2026年3月26日に開催されたオンラインイベント「いまさら聞けない『AI駆動開発入門』~AIで変わる、開発プロセス・スキル・現場活用〜」。
本イベントでは、AI駆動開発コンソーシアム 座長/クリエーションライン株式会社 取締役兼CTOの荒井 康宏氏がAI駆動開発の概要や開発プロセス/組織の変化について、ULSコンサルティング株式会社 AI駆動開発推進室 シニアコンサルタントの堀切 瞭平氏が基幹システム刷新におけるAI駆動開発の事例について紹介しました。
AI駆動開発という言葉を耳にする機会は増えた一方で、「クライアントワークの現場では、どのように導入できるのか」「エンジニアの役割は、どのように変わるのか」といった疑問を持つ人は少なくありません。
後編となる本記事では、堀切氏が紹介した1万7000クラスのテストコード移行事例を基に、AI駆動開発の実践方法や成果、そしてAI時代におけるエンジニアの役割変化について紹介します(前編はこちら)。
AI駆動開発で挑んだ、1万7000クラスのテストコード移行
ULSコンサルティングは、技術を武器にクライアントのビジネス変革・創出を支援するコンサルティングカンパニーだ。堀切氏は、今回のセッションについて「単なるツール導入の話ではなく、開発プロセス全体の変革」だと語る。
同社では、行政の基幹システム刷新プロジェクトにおいてAI駆動開発を実践。対象となったのは、「1万7000クラスにおよぶ単体テストコードのマイグレーション」だ。
今回対象となったシステムでは、ガバメントクラウドへの移行に伴いJavaのバージョンアップが必要になっていた。しかし、既存システムで利用していた単体テストフレームワークdjUnitが、新しいJavaバージョンでは利用できないことが判明。そのため、本番システムの移行に先立ち、既存のテストコードをMockitoベースへ移行する必要があったという。
対象となるテストコードは、11個のリポジトリにまたがって存在していた。クライアントは当初、既存システムの保守などを担当していたベンダーへ相談したものの、提示された見積もりは想定を大きく上回るコストと期間を要する内容だった。
今回のプロジェクトにおける本来の目的は、単体テストコードの移行そのものではなく、ガバメントクラウドへの移行にある。そのため、テストコード移行に過大な工数や期間を割くのは難しく、全体スケジュールへの影響も課題になっていた。こうした背景から、ULSコンサルティングへ相談が持ち込まれ、AI駆動開発を活用した大規模マイグレーションの検討が始まった。

プロジェクトでは、AIエージェント・Devinを中核に据えて開発を進めた。堀切氏はDevinについて「クラウド上で動作し、自律的にタスクを遂行できるAIエージェント」と説明する。開発者が都度操作し続ける必要がなく、作業を依頼した後は、Devinが調査や実装、テストなどを進める間に別の業務へ取り組めるという。ULSコンサルティングは開発元のCognitionとパートナーシップを締結しており、Devinの導入・活用支援も行っている。
コストを1/4に削減、1〜2年の見積もりを4カ月へ
では、ULSコンサルティングはどのようにして1万7000クラス規模のマイグレーションを実現したのか。
プロジェクトでは、「AIによる設計」と「AIによる自律実行」の2段階でマイグレーションを進めたという。
まず設計フェーズでは、Devinを活用して複数のリポジトリを横断的に調査し、djUnitの利用状況を分析。当初はテストケースの属性ごとに対応ルールを定めるアプローチを想定していたが、調査の結果、それだけでは十分に対応できないことが判明した。
そこで、djUnitの記述パターンごとに置換ルールを定義する方針へ転換。「この記述であれば、このように書き換える」といったルールを仕様として整理し、ドキュメント化した上でDevinに適用した。ルール策定後は、小規模な検証を実施。抽出した記述パターンがどのリポジトリにどの程度存在するのかを分析しながら、実際にマイグレーション可能かを確認したという。
その後、自律実行フェーズでは、Devinがテストコードを自動で書き換えた。ここで重要だったのが、AIにどの粒度で作業を任せるかだった。パッケージ単位や複数クラス単位での実行も試しながら、AIに任せる作業単位を検証した結果、費用対効果と精度の観点から「1プロンプトにつき1クラス」を処理する方式を採用した。
設計と検証を終えた後は、Devinのスケーラビリティを活用して処理を並列化。クラウド上に最大200台のDevinのVMを同時稼働させることで、マイグレーション作業を一気に実行したという。

