企業では近年、候補者層の拡大に向けて、エンジニア採用の国際化が進んでいます。英語を共通言語として整備する動きもあり、外国籍のメンバーとともに開発する光景は珍しくなくなってきました。こうした変化の中、「英語、勉強したほうがいいんだろうな」と感じているエンジニアの方も多いはずです。とはいえ仕事の合間を縫って勉強し、モチベーションを保つことは、容易ではありません。
キャディのSenior Engineering Manager・杉浦正明氏も、かつては英語に苦手意識を持ち、36歳のときに「中学2年生レベル」の内容から学び直したといいます。それでも、ユーザベース時代の学習経験を基に、今ではキャディ社員向けの「英語サポートプログラム」を立ち上げ、日本語話者と英語話者の橋渡しを担っています。取材を通して見えてきたのは「世界で戦えるプロダクトを作りたい」という、揺るぎない信念でした。
「使える」と「できる」には大きな距離。でもそれでいい
──TOEICなどで高得点を取ることと、実際に英語で仕事をすることの間には大きな壁があると感じます。杉浦さんが「英語で仕事ができている」と実感できたのは、学び始めてどれぐらい経った頃でしたか。
英語の勉強を始めたのは36歳のときで、2018年にユーザベースが米国の経済メディア・Quartzを買収したことがきっかけでした。厳密には「英語を仕事で“使える”ようになること」と「自分は英語で仕事が“できている”と思えるようになること」の間に、かなり距離があると感じます。仕事で使うこと自体は、すぐにできると思いますね。
僕の場合は、英語のパーソナルコーチングを1年間受けた後、ニューヨークに移住して「SPEEDA Edge」という海外テックトレンドのリサーチプラットフォームを開発し、米国市場向けに展開していました。ただ、照れずに「英語で仕事ができています」と言えるようになったのは、ここ数ヶ月くらいです(笑)。
今でも当然、日本語でのコミュニケーションのほうがずっと楽です。英語を使うときは頭をフル回転させ、それでも処理能力は日本語の半分ぐらい。このギャップは一生埋まらないと思いますが、ネイティブのように話す必要はないと思っています。
──「完璧を目指さなくていい」という考えは、最初からあったのでしょうか。それとも勉強していく中で生まれたものですか。
勉強していく中で気づいたことですね。もともと学校の授業や受験以外で英語を勉強したことはなく、苦手意識がありました。「英語で話すのは怖い」と思っていたタイプです。でも、実際に使ってみたら、誰も怒らないし、「お前の英語分からん」なんて言ってこないんですよね。皆、相手が得意ではない前提で接してくれるので、完璧に話せなくてもマイナスな印象にはなりません。
アンチパターンは「自分の“苦手”を無視した勉強法」
──パーソナルコーチングを受けていたときは、どのような教材を使って勉強していましたか。
まず、36歳の時点で学校の授業以外ではほぼ英語の勉強をしてこなかったので、自己流ではなくパーソナルコーチングの門を叩きました。そのサービスは、一人ひとりのレベルに合わせてカリキュラムを設計してくれるのが特徴です。
僕の場合、文法と語彙がかなりあやふやで、コーチの方から「中学2年生レベルですね」と言われ、そこからやり直しました。まずは単語帳で語彙を増やし、リスニング/スピーキングの練習を経て、英会話に入っていきました。
──段階的に積み上げていったのですね。
はい。振り返ると、英語学習で大事なのは「その人に合った学び方をすること」だと思います。自分の弱点を正しく認識し、次のステップにつながる勉強をすることが何より大切だと感じます。
一方で、良くないのは「自分のレベルや苦手な技能を無視して勉強すること」ですね。例えば、語彙力がないのに英会話を始めてトラウマになったり、リスニング力が不十分なのに海外ドラマを字幕なしで観て理解できずに退屈したり、あるいはすでにある程度語彙力があるのに単語の勉強ばかりしていたり──。そうしたやり方は、アンチパターンといえます。
きっかけは恐怖感。次第に「もっと仕事で使いたい」
──社会人の自己学習では、業務との両立が求められます。杉浦さんはどのように時間を確保していましたか。
当時は取締役という立場だったので、確かに両立は必須でした。まずは担当コーチと1日のタイムスケジュールを可視化し、「どこに勉強時間を組み込めるか」を徹底的に洗い出しました。通勤時間をはじめ、隙間時間はすべて英語学習に充てていましたね。
──「隙間時間に勉強すればいい」と言うのは簡単ですが、続けるのは難しいと思います。杉浦さんは、ストイックに取り組めていましたか。
そうですね。Quartzの買収後、来日した役員の方とのミーティングでは英語が話せず、「このままでは自分だけが取り残されてしまう」という恐怖感があったんです。それが強いモチベーションになっていました。
