新しいキャリアパスとして注目を集めている「Individual Contributor(以下IC)」。ファインディでは、現役ICとして活躍している藤さんと松木さんを招いて「IC(Individual Contributor)として活躍するエンジニアキャリアの今」と題したイベントを4月14日(火)に開催しました。
IC (Individual Contributor)とは?
ソフトウェア開発をメインとした職業で、チームや人のマネジメントをしない技術の専門職。
お二人はICを「開発がメインの仕事」だと説明した上で、日本でも今後増えていくだろうと予想。また、今後のキャリアについては、藤さんが「ICを続けていく」と話す一方で、松木さんは「マネジメントに転向する可能性もある」と言います。
キャリアに関する考え方が異なるお二人がICを選んだ背景には、「技術を極めたい」という強い思いがありました。
パネリスト
藤 吾郎さん / @gfx
ファストリー株式会社 Engineering Individual Contributor
インターネットとプログラミングが大好きなソフトウェアエンジニア。株式会社ディー・エヌ・エー、クックパッド株式会社、株式会社ビットジャーニーでのソフトウェアエンジニア経験を経て、2019年よりファストリー株式会社に勤務。OSSのツールやライブラリを開発するのが趣味。
<参考記事>:「生涯現役のソフトウェアエンジニアでありたい。IC(Individual Contributor)のキャリアパスがあると自覚するまで10年の軌跡」
松木 雅幸さん / @songmu
Launchable Principal Software Enginner
LaunchableのPrincipal Software Enginner。大学で中国語と機械翻訳を学び、卒業後は中国でITベンチャーの立ち上げに関わる。帰国後、語学学校の営業兼システム担当、SIerで金融系システム開発、カヤックでリードエンジニア、はてなでチーフエンジニア及びプロダクトマネージャー、IoT・電力スタートアップの取締役CTOなどの経歴を経て、2021年より現職。
ISUCONに過去3度優勝するなど、インフラを意識してアプリケーションコードを書くことが得意。OSS活動も活発におこなっており、GoやPerlを中心に100個以上のツールやモジュールをGitHub上に公開している。
<参考記事>:「41歳のエンジニア、マネージャーからICへのキャリアチェンジ | おそらくはそれさえも平凡な日々」
モデレーター
佐藤 将高 / @ma3tk
ファインディ株式会社 取締役CTO
東京大学 情報理工学系研究科 創造情報学専攻卒業後、グリーに入社し、フルスタックエンジニアとして勤務する。
2016年6月にファインディ立上げに伴い取締役CTO就任。
<参考記事>:https://engineering-org.findy-teams.com/posts/mbo-2021/
テックリードや上級エンジニアではない。開発を専門とするキャリア「IC」とは
──以前、ファインディのEngineer Labで藤さんに執筆いただいた際に「ICとは、マネジメントの責務のない専門職です。」と書かれていましたね。ICとはどういったものなのか、改めてご説明いただけますか。
藤さん:ICは単にソフトウェアの開発がメインである仕事だと考えています。
エンジニアとして10年ほど経験を積んでいる中で、会社からICだと指定されたのは現職が初めてです。マネジメントには転向せずプログラミング一筋で働いていた時と比べても、働き方が大きく変わったとは感じていません。開発メンバーの一人として、プログラミングをしています。
松木さん:日本では定義が曖昧になっているように思います。ICと聞いて“上級エンジニア”を連想する方も少なくありませんが、藤さんがおっしゃるように、開発をメインとした職業だと考えています。
──ICとしてキャリアアップする方法はあるのでしょうか。
松木さん:外資系の企業では、ICのなかでシニアやプリンシパルといった職位が設けられていることが多いですね。
藤さん:ファストリーでは、ICの中でE1(下位)~E7(上位)といった職位が設けられています。エンジニア歴が浅い方の場合は「ジュニアソフトウェアエンジニア」からスタートし、技術力が向上したと評価されれば職位も上がります。
