AIによるコード生成が急速に広まり、ソフトウェア開発の現場が大きく変わりつつあります。これまでの人材育成のやり方はこのままでいいのか──AIの進化を前に、戸惑っている組織も多いのではないでしょうか。
そんな中、独自の方法で人材育成に取り組んでいるのが「納品のない受託開発」で知られる株式会社ソニックガーデンです。同社は2022年に、親方と弟子の関係で若手を育てる「徒弟制度」を導入し、本格的に若手の採用・育成を始めました。さらに、2026年4月には高卒の新入社員4名を迎えています。
代表の倉貫 義人氏に、自分たちで人を育てようと考えた経緯、実際に何が起き、何が見えてきたのかを聞きました。
倉貫 義人(くらぬき よしひと)
株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長(@kuranuki)
大手SIerで立ち上げた社内ベンチャーをMBOし、2011年にソニックガーデンを設立。月額定額でプログラマが顧問のように寄り添う「納品のない受託開発」を展開しつつ、本社オフィスの撤廃、管理のない経営、若手育成のための徒弟制度など新しい経営と働き方を実践している。2018年に株式会社クラシコムの社外取締役、2024年から取締役CTOに就任。著書に『人が増えても速くならない』『「納品」をなくせばうまくいく』など。
ソニックガーデンが自分たちで若手育成を始めるまで
― ソニックガーデンでは2022年に徒弟制度を導入し、若手の育成に本格的に取り組み始めています。その背景を教えてください。
もともと僕らは、創業から10年ぐらいずっと中途採用だけで会社を運営してきました。
当社は離職率が極めて低く、入った人が辞めずに長く続けてくれます。そして僕らは仕事を「技芸」だと思っているので、全員がずっとトレーニングし続ける。社員が辞めずに腕を磨き続けるので、社内の水準がどんどん高くなっていくんです。
そうなると、中途採用で求める基準も一緒に上がります。社内の水準が高くなった分、同じ経験年数でも「これぐらいはできてほしい」というラインが上がってしまう。結果として、僕らが採用できる人を見つけるのが難しくなっていきました。
― 採用が難しくなった状況をどう受け止めましたか。
僕らが求める水準で見ると、市場に合う人が少なくなっている。それは結局、自分たちで育成をしてこなかったことの裏返しでもあるんですよね。
僕らは中途採用だけで10年間やってきました。これは要するに、他社が時間とコストをかけて育てた人たちを、僕らが採用してきたということでもあります。育成のコストは自分たちでは負担してこなかった。
であれば、今度は自分たちでしっかりお金をかけて人を育てるべきなんじゃないかと。そこから若い人を採用しようという話になりました。経験が浅くても、社内の水準が高い環境で鍛えれば、短期間で大きく成長できるだろうという見込みがあったためです。
― この4月からは高卒の新入社員が4名入社されるそうですね。高卒採用を始めたきっかけも聞かせてください。
あるとき、自社ホームページの採用フォームに高校3年生から応募があったんです。
面接してみると、プログラミングをすでに自分でかなりやっていて、基礎はしっかり身についている。普段から大学生の面接もしていますが、遜色ないぐらいの会話ができたんです。
結果的にその方は入社に至りませんでしたが、「高校生でも大学生とそこまで変わらないのではないか」という発見がありました。それが高卒採用を考え始めたきっかけです。

2026年4月入社の高卒採用者4名のプロフィール(提供:ソニックガーデン)
「マネージャーとメンバー」から「親方と弟子」へ
― 現在の徒弟制度は、最初から今の形だったのでしょうか。
僕らの会社はもともとセルフマネジメントで自由に働くスタイルなんですが、若手はまだセルフマネジメントができない状態ですから、その状態で自由に働くのは難しい。そこで当初はマネージャーをつけて、マネジメントする形をとりました。
ただ、マネージャーとメンバーという関係にすると、マネージャーのミッションは「メンバーを使って成果を出す」ことになります。でもソフトウェア開発において、少なくとも僕らの会社では、新卒が1か月の研修で戦力になるというのは非常に難しいことです。
そうなると、マネージャーをつけた体制自体の生産性がむしろ落ちてしまう。極端に言えば「メンバーを使わないほうがいいのでは」という話にすらなりかねない。メンバー側も、成果を出すためにアサインされているのに成果が出せないので、頑張れなくなるケースも出てきました。
― そこから、どのように対応したのでしょう。
はい。まずは育てることにフォーカスしたほうがいいだろう。そのためにも関係性そのものを変えたほうがいいのでは、と考えました。
そこで「マネージャーとメンバー」ではなく「親方と弟子」という呼び方にして、徒弟制度という形にしたんです。親方はメンバーを使って成果を出すのではなく、弟子を育てることを自分の役割として持つ。弟子は弟子で、自分のやりたいことを主張するのではなく、まず親方の言うことを100%聞くところからスタートする。
マネージャーとメンバーの関係のままだと、「メンバーのやりたいことを聞いて」というアプローチになります。ですが、ソフトウェア開発者としてまだ何もできない段階では、それがうまく機能しませんでした。呼び方を変えたことで、弟子側は「まず学ぶ」というつもりになったし、親方側も「まず育てる」というつもりで向き合ってくれるようになったんです。

