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「誰かが決めるだろう」をやめた。仕事を前に進めるための“やらないこと”

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曽根 壮大(そね たけとも) / そーだいのアイコン

株式会社リンケージ COO・ CTO / PostgreSQLユーザ会

曽根 壮大(そね たけとも) / そーだい

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そーだい(@soudai1025)です。ソフトウェアエンジニア / データベーススペシャリストです。予防医療領域のスタートアップでCTO・COOを務めながら、技術と事業、組織の間に落ちる問題を拾って前に進める仕事をしています。

専門はRDBMS、特にPostgreSQLを中心としたデータモデリングやシステム改善。
一方、現場では「誰が決めるのか」「何を決めるべきか」が曖昧なまま止まる仕事に向き合うことも多く、技術だけではなく、意思決定や構造整理も含めて仕事を進めることを大切にしています。

その中心にあるのが、「誰もやらないけれど、誰かがやらなければならない仕事」を前に進め続けることです。

「誰もやらない仕事」とは、みんなやった方がいいとわかっているのに、誰も手をつけない仕事のことです。ドキュメントの整備、テストの追加、CIの改善、再現性のない障害の調査。こういった仕事は優先順位リストの下に沈み続け、やがて「誰もできない仕事」になっていく。

だから私はこれを拾うために、“やらないこと”を決めています。「やらないことリスト」と聞くと、仕事を減らすための話に見えるかもしれません。 もちろん、無駄な仕事は減らしたほうがいいです。目的のない会議、誰も読まない資料、意思決定につながらない議論、惰性で続いている運用。そういうものは、やるべきではないです。

ただ、私にとっての やらないこと は、単に仕事を楽にするためのものだけではありません。 自分の自由にできる時間をつくったり、意思決定するための状態をつくったりするためにも、やらないことを決めています。

そこで、私が 誰もやらないけれど、誰かがやらなければならない仕事をやるため に決めている、やらないことリストを紹介します。 その中心にあるのは、「誰かが決めてくれるだろう」を待たない、ということです。

組織は意思決定しない。決めるのは人

仕事が前に進まないとき、多くの場合、技術力が足りない、だけではありません。

  • 仕様が曖昧なままになっている。
  • 誰が決めるのかが決まっていない。
  • リスクを誰も引き受けていない。
  • やるべきだとみんな思っているけれど、誰の仕事なのかが曖昧になっている。

そういう状態で仕事は簡単に止まります。 よく 組織として決める といわれることがあります。 もちろん、組織としての合意形成は大事です。しかし、実際に意思決定するのは組織ではなく、 組織に紐づいた人 なのです。 だから仕事を止めないためには、仕事が止まったときに前に進める意思決定をする人が必要です。 上記の例であれば、誰の仕事なのかを誰が決めるのか、仕様を誰が決めるのか、リスクを誰が引き受けるのか、ということです。

なので私は、「誰かが決めてくれるだろう」と待つことをやめました。

自分が決めるべきなら決める。決める立場でないなら、決める人が決められる状態をつくる。
決められる状態にするために選択肢を整理する、判断材料を集める、リスクを言語化する、期限を置く、必要に応じて自分の推奨案も出します。

意思決定の裁量そのものを自分が握ることだけが、仕事を前に進める方法ではありません。 意思決定できる状態をつくることも、立派な仕事なのです。

むしろ、誰もやらない仕事の多くは、「決められる状態」をつくる仕事なのだと思っています。

他人に期待することをやめた

誰かが決めてくれると思っているときは合意のない期待を相手にしている状態です。 さくらインターネットの田中さんが、「社会人の不幸の8割は合意のない期待から」と書かれています。

合意のない期待をして失敗するケースは色んな場所でよく見かけます。
例えば夫婦でも「なんで朝ゴミを捨ててくれなかったの?」「洗濯物を入れてくれてないの?」みたいな話になることがありますが、これはパートナーとコミュニケーションした上で同意していないのであれば、過剰な期待をした結果となります。

そこで私は誰かが決めてくれるだろうと合意をとってもいないのに他人に期待することをやめました。 でも、これは他人を信用しないという意味ではありません。
人に頼らないという意味でもありません。

私がやめたのは、「きっと察してくれるだろう」「そのうち誰かが拾ってくれるだろう」「あの人がなんとかしてくれるだろう」という期待です。

期待は、合意ではありません。

期待しているだけでは、仕事は進みません。
期待しているだけでは、責任の所在は明確になりません。
期待しているだけでは、相手は自分が何を求められているのか分かりません。

だから私は、期待する代わりに、明確にすることにしました。

誰がやるのか。
何をやるのか。
いつまでにやるのか。
何が完了条件なのか。
何を決める必要があるのか。
誰に決めてもらう必要があるのか。

結局はよくある5W1Hの話なのですが、これをやるかやらないかで、仕事の進み方は大きく変わります。 これは仕事を前に進めるために先人から続く知恵の一つなのです。

そうすると、他人に期待するのではなく、依頼する、明確にする、仕組みで解決する、という選択肢に変化していきます。 このように行うことは仕事に対して、そして仕事相手に対して誠実な態度と考えています。

例えば、あきらかに上手くいっていないプロジェクトがあり、定例MTGではみんなダンマリで重たい空気が流れ入る、こんな場面を見かけることがあります。早く時間が経って終わってくれ、と祈ることは簡単ですがこのようなときこそ、まずは自分たちが何が上手くいっていないのか現状を整理して課題を明確にする。
整理した課題に対してもう一度5W1Hを明確にして、成果物を作っていく。こういうことで進んでいなかった炎上プロジェクトが改善していきます。

