Findy エグゼクティブエージェントが聞く——CTO・VPoEなど開発組織のトップ層のキャリア支援を行うFindy エグゼクティブエージェントの石川が、「次のキャリア」の決断までのプロセスを追うシリーズ。第2回は、外部から開発責任者として着任したエンジニアが、組織をどう変えていったかの話だ。
SREやエンジニアリングマネジメントの領域で複数の企業を渡り歩いてきた木村 竜介(@ryurock3)。2025年春、水産を中心とした生鮮流通にITで変革をもたらす株式会社フーディソンに、システム開発部の責任者として着任した。
前任のCTOが退任して数か月。外から来た開発責任者は、どうやって組織の信頼を得て事業を前進させてきたのか。石川がその1年間の軌跡を聞いた。
話し手|木村 竜介(きむら りゅうすけ)
株式会社フーディソン システム開発部 責任者(@ryurock3)
SRE・エンジニアリングマネジメントの領域で複数社を経験し、2025年春、フーディソンに開発責任者として着任。水産を中心とした生鮮流通のプロダクト開発と組織づくりを担う。
聞き手|石川 拓(いしかわ たく)
ファインディ株式会社 エグゼクティブ領域専任エージェント
CTO・VPoEなど開発組織のトップ層のキャリア支援を専門とし、年間100名以上のハイクラス面談を担当。本シリーズのインタビュアー。
火消しは好きじゃない。でも得意ではある
フリーターをしていた20歳の頃、勤務先だった飲食店の店長に勧められてクライミングを始めた。すぐにジムのスタッフになり、常連客に「アメリカに武者修行だ」と背中を押されて渡米。所持金は10万円、うち6万円が飛行機代に消えた。テント道具を借り、ヨセミテの麓で 「カリフォルニア米とゆかりだけの3か月を過ごしました」 と木村は笑う。
帰国後、職業訓練校でプログラミングに触れたが挫折し、営業職に就いた。営業先の飲食店からホームページ制作を受託するうちに、コードを書くことの面白さに気づき、そのままエンジニアの世界に入ったという。
「営業で数字を作っても大した評価が得られないなら、デザインやHTMLを作ったほうがいいだろうと考えたのがきっかけです」
Webエンジニアとして働く中で、転機になったのはトラフィックの桁が違う環境に身を置いたことだった。サービスをローンチするたびにシステムトラブルが発生し、誰かが帰れなくなる光景が日常。木村はその混乱を収束させるトラブルシューティングの役回りを担うようになる。
「別に火消しが好きなわけではありません。でも得意ではあるんですよね。ルールのない無法地帯みたいなところに入って、グレーゾーンにも対応できるのが自分の強みです」
火消し役の延長で、インフラやSREなどサービスの安定運用を担う領域に軸足が移っていった。上場直後の企業にSREとして入った時のこと。インフラを覗いてみると、サポートが終了したPython 2系が動き、VPCの設定が古すぎてRedisすら立てられない状態だった。入社から半年、 「思いっきりリアーキテクトしましょう」 と提案し、技術負債に向き合うチームを自ら立ち上げた。既存メンバーだけでは人員が足りず、リファラルで3名を自ら探すなど、手段を選ばず課題にコミットしてきた。
木村にはひとつの信条がある。どの会社に入っても、誰もが解決したいと思っているのに手をつけられていない課題を見つけて一つに絞る。その課題解決を、何があってもやりきることだ。
「人間って、退路を断つことが一番の強みになります。退路を断たないと、選択肢ばかり並んで迷いが生まれて、パフォーマンスが出せませんから」
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かつてヨセミテで熊に遭遇し、崖から落下のリスクと隣り合わせだった日々を過ごした。そんなサバイバルな体験が、どこかでこの信条の下地になっているのかもしれない。身体的な恐怖を知っているからこそ、仕事で退路を断つことに怯まないのだろう。
その信念で動いたとして、周りはついてくるものなのか——石川がそう尋ねると、木村はかつて経験した技術負債チーム立ち上げの話を始めた。
