「もっと成果を出さなきゃ」「スキルを増やさなきゃ」。そんな焦りに押され、やることを積み重ねていないでしょうか?けれど、本当に働き方を変えるのは“足し算”ではなく、“引き算”かもしれません。この企画では、エンジニアたちがあえてやめたことと、その後に訪れた変化をたどります。ムダをそぎ落とした先に残る、本当に大切な仕事や自分らしい働き方とは。誰かの“やらない選択”が、あなたの次の一歩を軽くし、前向きに進むヒントになりますように。
GitHubでSenior Solutions EngineerをしているSongmuです。OSS開発が大事な趣味の1つで、最近はOSS作家を名乗っています。
2010年ごろはRSSリーダー等を駆使して技術に関する情報を収集していました。朝昼晩と未読を消化し、はてなブックマークのホットエントリーを眺めて技術系の記事を読み漁る日々でした。技術雑誌を定期購読し、目に付いた本は片っ端から買っていました。技術系のイベントも積極的に参加していました。いつしか、そのように情報をあくせく追いかけることは以前ほどなくなってきました。
これは意識した変化ではありませんし、ポジティブな変化だと自己正当化するつもりもありません。実際、読む本の量は減りましたし、もっと情報をインプットした方が良いと反省する日々です。
自分の技術地図を書く
実際、まだ自分の中に技術審美眼が育まれていない時期には、手当たり次第に情報をインプットしてみることは有益です。最初は分からないことだらけで暗中模索でしょう。それでも様々な情報をインプットすることで、点と点が繋がってきて、ある技術がどういった領域のものなのかが整理され、自分の「技術地図」ができあがってきます。
これは地図と書いた通り、自分自身で歩くための道具です。細部までは網羅されてはいないでしょうし、空白地帯も外の領域もあるでしょう。それでも、自分自身が不安少なく歩くための道具となり、継続的に書き足していけるものであれば十分です。
その地図のベースをつくり上げるためには、繰り返しになりますが、外れを厭わずに様々な情報をインプットすることは有効です。何事も、人間は自分の中に知識が確立されていない状況においては、逆に「手っ取り早い価値がある情報」を求めてしまうものです。外れ情報を引くのを恐れ、当たりを引く方法を探し、いつまでたっても学習を開始しない、そう言った状況に陥りがちです。
これはまさしく徒労です。審美眼が確立されていない状況においては、何が当たりか外れかは分かりません。周りの様々な情報に目移りして何にも手を付けないより、とりあえず目に付いた物を学んでみる、迷うより学ぶことです。
技術の習得は大半は回り道ですが、運良くあなただけの近道が見つかることもあります。そして、世の中にはそういう一般化できない「近道」情報に溢れています。そういう情報に惑わされてしまうこともあるでしょう。近道を見つけるのがうまい人もいます。ただ、どちらにせよ、近道が見つかるかどうかは確率論にすぎません。焦らずに量をこなす事が重要です。
身近にエキスパートがいる場合、それは有力な「近道」になり得ます。良い師に出会えるかどうかはとても大事ですし、それと同時に、運の要素が強いものです。そして、自身の審美眼が乏しい時にエキスパートだと思っていた人が実はそうではなかったということも良くあることです。だとしても、迷わず教えを請うて、自分の糧にすることは有益です。ただ、盲信して鵜呑みにしすぎないようにも心がけた方が良いでしょう。
私の地図はどう広がったか
例えば、私が正規表現を学びはじめた頃、当時はバックエンド開発はしておらず、単に業務のウェブサイト管理のために学びはじめただけでした。その後それがPerlを学ぶきっかけになり、バックエンドエンジニアとしての入り口となったのです。正規表現自体も思いがけずバックエンド開発で役立つことになり、私の強みにもなりました。
Haskellを学んだこともあります。Haskell自体を書くことはありませんでしたが、その関数型の考え方は、その後Scalaでシステム開発する上で役立ちました。
Windowsサーバー管理のためにPowerShellを学んだ事もあります。その後PowerShellを使うことは無く、直接的に業務で役立つことはありませんでした。それでも、PowerShellのUnixとは異なるパイプラインの考え方を学んだことは、自分の技術的思考の幅を広げてくれました。
ただ、このように、自分の技術地図の版図が広がって、その縁が長くなってくると、いつまでも拡大を続けるのは難しくなってきます。追いかけた方が良い情報は無限にあってキリがないことに気付きます。そうなったらスタイルを見直すターニングポイントと言えるでしょう。
情報を「待つ」より「仕掛ける」。手を動かしてアウトプットをつくる
世の中に溢れる情報に対して受け身でいることはあまり得策ではありません。
「横綱相撲」という言葉があります。相手の攻めを全て受け止めて臨機応変に対応し、攻め手を封じて盤石に勝利する事を指します。実現できれば隙の無い勝ち方ではありますが、相手が繰り出してくるあらゆる勝負手に対応するために途方もない実力が必要な取り口でもあります。だからこそ、追い求めるべき理想像として「横綱相撲」と言われるのです。実際には相当な実力差が無いと実現できません。逆に大きな実力差がある場合に取りこぼして負ける確率を減らす、勝率90%の勝負を99%にする取り口とも言えます。
