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OSS活動を通して掴んだ海外キャリア。英語力よりも技術力を大切にチャンスを掴む

コンテナ脆弱性ツール「Trivy」の開発者である福田さんと、Denoのコントリビューターをしていた日野澤さん。お二人は、OSS活動を通して海外キャリアをスタートさせました。
海外企業で働くのであれば、英語スキルは必須のはず。しかし、福田さんは「未だに英語はわからない」と話し、日野澤さんは「英語は話せるものの、複数人の会話は聞き取れない」と言います。その上で「英語スキルに関係なく挑戦することが大事」だと教えてくれました。

本稿では、4月26日(火)に行われた「オープンソース活動が切り開いた海外キャリア論 vol.4」のなかで語られた、海外企業での働き方やOSS活動との向き合い方についてまとめています。

パネリスト 福田 鉄平さん / @knqyf263 Aqua Security Software Ltd. Open Source Engineer コンテナ脆弱性ツールであるOSS「Trivy」の開発者。2019年にAqua Security社に買収を受け、現在はイスラエルにある同社でセキュリティ系OSS開発に従事。日々ウォシュレットの重要性を説いている。
<参考記事>:苦手を捨てる決断により広がった世界 - 限られたリソースしか持たないエンジニアの戦い方 - Findy Engineer Lab - ファインディエンジニアラボ

日野澤 歓也さん / @kt3k Deno Land Inc. 2018年より OSS プロジェクト Deno のコントリビュートを始める。2020年末に作者より Deno の開発会社である Deno Land Inc. に誘われ、2021年1月に参画。Deno Deploy の開発や、標準モジュール、Node 互換機能の開発などを主に担当。以前の勤務先はグリー、CureApp、Recruit、SEQSENSE。
<参考記事>:OSS活動と好きな技術が新しいキャリアを切り開いた ー 活用も進む注目のDeno開発企業で私が働く理由 - Findy Engineer Lab - ファインディエンジニアラボ

海外キャリアのきっかけとなったOSS活動

──お二人が海外企業で働くことになったきっかけをお話いただけますか。

福田さん:私は自分で開発したコンテナ脆弱性ツールのOSS「Trivy」の売却をきっかけに、Aqua Securityで働き始めました。

「Trivy」を開発した理由は、新卒入社した会社でセキュリティ部に配属され、仕事を通して脆弱性が好きになったからです。最初は脆弱性ツールとして有名な「Clair」や「Vuls」などのOSSを修正していました。次第に「自分で作ろう」と思うようになり、GWの10連休中にプログラムを書き続けて「Trivy」を開発したのです。

日野澤さん:私はNode.jsの作者であるライアン・ダールが始めたOSS プロジェクト「Deno」のコントリビューターをしていました。

入社のきっかけは、ライアン・ダールからのオファーです。2年半ほどコントリビュートし続けていたら、ある日突然メールが届いてリモートのミーティングをすることになったのです。その際「一緒に働きませんか?」とお誘いいただき、2020年末にDeno Land Inc.に入社しました。

──福田さんがツールを売却することに決めた理由はなんですか?

福田さん:実は、買収の話をいただいた当初は迷っていました。「Trivy」のユーザーが増えているタイミングでしたし、個人で開発を続けたいという思いもありましたからね。しかし、本業を続けながら休日に「Trivy」の対応をするのは限界がきていて……。フルタイムでOSS開発に集中できるのであれば、自分にとってこれ以上ない話なのではないかと思い、ジョインすることを決意しました。

──海外企業に挑戦することへの不安はありませんでしたか?

福田さん:OSS活動を通して海外の方とコミュニケーションをとっていたため、英語を使って仕事をしていくことに少し慣れつつありました。また、自分で開発したOSSを評価していただいた上での転職でしたし、ある程度自信を持った状態で挑戦できたというのもあります。なので何から何までOSSのおかげです。

日野澤さん:私も不安はありませんでしたね。仕事でNode.jsを使用しており、ライアン・ダールの思考にも興味があったため、彼と一緒に働けることは非常に魅力的でした。海外に挑戦したいという思いも強く、「やってみます」と即答しました。

理由はシンプル。「面白そう」だから海外移住を決意

──現在お二人は海外で働いていらっしゃるのですか?

