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やりたいことがたくさんあるあなたへ、人生の“やらないこと”リストを考える

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株式会社スリーシェイク / ソフトウェアエンジニア

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「もっと成果を出さなきゃ」「スキルを増やさなきゃ」。そんな焦りに押され、やることを積み重ねていないでしょうか?けれど、本当に働き方を変えるのは“足し算”ではなく、“引き算”かもしれません。この企画では、エンジニアたちがあえてやめたことと、その後に訪れた変化をたどります。ムダをそぎ落とした先に残る、本当に大切な仕事や自分らしい働き方とは。誰かの“やらない選択”が、あなたの次の一歩を軽くし、前向きに進むヒントになりますように。今回はnwiizoさんに伺いました。


日曜日の夜、ベッドの中でスマートフォンを眺めていました。

SNSを開きます。「Rustを始めました」「OSSで1000スター達成」「LLMの論文を読み漁っている」「個人開発で月収100万円達成」。そういった投稿が次々と流れてきます。すごいな、と思います。自分も何かしなければ、と思います。メモ帳アプリを開いて「Rust入門」「OSS開発」「LLM勉強」「個人開発アイデア出し」と書き込みます。

月曜日の朝、Slackを開けば同僚が「最近Kubernetes勉強してます」と書いている。おお、と思う。自分もやらねば、と思う。メモ帳に「Kubernetes」と追加する。火曜日には技術ブログで「これからはWebAssemblyの時代」という記事を見つけて「Wasm」と追加し、水曜日にはPodcastで有名エンジニアが「アウトプットが大事」と語っているのを聴いて「ブログ執筆」「登壇準備」と追加する。

木曜日の夜、メモ帳を開いて愕然としました。

「やりたいこと」が47個になっていました。

47個。もはやリストではありません。見ているだけで胃のあたりがきゅっと縮むような、呪いの巻物です。そして気づきました。先週も同じようなリストをつくっていました。先月も。去年も。47個のうち実際に手をつけたものは3個くらいで、残りの44個はリストの中で静かに腐敗していき、やがて私の罪悪感の肥料となる。

何かがおかしい。そう思って、私は「戦略」というものについて考え始めました。

戦略とは「やらないこと」を決めること

リチャード・P・ルメルトという人がいます。「戦略の大家」と呼ばれる経営学者で、『良い戦略、悪い戦略』という本を書きました。この本の中で、ルメルトはこう言っています。

良い戦略に必要なのは、さまざまな要求にノーと言えるリーダーである。戦略を立てるときには、「何をするか」と同じぐらい「何をしないか」が重要なのである。

戦略とは「やること」を決めることだと思っていました。違いました。戦略とは「やらないこと」を決めることだったのです。

考えてみれば当たり前のことです。時間は有限です。1日は24時間しかありません。集中力も体力も有限です。読みたい本のすべては読めない。学びたいことのすべては学べない。達成したいことのすべては達成できない。

ルメルトは続編の『戦略の要諦』でさらに踏み込んでいます。

戦略とは困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見きわめ、それを解決する方法を見つける、または考案することにある。

つまり「全部やる」は戦略ではありません。最重要ポイントに集中することが戦略です。47個の「やりたいこと」を抱えている私には、戦略がありませんでした。あったのは願望のリストだけです。

ここで一つ、よくある誤解を解いておきたいと思います。「今年中にRustをマスターする」は戦略ではありません。目標です。「フォロワー1万人を達成する」も「年収を1.5倍にする」も、やはり目標であって戦略ではありません。ルメルトは悪い戦略の特徴をこう指摘しています。

悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。

耳が痛いです。私の47個のリストは、まさに「願望や希望的観測」の集合体でした。

しかし、ここで一つの疑問が湧いてきます。なぜ私たちは、こうも簡単に47個もの「やりたいこと」を抱え込んでしまうのでしょうか。

なぜ私たちは「全部やりたい」と思うのか

この疑問に答えてくれる本があります。ルーク・バージス著『欲望の見つけ方』です。

この本はフランスの哲学者ルネ・ジラールの「模倣の欲望」理論を解説しています。核心はこうです。人間の欲望は、他者を模倣することで生まれる。

私たちは、自分が何を欲しいかを自分で決めていると思っています。しかし実際には、他人が欲しがっているものを欲しがっている。

あの47個のリストを思い出してください。「Rust」「LLM」「Kubernetes」「Wasm」——これらは本当に私が心の底から学びたいと思っているのでしょうか。それとも、Twitterで誰かがやっているのを見て「自分もやらねば」と思っただけなのでしょうか。

