AI時代、1on1の役割はこう変わる──グラファー河治氏が語る「人と向き合う場」への転換のトップ画像

AI時代、1on1の役割はこう変わる──グラファー河治氏が語る「人と向き合う場」への転換

投稿日時:
ファインディ編集部のアイコン

ファインディ編集部

Xアカウントリンク

本連載「1on1の解剖図」では、さまざまな領域で活躍するエンジニアの「1on1の手法」に焦点を当て、現場の課題や気づき、乗り越え方を掘り下げます。

第5回は、株式会社グラファー Senior Vice President of Engineering/執行役員の河治 寿都さん。2025年4月にエンジニアとして入社後、プロダクトマネージャー、チームマネージャーを経て、わずか1年で執行役員に就任。現在はエンジニアリング本部全体を統括し、人材配置から技術戦略、事業計画まで幅広く担っています。

グラファーは、代表・石井大地氏の著書『AI駆動開発チームの作り方・育て方 生産性20倍アップのソフトウェア開発』でも知られるように、AI駆動開発を組織全体で実践する企業です。

そんなグラファーにおける、AI時代に1on1が担う新たな役割とは。変化の渦中で見えてきたマネジメントの将来像について、河治さんにお話を伺いました。

河治 寿都(かわじ ひさと)

株式会社グラファー Senior Vice President of Engineering・執行役員(エンジニアリング本部担当)

2011年 東京大学大学院卒業後、新卒でグリーに入社。以降は越境EC、IoTベンチャー、ヘルスケア領域でTechLead, VPoE, EMを経験後、2025年04月よりグラファーに参画。Graffer AI Studioの開発に従事。2026年1月より現任。
小学校の頃にWindows95とインターネットに出会い、HTMLとJavaScriptを触ってゲーム作りからプログラミングにのめり込む。
技術分野においてはバックエンドエンジニアからインフラ領域、フロントエンド領域まで幅広く携わり、開発に関わるところで、ユーザー動向の分析業務や機能企画、顧客対応、システム運用、営業活動から採用、組織開発、上場に向けての監査対応まで幅広い業務を経験。

「通常運転」していたら、入社から1年で執行役員に

――グラファーに入社されて約1年経過したそうですね。現在はどんなお仕事をされていますか?

今はSenior Vice President of Engineering、エンジニアリング本部担当の執行役員として、エンジニアリングに関わることは経営の観点も含めて何でもやっています。組織戦略、技術戦略、プロダクトの方向性などを見ています。

ただ、もともとこのポジションで入社したわけではありません。入社当初は一エンジニアとして採用されました。

――河治さんとしては、役員を目指して入社されたわけではなかったんですか?

はい。最初のオファーはあくまでプレイヤーとしてのものでした。それが入社してから「プロダクトマネージャーもどうですか」みたいな話があり、気づいたらチームマネージャーもやり始め、今に至るという感じです。

――まさに激動の1年だったんですね。

皆さんにはそう言われるんですけど、私としては通常運転というか、まったく激動ではないんですよ。目の前の仕事に応え続けていたら、気がつくとこうなっていました(笑)。

――入社直後の話に戻ります。グラファーにはバディ制度(上司ではないメンバーが入社オンボーディングを3か月フォローする制度)があって、バディとの1on1でキャッチアップされたとか。河治さんが受け手として感じたことを教えてください。

率直に言って、これまで体験したオンボーディングとは体験で得られたアウトカムが全然違いました。

まずバディとの1on1ですが、最初の1〜2週間はバディの方が毎日実施してくれました。お互いの人となりを知りながら、仕事の進め方も丁寧に教えてもらえる。加えて「スタンプラリー」という仕組みがあって、バディ以外のメンバーとも1on1を自ら組んでいくんですね。自分からカレンダーをどんどん押さえて話にいくと、いろんな人のキャラクターや仕事の内容がわかってくる。1〜2か月かけて行うのですが、会社全体の解像度がものすごく上がりました。

――仕組みとして、人と話す機会が多いんですね。

それもありますが、仕組みだけではないんです。グラファーでは、わからないことを聞いても誰一人として嫌な顔をしないんですよ。忙しそうだから聞きづらい、という雰囲気が全くなくて、遠慮なくメンションしても普通に答えてくれる。

オンボーディングなので、「キャッチアップを早くしないと」と焦る気持ちもあったのですが、仕事という感じがしなくて、コミュニティに参加したみたいな感覚でしたね。

――いいですね。オンボーディングでそう感じられる会社はなかなかないと思います。

AI駆動開発の浸透に、1on1は必要なかった

――先日出版された代表の石井さんの書籍を読みました。組織全体でAI駆動開発がかなり進んでいて驚いたのですが、河治さんは、その浸透にあたって1on1をどう活用されていますか。

実を言うと、AI駆動開発の浸透のために1on1の場で何かしているかというと、ほぼやっていません。「こういうふうにAI駆動開発を進めましょう」といった個別の働きかけは、やる必要がないと判断しています。

――やる必要がない、というのは?