日野澤さん:私は日本に住みながら、フルリモートで働いています。

福田さん:私はイスラエルに住んでいます。Aqua Securityはイスラエルとアメリカに本社があり、上司がイギリスにいたため、3カ国の中から移住先を選ぶことができました。イスラエルを選んだ理由は、サイバーセキュリティが世界的に有名で興味があったからです。また、アメリカには出張で訪れたことがありますし、ある程度生活の想像がつきます。しかし、イスラエルでの生活は全く想像ができず、「面白そうだな」と思ったのです。

日本を離れた理由としては、英語が話せないことも関係しています。リモートで働く場合、ミーティングで自分の成果をアピールしなくてはいけませんよね。私にはそんなことができる自信はありませんでした。現地にいれば働いている姿をみてもらえるため、成果が認められやすいのではないかという淡い期待もありましたね。

図で説明した方が、理解されやすいというのもあります。最近はホワイトボードツールが充実していますが、当時は選択肢が少なかったのです。

──コミュニケーションの面では、対面の方が有利ですよね。

福田さん:はい。ただ、一般的には英語が得意だからこそ海外に移住する人の方が多いように思います。日野澤さんは英語が話せるとお伺いしたのですが、なぜ日本で働く選択をされたのですか。

日野澤さん:2020年末に転職したこともあり、海外に渡航するよりは日本にいた方がいいのではないかと判断したのです。移住に関する補助が出ないのも理由の一つです。Aqua Securityは、移住に関して補助が出たのですか?

福田さん:はい。補助を出してもらえたため、妻と一緒に移住しました。補助が出るかどうかというのは、移住をするか否かの大きな分岐点ですよね。

完璧な英語を目指すより、トライする姿勢が大切

──英語でのコミュニケーションについて、工夫されている点はありますか。

福田さん:先ほどもお話しした通り、私は英語が得意ではありません。「Trivy」の開発者として周囲が私の話を聞いてくれる前提があったため、なんとか乗り越えられているのだと思います。

どれくらいできないのかというと、あまりにも会話が成立しないため、最初は会社が通訳を用意してくれたほどです。

3年も海外にいれば英語が話せるようになるかと思っていたのですが、そんなことはなく。今日に至るまで、ミーティングでの会話は理解できていません(笑)。

──そうなんですね(笑)!?

福田さん:自分でも驚くほど、全く成長していません。理解できていない時は「Yes」と答える、質問されないように話し続けるなど、小手先のテクニックばかりが上達してしまいました(苦笑)。

何か言えるとすれば、そんな私でも働き続けられていますし、恐れず挑戦することが大事だということです。

──理解できなくても落ち込まない力というのは、大事なのだろうと感じました。日野澤さんはいかがですか。

日野澤さん:福田さんのお話を聞いていて、非常に共感できるなと。

私は半年だけイギリス留学の経験があり、入社前からある程度の会話はできる状態でしたが、複数人の会話を聞き取るのは難しいです。参加人数が多いミーティングなどでは、2割程度しか理解できていない時もあります(笑)。

ただ、グローバル化が進んでいる企業では、そもそも完璧な理解を求められることはないように感じます。「結果が出せるなら良い」という雰囲気があると言いますか。私自身もわからないことを無視するメンタリティが身につきましたね。

──「話が完全に通じるわけではない」という認識が根付いているのですね。

日野澤さん:そうですね。メンバーも「50%ほどの理解でいい」という割り切りができているように感じます。

英語が話せないからといって、評価が下がることもありません。“完璧なコミュニケーション”を求められているわけではないのだろうと思います。「英語が理解できないから話さない」のではなく、「理解できなくてもトライする姿勢」が求められているのではないでしょうか。

