初めまして、Maki(@yuma_prog)です。
突然ですが、業務時間外に技術の勉強をするのはつらいと思っていませんか。でも、やらないと他の人との差が出てしまうから勉強をしないと…と日々ストレスを感じていませんか。周りの強いエンジニアを見るとずっと最新の情報を学び続けていて、自分にはああなるのは絶対に無理だ、と思っていませんか。文系出身で学生時代にプログラミングを学んでこなかった自分には手の届かない世界だと、諦めていませんか。
これらは、過去の私の気持ちです。
今は好きな技術のキャッチアップを楽しみ、技術コミュニティの主催や登壇、運営を楽しみ、結果としてMicrosoft MVPも受賞し、GitHub Starにも選出いただきました。英語が大の苦手なのに、好きな技術の開発者と直接話がしたくて自費で海外カンファレンスに行き、サンフランシスコで開催されたMicrosoft Build 2026では英語登壇までしました。また好きな技術を極めようとフリーランスのエンジニアにもなり、当時では考えられないほど技術を楽しむ道を進んでいます。
今の道には自然と至ったわけではありません。葛藤しながら、自分がどうありたいかを考えて行動し続けてきました。この記事では、技術を楽しめるようになるまでの過程で決めた「やらないこと」について、その過程とともに書き連ねていきます。
過去の私と同じ気持ちの方や技術コミュニティに興味がある方は、何かの参考になるかもしれません。
つらいことを続けるのをやめる
私のやらないこと、まずは「つらいことを継続すること」です。社会人生活は長いです。何十年もつらいことを続けられるとは思えません。「つらい」と思った時点でその分野の吸収力は低下しますし、自分を追い込みすぎて再起不能になる可能性もあります。
私は高校時代に「つらい」勉強を「楽しい」と思い込もうとしながら、今思えば正気ではない量の勉強時間を確保していました。結果、勉強ができなくなる身体症状が起こりました。本当の自分の気持ちを無視して偽り続けると、自己防衛のためにこのようなことが起こると、大学で心理学を学んで知りました。
今は、自分の気持ちをありのままに受け止めるようにしています。つらいならつらいと認め、自分が本心で楽しいと思える方法を探し、それもなければきっぱりとやめる道を探します。
私にとって業務外での技術の勉強はつらかった。なのでそれを楽しめるアプローチがないかを探しました。見つからなければエンジニアをやめて、昔から家事としての料理が好きだったので住み込みのハウスキーパーを、あるいは何となく憧れがあったのでひよこ鑑定士を目指そうかと思っていました。
結果として「技術コミュニティ」という技術の楽しみ方の解を得たので、今もエンジニアを続けています。
「不安」を行動しない理由にするのをやめる
技術の勉強を楽しむ方法を探していた私は、憧れていたエンジニアの先輩から「技術コミュニティ」を勧められました。しかし私はもともと、社交性ゼロ・できれば引きこもりたい・コミュニケーション力もない人間です。
「強いエンジニアだらけで場違いかもしれない」「参加しても孤独感以外何も得られないかもしれない」「こんな技術的な知識もない人間が行ってもいい場所なんだろうか」、そういった不安からなかなか参加できずにいました。
しかし過去を振り返ってみて、自分で何か前向きな行動をしたときに、抱えていた不安通りのことが起きたことはあったでしょうか。私は「やってみれば案外大したことはなかったしむしろ楽しかった」ということばかりです。勇気を出して何かをしたとき、成功に終わらずとも何かを得ていました。
結局、行動した後の自分の受け取り方次第であり、何か不安があればそれを回避する努力をすればいい話なのです。
今のまま停滞していてもつらいだけなので、覚悟を決めて、まずはぼっちになりにくそうな女性限定のオフラインイベントに参加しました。そこでいろいろな技術をやっている女性たちと会話ができてやはり行動して良かった、と思ったのですが、そこから「自分が今やっている技術の話をしたい」という気持ちが湧いてきました。
技術の「勉強」だと思うのをやめる
当時Azureをやっていたので、その気持ちのままにJAZUG(Japan Azure User Group)主催のGlobal Azureというイベントに参加してみることにしました。このイベントで途轍もない衝撃を受けました。