──ICとしてキャリアアップしても、テックリードになるわけではないのですね。
松木さん:テックリード自体、企業によって定義が異なるものではありますよね。それを踏まえた上でお話しすると、私はテックリードではなく、リードしているプロダクトもありません。ただ、同じICとして活躍するメンバーには、テックリード的な役割を任されているエンジニアもいますね。
ICはプログラマーやデザイナーなど、広い枠組みを指しているものであり、チームや人のマネジメントをしない技術のスペシャリストです。ICとして働くのであれば、自分の役割は制約しすぎない方が良いですし、開発するものに対して主体的に関わっていく必要はあります。なぜなら、自ら積極的に行動しなければ、ICではなくただの作業者に陥ってしまう可能性が高いからです。プロダクトとどのような関わり方をしていくのかといった視点も、ICには重要なポイントだと思います。
「好き」なことを追求し、スキルの底上げをするために選んだ「IC」という道
──お二人は、なぜICというキャリアを選択されたのでしょうか。
松木さん:2021年からICとしてコードを書いているのですが、過去にはマネジメントも経験しています。
ある程度キャリアを重ねた段階で、なぜICを選んだのかというと、スキルを全体的に底上げしたいと思ったからです。
経験が浅いうちは特定の技術に絞らず、やりたいことに挑戦する方がいいと思うんです。ただ、経験を重ねれば重ねるほど、やりたいことは増えていきます。その中で「技術を極めていく」もしくは「マネジメントに転向する」の二択で悩む方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私の場合は「技術力を向上する」もしくは「マネジメントを極める」の二択で悩み、前者を選んでICに挑戦しました。マネージャーとして成長の限界を感じていたため、技術を極めた方が自分の成長に繋がると考えたのです。
──藤さんはいかがですか。
藤さん:私はプログラマーになる前から、プログラミングが大好きでした。起きている時間は、常にプログラミングのことを考えているような学生でした(笑)。社会人としてプログラマーになった後も、仕事の疲れを癒すために家でコードを書いていました。どれだけ書いても、全く飽きることはありません。
できるかわからないマネジメントに挑戦するよりも、自分が得意かつ好きなプログラミングに集中したいと思い、ICの道を選んだのです。
とはいえ、前職ではテックリードもしていましたよ。機能の仕様を作るところから担当し、他のメンバーを巻き込みながらプロジェクトを作り上げるのは、非常に楽しい経験でした。先ほど松木さんがおっしゃっていたように、ICでもテックリード的な役割はできますし、チャンスがあれば現職でも挑戦したいと考えています。
──お二人とも理由は違えど、「技術を極めたい」という思いが共通しているのですね。
松木さん:藤さんは大学生の頃から有名人ですし、“技術特化型人材”なんですよね。一方で、私は技術に特化しているというより、器用に立ち回ることでキャリアを築いてきたタイプです。藤さんのようなハイスキル人材を目指していたのに、いつの間にかマネージメント職でキャリアアップしていて……。理想と現実のジレンマに悩んでいましたが、ICに挑戦して自分の成長を感じられるようになりました。
年齢やキャリアを気にすることなく、目の前の開発を続けられる面白さ
──ICのやりがい・面白さはどういったところにあるのでしょう。
藤さん:ICでもテックリード的な役割ができるという話がありましたが、CTOと比べるとできることは限られてきます。会社のメインプロダクトを、ICが率先して開発するのは難しいですね。
とはいえ、コンポーネントレベルのものであれば、設計や仕様を考える段階からほぼ1人で開発することもあります。現職での担当領域でいうと、バックエンドがメインですね。プログラミングが好きな私としては、毎日楽しく過ごすことができています。
──松木さんはいかがですか。
松木さん:自分が開発したものが、社会に何らかの影響を及ぼすというのは、非常に面白いです。自分自身が生活で使うものを開発することもありますし、生活の延長線上に仕事があると言いますか。