現実社会において、このような対応型を志向することは危険です。あくまで横綱級実力者の戦い方であって、ほとんど全ての人にとっては不向きです。不可能といっても良いでしょう。全ての技術への全対応は不可能だからです。
まずは、情報を受け身で捌こうとするのではなく、自分から仕掛けて、主体的に状況を動かすことです。それに、実際にあらゆることに万能に対応して、横綱相撲をしているように見える人も、得意領域が広いだけではなく、自分の得意領域の中で解決できるように問題をそこに持ち込むこともうまいのです。いわゆる「自分の土俵に持ち込む」というやつです。
抽象的な話になってしまいましたが、情報のインプットを主体的に回すにはどうすればよいのでしょうか。まずは、自分の注力領域を定めること、インプットと同時に手を動かしてアウトプットをつくること、自ら発信して行くことが大事です。例えば、技術を学んだり深めて行く時に、単に情報を得るだけではなく、実際に手を動かしてレポートをまとめたり、ブログやOSSを公開してみることをおすすめします。
手を動かすことで学習効率が上がり理解度も深まります。スキルとして身に付き、得意領域として確立されていきます。また、アウトプットすることでフィードバックも得やすくなりますし、あなたがそこに強みと興味を持っていることも周りに伝わります。そうすると、その技術について他の人から相談されたり、「その技術を使って仕事をしてみないか」とチャンスがやって来ることもあります。好きな技術を使える確率も上がるのです。
アウトプットなどと聞くと身構えてしまうかも知れませんが、まずは周囲の仲間や社内など身近な範囲での情報共有からでも良いですし、身近な人の方がフィードバックを得やすいこともあるでしょう。フィードバックが得られるかどうかは重要です。フィードバックはインプットとアウトプットのサイクルを回して成長するための原動力です。
トレンドづくりに参加する
「トレンド」と聞くと身構えてしまうかも知れません。流行りモノに迂闊に飛びつき過ぎることに軽薄なイメージを覚えることもあるでしょう。とは言え、トレンドは「動向」とも和訳できます。動向のキャッチアップが大事なのは疑いないでしょう。結局、多くの人に選ばれる技術が生き残るという現実もあります。
とは言え、無理にトレンドを追いかけると、振り回されて消耗してしまいがちです。ランニングをしていても、他者のペースに合わせるより、自分のペースで走った方が格段に疲れません。そこでオススメしたいのはトレンドを追いかけるのではなく、トレンドに乗ってしまうことです。可能ならトレンドづくりに参加し、理想的にはイニシアティブを取ることです。
例えば、様々なトピックに対して外野から眺めるのではなく、何かに絞って深く入り込んでみましょう。具体的には、勉強会コミュニティに参加してみること、社内勉強会やコミュニティを立ち上げてみることなどです。コミュニティに参加するにしても、可能なら、登壇してみる、スタッフとして参加するなど、より積極的に関わろうとしてみましょう。方法は様々ですが、自分なりの関わり方を見つけるのが大事です。少しでも良いので、その場に何らかのポジティブな影響を及ぼせるようになるのが理想です。
コミュニティの中には、生きた情報があります。ある技術がどういったところで使われていて、どういうメリットがあり、今の課題は何なのか、などリアルな知識を得られます。それらは、自主的に深く関わるからこそアクセスできるのです。例え、それが公開されている情報であっても、近い距離で関わることで、より知識として定着しやすくなるのです。
もちろん、あなたからのコミュニティへの情報発信も大切です。私が良く言っている言葉として「OSSは使っていることを公言するだけでも貢献である」というのがあります。私自身のOSS開発経験からしても、誰かが「このOSSを使っている」と言ってくれるだけで、とてもうれしいです。さらには「このように使っている」と実例まで挙げてもらえると、とてもうれしいのです。そのような発信を見た人が「その技術は良さそうだから使ってみようかな」と使い始めることもあります。そのようにコミュニティの輪が広がることにもつながるのです。
これはOSSに限った話ではありません。自分が好きな何かに対するオープンマインドな発信が応援になり、評判を生み、誰かの行動の後押しになることもあるのです。その時に大事なことを補足すると、ポジティブな発信を心がけ、何かの否定もしないようにすることです。
技術は自分でつくれるもの
誰かがつくった技術を使うことばかり考えがちですが、実は技術は自分でもつくれるものです。無用な車輪の再発明は避けるのが無難ですが、それを恐れすぎて何もつくらないのももったいありません。自分でつくった物が広く使われ、それがトレンドになれば最強です。自分がトレンドを追いかけるのではなく、追いかけてもらえるようになるからです。