登壇者が楽しそうに技術の話や苦労話をし、参加者たちも懇親会で技術の話をして盛り上がっていました。懇親会後の打ち上げにも参加させていただき、そこで登壇内容について登壇者の方に質問をしたらPCを取り出してその場で楽しそうにデモをしてくれました。居酒屋でPCを広げ始める様があまりにも異質で、オタク的すぎて、なんて面白い場なのだろうかと感激していました。
その空間がとても楽しくて、同時に既視感を覚えました。「これ、アニメについて語っているときの自分みたいだ」と。そして思いました。「このオタクの輪に入れたら楽しそうだ」と。
この人たちの会話についていけるようになりたい。そのために知識をインプットしたい。なぜならその方が楽しそうだから。
そう思ったときに私にとって技術は「仕事のために勉強する必要があるもの」から「オタクと会話を楽しむための予備知識」という認識に変わりました。
1人でインプットするのをやめる
オタクたちの会話に混ざるために技術情報をインプットしていきたい。それを継続できれば自分のスキルアップにもなるはずだと思い、情報のインプットを継続する方法を考え始めました。JAZUGに行き続ければ継続ができそうなものの、いち参加者で何の役割もないと「この場に自分は必要ない」と考えて知り合いができる前に足が遠のいていくだろうなと思っていました。
そんな時に、JAZUG for Womenという女性限定イベントを再開するので登壇しないかと、発起人であるかづみさん(@dz_)にお誘いいただきました。登壇は何でも知っているような強いエンジニアだけがするものだと思っていたのでためらいましたが、JAZUGを運営するあしかがさん(@yuiashikaga)が「その人の体験や学びは唯一無二であり、それこそに価値がある」「誰かには刺さる」といった考えを伝えてくださり、それに背中を押されました。
もう少しコミュニティに参加して慣れてからの方がいいのでは、という気持ちもありましたが「じゃあ何回参加したら登壇していいといえるのか」「参加する側に慣れてしまった方が登壇するハードルが上がるのではないか」などと自問自答して覚悟を決めました。
そうして終えた初登壇後の私の思考はこんな感じです。登壇はいいぞ。
「意外とみんな何でもは知らない、知っていることだけなんだ」
「初心者の学びでも誰かの価値になれるんだ」
「仕事のために学んだことが仕事以外でも価値を持てるんだ」
「登壇すると、話しかけてもらいやすくなるな」
「いい反応をもらえて楽しかった」
「もっと知識を身に付けたい」
その後、運営にもお誘いいただき、「運営という役割があれば継続してJAZUGに参加し続けられそうだ」と思って運営側になりました。コミュニティに参加していると、「すごいな」と思う人たちが増えていきます。その人たちのXをフォローしていった結果、Xを見るだけで技術情報が入ってくる環境ができあがりました。もともとツイ廃な私にはうってつけの環境です。また、「あの人がつぶやいているから見てみよう」という動機で情報をインプットできるようになりました。
しかしこの段階では、学んでいてわからないことがある場合に気軽に聞けるような人はいない状況でした。そんな人ができるとより楽しく学んでいけそうだと思ったのですが、既存の場で関係性を構築していくのが苦手なのもあり難しい状況でした。
そんな時に、初めて個人主催のイベントをする機会が生まれました。もとはというと、Xで「~がわからない」と言っていたら前職の先輩が「教えてあげようか」と声をかけてくださったのが発端です。せっかくやるならイベントにして他の人も見られる状態にしたら面白いのでは?という気持ちから参加者0でもいいかと思いながら開催したものでした。
当時知り合いもほぼいなかったので、一体誰がこんな会に参加するのかと思っていたら「すごいな」と思っていた人たちが登録してくださり、何なら特に交流もなかったマイクロソフトの中の人まで参加してくださり、訳がわからない豪華な会になりました。
そこで、「わからないことを学び合い教え合う会」に来てくれる人は何人かいて、それを続けられれば自分の学習モチベーションも保てそうだし、何より主催すると知り合いが増えていく、ということに気づきます。