個人の力量や可能性をエンハンスしていく感覚が持てるのも、ICの魅力です。また、さまざまな世代の人と同じレイヤーで働くことができるのもポイントです。年齢を重ねると、どうしても最新の情報に疎くなりがちですが、ICとして働くことで、常に若者の感性に触れられます。優秀な若手エンジニアと肩を並べて開発をするのはいい意味で刺激があり、楽しく仕事ができていますね。
──技術的な面白さがある一方で、金銭面を考えると、マネジメント職の方が有利なイメージもあります。
藤さん:私は満足のいく報酬をいただいていますし、マネジメント職の方が有利だとは考えていません。ただ、社会的地位について考えた時、私は一般社員なんです。例えば書類に役職を書くとき、直近だとTOEICなどを受けて役職を選択したのですが、そこでは「一般社員」と書きました。「ICでいる限り、ずっと一般社員なのか」と思う瞬間もなくはない。些細な悩みですし、私個人はあまり気になりませんが、対外的な評価が気になる方もいらっしゃるかもしれません。
松木さん:現時点では、マネジメント職の方が報酬が高いのは事実だと思います。ただ、私や藤さんが務めているテック企業はエンジニアが評価されやすい環境ですし、報酬が高い傾向にあるのかもしれません。
例えば、スポーツの場合は監督よりも選手の方が報酬が高いでしょう。それはスポーツ業界の中で、選手たちが評価されているからだとも言える。会社や業界の中でどのように評価されるかによって、相場は変わってくるのではないでしょうか。
──なるほど。今後、日本でもICは増えていくと思いますか?
藤さん:明示的にICを設置する会社が増えてくると思います。シリコンバレーではICとして活躍しているエンジニアが大勢いますし、日本でも設置している会社が少しずつ出てきていますね。
年齢で悩む方もいらっしゃるかもしれませんが、私は今年で40歳になりますし、社内には50代の方もいます。瞬発力や短期的な記憶力は若い人に敵いませんが、エンジニアリングは知識と経験の両方があった方が有利ですし、ICに年齢は関係ないと考えています。
松木さん:私もICは増えていくと思います。
日本はジェネラリストが評価される傾向にありますよね。それは悪いことではないと思いますが、現状では優秀なエンジニアに責務が集中してしまいがちです。「気づいたらマネージャーになっていた」という人も珍しくない。優秀なエンジニアこそ開発に特化する時期も必要だと思いますし、ICというキャリアパスは必要不可欠だとも言えるのではないでしょうか。
業界全体の話でいうと、中間レイヤーが増えることで見通しが悪くなったり、狭いパイをみんなで取り合う状況に陥ったりする可能性もあります。ピラミッド構造には限界がありますし、プログラミングにおける依存性逆転の法則のように、組織はフラットなものに変化していくでしょう。全員が同じラインにたった上で、自分の価値をどのように高めていくのか考えなくてはいけない時代が、いずれやってくるのではないかと考えています。
自分のやりたいことを貫けば、自然と道は切り拓かれる
──今後の展望についてお話しいただけますか。
藤さん:CTOやVPoEなどの方が動きやすいこともありますし、転向する可能性がゼロではありませんが、ずっとICであり続けたいと考えています。
最終的なゴールは定めておらず、引退などは全く考えていません。70代、80代になってもプログラミングを続けたいです。好きなことをやって、それに対してお金を払ってくれる人がいるのであれば、それ以上の幸せはありません。
松木さん:具体的な到達点は定めていませんが、最終的にはどのような会社でもICとして生きていけるレベルに到達したいと考えています。また、ICとしてスキルを磨いた後に、外資や大きい企業でマネージャーに戻るといった可能性もありますね。昇進を目標にするのではなく、やりたい事をやり続けていたら、結果的に面白いチャレンジができるのではないかと思っています。
──お話をお伺いしていて、プログラミングが好きな人ほど、ICというキャリアはピッタリなのではないかと思いました。とはいえ、マネジメント職やテックリードにならないとできないことがあるのも事実ではあると。どちらが良い/悪いということではなく、その時々で自分自身が挑戦したい方を選ぶことが大切なのだと思いました。
藤さん、松木さん、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。