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AI疲れや孤独感から自分を守る。心療内科医が教える、エンジニアのための「やらないこと」リスト

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心療内科医・産業医

鈴木 裕介

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心療内科医・産業医の鈴木 裕介です。私はこれまで、内科医や産業医として、IT企業を含む多くの働く方々のメンタルヘルスに向き合ってきました。

日々多くのエンジニアの方の相談に乗っていて痛感するのは、IT業界は、構造的にメンタルヘルスのリスクが非常に高い職場であるということです。調査[1]によれば、過去1年間にメンタルヘルス不調で1ヶ月以上休業した従業員の割合は、全産業平均の0.4%に対し、情報通信業は1.2%と最も高くなっています。エンジニアも多く属するIT業界のメンタルリスクは、平均の約3倍という過酷な状況にあるのです。

しかし、皆さんにまずお伝えしたいのは、メンタルが不調になるのは「個人の心が弱いから」ではないということです。

エンジニアのストレス要因を紐解くと、そこには個人の資質だけでは抗えない「構造」が見えてきます。例えば、客先常駐の中でタイムリーに相談しづらい関係性や、新たな業務に戸惑いストレスを抱える状況。これらに加えて、「自分がしっかりやらなければ」という強い責任感やプロ意識を持つ人ほど、限界を超えても一人で問題を抱え込んでしまう傾向があります。

こうした複数の要因が複雑に絡み合うことで、チームの中に身を置きながらも実際には「繋がっているが孤独な関係性」が形成され、ストレスを大きく高めてしまうのです。

さらに近年は、AIの急速な進化によって仕事の進め方が激しく変化しています。前提として、そもそも「変化を要請されること」自体が、生物にとってすごくストレスなんですよね。脳は「予測をする臓器」なので、予定調和ではない、予測外のことが起こるのを本能的に嫌がります。つまり、変化のスピードが速い現代で、皆さんが 「胸がざわざわする」「ドキドキして落ち着かない」「理由もなく疲れ果てている」と感じるのは、気合やメンタルの問題ではなく、予測外の変化(危機)に対して脳が発している、生物としての「正常な身体的アラート(ストレス反応)」なんです。

なぜ限界まで無理をしてしまうのか? ミスへの過剰な恐怖と「フォーン反応」

真面目で責任感の強い人ほど、「失敗(ミス)=死(自分の存在価値が失われる)」というような極端な認知を持っていることがあります。

過去の理不尽な環境を生き延びるため、人間は相手の要求に応え、喜ばせることで自分を守ろうとします。これを「フォーン反応(防衛的な迎合)」と呼びます。何で怒られるかわからない環境において、小鹿のように相手の顔色をうかがうことは、当時の生存戦略でした。さらに、不意打ちで怒られるのを防ぐため、「怒る他者」の厳しいコピーを自分の中につくり、「これをしたら怒られるぞ」と常に自分自身を過剰に見張らせるようになります。こうした「内なる監視者」もまた、予測可能性を高めようとする適応なんですね[2]

しかし、現在の職場において、過去の過酷な環境で身につけたこの「脳の癖」はリスクとコストがミスマッチしており、単に「超疲れる」だけです。ちょっとした業務上の指摘に対しても、この「内なる監視者」が発動し、自分の全てが否定されたかのような大きな危機感を感じてしまいます。

この状態から抜け出す第一歩は、「失敗=死」という極端な認知を手放し、失敗を再定義することです。絶対に指摘を受けないように過剰な準備をするよりも、少し転びながら学んでPDCAを回す方が、圧倒的に効率が良いのです。

もし業務上の指摘で「全てが否定された」と感じてしまうなら、それは性格の問題ではなく、過去の失敗や挫折体験からくる情動が引き起こす「反応」かもしれません。恐怖の反応が強すぎると自覚できたなら、一人で抱え込まず専門的なケアを頼るタイミングです。「これは自分の性分なのだ」と一生抱えていくのではなく、適切なケアによって「必要な時にだけ繊細になれる」状態へ変容していくことが可能である、ということはぜひ知っておいてください。

こうした「心の前提」を理解するだけでも、少し肩の荷が下りるのではないでしょうか。それを踏まえて、日々の業務で具体的に何を「やらない」と決めるべきか。3つのポイントを見ていきましょう。

やらないこと①:「置いていかれる恐怖(FOMO)」を原動力にキャッチアップするのをやめる

AIなどの新しい技術が登場する中、「常に最新の情報を追わなければ」という強迫観念で疲弊している方を見かけます。哺乳類はコミュニティで生き延びるという生存戦略を取っているため、「このままではコミュニティから置いていかれるのではないか」という根源的な恐怖(FOMO:Fear Of Missing Out)を感じるようにできています。

もちろん、プロフェッショナルとして必要な業務上のキャッチアップはやるべきです。しかし、この「恐怖」だけを原動力にして学習を続けると、いずれ必ずバーンアウトしてしまいます。最新の知識を追い続けることだけがキャリアではありません。大切なのは、自分がどんなアクションをとっていることが自然で楽しいのかという本来的な性質(want to)と、職業としての機能をどうマッチさせるかです。