立ち上げに際し、各チームに 「人を貸してください」 と頼んだ。各チームから一人ずつメンバーが集まり、小さなチームが立ち上がった。周囲は「できるわけがない」と遠くから眺めていたという。それでも全力で走り、最初のリリースまでたどり着くと、空気が変わり始めた。
「初速が大事です。3〜6か月で周囲がイメージしている以上のことをやると、オーディエンスはついてくる」
遠くから見ていた人が、少しずつ近づいてくる。退路を断ち、初速で巻き込む——この手法を、木村はこの先も繰り返すことになる。
「退路を断つ」は精神論に聞こえるかもしれないが、木村さんの場合はこれが再現性のある方法論になっている。課題を一つに絞り、初速で成果を見せて周囲を巻き込む。複数社でこのパターンを回してきた人は、着任後の立ち上がりが明らかに早い傾向がある。
一度やり遂げた経験があったから飛び込めた
フーディソンは、水産を中心とした生鮮流通にITを掛け合わせ、自社で物流拠点も持つ上場企業だ。木村がこの会社と出会ったきっかけは、代表の山本との対話だった。
「人の話をすごく真剣に聞いてくださる方だなと思いました」
これまでさまざまな経営者に会ってきたが、山本氏の姿勢は特に印象的だった。フーディソンが掲げるバリュー「誠実であろう」が、言葉ではなく態度としてにじみ出ていた。
もうひとつ、木村を惹きつけたものがあった。一次産業というフィールドだ。以前から関心を持ち、農業系の企業にも話を聞いたことがある。ただ、事業としてスケールできている企業が少なく、給与やキャリアの現実を考えると踏み切れなかった。そんな中でフーディソンは、水産という一次産業の領域でITを武器に上場まで果たしている。事業の規模と領域への関心、その両方が揃っていた。
「最後は妻に『あなたは食べることが好きだから合っているのでは?』と言われたのが決め手ですけどね」と木村は笑う。
ただし、状況は単純ではなかった。7年在籍した前任のCTOが退任してから数か月が経っていた。開発チームは6名。木村は開発責任者として、その空白に入ることになる。
「正直、悩みましたね」
「CTOが辞められた状態は事前に把握していました。前にいた会社でも同様の経験をして大変な面も大きかったので……どうしようかなと」
当時、木村のキャリアの選択肢を一緒に整理していたのが石川だった。いくつかの候補がある中で、最終的にフーディソンに決めた理由は何だったのか。改めて聞くと、木村の答えはシンプルだった。
「整理された道を歩きたいか、混沌としたパーティー会場で踊り続けたいか。僕は本能的に後者なんですよ」
以前にも混乱の中に飛び込み、退路を断ってやりきった経験がある。あのときと同じ構造が目の前にあった。
「そういう場所に飛び込むのは2回目ですし、失敗もいっぱいしてきたので。まあどうにかなるかなと」
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悩み抜いた末の言葉にしては、軽いと思うかもしれない。だがその軽さは、一度やり遂げた記憶に裏打ちされたものだった。
引き継ぎはほぼない状態だった。前任者との入れ替わりに近い形でのジョインで、体系的なドキュメントも整っていない。 「普通に難易度が高い状況でした」 と木村は淡々と振り返る。
着任から1か月。パソコンの中で完結するITサービスとは違い、裏側では大量の人が動き、リスクを背負って魚を仕入れ、仕入れた魚が売れてようやく利益が出る。その構造を目の当たりにした木村は、代表の山本氏にこう伝えた。
「ものすごく手間のかかることをやっているんですね」
バイヤー、物流スタッフ、ドライバー。複数のプレイヤーが絡み合う生鮮流通の現場は、IT企業の常識が通用しない場面も多かった。想像はしていた。だが、それ以上だった。
CTO退任後の空白ポジションに外から入る判断は、エグゼクティブ転職の中でも難易度が高い。前任者との比較、チームの不安、引き継ぎ不足。それでも飛び込める人に共通するのは、過去に同じ構造を乗り越えた経験があること。「2回目だから」という木村さんの言葉は、経験の裏打ちそのものだ。
仕組みでチームを変え、現場で信頼を積み重ねた1年
着任してまず行ったのは、開発メンバーへのヒアリングだった。見えてきたのは、各事業部から要望や課題が個別に開発チームに持ち込まれ、エンジニアがそれに応える形で開発が回っている構図だった。