バージスは欲望を「薄い欲望」と「濃い欲望」に分けています。

「薄い欲望」とは、他人の影響で生まれた表面的な欲望です。数日経てば忘れてしまう。環境やトレンドに左右される。叶えても満たされない。

「濃い欲望」とは、自分の内側から湧き上がる本質的な欲望です。時間を忘れて没頭できる。10年経っても変わらない。

47個のリストの大半は、おそらく「薄い欲望」です。誰かがやっているのを見て「自分もやらねば」と思っただけ。1ヶ月後にはなぜそれを書いたのか忘れている。

ただし、ここで一つ付け加えておきたいことがあります。薄い欲望に振り回されることが、すべて悪いわけではないのです。

振り回されることの価値

特に若いうちは、振り回されたほうがいい。むしろ振り回されるべきだとすら思います。

なぜか。自分のリソースが有限であることに、若いうちは実感が湧かないからです。体力はあるし、時間もあるように感じる。「全部やれる」と本気で思える。そして実際にいくつかは本当にやってみることができる。

そうやって手を出して、挫折して、飽きて、やめる。その経験を通じて初めて「これは自分にとって価値がなかった」と腹落ちするのです。頭で理解するのではなく、身体で理解する。

Rustを始めて3日で投げ出した経験がなければ、「自分はRustに興味がなかった」と本当には分かりません。Kubernetesのチュートリアルを途中で諦めた経験がなければ、「自分はインフラより開発が好きだ」と確信できません。

薄い欲望に振り回されて、たくさん失敗して、たくさん「違った」と気づく。その蓄積がやがて自分の「濃い欲望」を浮かび上がらせるのです。

だから若いうちに47個のリストをつくることは、悪いことではありません。問題は、やがて訪れる「選択すべき時」に気づかないことです。ゴールを目指してベストを尽くすべきタイミングで、一貫性のない47個のリストを抱えたまま突き進んでしまう。それが本当の問題なのです。

しかし、どこかのタイミングで気づきます。体力が落ちてきた。徹夜ができなくなった。新しいことを覚えるのに時間がかかるようになった。そして何より、「全部やる時間がない」ということに、言い訳できないほど明確に気づく。

そのとき初めて、「やらないこと」を決める必要が出てくるのです。

ルメルトの言葉を再び引用します。

矛盾する目標を掲げたり、関連性のない目標にリソースを分割して配分したり、相容れない利害関係を無理に両立させようとしたりするのは、資金も能力もあるからこそできる贅沢である。だがそれらはどれも悪い戦略だ。

若いうちは「贅沢」ができます。リソースが(少なくとも主観的には)潤沢だからです。しかし有限性に気づいたら、贅沢をやめなければなりません。

では、具体的にどうやって「やらないこと」を決めればいいのでしょうか。

「やらないこと」リストをつくるための4つの問い

ここまでの話を踏まえて、4つの問いを提案します。これらの問いに「はい」と答えられるなら、それは「やらないこと」リストに入れてしまって構いません。

問い1: それは誰かの真似をしているだけではないか?

最初の問いは、欲望の出どころを疑うことです。

その「やりたいこと」を思いついたきっかけは何だったでしょうか。誰かのツイートを見たから? 勉強会で聞いたから? 上司に言われたから? 転職サイトの求人に書いてあったから?

きっかけとなった「誰か」が特定できて、その人から距離を取ったら欲望が消えてしまうなら、それは薄い欲望です。やらなくていい。

問い2: それをやらなくても、実は何も困らないのではないか?

二つ目の問いは、不作為の結果を冷静に見積もることです。

Rustを学ばなかったら、何が起きるでしょうか。Kubernetesを触らなかったら、何か困ることがあるでしょうか。ブログを書かなかったら、登壇しなかったら、あなたのキャリアに致命的な影響があるでしょうか。

正直に考えてみると、「特に何も起きない」ということが多いはずです。やらなくても困らないことに、なぜ罪悪感を抱く必要があるのでしょうか。やらなくていい。

問い3: それは今の自分には関係ないのではないか?

三つ目の問いは、文脈を考慮することです。

「やらないこと」リストは、一度つくったら永遠に固定されるものではありません。キャリアの段階、身につけたスキル、置かれた環境によって変わります。というより、変わらなければなりません。

3年前の自分にとって必要だったことが、今の自分には不要かもしれません。逆に、3年前は見向きもしなかったことが、今の自分には切実に必要かもしれません。「一般的に良いこと」ではなく、「今の自分にとって必要なこと」だけを残してください。今の自分に関係ないなら、やらなくていい。

問い4: それを追いかけることで、本当に大切なものを犠牲にしていないか?