その結果、プロジェクトではコストを約1/4に削減し、1万7000クラスのテストコード移行を4カ月ほどで完了した。従来の見積もりでは1〜2年を要するとされていた中、大幅な期間短縮を実現した。
また、実際にプロジェクトへ参画したのは堀切氏を含む2名のみだった。両名とも他案件と兼務しており、実質的には0.5人月×2名の体制だったという。実作業の多くはDevinが担い、人間は進行管理やレビューに注力した。
堀切氏は、今回のプロジェクトを通じて「属人性の排除」を実感したと振り返る。実務を担当したエンジニアはJavaに特別詳しいわけではなかったそうだが、適切なルール設計とAI活用によってマイグレーションを完遂できたという。
堀切氏が最も大きなインパクトを感じたのが、「品質の均一化」だった。今回の移行は、単なるライブラリのバージョンアップではなく、djUnitからMockitoへの書き換えを伴うものだ。両者は設計思想が異なり、単純な置換では対応できないケースも少なくない。中には、djUnitで数行だった処理をMockitoで再現するために大幅な書き換えが必要になるケースや、既存テストの設計上の問題が顕在化するケースもあったという。
そうした複雑な課題に対しても、AIが一貫したルールに基づいてコードを変換することで、品質のばらつきを抑えながら大規模な移行を進められた。堀切氏は、今回の成果について次のように語る。「1~2年が4カ月に短縮されましたが、従来の手法で1~2年かけたとしても完遂できてたかどうかは正直疑問です」
1万7000クラスの移行で見えた、AI駆動開発の本質
堀切氏は、事例から見えたAI駆動開発の核心として、(1)スキルと仕組みづくり、(2)人の役割のシフト、(3)価値の源泉の変化、(4)開発手法のパラダイムシフト――の4点を挙げた。
「動けばいい」は通用しない。成功の鍵は精緻な「仕組み」
堀切氏は、エンタープライズ領域におけるAI駆動開発では、「AIに書いてと指示するだけでは破綻する」と語る。重要なのは、AIが迷わず期待通りのアウトプットを出せるよう、作業手順やルール、レビュー観点をあらかじめ整備することだという。
今回のプロジェクトでは、djUnitからMockitoへの変換ルールをドキュメント化しただけでなく、作業手順や判定基準も明文化。さらに、マイグレーション後のコードに対して別のDevinがレビューを行う仕組みを構築した。AIによる1次レビューでは、変換漏れや品質低下など複数の観点をチェックし、人は最終的な判断に集中できるようにしたという。
堀切氏は、この仕組みを「線路」に例える。AIに自由な判断を委ねるのではなく、適切なルールとレビュー体制を整えた上で走らせることが、AI駆動開発を成功させる鍵だと説明した。

「作業者」から「監督者」へ。エンジニアの役割シフト
今回のプロジェクトでは、エンジニアが自らコードを書く場面はほとんどなかったという。「私もメンバーも、自分のローカルPCでコードを触っているということは一切ありませんでした。コーディング作業は全部AIに任せています」と堀切氏は振り返る。
人の役割は、作業手順やルールを整備し、AIへの指示やレビュー、進行管理を行うことだった。この経験を通じて、同氏は「人の役割は、作業者から監督者へと変わってきています」と語る。だからこそ、AIが高い精度で実装や変換作業を実行できる環境を整えることが重要であり、人が実作業に介在しすぎると、かえってボトルネックになるケースもあったという。
価値の源泉は「工数」から「意思決定」へ
堀切氏は、AIによってアウトプットを生み出すまでの時間が大幅に短縮されることで、人が価値を発揮するポイントも変わると指摘する。AIが短時間で成果を生み出せるようになることで、何を作るべきか、どのように進めるべきかといった意思決定の質と速度が、競争力の源泉になるという。
今回のプロジェクトでも、マイグレーション作業に着手する前の検証期間8週間のうち、約3週間を仕組みづくりや結果の検討に充てた。すぐに実装へ進むのではなく、再現性の高いプロセスを設計し、その有効性を検証することに時間を投資したという。堀切氏は、こうした質の高い判断を素早く行うことが、今後の価値につながるとの考えを示した。
既存手法の延長ではない。開発手法のパラダイムシフト
重要なのは、既存の開発プロセスにAIを組み込むことではなく、AIが業務を担うことを前提にプロセス全体を再設計することだという。開発手法の違いではなく、開発の考え方や進め方そのものが変わりつつある。堀切氏は、AIを前提とした新たな開発プロセスが生まれつつあり、今後は開発現場にも大きな変化が訪れるとの見方を示した。
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