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「全員CTO級」の組織をつくるには──ばんくし氏が取り組む、技術選定を強くする1on1

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エムスリー株式会社 / VPoE

ばんくし

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部下の成長促進や信頼関係の構築といった効果が期待される1on1ミーティング。しかし、そのノウハウを体系的に学べる機会は少なく、手段が目的化したり、実施者によって対話の質がばらついたりする課題も見られます。

1on1に絶対的な正解はない中、本連載「1on1の解剖図」では、様々な領域で活躍するエンジニアの「1on1の手法」に焦点を当て、現場の課題や気づき、乗り越え方を掘り下げます。


第4回は、エムスリー株式会社 VPoEのばんくし(@vaaaaanquish)氏。2019年に同社に入社後、キャディ株式会社を経て、「エンジニアをモチベートしたい」という思いから、2023年5月にエムスリーへ復帰しました。

各メンバーのチャレンジ支援、技術選定の伴走、部門間のズレの早期発見──。社内の全エンジニアに「CTOレベルの人材になってほしい」という思いから、ばんくし氏は1on1をフル活用しています。1on1の位置づけやメンバーとの向き合い方、そしてVPoEとして組織を率いる中で見えてきた、自分自身の新たな側面についても語っていただきました。

1on1は“チャレンジの現在地”を掴む時間

──ばんくしさんは、1on1の役割をどのように考え、どのような話題を扱うことが多いですか。
私の1on1は、基本的には「皆のことを知りたい!」という気持ちや役割でやっています。チームの状況や業務上の課題はもちろん、その人が何にモチベーションを感じ、次にどんなことをやりたいのか、最近何が楽しいのか、どんなエンジニアで在りたいのかなどを聞いています。あとは雑談を通して、その人自身への理解を深めるようにしています。

エムスリーのエンジニア職には画一的なジョブグレードがなく、目標設定も個々にカスタマイズされています。チャレンジマネジメントという枠組みの中では、一般的な「次はこの技術にチャレンジできるといいですね」という提案はもちろん、「ずっとバックエンドをやってきたけれど、そろそろフロントエンドにも挑戦してみませんか?」「大学時代に機械学習やAIを勉強していたなら、関連プロジェクトをやってみませんか?」といった、その人の志向に合わせた提案もできる会社です。

その提案ができる限り的外れなものにならないよう、個々のエンジニアが何を考え、どういう事象にどう感じるのかを知って、サポートできるとうれしいなと私は思っています。

──個人・チーム・会社にとって“三方よし”になるような提案をするイメージでしょうか。
はい。やはりエンジニアの活躍や成長が事業の成長につながると考えているので、「エンジニアに楽しく活躍・成長してもらいたい」という想いがあります。

エムスリーには、プロダクトが約30個、小規模なチームが多数あり、約170社に上るグループ会社を技術面で支援するという選択肢もあります。その中で一番活躍でき、成果を出せる場所で働いてもらうことを大事にしています。

究極的には「エンジニアには全員CTOレベルになってほしい」と思っていて。一言でCTOレベルと言っても、リーダー像は人それぞれです。「その人に合ったリーダー像へ行き着くには、どんなチャレンジが必要か」を一緒に考えるようにしています。

──大きな目標から逆算して、日々の1on1を行っているのですね。
もう少し大きな視点で言うと、私自身が「国内からイノベーションを生み出せるエンジニアがもっと増えてほしい」という思いがあります。OSS開発を個人でやっていたりすると、そういう人が増えないと、私自身がつまらなくなってしまうという感覚がありまして(笑)。

最近『ひゃくえむ。』という、100メートル走に人生を賭ける少年たちを描いた漫画原作の映画を観たのですが、主人公が勝ち続けるほど同じラインで走れる人がいなくなり、どんどん孤独になっていくんです。私は多くの人と一緒に”ガチ”でやりたいと思っているので、仲間を増やしたいんですよね。