「分かってくれるはず」と思って何も言わないことは、相手に対して不親切です。 「誰かがやってくれるはず」と思って放置することは、チームに対して不誠実です。

誰もやらない仕事の多くは、誰かの悪意によって放置されているわけではありません。
ただ、誰の仕事かが曖昧なだけです。

だからこそ、私は他人に期待することをやめました。

期待するのではなく、仕事を進められる形にする。
それが、私にとっての“やらないこと”のひとつです。

自分に期待することをやめた

つまり、私は、やる気を出すこと、頑張ることもやめました。 これは自分に期待している状態をやめたということです。

もちろん、仕事にやる気がある日もあります。反面、苦しいときでも頑張らないといけない場面もあります。 その時に、やる気がないのでパフォーマンスが出ません。というのはプロフェッショナルな振る舞いではありません。

今日はやる気があるから品質が高い、今日は疲れているからレビューが雑になる、今週は頑張ったから障害対応できた。このような振る舞いは仕事の品質が安定しておらず、プロフェッショナルな振る舞いとは言えません。 たとえば、警察官が「今日はやる気がないので、事件の捜査は手を抜きます」と言ったら、社会的に許されないでしょう。 我々の仕事も同じです。

仕事で大事なのは、やる気があることではなく、成果を出すことです。 もちろんやる気はないよりもあったほうがいいですが、やる気に頼るのは危険です。 だからこそ、頑張ることではなく、再現性をつくることです。

だから私は、「頑張ります」をやめました。

  • 「次は頑張ります」ではなく、次に何を変えるのかを決める。
  • 「気をつけます」ではなく、気をつけなくても間違えない仕組みにする。
  • 「ちゃんと見ます」ではなく、チェックリストをつくる。
  • 「忘れないようにします」ではなく、自動化する。
  • 「障害を起こさないようにします」ではなく、検知して迅速に回復できる仕組みにする。

このように、やる気や頑張りに頼るのではなく、仕組みで解決することを目指しています。 やる気や頑張りは個人の状態に依存しますが、仕組みは再現性があり、チームや会社の資産になります。

誰もやらない仕事には、地味なものが多いです。 ドキュメントを書く、運用を整える、アラートを見直す、ほかにも色々ありますが、どれも、気合いで乗り切る仕事ではありません。 むしろ、気合いで乗り切ってしまうから、問題が隠蔽されて、根本解決につながらないこともあります。

だから私は、やる気を出して、頑張ることをやめました。 そして、明日の自分は頑張ってくれるだろう、と自分に期待することをやめました。 その代わりに、頑張らなくても成果が出る構造をつくることに時間を使うようにしています。

自分を仕事の枠にはめることをやめた

仕事の枠の例に肩書があります。 そして肩書は便利です。 私の肩書にもソフトウェアエンジニア、データベーススペシャリスト、CTO、COO、など様々なものがあります。 肩書があると、自分の役割を説明しやすくなります。周囲の期待と自分の責任範囲を明確にしやすくなります。 その結果、自分の仕事がわかりやすくなり、仕事を前に進めやすくなります。

一方で、肩書は自分を狭くすることもあります。

  • 「これはエンジニアの仕事ではない」
  • 「これはマネージャーが決めることだ」
  • 「これはPMの領域だ」
  • 「これは経営の仕事だ」
  • 「これは自分のミッションではない」

そうやって線を引くことは、ときには必要です。
何でもかんでも自分で抱えるべきではありません。

ただ、肩書を理由にして、目の前にある重要な問題を見なかったことにするのは違うと思っています。 誰もやらない仕事は、たいてい職種と職種のあいだに落ちています。

技術側だけでも事業側だけでも解けない。組織や経営だけでも解けない。
このような問題でも、誰かが拾わなければ前に進まない。 そういう仕事が、現場にはたくさんあります。

そのときに、「自分はエンジニアだから」「自分はマネージャーだから」「自分はCTOだから」と考えすぎると、仕事を前に進める機会を失います。 だから私は、自分を仕事の枠にはめることをやめました。 肩書は責任を説明するためのものですが自分の可能性を制限するためのものではありません。 問題の構造を整理し、自分がやることが最も合理性が高いのであれば、それは自分がやれば良いのです。

任天堂の故人である岩田聡さんも、次のように仰っています。

わたしはいつもそうなんですが、好きか嫌いかではなく 「これは、自分でやるのがいちばん合理的だ」 と思えば覚悟がすぐに決まります。

引用元:ほぼ日刊イトイ新聞「社長に学べ!」

このように仕事を前に進めるために合理的な選択肢を重ねる中で、自分がやるしかないと覚悟を決めるために、自分の仕事の枠を決めることをやめました。

それが、誰もやらない仕事をやるうえで必要な態度だと思っています。

本質を見極め、構造化することで仕事は前に進む。

このようにやらないことを決めるのは、消極的な行為ではありません。 むしろ、何に責任を持つのかを決めるための最初の意思決定なのです。

私にとって、“やらないこと”を決めることは、仕事を減らすことではありません。 誰もやらないけれど、誰かがやらなければならない大切な仕事を前に進めるために必要なことなのです。 やらないことを決めて、自分がやるべき本当の本質だけに削り落とす、そうすると自分が向き合うべき仕事が見えてきます。

仕事は結局誰かが覚悟を決めて意思決定した結果、前に進んでいます。 みなさんも与えられた作業をこなすのではなく、自ら成果を生み出す仕事を実行できる人を目指してください。

そのためには誰もやらない仕事を拾い、構造化し、前に進め続けることで、チームは強くなり、事業は前に進みます。 そして、そういう積み重ねの一歩一歩が轍になり、自分のキャリアの道になり、そして自分にしかできない仕事になっていくのです。

今日も私は目の前の課題と向き合って、仕事を前に進めていきます。