないところから一つずつ土台を築く作業が始まったのです。

具体的な取り組み

われわれは以下の6つの具体的な取り組みを行いました。

1. noteの立ち上げ

入社後最初に取り組んだのが、社外向けのテックブログのような情報発信プラットフォームの立ち上げでした。技術的な内容はまだ書けませんでしたが、新組織の立ち上げ経緯、目指すビジョン、組織の雰囲気などを、私の言葉で発信し続けました。最大の目的は“人材の獲得”です。このnoteを通じて、われわれのビジョンに共鳴してくれる仲間を増やしたいと考えました。結果として、初期メンバーは全員このnote経由で入社してくれ、現在も中途採用において高い効果を発揮しています。テック以外の組織の理念や雰囲気に関する記事を積極的に書くことは、非常におすすめです。

2. 「 エンジニアバイブル」の策定

組織文化を醸成するため、当社のエンジニアとしてのマインドを言語化した「エンジニアバイブル」を作成・共有しました。このバイブルには、“Just Move(まず動いてみよう。動けば課題が生まれ、解決策が見つかり、価値が生まれる)”といったエンジニアとしてのバリューやスローガンが明記されています。また、「犯人探しをせずに前向きにコミュニケーションを取る」「常に目的意識を持つ」といった具体的な行動指針も盛り込み、メンバー全員のベクトルを合わせ、内製化の推進を最大化することを目指しました。

3. 採用広報

エンジニア組織のブランディングの一環として、採用広報にも力を入れています。noteでの情報発信に加え、今回のようなイベントでの登壇機会なども積極的に活用しています。コクヨは多くの人に知られている会社ですが、エンジニア組織を立ち上げている事実はまだ広く知られていません。このギャップを埋め、一人でも多くの潜在的な候補者に情報を届けることが、人材獲得の重要な手段だと考えています。

4. 雑談

働く環境、特にデベロッパーエクスペリエンスを向上させるため、われわれは雑談を積極的に取り入れています。毎週のエンジニア部会は1時間ですが、そのうち最初の30分は「強制雑談タイム」です。これは、役職や経験に関係なく、メンバー間のコミュニケーションを円滑にするための意図的な試みです。普段から雑談が多い組織ではありますが、全員が集まる場で意識的に雑談の機会を増やすことで、より密なコミュニケーションを促しています。新卒もベテランも関係なく、誰もが自由に話せる雰囲気です。

5. 開発ツールの導入

エンジニアが当たり前に使える働く環境を整備することも重要な課題でした。私がコクヨに入社した時点では、エンジニアが不在だったため、GitHub、VS Code、JetBrains製品、MacBookといった開発の基本ツールが当たり前にはありませんでした。

例えばGitHub一つをとっても、アカウントを作るだけでなく、会社として正式に契約し、予算を確保し、社内のセキュリティガイドラインに準拠させるなど、多くのハードルをクリアする必要がありました。これらを地道に一つずつ導入していく作業は、価値を生み出すための基盤を整える上で不可欠です。ツールが十分に導入されていない会社で働く方々には、こうしたステップの重要性に共感いただけるのではないでしょうか。

6. 生成AIツールの積極活用

今日のエンジニアリングにおいて欠かせない生成AIツールも、当社では積極的に導入しています。開発チームでは、基本的にDevinやGitHub Copilot Businessを活用。社内ではGeminiやNotebookLMも利用可能で、さらに社内AIチャットツールではGPT/Claude系モデルも選択できます。個人の裁量でGensparkやManusなどのツールを試すことも可能です。

当社の企業文化として、生成AIツールに対するガイドラインが比較的緩やかで、現場での試行錯誤を推奨しています。一定の規約を満たしていれば、現場の判断で新しい生成ツールを積極的に試せるため、導入がスムーズに進んでいます。

大企業ならではの課題と対策

最後に、大企業特有の課題と、それに対して当社がどのように取り組んできたかをお話しします。皆さんは、120年の歴史を持つ文具メーカーがエンジニア組織をゼロから立ち上げると聞いたとき、どのようなイメージを持つでしょうか。おそらく「稟議が複雑で時間がかかりそう」「承認を得るのが大変そう」「社内の理解を得るのが難しそう」といったネガティブな印象を抱くと思います。私自身もコクヨに入社する前は、正直そうしたイメージを持っていましたが、実際に経験してみて、そのイメージが必ずしも当てはまらないケースも多いと感じました。