社内では、AI駆動開発に関する知見をメンバーが自発的に共有しています。毎日チームで集まるミーティングの場で「こういうことを試したら、こういうことができました」と。1on1でAIの話題が出ることはありますが、あくまで雑談の延長です。

基本的にメンバーそれぞれでAIを楽しんでいるんですよ。知的好奇心のままに、自分から発信して、自分でキャッチアップしている。会社からは今でこそ生産性について「2000%upを目指そう」「AI駆動」「AIファースト」といったポリシーを発信していますが、「AIを活用せよ」といった直接的なオーダーとしての趣旨では言ってないんですよ。それでも自然とAIを使った効率良い開発手法や新しいAIツールが話題になることが多かったですね。

――では、1on1の代わりにマネージャーとして意識的にやっていたことはありますか。

私がやっていたのは「とりあえず試して体現する」ことです。自分で実際に生成AIを実務タスクで使ってみて、「こんなことができましたよ」という事例をSlack上で発信し続けました。

1on1_kawaji_01.png

わざわざ「AI駆動開発をやるぞ」という宣言はしていません。それが正しい方向だということは、みんなわかっていますから。ルールや仕組みを先に整えるよりも、効果とプロセスをちゃんと可視化してあげるほうが共感しやすく、自立的に取り組むためにはずっと大事だと思ったんです。

――メンバー個人個人の発信が続く中で、組織全体に変化は現れましたか?

はい。印象的だったのは、事業部の合宿ですね。2日目の午前中に、ビジネス側のメンバーも含めて全員でAI駆動開発をやったんです。

エンジニアリングに詳しくない人も混ざっている中で、全員がv0などのコーディングエージェントを使ってプロトタイプを作り、お互いの成果をぶつけ合いながら議論しました。これがきっかけになって、もう火がついたみたいにSlackでどんどん事例が共有されて、コーポレート部門までツールを使い始めるという動きが出てきた。最近ではエンジニアに頼んでいた仕様調査も、自分たちでDevinを使ってやるようになったんです。

――宣言もなく、仕組みもなく、ここまで組織全体に広がっている背景が気になります。

要因として一番大きいのは、グラファーにはもともとフルサイクル開発を続けてきた土壌があることだと思います。エンジニアロールを持っている人が要件定義からデリバリーまでを一気通貫で担うスタイルなので、縦割りの仕事の仕方をしていない。自然と視点が広くなるし、いろんなところに関心が向くので、刺激が生まれやすいんです。

実際に今、面白い変化が起きています。あるデザイナーが1年ほどAI駆動開発を続けた結果、最初はv0でプロトタイプを作るところが強みだったのが、気づけばターミナルを開いて、リポジトリにコードを納められるようになっていた。一方で開発者のほうは商談に出る回数が増えて、抵抗感なくこなせるようになっている。営業と開発の境目がなくなってきているんです。

――なぜそこまで楽しめるんでしょう。

代表の石井も言っているんですが、「面白くなければ仕事じゃない」と。私もすごく共感しています。単なる作業ではなく、創造性のある仕事ができる環境にしていきたいと考えているからこそ、みんな自立的に動けるんだと思います。

とはいえ、AIが拾えない問題を拾えるのは1on1だけ

――AI駆動開発が自然発生的に広がったからこその課題もあるのでは?