なぜなら、恐怖や焦燥感をエネルギー源にするよりも、自分の根源的な「やりたさ」や欲求から来るエネルギー(火力)の方が、圧倒的に強くて持続するからです。心から楽しいと思えることと仕事が結びついている状態をつくれれば、無理に恐怖で自分を追い立てなくても、勝手にアウトプットが高まり、自然と卓越していくものです。

とはいえ、日々の業務や納期に追われる現実の中で、今すぐ「心から楽しいと思えること」と「仕事」を完全に一致させるのは難しいかもしれません。自らが主体的にエネルギーを発揮できる部分と、組織から求められる社会的な要請を結びつけるには工夫が必要ですし、そもそも我慢が日常になっている人に「やりたいこと」を聞いてもなかなか出てきません。

だからこそ、まずは「置いていかれる恐怖」だけで走り続けるのを一旦やめてみてください。AIの登場などでこれまでの前提が崩れつつある今は、逆に「自分の内面にあるブレない欲求は何なのか」にフォーカスする良いチャンスでもあります。焦らずに「自分がどの領域でどう立ち回るのが自然で苦にならないか」を少しずつ探っていくことが、長い目で見てキャリアをつくる上で大切になります。

やらないこと②:落ち込んでいる時の「振り返り(反芻)」をやめる

先ほど、過去のトラウマ的な反応によって大きな危機感を感じてしまうというお話をしましたが、そういう人が落ち込んだ時にやってはいけないのが「反芻(はんすう)」です。

失敗した時、「なぜこんなことが起きたのか」「自分はいつまでも進歩がない」と、ネガティブな思考を無限ループのように巡らせてしまうことはありませんか。「反省(省察)」が自己への好奇心に基づいて未来志向で行われるのに対し、「反芻」は過去志向であり、学習や問題解決に一切寄与しないばかりか、解決のための行動を遅らせてしまう有害なものです。

人間は絶望的な気持ちになると、絶望的な過去の記憶や身体感覚ばかりが引き出されてしまう「状態依存記憶」を持っています。

反芻を防ぐための有効な手段は、「そもそも落ち込んでいる時に振り返りをやらない」ことです。ネガティブなループに入りそうになったら、温かいお茶を飲んだり、少し集中できる作業(片付けなど)をして、自律神経のモードを切り替え、脳のリソースを別のことに使いましょう。

やらないこと③:「休めない恐怖」から逃げるのをやめる(HP原理主義)

心身のキャパシティが限界にきている時、真面目な人は「自分が役割を果たせないこと(休むこと)」に強い恐怖や罪悪感を感じます。そのため、「限界なのにやり続けるのも地獄」ですが、「役割を放棄して休む(予測不可能な世界に飛び込む)のも地獄」という状態に陥ります。

このように「進んでも地獄、止まっても地獄」という状況になった際、「どちらの地獄を選べば自分のHP(心身のエネルギー)が残るか」を基準に考え、結果的に「止まる地獄(役割を果たせない恐怖はあるが、休むこと)」を意図的に選ぶというのが、私が提唱している「HP原理主義」という考え方です。

そのまま突っ走っても結局はエネルギーが枯渇し、ミスが増えたり役割を果たせなくなったりするため、休むことによる一時的な恐怖(止まる地獄)を受け入れる方が「勝ち筋のある地獄」なのです。マネージャーなどの第三者がこの考え方をインストールしておき、「どっちも地獄なら、勝ち筋のある地獄を選んでください(=休んでください)」と指摘してあげることも重要です。

「何をやっても無駄だ」なんてことはない。過去の過酷な環境で学習した思い込みを手放そう

過度なストレスや理不尽な体験を経験した人は「無力感」を学習します。過去の過酷な環境で学習した「何をやっても無駄だ」「自分は変われない」という思い込みは、努力しても事態が好転しないという予測誤差を低減させ、当時の心を守るための「適応」であり、「当時の最適解」であったかもしれません。しかし、環境が変わった今、その適応戦略をずっと引きずる必要はありません。環境もリソースも異なる今のあなたが、これまでと異なるやり方をトライできるとしたら、「何をやっても無駄だ」なんてことはありえません。

これから先、これまで経験したことのない変化に直面しても、過去の思い込みを手放し、自分を苦しめる習慣を「やらない」と決めてみてください。予測できない変化に無理に焦りや不安で自分を追い立てようとせず、まずは体の声を聞き、自分のHPを温存することを最優先にする。皆さんが心身の余白を取り戻し、ご自身の「火力」を燃やして健やかにエンジニアリングを楽しめることを、心から応援しています。

取材・構成:Findy Media編集部

脚注
  1. 2018年の厚生労働省「労働安全衛生に関する調査」より

  2. 心理学ではこの防衛機構を「取り入れ(イントロジェクト)」と呼びます。