内製化に対する社内のムード

コクヨにおける内製化への社内ムードは、予想に反して非常にウェルカムな雰囲気でした。エンジニア組織の立ち上げが、トップダウンでもボトムアップでも、会社と組織が変化・成長するために不可欠な手段であると広く認識されていたのです。そのため、入社時にアウェイ感のようなものを抱くことは一切なく、温かく迎え入れられていると感じました。

新しい組織では、ビジネスドメインに関する知識が不足しがちで、周囲の協力なしには物事が進まない場面が多くあります。しかし当社では、周りの方々が非常に協力的で、われわれの話に耳を傾けてくれます。この内製化に対する歓迎ムードと高い期待値はコクヨならではかもしれませんが、ほかのエンタープライズ企業の内製化においても同様の傾向が見られるかもしれません。

新しい取り組みへの姿勢

当社では、新しい取り組みやツールの導入において、大きな衝突はほとんどありませんでした。これは、社内に浸透している「コクヨカルチャー」の賜物です。「とりあえず試してみよう。だめだったら別の方法を考えればいいし、うまくいったら先に進めばいい」という、小さく始めて検証する文化が根付いているため、ツールの導入や新たな試みに対して寛容な姿勢で臨めます。

例えば、Devinのような最新ツールを迅速に導入できたのも、この文化があったからこそです。もちろん、必要な予算は無限ではありませんが、きちんと説明すれば導入は十分に可能です。新しい取り組みへの姿勢は、われわれにとって乗り越えられない壁ではありませんでした。

しかし、唯一難しさを感じたギャップがあるとすれば、GitHubのようなSaaS製品の導入です。これまで社内にITエンジニアがいなかったため、外部のSaaSに対する文化的な理解が不足していました。「セキュリティリスクはどうか」「このツールは本当に安全なのか」といった疑問に対し、時間をかけて説明する必要がありました。幸い、前向きに議論してくれる方が多かったため、この課題も無事に乗り越えられました。

これまでの文化との融和

大企業に特有の課題として、長い歴史の中で培われてきた独自の文化、そしてそこから生まれた豊富な経験値に基づく判断があります。システム開発の文脈では、これを“レガシー”と表現することがあります。システムエンジニアにとってレガシーは、何か手を打たなければならないものというニュアンスで捉えられがちですが、それは決して否定的な意味合いだけではありません。

実際に、現在の売上や利益を生み出し、会社が存続できているのは、まさにそのレガシーなシステムのおかげです。これはシステムだけでなく、会社の組織そのものにも当てはまります。これまでの組織体制が機能してきたからこそ、私たちは今ここで働き、報酬を得られているのです。だからこそ、既存の文化やシステムに対しては、そのレガシーが会社を支えてきたことへの感謝を忘れてはなりません。

同時に、現在の情報化社会では、インターネットを通じて膨大な情報を瞬時に得て判断できます。これは、過去の経験値のみに頼らざるを得なかった時代とは大きく異なります。大企業においては、この“過去の強固な経験値”と“現代の膨大な情報”をいかに融合させ、前進していくかが非常に重要です。

これまでの文化を一方的に否定してハレーションを起こすのではなく、“双方の立場を理解し、歩み寄ることで融和を図る”ーー。これこそが、大企業が成功するために不可欠な取り組みといえるでしょう。

Q&A

Q. 新卒採用について質問です。組織を立ち上げて間もない現在のタイミングでは、どういった観点や軸で採用しましたか。

A. 組織立ち上げ時というのは、まだ具体的に何を作り、どのような技術やツールを用いるかといった詳細が定まっていない、カオスなフェーズです。こうした状況下では、与えられた環境で決められたタスクを技術的にこなせる人材よりも、混沌とした状況でも自ら積極的に動き、課題を発見して解決できる力を持つ人材の方が、初期の組織との親和性が高いと判断しました。そのため、一定の技術力は必須としつつも、変化を楽しみ、困難な状況でも前向きにチームとして協働できるかどうかを重視して選考を進めました。

Q. 2025年4月、エンジニアが5人しかいなかった中で11人の新卒社員を採用し、全員の面倒を見ることはできているのでしょうか。

A. 現在、8人の中途社員が11人の新卒社員を育成している状況で、「なんとか頑張っている」というのが実情です。しかし、当社の新卒メンバーは、ただ指示を待つのではなく、自ら課題を見つけて行動できるアジリティの高い人材がそろっています。そのため、まだ完全に整っていない環境下でも、新卒社員たちが自律的に動いてくれる場面が多く見られます。中途社員が新卒社員を育てるだけでなく、新卒社員が中途社員に新たな視点や刺激を与えてくれることもあります。

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