最初は恐怖感からでしたが、続けるうちに「もっと仕事で使いたい」「いつか、Quartzの拠点があるニューヨークで働きたい」という前向きな気持ちに変わっていきました。英語が通じなければ「もっと頑張らないと」と思い、できることが増えると楽しくなる。そのサイクルが継続につながったと思います。エンジニアリングにも通じる感覚ですね。
──海外との業務では、仕事をしながら英語を学ぶ場面もありますよね。
仕事で英語を使うと確実に伸びるというのは間違いないです。キャディに入社してからの話ですが、1日に8件くらい採用面接がセットされる日が1ヶ月ぐらい続いたんです。その時期には、めちゃくちゃ英語力が伸びましたね。
いろいろな国籍、いろいろなアクセント、いろいろな人と毎日話し続けて……。やはり仕事で英語を使うと自然と伸びると思います。キャディには海外出身のエンジニアが多く在籍しているので、英語力を伸ばしたい人はキャディに転職するのも一つの手段かもしれません(笑)。
自身の学習経験をキャディ社内に横展開
──勉強を続けても成果を実感できず、モチベーションを保てない人もいます。杉浦さんは、くじけそうになったことはありましたか。
これは誰でもなると思いますね。とくに一人で勉強していると、基本くじけます。だからこそ僕は今、キャディ社内で「英語サポートプログラム」を提供しています。社会人の勉強は仕事も忙しく、褒められることも少ないので、モチベーションを保つのは難しいですよね。
──英語サポートプログラムでは、どのような取り組みをされているのでしょうか。
これは、僕がパーソナルコーチングで学んだ経験を基に勉強の仕方などを社内にシェアしている形です。
英語を学びたい社員と一緒にカリキュラムを作り、週一で1on1をして進捗状況を確認したり、悩みがあれば相談に乗ったりしています。さらに、月一で社内の英語話者と会話する機会も設けています。
プログラムは3ヶ月単位で、修了後には「卒業ランチパーティー」を開催し、英語でプレゼンをしてもらいます。期間中、参加者には毎日自分の勉強内容をSlackチャンネルに投稿してもらい、他のメンバーは程よいプレッシャーを感じられます。1期につき5~10人の参加者がいて、辛いときは励まし合う“互助会”のような雰囲気ですね。

卒業ランチパーティーの様子。参加メンバー(右端)と海外出身エンジニア(画像提供:キャディ)
──ご自身の学習経験を横展開するのは、会社から依頼されたのでしょうか。
これは僕がやりたいと思ってやっていることです。僕には「世界で戦えるプロダクトを作りたい」という野望があって。そのためには、グローバルからトップクラスのエンジニアを集める必要があり、日本のメンバーも英語でコミュニケーションを取ることが求められます。だからこそ、こうした草の根的な取り組みを始めました。
実際、英語を学びたいと思っている日本人エンジニアは多く、僕自身英語ができない悔しさは誰よりも分かるので、そういう人を支えたいという思いもあります。そのうえで、一緒に世界で通用するプロダクトを作っていけたら最高じゃないですか。
英語力より必要な「相互理解力」。多様なチームをまとめるには
──語学学習の先にあるコミュニケーションについても伺いたいです。noteでは「英語力は必要だが、“相互理解力”が一番大切」と書かれていました。キャディではエンジニアの約2割が外国籍とのことですが、EMとしてチームをまとめる際に意識していることはありますか。
一言では言い切れないのですが、本質的な部分は国や文化が違っても変わらないと思っています。要は、「世界で通用する、強いプロダクトを作る」という明確なゴールを立てて、「その山をどう登っていくか」「今自分たちは何合目にいるのか」をきちんと共有することが大切です。
一方で、具体的な伝え方に関しては、やはり違いがあります。日本では一般的なコミュニケーションスタイルが海外のメンバーには通用しないことも多く、僕自身戸惑うこともありました。だからこそ、これまで身に着けたスタイルを一度アンラーニングしなければいけません。
僕はまず、「寛容になること」を意識しています。「聞く」という言葉にも言い換えられますね。相手は何がしたいのか、どんな価値観を持っているのか、どれぐらいの言語レベルなのか──。性格や振る舞いもさまざまで、いわゆる“陽キャ”もいれば、“陰キャ”もいる。それらをいったんすべて受け止めて、必要であればサポートすることが大切だと考えています。
──おっしゃる通り、グローバルな環境では多様性ゆえの難しさもあります。それでも、杉浦さんが「世界中の人と働きたい」と思い続けられるモチベーションはどこにあるのでしょうか。
自分の当たり前が通用しない相手ほど、何かしら「別の才能」を持っていることが多いんですよね。Top of Topの人はいわゆる“クセが強い人”も多いですが、僕はその人のクセも生かして、本当に良いプロダクトを一緒に作りたいと思っています。
逆に、同じような考え方の人だけでチームを組むと、どうしても平凡なプロダクトになり、よくても「日本でしか通用しないもの」になってしまいます。違いに戸惑うことがあっても、それを受け入れて一緒に働くほうが、結果的に「世界で当たる確率」が上がると思うんです。