そこから「Azureわいがや会」というコミュニティを立ち上げ、先にイベント開催や登壇を決めてインプットをするというスタイルになっていきました。1人だとどうしてもモチベーションが保てなくなったり、得られる情報に限界があったりします。一方、人と学ぶと貴重な知見が集まり、オタクトークをしている気分で楽しくインプットができます。今では1人でインプットすることも多いですが、アウトプットの場を意識的に設けることでモチベーションを継続させています。
このように、1人で学んで完結するのではなく、人を巻き込んで学びを共有できる環境を作ることでモチベーションを継続してインプットができるようになりました。
自分を決めつけることをやめる
最後にお伝えしたいのは、これらの行動をする前提の話です。
前に進むとき、最初に「やらない覚悟」を決める必要があるものがあります。それは、「自分はこういう人間だから」と枠にはめて自分自身を決めつけることです。
この思考は逃げで、甘えで、前に進まないことの言い訳でしかなく、自分を「現状維持という名の劣化」に追い込むものです。
意識しないと陥りがちな思考なのですが、私は「いいな」と思ったことがあれば「なんで自分もやらないの?」と自分自身に問いかけることでこの思考にとらわれるのを回避しています。
「うらやましいと思うならやれ。やらない言い訳を探すな」と自分自身に言い続けています。
私が当時とらわれていた決めつけを2つ紹介します。
1つ目は「文系出身だから、技術を楽しむことができない」というものです。
当時憧れたエンジニアの先輩たちを観察してわかったことは、みんな技術を楽しんでいるということでした。話を聞くと情報系出身か、学生からプログラミングをやっていて、その延長で楽しんでいるようでした。この時点で、「文系出身の私には技術を楽しめないから、憧れた先輩たちのようになれない」と行き詰ってしまいました。
しかしそこで立ち止まっている限り人生を楽しみ切れなくなってしまうので、「文系出身でも」技術を楽しめる方法を探そうと行動して見つけたのが「技術コミュニティ」という場です。
2つ目は「コミュニケーションが苦手で社交性も社会性もない人間だから、コミュニティで知り合いがつくれない」というものです。
「“コミュ障” [1]なので懇親会で話しかけられない」と表現する人は多いです。私ももともとそうです。
以下は、あくまで私が自分自身に向けて言い聞かせてきた言葉です。
甘えるな、勇気出せ、声をかけろ、拒否はされないはずだ。そこにいるのは同じものに興味を持つ仲間だ。オタクトークを楽しみたいんだろ?なら覚悟を決めろ。行け。場数を踏んで慣れろ。
そう自分を鼓舞して勇気を出した結果、今があります。冒頭に書いた「つらいことを続けない」ということは「つらいことに挑戦しない」ことではありません。「やってみたい」と思ったことはまずはやってみて、その上で楽しみ方を探しても見つからなければ「続けない」ということです。慣れないことを「やってみる」こと自体が「つらい」気持ちはあります。しかし、それを乗り越えないと土俵にすら立てないので、ここは特に自分に厳しい言葉をかけて鼓舞することで乗り越えています。経験として、特に女性は懇親会で話しかけてもらいにくい傾向があると思います。他にも「私は○○だから話しかけられにくい」と思うことがあるかもしれません。でもそれを言い訳にしても何も変わりません。「何の成果も得られなかった自分」を正当化して終わりです。私が望む、楽しくオタクトークできる未来はありません。
結局、望む未来を手にするための「覚悟」を決めたものが強いのです。ジョジョからそう学びました。
それでも私は自分から話しかけるのが苦手なので、「運営という役割を演じる」「登壇して話しかけてもらいやすい・話しかけたときネタにできるものをつくる」などの工夫をすることでそのハードルを下げていました。
自分には無理だと決めつけず、ハードルを下げる方法を探したり、覚悟を決めたり、考えられる限り行動を続けたりした先に望む道、楽しい道があるのだと思います。
この記事で技術コミュニティに興味を持ってくださった方がいれば、ぜひ覚悟を決めて一歩を踏み出してください。おすすめは、懇親会付きイベントへのオフライン参加です。
そしていつか、どこかのイベントで私にも声をかけてくださるとうれしいです。自分から声をかけるのは苦手なので。
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医学的な診断名があるため、この表現は普段控えていますが。 ↩

