はじめまして、IPUSIRON(@ipusiron)と申します。
25年以上にわたって技術書を執筆し続けてきました。
その間にも技術の流行は何度も入れ替わりました。しかし、いまほど変化のスピードを強く感じる時代はありません。
生成AIが当たり前になりつつある時代に突入しました。毎日のように新しいAIのニュースが目に飛び込んできます。
これまでどおり仕事をこなしている間にも、技術は進歩を続けています。生成AIにフルコミットしている人との差が広がるのではないか、と焦燥感を抱いている方も少なくないでしょう。とくに自由時間が限られている人ほど、その差を強く意識するはずです。
「もっと学ばなければならない」「もっと時間を確保しなければならない」と考えれば考えるほど、やるべきことは増えていきます。
しかし私は、加速し続ける今だからこそ、「何をやるか」よりも「何をやらないか」のほうが重要だと考えています。やることを増やすのは簡単です。しかし、削ることは意識しなければできません。
執筆を続けてきた中で、やめられないことも多い中で、あえてやめたこともあります。
今回は、その中から3つの「やらないこと」を紹介します。
いずれも派手なものではありませんが、継続するうえで十分な効果があります。
やらないこと① ノートづくりにこだわらない
目的をノートづくりにしないことです。本来の目的は「楽しむ」「習得する」「何かに役立てる」「成果物を生み出す」といったところにあるはずです。
ノートづくりにこだわりすぎると、ノートは増え続けます。整理や分類を重ねるうちに、きれいにまとまったこと自体に満足してしまい、肝心のアウトプットがおろそかになりがちです[1]。
読書ノートをつくる時間があるなら、同じ本をもう一度読んだほうが有益と考えているほどです。あるいは、その内容を誰かに話すだけでも理解が深まるはずです。
認知心理学では「流暢性の錯覚」(fluency illusion)という概念があります。教材や情報がスムーズに処理できると、それだけで「理解した」「覚えた」と錯覚してしまう現象です。ノートを整える行為は、まさにこれに近いものがあります。きれいにまとまったページを見ると、理解した気分になります。しかし、本当に理解したかどうかは、他人に説明できるか、応用できるかで決まります。心理学者のコリアットとビョークは、学習中に情報が目の前にあるだけで能力を過大評価してしまうことを実験で示しています[2]。
若い頃の私は、ノートづくりに強くこだわっていました。しかし振り返ると、整ったノートに満足していただけで、完全な習得には至っていませんでした。それに気づいて以来、ノートに達成感を求めるのをやめました。
それ以降は、整理することよりも、図解や再構成によって理解を深めることを優先しました。
以下の写真は、暗号の学習ノートです。単純に写すのではなく、図解化することで理解を深めようと試みていました。当時のノートは『暗号技術のすべて』のベースになっています(その頃は本にしようなどとはまったく想像していませんでした)。

手書きで暗号の安全性を証明する様子

理解は、行動によって確認できます。つまり、整えることよりも、使うことを優先すべきなのです。アウトプットにつなげるか、さらなるインプットへ戻るか。その循環を止めないことが重要です。
整理は後からでもできますし、後に考えると整理が不要だったことが多々あります。しかし、行動はその瞬間にしかできません。
どうしても記録したい場合は、詳細なノートではなく、読書記録(読書開始日・読了日)や断片的なメモにとどめるのがポイントです。
やらないこと② 100%を目指さない
成果物を生み出すとき、「100%になってから出そう」と考えがちです。しかし、ほとんどの場合、いくらやり続けても100%には到達しません。
本の執筆も同じです。完璧な本を出したいとは思いますが、そもそも完璧な本は存在しません。初心者向けに書けば上級者には物足りなくなります。専門的に深掘りすれば初心者には難しくなります。
紙の本にはページ数という物理的制約がありますし、仕事であれば締め切りという時間的制約もあります。制約は不自由に見えますが、むしろ制約があるからこそ形になります。
創造性研究の分野では、「制約は創造性を促進する」という見解が広く知られています[3]。自由度が高すぎると、人は選択肢の多さに迷い、かえって動けなくなることがあるのです。
執筆の例に当てはめると、ページ数、締め切り、読者層が制約になります。これらの制約があるからこそ、「何を削るか」を真剣に考えなければならないのです。
原稿を書いていると、「まだ足りない」と感じます。しかし、どこかで線を引かなければ、永遠に完成しません。
私の過去作は、いずれも脱稿前に原稿をかなりカットしています。たとえば『サイバー忍者入門』では、43万文字から23万文字に減らしました(約47%カット)。