もちろん尊敬できるエンジニアは業界にたくさんいますが、その数をもっと増やしたい。例えば外部イベントに行くと「またこの人だ」と思うこともあるので、登壇候補が多すぎて運営側が迷うぐらい層の厚い業界になるといいなと。そのためにも、まずは社内メンバーの強み・弱みやこだわりを知ることが重要だと考えています。

後悔するのは「他社のCTOになります」と言われたとき

──現在はVPoEとして、どのような層と、どれくらいの頻度で1on1を行っているのでしょうか。
かなり多くの人とやっています。マネジメント層とは定期的に行うほか、新卒メンバーや入社1年未満の方とは重点的に実施しています。

また、チームの状況を見て必要だと思えば、臨機応変に行っています。例えば、人数が増えるようなチームの運営の転換期や、エンジニアとしてリードする側に回り、「自分が引っ張らないといけないが、何から始めればよいか分からない」といった相談があるケースですね。

もちろん各チームのチームリーダーも相談に乗りますが、より大局的な視点を提供するために私が入るイメージです。「こういう見方もあるよ」と相手の視点を増やせるようにコミュニケーションをしています。

──1on1を行う側として、「もっとこうするべきだった」と後悔した経験があれば教えてください。
基本的にすべての1on1で全力を尽くすようにしていますが、「悔しいな」と思うのは、やはり次のチャレンジを理由にメンバーが離職するときです。エムスリーには多くのチャレンジ機会があり、チーム異動やグループ会社の支援など、本人が退職を考える前に何か提案できたのではないかと感じます。

エムスリーでは全員CTOレベルを目指してやっていることもあり、「他社のCTOになります」「起業します」というパターンも多いです。そうしたとき、「エムスリーの中でもっと大きなチャレンジを用意できたな……」と毎回思うんです。でも業界で活躍する卒業生皆を応援していますし、そうやって後悔して新しいチャレンジを考え続ける姿勢自体が大事だと考えて前に進んでいます。

「作ったものが使われない」を防ぐためのコミュニケーション

──エムスリーに再入社した際、VPoEとしてどのようなことを成し遂げたいと考えていましたか。
さっきの話にもつながりますが、私はエンジニアリングがかなり好きです。一人でも多くの人に「ものづくりの面白さ」を感じてもらいたいなとも思っています。一方で、これだけ好きなことをして生活できていることに対する感謝のような感情もあります。

大きなことを言えば「エンジニアに限らず多くの人が、好きなことをして生きていけるような世界にしたい」という壮大な想いが自分の中にあります。自分の娘を見ていても、そういう未来をつくりたいと感じますし、そういった社会であるためには医療や教育、政治など、社会の基盤となる領域におけるテクノロジーのレバレッジは大きいと思っています。

取締役CPOの山崎さんとは、「ものづくりを担う創り手として、より多くの人に楽しんでもらうには何が必要なのか」をいまだによく議論しています。エムスリーで、少しでもその体制づくりに貢献できたらなといつも思っています。

──「ものづくりの面白さ」を感じてもらうのとは逆に、エンジニアのモチベーションが下がってしまうのは、どんなときだと思われますか。
難しい質問ですね(笑)。私も悔しい経験を沢山しているので、要因は本当に色々だと思います。

考えてみると、究極的には「せっかく作ったものが使われない」ときなのかなとは思います。ものづくりのきっかけは何であれ、最終的には社会とのつながりが重要な要素だと考えています。自分の知的好奇心のための開発であっても、巡り巡って社会につながって成り立つものだよなと。

だからこそ、自分が作ったプロダクトが使われなかったり、書いたコードを「意味がない」と言われたりすると、培ってきたモノの結果が社会から否定されることになり、一番モチベーションに響くのではないかなと思います。

──技術部門と事業部門の間に断絶があると、そうしたズレが生まれやすいのでしょうか。
そういったこともありそうです。一般的には、事業側の戦略が十分に伝わっていないことで、エンジニアが作ったものとPdMやCEOが思い描いているものがズレてしまうこともあると思います。