そうですね。しばらく経つと、大きく2つのスタイルに分かれてきたんです。

一つは、AIを使いこなしながら開発環境を整えて、生産性を上げていくパターン。もう一つは、AIに丸投げして、出てきたものをそのまま成果にしてしまうパターンです。

――その差はどこから生まれるのでしょうか。

AIを使う際に活きてくる、業務コンテキスト・ノウハウの蓄積の違いですね。たとえばインフラ構成やアプリケーションアーキテクチャの設計経験がある人は、AIへの指示にその視点を込められる。でもその知識がないと、結果的に指示が不足し、AIが推論で補って成果物を作ることになるため、期待したものにならないことが多い。

グラファーでは社外向けに1日で行うAI駆動開発の研修を提供しているんですが、そこでも同じことが起きます。プロトタイプを作ってもらうと、幅広い業務経験を積んでいるマネジメント層は多少の不具合があるものの、実際にローカルでDBと連動して動くプロダクトに仕上げてくる。一方、コード自体はできているのにデモが動かない、といった結果になった人たちもいます。共通しているのは、観点が不足したまま局所的に実装を進めてしまう点です。実装に影響が出ていることに気づかず、後からトラブルに気づくといったことが起きているんです。本人が持っている知識や経験の幅が、そのままAIへの指示の質に表れるんですよね。

――知識や経験が、そのままAI活用の質に直結するんですね。

さらに注意が必要なのは、AI頼みで成果物を作っていた場合、問題に直面した際に本質的に何を解決すればいいのかに自分では気づきにくいことです。あるメンバーのケースなんですが、オンボーディングの一環で一つのタスクをしっかり仕上げていて、傍から見ると立ち上がりが早い印象でした。

ところが実際にプルリクエストが提出されてみて、レビューの様子をみていると、コメントがたくさんつくことがある。その後、本人との1on1で、AIの出力の妥当性・裏付けを俯瞰して評価しないまま、出てきた結果をベースに作業を進めていたことがわかりました。

話してみたら、本人からも「わかっているつもりだったけど、実はわかっていなかったかもしれない」と言われたのです。こちらから指摘をすることは簡単なんですが、こういった自発的な気づきは、場をつくらないと複眼で振り返りができないので、出てきにくいと思います。

――AIによって、こうした問題が見えにくくなっているのでしょうか。

ええ、そう感じています。また、昨今のAI技術の急速な発展で、日夜更新されていく技術情報を追随するのにそれなりに労力がかかります。「とりあえず使ってみる」でそのまま業務に取り入れたものの、別の優れた新技術がすぐに登場するので、そこから発展させることが難しいケースも増えてきています。ですが、そういった時こそ1on1などで対話をするタイミングで「本当に必要なものって何だろう」「実現できた際のアウトカムはなんだろう」と立ち止まって考え始めるきっかけにもなる。単に新しいツールを試すのではなく、「この使い方でこういう成果につなげられる」という議論が増えてきた印象はありますね。

――そうした課題がある中で、1on1の位置づけは変わりましたか。

位置づけ自体が大きく変わったわけではないんですが、時間の使い方の内訳は明らかに変わりました。全体的にメンバー個人の悩みや成長、変化に割く時間が増えたんです。

以前は課題・仕事・実装の具体に関する話が多かったのですが、今は「これから先どうすべきか」という議論と、仕事の延長線上での悩み相談の時間がずっと増えています。「どうすればいいか見当がつかない」というメンバーの声を拾って、別の視点を提案する。それが今の1on1のメインになっていますね。

――「視点の提案」とは、具体的にどんなやりとりですか。

「わかっていたつもりだった」というメンバーには、成果を報告する相手の視点が含まれているか確認したほうがいいという話をしました。本人はAIを使って完璧に調べているつもりだったんですが、調べる仮定におけるプロンプト内容に相手の期待に相当する部分が足りていなかった。そこをフォローしました。

内容自体はそこまで大それたことではないんですが、本人からするとすごく学びになることがあるようです。傍から見て気づくことを伝えるだけで、そこから一気に動き出すことがある。そういった意味で1on1は、気づき・きっかけの場であるべきだと思います。

――新しく入ったメンバーにとっては、なおさらですね。

そうなんです。AI駆動開発が自然発生的に広がった分、それまでの開発経緯や業務コンテキストが共有されていない部分があります。新しく入った人からすると、最初から開発のスピード感がすごく高くて、追いつくのが大変なんです。大量の情報が入ってきて、何がわからないのかもわからない、という声は実際出ています。

――1on1がその取りこぼしを拾う場として大事になっているんですね。

AIの先に残るのは、結局「人と話すこと」

――河治さんはマネジメントで大切にしていることとして「正直でいること」「自責であること」「自主自立」「フォロワーシップ」の4つを挙げていらっしゃいます。AI時代において、最も重要な資質はどれですか?