四つ目の問いは、トレードオフを直視することです。

何かを選ぶということは、別の何かを選ばないということです。Rustを学ぶ時間を取れば、その分だけ他のことに使える時間が減ります。当たり前のことですが、私たちはこの当たり前を忘れがちです。

47個のリストを抱えているとき、私たちはトレードオフを見ないようにしています。全部やれると思い込むことで、選択の痛みを先送りにしているのです。もし、それを追いかけることで本当に大切なものが犠牲になっているなら、やらなくていい。

気づきが人生を変える

これらの問いに向き合う過程で、多くの「やりたいこと」が実は「やらなくていいこと」だったと気づくでしょう。

「なんだ、これは本当に求めていたものではなかったんだ」

その気づきこそが、最も価値のあるものです。

一度この気づきを得ると、次からは無駄に薄い欲望を追いかけることが減っていきます。SNSで誰かが新しいことを始めていても、「自分もやらねば」という焦りが薄れていく。なぜなら自分にとって本当に大切なものが何か、身体で分かっているからです。

ちなみに、4つの問いに向き合った結果、自分の「濃い欲望」がエンジニアリングの中にないと気づくこともあるでしょう。技術そのものへの情熱ではなく、技術を使って何かを成し遂げることへの情熱かもしれない。あるいは、技術とはまったく関係のないところに、本当にやりたいことがあるのかもしれない。それはそれで構いません。がっかりする必要はありません。濃い欲望が技術の外にあるなら、技術は目的ではなく手段になる。そうであれば、「最新技術を追いかけ続けること」は明確に「やらないこと」リストに入るでしょう。それもまた、一つの立派な戦略です。

「やらないこと」リストが素晴らしいのは、それが問いに対する明確な答えだからです。「なぜこれをやらないのか」と聞かれたとき、理由を説明できる。選択の根拠がある。偶然ではなく、意図がある。それは偶然の成功ではありません。選択の結果です。

おわりに

さて、ここまで読んでくださったあなたに、最後に一つだけ問いかけさせてください。

この記事で紹介した本—『良い戦略、悪い戦略』『戦略の要諦』『欲望の見つけ方』—を、読みたくなりましたか? 買いたくなりましたか?

もしそうなら、少し立ち止まってみてください。

それは本当に、あなたの「濃い欲望」でしょうか。

それとも、この記事を読んだ流れで、自然と「読んでみたいな」と感じただけでしょうか。記事の中でこれらの本が引用され、説明され、その内容が役に立ちそうに見えたから - そういう経緯で生まれた興味かもしれません。

見分ける方法があります。少し時間を置いてみるのです。明日になっても、来週になっても、これらの本のことが気になっているでしょうか。タイトルを覚えているでしょうか。

もし忘れてしまうようなら、それは一時的な興味だったということです。そしてそれは、何も悪いことではありません。人は誰でも、何かを読んだり聞いたりした直後は、影響を受けるものです。

ただ、一時的な興味であれば、無理に追いかける必要もないのです。

なぜなら、この記事で伝えたかったことの核心——自分のリソースは有限であること、本当に大切なものを選び取ることの重要性 -は、すでにあなたの中に届いているはずだからです。

本の詳細な議論や理論的な背景を知らなくても、その本質的なメッセージは受け取れます。それで十分な場合もあります。もちろん、時間を置いてもなお興味が続くなら、そのときはぜひ読んでみてください。この3冊は本当に面白いので、心からおすすめできます。

ただし。

気づいたでしょうか。今、あなたはもしかしたらメモ帳に3冊のタイトルを追加したかもしれません。この記事の冒頭と、同じことをしているのです。

誰かが何かを紹介する。それを見て「自分もやらねば」と思う。リストが増える。この繰り返しです。私がこの記事で伝えたかったのは、まさにその循環から抜け出すことでした。

だからこそ、改めて確認したいのです。

読みたい本のすべては読めません。学びたいことのすべては学べません。達成したいことのすべては達成できません。

このことを、私たちは頭のどこかでは分かっています。でも本当には受け入れていない。だから47個のリストをつくり、そのすべてを抱えたまま、罪悪感に苛まれるのです。

自分の有限性に気づき、不完全さを受け入れる。そこから人生は始まります。

もしかしたら、あなたはすでに気づいているのかもしれません。ただ言葉にしていなかっただけで。こうして言葉にすることで、初めてそれを本当に理解できるのです。

「私は、すべてをやることはできない」

この一文を、心の中で唱えてみてください。

唱えられたでしょうか。唱えられたなら、それが「やらないこと」リストをつくる第一歩です。47個を3個に減らす。それは諦めではありません。選択です。自分の有限性を受け入れた上で、本当に大切なものを選び取る。

それこそが、あなたの人生の戦略です。