「1ページ内の文字数」や「紙の厚さ」で本の厚さは大きく変わる
私は1章から順に書くことができません。強く主張したい部分から書き始め、空白はメモで埋め、徐々につなげていきます。締め切りが近づくと大胆にカットし、残った部分を磨きます。
編集者から見れば扱いづらいと思いますので、正直なところ真似はおすすめしません。ここで伝えたいのは、「100%の原稿は存在しない」ということです(少なくとも技術書の場合は)。
100%を目指すことが、公開を先延ばしにする言い訳になっていないか。私は常に自分に問いかけています。
やらないこと③ 単発で終わらせない
アウトプットと聞くと、「本の出版」「ソフトウェアの公開」「イベントでの登壇」「論文投稿」などを想像するかもしれません。しかし、それらは突然生まれるものではありません。小さなアウトプットの積み重ねから生まれます。
ここで大事なのは、小さなアウトプットを「やって終わり」にしないことです。たとえば、「Xでポストする」「読書メモ(誰にも見せないメモも含む)を書く」「フリーハンドで図解化する」「人に話す」など、どれも小さなアウトプットです。
一つひとつは些細でも、捨てずに次へつなげれば、やがて大きな成果物へと育ちます。連鎖させれば深い洞察へとつながりますし、束になれば広がりが出てきます。つまり、連鎖と集約が重要なのです。
ここで、私が実践している例を紹介します。
・Xポスト ⇒ ブログ記事 ⇒ 書籍執筆
・読書 ⇒ 読書メモ ⇒ 熟成 ⇒ 書籍執筆
・書籍刊行 ⇒ 登壇
・複数書籍の刊行 ⇒ 集大成の構想
・書籍刊行 ⇒ 読者サポート ⇒ 副読本執筆 ⇒ (人気が継続すれば)改訂増補版の構想
・本に関するXポスト ⇒ 見本誌を恵贈される ⇒ 恵贈された旨のXポスト ⇒ 読書 ⇒ 読了ポスト ⇒(以下ループ)
単発で捨てなければ、小さなアウトプットでも連鎖し、価値は増幅します。
アウトプットは点で評価されることがありますが、私は線で見るようにしています。今日のポストが明日すぐに成果を生むとは限りません。しかし半年後、1年後に振り返ると、それが伏線になっていることがあります。小さなアウトプットは、未来の自分への種まきそのものです。
これは投資の複利と似ています。単発では変化は小さくても、時間が経つにつれて効いてきます。
アウトプットの連鎖を線で見ることができたら、線をループさせて循環するように意識してください。アウトプットが加速しますし、継続のモチベーションになります。
こうしたアウトプットを循環させることの有効性については、以前に発表する機会がありました。そのときに利用したスライドが以下になります。参考にしてみてください。

アウトプットによって循環が生まれる
さらに余裕があれば、インプットやアウトプットの並列化を検討します。異なる活動を組み合わせることで、思わぬ広がりが生まれます。直列より並列だと、差別化しやすく、自分の土俵をつくりやすくなります。
ところで、『「技術書」の読書術』で紹介した「一点突破読書法」[4]は、前述の並列の話に関連してきます。得意分野でもナンバーワンでは非常に困難ですが、複数の得意分野をうまく組み合わせればオンリーワンになれる可能性が格段にアップするのです。ここでの得意分野を、アウトプットの線だと考えれば良いでしょう。

連鎖を意識すると、失敗も無駄になりません。成功も消費で終わりません。点で評価すると一喜一憂しますが、線で評価すると安定します。
「その継続が難しい」と思う方もいるかもしれませんので、簡単な方法を一つ紹介します。継続を努力や根性で成し遂げようとするのは至難です。もっと楽で再現性のある方法は習慣化してしまうことです。
多くの本で紹介されていますが、実践は意外と難しいものです。しかし実践すれば、確実に効果があります。
最後に
どんなに分厚い本でも、1行の文章の積み重ねでできています。毎日1行だけでも書き続ければ、いつか本として完成します。ただし、どこかで区切らなければ、永遠に未完成のままです。
私が25年続けてこられたのは、特別な才能があったからではありません。「ノートづくりにこだわらない」「100%を目指さない」「単発で終わらせない」といった、やらないことを決めました。周囲に恵まれ、運にも助けられました。それでも続けてこられた理由をあえて挙げるなら、小さな積み重ねを止めなかったことに尽きます。
私にとって技術書を書くことは、知識を並べる作業ではありません。仕組みを分解し、内部構造を明らかにし、読者が自力で理解・再現できる状態まで整えることです。そこまで落とし込めたとき、ようやく意味があると思っています。
だからこそ、やることを増やすのではなく、本質以外を削ることを選んできました。そこに、私なりの執筆の意義があります。
焦る気持ちは消えません。それでも削ることで前に進めると、私は考えています。
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情報の蓄積は人間が行いますが、整理はAIに任せられる時代になりました。整理を理由に動きを止める必要はありません。 ↩
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Koriat, A., & Bjork, R. A. (2005). Illusions of Competence in Monitoring One's Knowledge During Study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 31(2), 187–194. ↩
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Stokes, P. D. (2005). Creativity from Constraints: The Psychology of Breakthrough. Springer. ↩
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詳細は『「技術書」の読書術』の「3年で成果を出すための一点突破読書法」(P.203)を参照してください。 ↩