2つあります。「自責であること」と「自主自立」です。

「自責であること」は、つまりAIを使って仕事のクオリティをあげるには人間側が変化する必要があるということです。使い方を自分が理解して考えて編み出すことをしない限り、端的な使い方で目先の生産性は上がっても、本当に求めていた生産性には絶対に近づけない。AIが活用され始める以前から重要なことですが、AIが出てきて、より重要さが鮮明になったと思っています。

「自主自立」は、AIに頼りすぎないということ。AIが出したものをちゃんと評価できるか。それをビジネス上の成果として世に出すときに、成果物に対して説明責任を取れるか。取れない状態でAIを使って出来上がった成果物をユーザーに提供しても、それは、ユーザーからすれば「ビジネス」として評価されない。趣味の延長です。

――責任を取るのは、あくまで人であるということですね。

結局LLMから出力されるコードは、蓄積されたデータからの再構築のようなものなので、大抵は今出回っているベストプラクティスを踏襲してパターン化されていく。みんな中身自体は似たようなものをつくるようになると思います。それでも、「何を作るべきか」、「どう組み合わせるか」といった人間が自由に考える部分は、多分に残っている。

「自分はこう思っているから、こういうことがしたい」と発信して、周りに納得してもらいながら、リスクは自分で引き受ける。そういった人同士のクリエイティブなやりとりがこれからより増えていくでしょうし、それができなければAIに淘汰されるビジネスになると思います。

しかも、ビジネスの成立自体、主体が会社単位からどんどん個人単位に移っていく。会社の名前を通してではなく、所属している個人に意識が向き、そのつながりから仕事が生まれる世界に変わっていくんじゃないでしょうか。そうなると個人が会社に所属する意味も変わってきて、一緒に仕事をしていて楽しい人たちのコミュニティこそが価値になるんだと思います。

――個人のつながりが重要になるとすると、1on1の意味もまた変わってきそうですね。

そうですね。半分は私の願望が入っていますが、業務時間中に1on1をやるというより、「2人で飲みに行って本音で話す」と同等の場になっていくんじゃないかと。

仕事の相談はAIが大体解決してくれるようになるので、使い方が成熟すれば2〜3年後にはわざわざ1on1で話す必要はなくなる。定例の場も、報告を聞きに行く場ではなく、発信をする場により変わっていくと思います。

ただ、字面で言いづらいことやキャリアの相談は増えていくと考えています。VUCAな時代に一緒にいて、直接話せることに価値があると思うので。仕事の効率化はAIに任せて、1on1は本音で向き合う場へと変わっていくんじゃないでしょうか。

――最後に、AI駆動開発の浸透に取り組んでいるマネージャーに向けて、メッセージをお願いします。

長くマネージャー職をやってきて、徐々にプレイングの要素が減ってきたこともあって、生成AIが出る前は将来に絶望していたんです。プレイヤーからリーダーへと順調に進んできたものの、年齢を重ねるにつれて頭の回転も記憶力も若干鈍ってきて。実際にコードに触れる時間も減るので、衰えに拍車がかかる、といったことを日々感じるわけでして。このまま管理職としてマネジメントばかりやるのかなと思うと徐々にキャリアをクローズさせるような、自分の引き際というか現役引退みたいなことを考えるわけです。エンジニアリングをメインにしていた頃のワクワクがどんどんなくなってきて、本当に、老後の自分を想像するような心境になっていました(笑)。

ところがAIが出てきて、実際に当時ホットだったClineを触って「自分、まだまだやれるんだ」と思ったんです。マネジメント領域でもAIを使って解決できることはいっぱいあるし、しかもその課題は普段エンジニアリングそのものだけに触れている人ではそうそう解けないような課題ばかりです。エンジニアという職種のバリューは、まだまだ出せる。そこにワクワクしています。

――その感覚、共感するマネージャーは多いと思います。

もちろん、管理職としての泥臭さは時としてあります。でも、さっきお話ししたように、人とのつながりが大事になっていく世界線に共感できるなら、エンジニアリングマネジメントの仕事自体ももっと楽しくなるんじゃないでしょうか。

昨今のAIブームに振り回されている感覚は皆さんにもあると思います。でも、ブームで取り上げられているものをきちんと理解して分析すると、人間自身がやるべきことは本質的にはそんなに変わっていない。だから振り回されすぎず、楽しめるところは楽しんで、人間がやるべきところに集中してエンジニアリングに向き合えればいいんじゃないでしょうか。