OSS活動の向き合い方、海外企業で働く実情とは

──参加者から「趣味のOSS活動、仕事でのOSS開発、向き合い方に違いはありましたか?」という質問がきています。

福田さん:自分一人で開発しているときはユーザーファーストで進められます。しかし、会社としてやる場合は、コミュニティを100%優先することは難しいですね。コミュニティを重要視する姿勢は変わらないものの、会社として必要な機能があれば、そちらの開発優先度が高くなりますから。

──「仕事をしながらだとリソースも限られていて、どのOSSにコミットするのか決めるのが難しいです」といったコメントもあります。OSS活動に取り組む上で、何か意識されていたことはありますか。

日野澤さん:私の場合は、お昼休みなどになんとか時間を捻出してOSS活動していましたね。何にコミットするのかという点については、とにかく「自分の好きなもの」「興味を強く持てるもの」を見つけるしかないように思います。

──「英語は学生時代から得意でしたか?それともOSSコントリビューターをしていく中で、語学力が上がったという感覚でしょうか?」こちらは日野澤さん宛の質問ですね。

日野澤さん:学生時代は、苦手でも得意でもありませんでしたね。OSSのコントリビュートを長年続けていく中で、語学力は上がったと思います。教科書的な表現ではなく、現地で使用されている英語を学ぶことができました。

──「翻訳ツールを使えば、テキストのコミュニケーションは楽なのではないかと思いました」といったコメントもありますね。

福田さん:“楽”かどうかでいうのであれば、おっしゃる通りだと思います。ただ、海外企業はミーティング好きな人が多いように思います。チャットで終わらせられる内容でも「ミーティングしよう」と言われることが多いですね。

──「海外の会社で働いてみて、期待外れだったこと、期待以上だったことはありますか?」という質問もあります。こちらはいかがですか。

福田さん:予想以上に会社が成果主義だったのは、よかった点ですね。例えば私の場合、いい機能を開発できていれば、昼間に寝ていても問題ありません。ルールが非常に少なく、自由に働くことができています。海外企業だから自由度が高いというよりも、Aqua Securityならではの特徴なのかもしれません。

大切なのは「好き」なものへの情熱と、振り切る勇気

──今後のキャリアに関する考えもお話しいただけますか。

福田さん:今後のキャリアは明確には決めていません。ただ、OSS開発を続けるのであれば、自分が主体となって進めたいです。LinuxやKubernetesなど大きいコミュニティ主導のOSSももちろん楽しいのですが、調整が大変なことも多く自分の好みでエイヤで決めてしまいたい時もあります。自分のプロダクトであれば決定権を持って進められますし、そういった環境に身を置きたいと考えています。

日野澤さん:私はもともとフロントエンドエンジニアをしていて、現職での仕事を通し、JavaScript ランタイムのスキルを身につけました。

フロントエンドとJavaScript ランタイムという2つのスキルを欲している海外のスタートアップもあるそうです。現職を退職することになった際には、それらの2軸を武器に、海外スタートアップに挑戦したいと考えています。

──最後に、海外に挑戦したい方に向けてメッセージをお願いします。

福田さん:私は「英語も技術もある程度できる」という状態よりも、どちらかに振り切った方がいいのではないかと考えています。英語が得意なら語学力を伸ばして技術力をカバーすればいいですし、逆も然りです。

人によって向き不向きもありますし、幅広くスキルを習得する方が伸びる人もいるかもしれません。絶対解はありませんが、私個人としては、英語もしくは技術のどちらかに絞ってスキルを磨く方が良いのではないかと思います。

日野澤さん:OSSで海外に挑戦するのであれば、好きなものでないと長続きするのは難しいかもしれません。Denoのコントリビューターでも、数ヶ月でやめてしまう人が少なくありませんでした。根気強く続けるためにも、まずは好きなOSSを探してみてはいかがでしょうか。

──ありがとうございます。お話をお伺いしていて、お二人には「探究心」「新しいことへのチャレンジ意欲」が共通しているのだと感じました。 その上で、一歩踏み出してみる勇気を持つことが大事なのですね。日野澤さん、福田さん、本日はお時間をいただきありがとうございました!