部下の成長促進や信頼関係の構築といった効果が期待される1on1ミーティング。しかし、そのノウハウを体系的に学べる機会は少なく、手段が目的化したり、実施者によって対話の質がばらついたりする課題も見られます。
1on1に絶対的な正解はない中、本連載「1on1の解剖図」では、様々な領域で活躍するエンジニアの「1on1の手法」に焦点を当て、現場の課題や気づき、乗り越え方を掘り下げます。
第3回は、コクヨ株式会社 ビジネスサプライ事業本部 VPoEの小谷侑哉(こたにん)氏(@Kotanin0)。「ゼロから組織をつくりたい」という思いから、2024年2月にコクヨへ入社し、同社の内製化をけん引しています。内製組織は立ち上げ当初の5人から、新卒・中途を合わせて25人にまで成長。同氏はVPoEとして、EMやチームメンバーと隔週で1on1を実施しています。
前職の大手EC企業でもチームリーダーや組織部長を務め、もともと人をまとめるのは得意だったという小谷氏。1on1を成果につなげるコツや、得手不得手で終わりがちな「行間を読むスキル」の伸ばし方、そしてコミュニケーションを重視するきっかけとなった「1on1をやめたときの後悔」を聞きました。
相談内容の“変数”を見つけ、値を変えてみる
──小谷さんは1on1の役割をどのように考え、普段どのようなことをお話しされていますか。
1on1の役割は、メンバーの心の奥底にある「潜在的な悩み」や「成長の種」を掘り出すことだと考えています。いわば砂場で宝探しをするように、一見何もない状態から対話を重ね、課題や可能性を見つけていく時間です。
メンバー一人ひとりの“心の砂場”には、土足で踏み込むわけにはいきません。こちらは、オープンマインドな姿勢や信頼の気持ちを持って、直近の良い点は具体的にフィードバックするように心がけています。
──ブログでは1on1を劇的に改善するコツとして、「相談内容の“変数”を見つけ、値を変えてみる」ということが紹介されていました。実際に効果があったケースを教えてください。
ブログで書いた内容は、まさに実体験なんです。リモートワーク中心の頃、あるメンバーから「チームの連携が取りづらい」という声がありました。そこで「リアルだったら?」「同期のZoomではなく、非同期のSlackなら?」と、環境や手段といった変数を一つずつ変えて想像してもらったんです。
話していくうちに、悩みの本質は「連携が取れない」ことではなく、「気軽に声をかけ合える状態ではない」ことだと分かりました。この気づきを基に、チーム共通の出社日を設け、困ったときすぐに相談できる環境を整えました。
──この考え方は、どのように生まれたのでしょうか。
この考え方は、デバッグの発想が基になっています。プログラムに原因の分からない不具合が起きたとき、エンジニアはコードを一行ずつ変えて検証します。人の課題もシステムと同じように、値を一つずつ変えてみようと思ったのがきっかけですね。
AIにはできない“傾聴”、AIを使ってできる振り返り
──過去の講演での「AIは傾聴しない」という言葉が印象的でした。1on1でAIにはできない“傾聴”を行ううえで、意識していることはありますか。
この場合での「傾聴しない」は、言い換えると「人が沈黙している状態を感じ取れない」ということです。会話で生まれる沈黙の多くは、相手が一生懸命考えている時間です。私は、相手の言葉が出てくるまで、何秒でも何分でも待つようにしています。
その結果、「今は考えたくないです」と返ってきたなら、それでも構わないと思います。逆に、沈黙の最中に質問を挟むと相手の思考にバイアスがかかってしまうので、それだけは絶対にしないようにしています。
──1on1を受ける側が、AIを使ってセルフメンタリングできる場面はありますか。
出来事を振り返る段階での悩みは、AIに相談しやすいと思います。例えば「こういうことがあって、自分はこう行動した。その結果こうなったけれど、あのときってどうすればよかったんだろう?」といったケースです。自分で行動し、結果も出ているので、AIに相談してもバイアスがかかりにくいはずです。
「苦手」で終わらせない、“行間を読む”スキル
──AI時代は「会話の行間を読み、言語化すること」がより重要になるとおっしゃっていました。とくに行間を読むスキルは、ある種運動神経のように人によって差があると感じます。苦手意識のある人が、自分のレベルを引き上げるためのコツはありますか。
行間を読む力は、まさに“脳の運動神経”のようなものだと感じます。スポーツでは鍛える部位がはっきりしていますが、こうした頭を使う力は何を鍛えればいいかが分からず、「苦手」で片づけてしまう人が多い気がします。