例えば、PdMが「虹を書いてほしい」と依頼し、エンジニアが「虹の7色の順番」を議論している一方で、CEOは「256色の豪華な虹」をイメージしていた──といった話は巷によくありますよね。そうしたズレをできるだけ減らすのも、エムスリーにおけるVPoEの役割だと考えています。

だからこそ私は、PdMとも1on1をしています。「3ヶ月前は皆同じ方向を見ていたのに、最近少しズレ始めていないか……?」という空気を感じるには、定期的な1on1が不可欠です。「一緒に事業部門の話を聞きに行きませんか」とエンジニアに声をかけるなど、互いに視野を広げて議論できるよう促すこともあります。

リハーサル困難な技術選定でいかに精度を高めるか

──以前「多くの人に技術選定の打席に立ってほしい」とお話しされていましたが、実際に打席に立つときの壁はどこにあるのでしょうか。また、VPoEとしてどのようなサポートをしていますか。
この“打席に立つ”という言葉の背景には、ものづくり特有の難しさがあります。

例えば野球なら本番に近い環境で練習できますが、ソフトウェア開発では、テックカンファレンスや技術ブログで情報収集はできても、実際に巨大サービスの技術選定をリハーサルすることはなかなかできません。

その結果起きがちなのは、自分が経験したことのある規模のサービスの感覚値に合わせて意思決定をしてしまい、大きく失敗してしまうといったことです。もちろんそうした経験を通して成長していくものですが、最初から日々の練習もメジャーリーグでできたらいいですよね。

VPoEとしては、上場企業のCEOやCTOと直接話す機会をつくるなど、メジャーリーグ級の場所を用意することはもちろん、意思決定の精度を上げるためのサポートとして1on1を活用しています。

──過去の経験に引っ張られて「小さくまとまってしまう」ことが起きやすいのでしょうか。
はい。だからこそ1on1では、意思決定の背景を一緒に確認したりしています。私もすべての言語やフレームワークに精通しているわけではないので、「なぜその決定に至ったのか」「誰と相談したのか」「一回り大きな選択が今できない理由は何か」などを聞き、本人の納得感や対話の余地を一緒に確認しています。

一緒に深掘りしていくことで、エンジニア自身の意思決定の精度を高めるだけでなく、より広くスムーズに大きなインパクトをもたらす方法を見つけられることもあります。

自分の強みはまだまだ増える。「好き」と社会をつなげたい

──エムスリーに再入社した当時の自分に声をかけるとしたら、どんな言葉をかけますか。
そうですね。「まだまだ自分の強みは増えるよ」と伝えたいです。VPoEになってからは、各エンジニアの個性や強みを生かすための議論をすることが多く、それがエムスリーの成長につながっていると感じます。

いかに他者の強みを生かせるかを考えていると、自分自身に対しても「ここが得意だったんだ」「ここを伸ばせば、もっと活躍できるな」というポイントがたくさん見えてきます。だから当時の自分には、「お前の武器はまだまだあるぞ。右ストレートだけじゃないぞ」と声をかけたいですね。

──素晴らしい気づきですね。最近見つけた「武器」を一つ挙げるとしたら、何でしょうか。
最近特に感じているのは、「工学屋さんの気持ちが分かる」という強みですね。自分自身が情報系というより工学出身だからなのですが、コンピューター以外にも動く機械や物理現象が好きで好きでたまらない人の気持ちがよく分かります。著名なCTOやVPoEだとコンピュータサイエンス出身の人が多い印象がありますが、私は学生時代は旋盤を回して溶接していましたからね(笑)。

その「好き」という気持ちを、どう会社や社会につなげるかにも一定の強みがあると感じています。そこを伸ばせば、より良いエンジニアの組織づくりや1on1につながるのではないかなと模索している最中です。

エムスリーがより大きくなり、様々な医療の課題が解ける組織になるよう、日々精進していきたいなと思っています。エムスリーに戻ってきて、カルノーサイクルが回り始めている、とも言えますね。

取材・執筆:メディア編集部/大場 みのり