引用元:上司と親方の違い、徒弟制度の再発明でプログラマ育成|株式会社ソニックガーデン
― 他に見直したことはありますか。
ソニックガーデンはフルリモートの会社だったのですが、育成に関しては、指導する上でプロセスを見ていかないと適切なフィードバックができません。そこで弟子が親方のもとに引っ越して、物理的に同じ場所で働くスタイル(※)に変えました。
親方と弟子の関係にして、育成は対面に切り替えて、親方のもとで働くようになってからは、圧倒的に成長速度が上がった実感がありますね。
参考:「徒弟制度」って実際は何をしているの?——モダンな育成の場で成長する弟子たちのリアル
AIがコードを書く時代でも、教え方は変わらなかった
― 徒弟制度の中で、弟子にはどのようにソフトウェア開発を教えているのでしょうか。
たとえば、サッカー選手になりたいなら、まずサッカーをやればいいと思うんです。下手でもまずやってみる。「パスがめちゃくちゃできるようになるまで試合に出さない」というのはナンセンスですよね。ソフトウェア開発も同じで、低いレベルからでも全体をひととおりやる。それが僕らの考え方です。
教える順番はもちろんありますが、順番よりも全体をできるようになることの方が大事だと考えています。
― AIがコードを書く時代になり、その教え方に変化はありましたか。
基本的には変わらないですね。今までどおり、親方と弟子の形で進めています。
弟子のレベルによって段階はありますが、なりたての弟子であれば、まず親方が分解した仕事を自分でやるところから始める。一定のレベルまで行ったら、自分でお客さまと話をして、自分でタスクを分解して、実装していく。親方はそのやり方に対してフィードバックをする。この大きな枠組みは、AIの時代になっても特に変わっていません。
― 教え方の枠組みが変わらない中で、AIをどのように活用しているのでしょうか。
若手がAIを使うこと自体は禁止していません。ただ、AIの活用にも段階があります。
僕らの会社には、弟子入りの前にソフトウェア開発の基礎を学ぶ「トレーニングセンター」という段階があるんですが、そこでは基本的にまずAIを使わないところからスタートします。弟子入りした後は、チャットで質問するレベルからエージェントとして使うレベルまで、段階的に活用していく形です。
ただ、AIが出してきたものをそのまま提出して何の説明もできないという状態はダメですね。自分で作るにせよ、AIが作るにせよ、それが自分が作ったものであると説明できること。それは今、弟子に対して伝えています。
とはいえ、これも現時点(2026年3月)の話でしかないと思っています。この基準自体もいろいろ変わっていくでしょうね。
先のことはわからない。だから目の前のことをやる
― 徒弟制度を導入してから数年が経ちました。弟子の方々は今、どのような状態でしょうか。
まず、徒弟制度には「卒業」がありません。師匠と弟子の関係は、どこかで解消するものではないんです。弟子が40歳になっても、50歳になっても、自分の師匠は誰か、自分の弟子は誰かというのは連綿と続くものだと思っています。
その上で、一番最初に入った一期生たちは、もうお客さまの仕事を一人でこなせるようになっていて、親方が常に見ている必要はなくなりました。もちろんベテランと同じだけの仕事ができるわけではありません。経験が長いほどできることは増えるし、スピードも質も上がる。ゴールに達したわけではないですが、そういう段階まで来ていますね。
― ここまで育ててくる中で、育成の難しさを感じることはありますか。
育成はすべて難しいですね。まず、一人として同じ人はいない。しかも教える親方も、スキルや経験、性格がそれぞれ違う。その組み合わせが無限にあるんです。
なかなか成長しないケースがあったとしても、その原因のパターンがこの人には当てはまるけど、別の人には当てはまらないということが普通に起きます。過去に起きたことの繰り返しで解決できるということがほぼないんですよね。組み合わせの無限さが、育成の一番の難しさだと感じています。
― 若手の育成に取り組むことで、ソニックガーデンにはどんな価値がもたらされていると感じていますか。
いくつかありますが、まず、若い人がいることで組織が不安定になるんです。不安定になるということは、組織の制度や仕組みをしっかり考えなければならない機会が増える。それがある意味で組織が強くなるための機会にはなっていると思います。
もう一つは、親方たちの成長です。先ほどお話ししたように育成は一筋縄ではいかないものですが、その難しい問題に日々取り組むことで、親方自身が人間的にも、技術者としても成長する機会になっていると感じています。
― 4月からはソニックガーデンが創立に関わった非営利型一般社団法人「セタプロ」による小中学生向けのプログラミング部活動「セタプロ部」も始まるそうですね。
これは育成しようと思ってやっているわけではないんです。僕らのようにソフトウェア開発が好きで、面白いと思いながら、それを誇りに思って仕事にできる人が増えていくといいなと。
アスリートでもミュージシャンでも、最初はそれが面白いと思って始めないと大成しないだろうし、やってみないと楽しさはわからない。だからまず、プログラミングそのものを楽しめる場が必要なんじゃないかと考えました。
小中学生が部活動でプログラミングの楽しさに目覚めて、やがて自律した開発者へと成長していく。そういう道筋を社会に提示したくて、小中学生向けの部活動という形になりました。

― 徒弟制度、高卒採用、セタプロと、育成の取り組みを広げている一方で、業界全体では即戦力採用を優先する動きもあります。その中で、ソニックガーデンはこの先どういうスタンスで臨んでいくのでしょうか。
即戦力採用は合理的な判断だろうなとは思います。ただ、先のことと他所のことについてはわからないというのが僕らのスタンスです。
徒弟制度を始めて若い人を採用し、地方にオフィスをつくることになった。こうした展開を最初から想定していたかというと、していませんので。でも、意思決定してやったからこそ得られたものは大いにあります。過去は変えられない事実として、それを積み上げていくというスタンスで僕らはやっています。
これはAIに限った話ではなくて、新しい技術が出てくるたびに同じことの繰り返しだと思うんです。先のことはわからないという前提で、その時その時の最善を尽くし、新しいことに取り組んでいく。僕らにできるのはそれだけなんじゃないかと思っています。