行間を読むのが苦手な人に足りない筋肉は、相手の発言意図や背景を想像する「イメージ力」です。会話の中で「この人は何を伝えようとしているのか」「どんな状態を目指しているのか」を思い描く力ですね。
鍛え方はスポーツと同じで、反復練習です。その際は「これかな?」と一つだけ想像するのではなく、複数のパターンを思い浮かべ、どれが相手の意図に近いのか、それともイメージの範囲外にあるのかを確かめていくことが大切です。
「やらなくていいです」を尊重して生まれた後悔
──毎週のエンジニア部会では、約30分を「強制雑談タイム」にしているそうですね。小谷さんがコミュニケーションを重視するようになったきっかけを教えてください。
これまでの経験の中で、1on1をしなくなったメンバーがいました。本人から「やらなくていいです」と言われて、そのままフェードアウトしてしまったんです。当時は本人の意思を尊重したつもりでしたが、振り返ると対話を重ねたメンバーと比べて、その人の成長を十分に支えられなかったと感じています。
こうした経験も踏まえ、「コミュニケーションで大事なのは、話すことそのものである」と考えるようになりました。「話そう」という一歩目を踏み出せることが、何よりも重要だと感じます。だからこそ部会では、あえてしゃべる機会を設け、「話すことが当たり前」という空気をつくるようにしています。
──そのケースでは、1on1の頻度を減らしたのではなく、完全にやめたのでしょうか。
そうです。そのメンバーには自走力があり、自分でモチベーションを保てるタイプだと感じていたので、「本人が望むならやらなくてもいいかな」と思い込んでしまったんです。振り返ると、「彼はそういう人でしょう」と決めつけた、自分の“イメージ力不足”が原因だったと思います。
“想定外の悩み”の受け止め方、そのうえでの伝え方
──1on1では、想定外の悩みを打ち明けられることもあると思います。そうした場面で意識していることはありますか。
まず、否定しないことが大前提ですね。自分にとって想定外の話でも、相手にとってはすごく深刻な悩みかもしれません。自分の想定外というのは、結局自分のイメージの幅がまだ狭いだけなので。そのため、どんな悩みでも全部受け止めて、抱きしめてあげるような気持ちで話を聞くようにしています。
ただ、共感しすぎることにも注意しています。相手に寄り添うことは大切ですが、度が過ぎると今度はこちらにバイアスがかかってしまいます。例えば、相手の悩みが若干自己中心的で、「それはちょっと違うんじゃない?」「あなたにも改善の余地があるかもしれないよ」と言いたい場面があるとします。そういうときは、いきなり否定するのではなく「一回別の視点で言うけど」「今から言うことが違ったら、そう言ってほしいんだけど」と一言前置きしてから伝えるようにしています。
メンバーの好奇心には「機会」で応える
──小谷さんは前職でもマネジメント業務をされていたそうですが、現在の1on1でコクヨの企業文化を反映している部分はありますか。
コクヨには「be Unique.」という企業理念や、「とりあえずやってみる」という実験カルチャーがあります。2025年10月には、コーポレートメッセージ「好奇心を人生に」も制定されました。このメッセージはできて間もないですが、根底にあるマインドは企業理念や実験カルチャーと通じています。
マネージャーとしては、メンバーの挑戦を受け入れ、すぐに実践できる機会を与えたいと考えています。そのため1on1では、“好奇心の種”に気づくだけでなく水をあげるように、それを形にできる場をつくるようにしていますね。
──1on1が部下の成長につながったと手応えを感じるのは、どのようなときですか。
やはり、メンバーがアクションを起こしてくれたときですね。例えば「前回話したことをもとに、こうしてみました」「この本が参考になりそうなので読んできました」「この人とコミュニケーションをとってきました」「もう少し相談したいので、こういうことを考えてきました」など、大小に関係なく本人が自分で考えて行動したときに手応えを感じます。
1on1は、メンバーを思い通りに動かす場ではなく、本人が自分で考えて動けるように手助けする時間だと考えています。そのアクションが「ちょっとベクトル違くない?」という内容だったとしても、まずは本人が考えて動いたこと自体に価値があると思いますね。
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