「当初は受託開発に近い雰囲気を感じたんです。ですが、その印象は徐々に変わっていきました」
背景には、エンジニアが要件定義から開発まで一手に引き受けていた構造があった。ちょうどフーディソンとして初めてPdMの役割が事業部側に設けられたタイミングで、木村はアジャイル・スクラムの導入に踏み切った。
当時のメンバーの反応を聞くと、木村は一言、 「反応は薄かったです」 と答えた。
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アジャイル・スクラムは開発を速くするための手法ではない。チーム全体で安定したスピードを出し続けるための仕組みだ。速い人は周囲のペースに合わせる場面も出てくるため、最初は煩わしく感じる人も少なくない。それでも、チームで開発を回す土台が必要だった。
導入を進める中で、木村は別の壁にぶつかった。フーディソンは十数年の歴史の中で人の入れ替わりがあり、業務知識が特定の人に偏ったまま、体系的に整理されていなかった。
「暗黙知が溜まりすぎてしまって、知識が断片化・点在化していました」
「水産流通に関するすべての知識を持っている人は、おそらく社内に誰もいないと思います」
当初「受託っぽい」と感じた雰囲気の正体も、時間をかけて見えてきた。エンジニアが事業部の意向に沿う形になっていたのは、主体性の問題ではなかった。水産流通の商習慣は、あまり広く知られていない。関東と関西で同じ魚の呼び名が違い、都道府県や市場ごとにルールも異なる。気候変動で漁獲の状況も年々変わる。正解がわからないから事業部の深い知識に頼らざるを得ない——「受託感」の正体は、ドメイン知識の壁だった。
「実際はエンジニアの意見を尊重してくれる組織なのに、水産というドメインが特殊すぎて、エンジニアが自身で要件をまとめること自体が難しかったんです」
その構造に気づくまでに、木村自身も時間を要したという。
「言語化できるようになるのに1年かかりました。それでも、水産のことはまだほんの一部しか理解していないと感じます」
仕組みを整えるだけでは変わらない領域がある。一方で、仕組みで変えられる部分から手をつけなければ、何も動かない。木村が次に取った手は、チームの分割だった。
もともとワンチームだった開発組織を二つに分けた。EC領域を担うグロースチームと、物流基盤を担うチームだ。グロースチームは関係者が少なく、意思決定のスピードを出しやすい。まずそこで目に見える変化をつくる。
「成功体験を築かなければいけない。変化を起こすためには、『このチームが変わった』という雰囲気をつくる必要がありますから」
グロースチームでは、データ基盤の構築にも着手した。施策を打ったらKPIで効果を測る。その当然のサイクルを回すために、まずデータを整える必要があった。着任時に社内のデータ環境を確認すると、退職した社員が残したアナリティクスデータや、誰か使っているかわからない Redash のダッシュボード、スプレッドシートがあるだけで、集計方法は担当者ごとにバラバラだった。Aさんはここで集計し、Bさんは別の場所で集計している。統一された基準がない。
「データを見て『これはあかん』と思いました」
データ基盤を整え、ノーススターメトリクス(事業の成長を最も端的に表す指標)を設定した。施策の成果をデータで判断できる環境ができたことで、グロースチームは平均注文単価(AOV)をKPIに据え、PdMがその達成に責任を持つ構造にまで到達している。
仕組みの面では、手応えが出始めていた。だが、フーディソンの事業はパソコンの中だけで完結しない。市場で魚を仕入れるバイヤーがいて、倉庫で梱包するメンバーがいて、飲食店さんへ商品を運ぶドライバーがいる。その現場との信頼構築は、プロセスやツールの導入だけでは届かなかった。
「正直、リアルを甘く見ていましたね」
木村はそう認める。IT企業を渡り歩いてきた経験が、水産流通の現場ではそのまま通用しない場面が多かった。パソコン越しに合意形成ができるIT系とは違い、現場に話を聞きに行く、一緒に飲みに行くといった、もっと泥臭いアプローチが求められた。