もちろん、新しいものをつくるのは難しいことですし、アイデアもなかなか湧いてこないでしょう。ただ、眼の前の仕事や趣味や技術に対して主体的に取り組むと、新しい改善の仕組みやツールのアイデアが浮かんでくることがあります。仕事をちょっと便利にするツールだったり、あるOSSの周辺ライブラリや関連ツールなど、案外アイデアは転がっているものです。
それらのアイデアを形にして、自分だけに留めず、周りにアウトプットして是非を問いかけてみましょう。うまくすればフィードバックが得られてより良いものになったり、多くの人に使ってもらったりします。その様に仲間を増やしていく事ができれば、それはコミュニティとなりトレンドが生まれます。
うまくいかなくてもがっかりしないことです。自分にとって便利であればそれだけで十分なのです。慣れればアイデアはいくらでも転がっていることに気づいてきます。その上で打席に立つ回数を増やす事が大事です。
変化を楽しむ
ここまで、多くの情報を収集する発散のフェーズから、フォーカスする収束のフェーズへの移行について書いてきました。しかし、特定領域のみにいつまでもフォーカスしていれば良いかと言うと、そう簡単な話ではありません。
特定の領域に停滞しすぎると、マンネリ化したり、周囲の変化に気づけなくなったりしてしまいます。キャリアを持続可能にするためには、そういった状況を打破しなければなりません。世の中は変化し、新しい技術やトレンドも生まれます。視野を広げて、新しい領域に取り組む局面がまたやってきます。
その様な時には新しい技術やトレンドに抵抗感を持ちすぎないことを意識したいところです。自分の専門領域がある程度確立されたシニアになると、新しいモノに対して逆に抵抗感や苦手意識、馴染めなさを感じ易くなってしまうこともあります。自分にとって理解が難しいものや好みではないものもあるでしょう。それでも、そういったものを拒絶して自分の可能性を減らしてしまうのはもったいないことです。学習はしないにせよ「そういうものもあるのか」と受容すること、可能なら世に受け入れられている背景くらいは押さえておくと良いでしょう。
全ての技術は習得できませんし、それどころか習得できる技術はごく一部に過ぎません。だから、理性的にせよ感情的にせよ理解できないものを変に嫌うのは時間の無駄です。好きなものを選んでそちらに時間を使えば良いのです。
理解が難しいものをやらなければいけないように感じることが、ストレスになることもあるでしょう。ただ「Nice to haveに溺れない」ことが大事です。やったほうが良さそうなことは世の中に溢れています。「1日たった10分やるだけ」などの言説はよく聞かれますが、少し考えれば、それを数個やるだけでも、社会人にとっての平日の可処分時間のかなりの割合を占めてしまうことに気付くでしょう。
ここでも大事なのは、新規に取り組む対象を絞って主体的に選ぶことです。そういう「つまみ食い」を楽しむことです。
例えば、ここ3ヶ月くらいの私の活動をいくつか紹介すると、まずは、AI Agentを安全に動かすためのOSサンドボックスについて調べ、実際にOSSのサンドボックスツールであるfenceに不具合を見つけ、pull requestを取り込んで もらいました。
他には、少し前に、仕事で使うOctoBizという合成フォントをつくって公開しました。これによってフォントのフォーマットやバージョン形式、公開方法、合成方法などについて知識を増やすことができました。
最近は、slidownという、Markdownからpptxを生成するOSSを開発しています。これは、業務上でパワーポイントを使うことが増えたためつくり始めたものですが、GitHub Copilotを使ったAI駆動開発や、pptxファイルのデータフォーマットについても理解を深められました。
この様に、世の中には新しい楽しい題材がたくさんあります。そして、何かにフォーカスして取り組んだ経験は新しいことに取り組む上でも案外無駄にはならないものです。まったく違う領域のように見えても、何らかの共通項を見出して、素早くキャッチアップできたりするものです。
振り子を止めずに、揺らし続ける
私が情報を追いかけることを辞めたことは、戦略的な変化ではなく、結果的にそうなっただけではあります。ただ、その過程で以下のようなポイントが重要であるということは気付いてきました。
- 世に溢れる情報に対して受け身になって振り回されるより主体的に選択してフォーカスすること
- 自発的に発信してムーブメントをつくりフィードバックサイクルを回して成長につなげること
そして、これらに対して打算的になりすぎず、純粋に変化を楽しむことが実は1番大事だとも考えています。
本記事では、情報に対する興味の発散と収束について触れましたが、何事も発散と収束は振り子のように繰り返されるものです。そして、その振り子を止めずに揺らし続ける意識を持てると良いでしょう。
その様に変化を続ける持続可能な生活やキャリアこそが、幸福な人生なのではないかと考えるようになりました。この記事が皆様の幸福な人生のヒントになれば幸いです。

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