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平均体力女のキャリア戦略。アラフォーエンジニアの“やらないこと”

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あおい

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「もっと成果を出さなきゃ」「スキルを増やさなきゃ」。そんな焦りに押され、やることを積み重ねていないでしょうか?けれど、本当に働き方を変えるのは“足し算”ではなく、“引き算”かもしれません。この企画では、エンジニアたちがあえてやめたことと、その後に訪れた変化をたどります。ムダをそぎ落とした先に残る、本当に大切な仕事や自分らしい働き方とは。誰かの“やらない選択”が、あなたの次の一歩を軽くし、前向きに進むヒントになりますように。今回は“平均体力女”のX投稿でも話題になった、あおいさんです。


こんにちは!IT企業でエンジニアをしているあおい(@_a0i)と言います!職種はSite Reliability Engineer(通称SRE)をやっています。SREとはサイトの信頼性を守る職種で…ちゃんと説明しようと思うと長くなってしまいますので、インフラを整備したり、開発者のサポートをしたり、障害を未然に防いだりといった仕事をしていると思ってください。私はソフトウェア開発のチームと兼務しているため、最近はAIを使いながらプログラミングをすることもよくあります。

プライベートでは書籍(「つくって、壊して、直して学ぶKubernetes入門」など)の執筆をしたり、コミュニティ活動やカンファレンスへの登壇を行っています。大型犬を2頭育てており、毎日仕事と育犬と大忙しです。

40歳を目前にして人生を見つめ直すようになった

さて、私はそろそろ40歳になるのですが、最近人生について見つめ直すようになりました。たまたまこういった自分の人生を見つめ直すタイミングで執筆依頼をいただけてとてもありがたいです!見つめ直しながら整理していくいいチャンスとなりました。

多くの方に共感いただけた投稿

まだ40歳にはなっていませんが、18歳を過ぎて気づいたら28歳で、その次気づいたら38歳だったなと感じます。人生100年だと考えるとまだまだこれからではあるものの、働くという観点で言えば半分を過ぎたあたり。昔の人は40歳くらいで寿命だったんだよな、と考えるとなんだか納得がいく年齢でもあります。というのも最近めっきり疲れが取れなくなったとか、集中力が続かなくなったとか、若い頃当たり前にやっていたことが通用しなくなりつつあると自覚してきたからです。

昔はがむしゃらにとにかく前だけを見て進んでいたものの、この年になると「周りから期待される」という年齢であることに気づくようになります。リーディングを期待される、後輩の育成を期待される…などなど。気づけば40も近いのに、若手の頃の感覚が抜けません。でも体は確実に老いていき、精神と肉体が段々バラバラになっていく…。「30歳はお肌の曲がり角」と言われているように、世間では30が一つの転換期として語られています。しかし私は30ではむしろ「若い女だと舐められなくなった」のような嬉しいことが多く、あまりマイナスな転換を感じませんでした。そんな私が感じる大きな転換期が今です。

平均体力女のキャリア戦略・・・と呼べるほどのものではないけれど

40歳近くになり自分のキャリアを考えた時、自然と周りの平均的な体力を持つ男性を参考にしていることに気づきました。しかし、私は平均的な体力を持つ身体的女性です。少なくとも私は平均な体力を持つ身体的男性よりも圧倒的に体力がありません。一方で私がいる業界(あるいは他の多くの企業で)は身体的男性のキャリアが多く目に入ります。もちろん少数派ではありますが女性もいます。しかし目に入る多くの女性は起業していたり、昇進していたり、コミュニティ活動を飛び回ったり、子育てしながら仕事以外の活動を続けていたりととにかくパワフルな方が目立ちます。じゃあ翻って私はどうする?と考えた時、全てをやり続けるのではなく、何かをやめる必要がある、という考えに至りました。筋トレなんて続かないのだから、今ある資本でやっていく方法を考えるしかない!

前置きが長くなりましたが、大きな転換期を迎えるアラフォーが「持続可能な人生」を考えながらやめたことをご紹介します!