休日に自転車で30キロ走って大田市場を訪れ、バイヤーと一緒に現場を回った。マイナス50度の超低温冷凍庫にも入った。メガネは一瞬で凍り、スマホのバッテリーは動かなくなる。マグロの胸びれを切らせてもらう経験もした。普通のIT企業ではまずありえない光景だ。
「それは普通のIT企業ではまず経験できない話ですよね」と石川が笑うと、木村は 「楽しいんですよ、現場」 と返した。
水産の現場は職人気質の世界だ。腕と経験がものを言う業界だからこそ、「現場を知ろうとしているかどうか」に敏感でもある。
「現場に行くという一つのアクションだけで、『こいつは現場を知ろうとしているな』と思ってもらえるんですよね」
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とにかく足を運ぶ。そのシンプルな行動が、仕組みとは別の次元で信頼を積み上げていった。開発メンバーにも現場訪問を勧め、少しずつ足を運ぶ動きが出始めている。リモートでは見えなかった課題が、現場に行くと一気に解像度を増す。その実感がチームにも広がりつつあった。
一方で、まだ手が届いていない領域もある。バイヤー、物流スタッフ、ドライバー——関わるプレイヤーが多い物流側の合意形成は依然として難しく、木村が関われているのはピープル・マネジメント程度にとどまる。開発組織の人数も、扱うドメインの広さに対して圧倒的に足りていない。
「エンジニア組織として抱えているドメインに対して、圧倒的に人が少ない状態です」
やり方の工夫で解決できる問題と、純粋に人が足りないという構造の問題。両方が目の前にある。
すべてが整ったわけではない。だが、仕組みで変えられる部分と、足を運ばなければ変えられない部分。その二つの層を見極めながら、木村は着任からの1年で組織を少しずつ動かしている。
仕組みの導入と現場の信頼構築を並行して進められるのは、開発責任者としてかなり希少なスキルだと思う。プロセスだけ入れても現場がついてこない例は多い。木村さんの場合、大田市場へ足繁く通う泥臭さが、仕組みに魂を入れている。
日本の食を守るため、唯一無二の場所で挑戦し続ける
水産流通の領域で、自社開発のエンジニアチームを持ち、ITの力で事業を伸ばしている企業は日本にほとんどない。
「水産×IT×日本という掛け合わせで、本格的に事業をスケールさせている企業は国内でも極めて希少です。その意味で、 私たちフーディソンは唯一無二の存在だと思っています」
前例がない。参考にできる他社の開発事例もない。普通に考えれば不安材料だが、木村はその状況をまったく別の角度から捉えている。
「前例がないということは、迷うことがないんです。私たちしかいないんですから」
選択肢がないから、退路が断たれる。退路が断たれるから、迷わずに進める。この場所で腹を括れる理由が、木村にはもうひとつある。
「日本の誇れる魚食文化を、子供たちの世代にもちゃんと引き継いでいきたいですね」
気候変動で漁獲の状況は変わり続けている。世界的な日本食ブームで海外からの買い付けも増え、今は当たり前に食べられている魚が、十年後には手に入らなくなるかもしれない。魚食文化を次の世代に残せるかどうか——テクノロジーの話が、食卓の未来とつながっている。
社内にも面白い兆しがある。バイヤーがAIを活用して自分でアプリを作り、GitHubにプルリクエストを出している。ドライバーがSQLを書いている。職種を超えて前向きに取り組む風土が、この会社にはある。
外部から開発責任者として飛び込もうか迷っているエンジニアに向けて、何か伝えることはあるか。石川が最後に聞いた。
「飛び込んでみたら、思っていたほど怖くはないことが多いんですよね。エンジニアのキャリアの中の、一つの選択ですから、迷っているならやってみたほうがいい」
未経験のフィールドに足を踏み入れると、見える景色は変わる。木村はそれを、ヨセミテの岩壁でも、大規模プロジェクトの現場でも、マイナス50度の冷凍庫でも経験してきた。
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キャリアの「選び直し」を、ひとりで考える必要はありません。
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