おかんをやめる

突然なんだ?と思われるかもしれません。みなさんGlue Workという言葉を聞いたことがありますか?私はこの言葉(考え方)を最近上司に聞いて初めて知りました。彼との1on1で「女性はGlue Workを担いがちなので気をつけようと思っている[1]」という話を聞き、なんだそれはと思って調べた次第です。

Glue WorkのGlueとは接着剤を意味します。例えば放置されているタスクに気づいたり、新メンバーのオンボーディングをやったり、ユーザーと対話したり・・・といった仕事があげられます。これらの仕事のおかげでチームが成功に導かれているかもしれませんが、あまり評価されない、ということがBeing Glue[2]のブログに書かれています。詳細についてはブログを読んでいただければと思います。

Glue Workとは決して誰かから強制される物ばかりではないと思っています。むしろ好んでやっている、というところに問題があるのかなと思っています。何しろGlue Workの多くは「短期的に効果が出る」し、「人からありがとうと言われる」。

一日中コードを書いていて、それが例えリリースされたとしてもユーザーから直接ありがとうと言われないことは多くあります。一方Glue Workはちょっとしたタスクを完了しただけでもありがとうと言われることがあります。私はもしかしたら麻薬のようにGlue Workにハマっていたのかもしれません。

私がこれらのGlue Workをやってしまうことを「おかん」と表現したのは、自分の中のおかん気質がGlue Workに作用しているのではと思ったからです。私の中のおかん気質、具体的にいうと「今夜雨降るって予報だから傘持っていきな!」「ちゃんと栄養を取らないと!もっと食べな!」「あーいいよいいよやっとくわ」みたいな心理のことです。

もう少し具体的に仕事の話で言うと

  • 誰に宛てられたメンションでもないけれど困ってそうな人がいたら拾って声をかける
  • プロジェクトの進行上妨げになりそうなものをあらかじめ取り除く
  • 他のメンバーの様子を気にして声をかけたり1on1を入れる

自分が既にチームリーダーであるなど、役割としてGlue Workの多くを担っているのであれば仕事として適切でしょう。しかしGlue Workが自分のミッションではない限り、やりすぎるとただの「コードを書かない人」ひいては「技術的な仕事ができない人」とみなされるようになってしまう、とブログには書かれています。

さて、目減りする体の資本をうまく使いながら仕事をし続けるには、選択と集中しかありません。この先もまだコードを書いたり手を動かしていきたいならボランティアおかんはやめるしかありません。

そもそもなんで自分がこのような立ち回りを身につけたかというと、ひとえに自分の仕事に自信がなかったからだと思います。自分が書くコード、設計、エンジニアリングと呼ばれる仕事の多くに自信がなく、それならせめて優秀な人たちをサポートすることで自分の価値を発揮できると思っていました。

本当にそこで価値を発揮したいならマネージャーを目指すなど、より適切なキャリアを歩むべきです。コードを書くことが求められるエンジニアにおいてボランティアおかんを主軸としたキャリアはどこへも向かいません。

どうやっておかんをやめるか

「じゃあや〜めぴ」といって簡単にやめられるなら最初からボランティアおかんになっていません。そもそも「何がGlue Workか」を意識せず仕事をしていることもあります。息を吐くようになめらかにおかん。ではどうやってやめるか、そこで現代の便利ツール生成AIを使っています。「私がGlue Workしていそうだったら言って」と言った上でその日何をやったかなどを報告しています。最近では特に会議が多いため、その都度「その会議は本当にあおいさんがでなければいけないものでしょうか」と指摘されたりしています。

AIは便利な面がいろいろありますが、こうして自分が持続可能な働き方をするためにサポートしてもらえるというのは非常にありがたいなと思う今日この頃です。

やりたいことを全部やるのはやめる

昔はやりたいこと全部やろうとして予定を詰め込みまくって体調崩して…を繰り返していました。若いから体調崩さず元気だったわけではない、というあたりに自分は別に体力があるわけではない様子が伺えますね。

さて、じゃあ歳を取ったらどうなるかと言いますと、

  1. 体力を崩すペースが早くなる
  2. そもそも無茶ができなくなる(眠くなるなど)
  3. 回復できなくなる

です。

もちろんここで「体力をつけてやりたいことを全部やり続ける」が選べるのであればそうしたほうがこの先よりエネルギッシュで良い人生を歩めるでしょう。しかし私は犬に人生を捧げてしまっており、散歩という運動以外で体力をつける時間はなさそうです。とすればやりたいことを全部やるのはやめるしかありません。

こう書くと悲観的な老いを迎える人生に見えるかもしれませんが、そうではありません。例えば趣味のライブにいくという話で言えば今まで私は毎週ライブに行ったり、なんなら週3回ライブに行く週もありました。けれどそれらのライブを消費して終わってたのではないか?という疑問が自分の中にありました。同じ週に行ったライブはあとの方のライブしか覚えていないこともありました。頻度を減らすことで1回1回のライブ参加をより大事にできるようになった気がします。

勉強会も、前はとにかくいろいろな勉強会に行っていました。当時は自分が何に興味があるかわからなかったということもあり、数打ちゃ当たるの精神で参加していました。今は以前ほど自由に勉強会に参加できなくなりましたが、その分毎回目的を持って参加するようになりました。カンファレンスも登壇者という強い参加理由をつけるために以前よりも頻度高くプロポーザルに応募するようにもなりました。結果としてヨーロッパで開催された国際カンファレンスに登壇することもできました。全部やる、というのを諦めた結果だと思っています。

今まで自分はないものをねだり、無いものを探すためにとにかくいろいろ行動してきました。でもそろそろ自分の手の中にあるものを見つめ直す時が来たのだな、と思っています。

ヒーローになろうとするのをやめる

最近定期的に「私は何がしたい?」「どうなっていたい?」「どうなると嬉しい?」と自分に問いかけているのですが、こうして内省しているうちに自分は「ヒーローになりたかったのだ」ということに気づきました。私は幼少期セーラームーンがすごく好きだったのですが、ルナ(魔法少女の使いだと思ってください)に「あなたは選ばれた戦士なのよ」と言ってもらえるのを待っていたのだと思います。例えばコツコツ同人誌を書いていたら「商業出版しないか」と声をかけられる、「このイベントに登壇しないか」と声をかけられる、そしてその結果誰かの救いになる…そんな風に思っていたのだと思います。

こうして言葉にしてみるととても恥ずかしいですね!烏滸がましい!しかもこの歳になるまで気づかないだなんて!いや今気づいて良かったですね。こうしてインターネットにこの恥ずかしい考え方を放流するのも本当に恥ずかしいですがこれを読んだ皆様は私の屍を超えてゆけ。

ヒーローになれるなれない以前に私はいくつか間違った考え方をしていました。まず第一に、ヒーローになれる人だとしてもそういう人がルナに声をかけてもらえることなんてほとんどないということです。もちろん世の中には同人イベントで声をかけられて…という人もいるでしょう。でも考えてみてください。尾田 栄一郎氏も自分で賞に応募してデビューしているわけです。例え才能があったとしても、自分で行動しないと何も動かないことがほとんどです。

第二に、この世にはわかりやすい悪はほとんどないということです。ジョジョの奇妙な冒険という漫画でも描かれているように、ある人から見れば悪だとしてもある人から見れば正義であることがあります。真に誰かを救いたいと思うのであれば自分の正義を貫くための行動をするべきですし、そうでないなら誰かを救えるのは副産物でしかないと考えた方が良いということに気づきました。そしてわかりやすい悪がない以上、例え正義を貫いたとしても救ったつもりの相手は自分を悪とみなすこともあるかもしれません。これに気づいてから改めて起業家など信念を持って活動している人たちに尊敬の念を覚えるようになりました。

私はヒーローにスカウトされることもなければ、貫き通すほどの正義も持っていない。だからこそ自分がやりたいと思ったことは自分から手を挙げるし、解決したい困りごとがあれば誰かとゆるく連帯してできることをやる。これが私にあった生き方なんだなと思うようになりました。

持続可能な人生のために

私は運良く30代前半までやりたいことをやってこれました。だからこそおかんもヒーローも全部やりたいことをやるのをやめるという決断ができたのだと思います。でもこれからは運に身を任せてがむしゃらに進んでいくのではなく、真面目に自分の体と向き合いながらやりたいこと・できることをやっていきます!まだまだ人生これから!私と一緒に悩んでいきましょう!

脚注
  1. これからご紹介するブログには「女性は男性に比べて48%多くボランティア作業を実施する」ということが書かれています。

  2. Tanya Reilly「Being Glue」(NO IDEA BLOG)