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IT技術書を執筆して、FIRE生活を実現するまで。30冊以上の本を書いて見えてきた「自分らしい生き方」

はじめに

はじめまして、IPUSIRON(@ipusiron)と申します。現在はIT技術書の執筆を本業としつつ、FIRE生活を過ごしています。

最初の本が出たのが2001年です。途中で学生や会社員だった時期もありますが、20年以上執筆し続けていることになります。その間、30冊を超える本を執筆してきました。

このたび、「IT技術書を執筆して、FIREをどう実現したのか」というテーマのコラムを寄稿する機会をいただきました。これまでのキャリアを振り返りつつ、次に示す内容を紹介します。

  • IT技術書の執筆活動を続けてきた中で、印象深い出来事
  • IT技術書を執筆するということ
  • IT技術書を執筆して、FIREを実現した理由や経緯
  • 自らのキャリアを振り返って、他のエンジニアの方々に伝えたいこと

Xでは、読書や執筆に関することを日々発信していますので、気軽にフォローしてください。

IT技術書の執筆活動を続けてきた中で、印象深い出来事

3つのターニングポイント

執筆活動は20年を超えますが、その間にはさまざまなことがありました。ここでは、IT技術書の執筆活動という観点から、大きなターニングポイントを3つ紹介します。

なお、執筆活動を中心としたこれまでの歩みについては、次の記事でまとめています。

akademeia.info

著作物の積読は83cm

就職活動をせずに執筆業を選択した

2001年に初著作である『ハッカーの教科書』(データハウス)が発売されました。実のところ、最初は共著で別の本に着手していましたが、暗礁に乗り上げ完成には至りませんでした。その後、単著として『ハッカーの教科書』を書き上げ、結果的にこの本がデビュー作になりました。

幸運なことにこの初著作が爆発的に売れ、当時大学生だった私にとっては大きな印税を得ることができました。執筆作業は学業とも両立しやすく、2作目、3作目とトントン拍子に出し続けました。

執筆業が順調だったこともあり、就職活動をせずに執筆業を選択しました。これが執筆人生におけるターニングポイントの1つ目になります。以降、20年以上経つ今でも執筆を継続しています。もしこのとき別の選択をしていたら、今とはまったく違った人生を歩んでいたに違いありません。

暗号の研究から、暗号本の出版、そして翻訳・監訳本へ

大学卒業後、紆余曲折を経て大学院(修士)に進学することにしました。大学院で暗号の研究室に配属されたのが、執筆人生における2番目のターニングポイントとなります。今から考えると、暗号の研究室に配属されて本当に良かったです。そうでなかったら、暗号技術の魅力に目覚めることもなく、それから後に暗号本に関わることもなかったでしょう。

大学院時代の2年間は研究や就職活動で忙殺されていましたが、とても充実した日々でした。執筆は細々と続けていましたが、1割未満のリソースしか割けませんでした。それでも共著と改訂版の2冊を出せました。どんなに忙しくても執筆し続けることの大切さを今になって実感しています。

大学院を修了してから約10年後に『暗号技術のすべて』(翔泳社)を出版しました。もともと私は暗号本を出すのは恐れ多いと考えており、10年間も避けていました。しかしながら、本のネタが切れて苦悩していた時期でもあり、生活のために書かざるを得なかったというのが本音です。

codezine.jp

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さらにその数年後、暗号本の洋書の翻訳・監訳に関わる機会を得ました。翻訳本が『Pythonでいかにして暗号を破るか』(ソシム)、監訳本が『暗号技術 実践活用ガイド』(マイナビ出版)になります。これまで一度も翻訳の仕事に関わったことがないにもかかわらず、こうした依頼が舞い込んだのは、『暗号技術のすべて』を書いていたことと、Xで洋書の読書について投稿していたことが大きな要因だと思っています。

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book.mynavi.jp

暗号本が生まれた経緯

Wizard Bible事件によるバタフライ効果

Wizard Bible事件とは、Webサイト「Wizard Bible」の管理者がウイルス・プログラム(実態は単純なサーバクライアント通信プログラム)を公開したとして略式起訴され、サイトを閉鎖させられた事件です。

Wizard Bibleは、ハッキングやアンダーグラウンドの情報などを自由に発表できる場として生まれた電子マガジンでした。Vol. 64(最終号)まで続き、15年以上運営していました。

プログラムのソースコードの投稿者は私ではありませんが、Wizard Bibleを編集・公開したのは私であったことで、ウイルス(不正指令電磁的記録)の提供に該当してしまいました。これが執筆人生における最大のターニングポイントでした。

Wizard Bible事件の全容については、『Wizard Bible事件から考えるサイバーセキュリティ』(PEAKS)を読むのが一番良いでしょう(この本の誕生については後述します)。

ja.wikipedia.org

peaks.cc

Wizard Bible事件によって多くのものを失い、以降も不幸な出来事が連続しています。しかし、引き寄せたのは悪いことばかりではありません。そういった意味でも、大きなターニングポイントであったと言えます。

『ハッキング・ラボのつくりかた』の誕生

Wizard Bible事件の怨念から『ハッキング・ラボのつくりかた』(翔泳社)が生まれました。この本は私にとっての代表作となります。後述するサークル結成後は、「ハッキング・ラボ」シリーズの同人誌を頒布しています。ハッキング・ラボは多くの読者に評価され、2024年2月には5年ぶりに完全リニューアルした『ハッキング・ラボのつくりかた 完全版』(翔泳社)が出ました。商業誌と同人誌の相乗効果がうまく働いたことも大きいと言えます。

「ハッキング・ラボ」シリーズは執筆の面でもプラスに働きましたが、収入の面でもプラスに働き、今のFIRE生活の基盤となっています。

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Wizard Bible事件が本になる

他にも影響がありました。同郷かつ同級生の齊藤(@miraihack)さんと共にサークル「ミライ・ハッキング・ラボ」を結成し、技術書典にサークル参加するようになりました。彼の同人誌『Webセキュリティのミライ 不正指令電磁的記録問題に寄せて』には、Wizard Bible事件についてのインタビュー記事が載っています。当該書籍は「刺され!技術書アワード」大賞を受賞し、その内容をアップグレードした『Wizard Bible事件から考えるサイバーセキュリティ』のクラウドファンディングが実施されます。無事成功し、『Wizard Bible事件から考えるサイバーセキュリティ』が一般販売されるようになりました。この本のおかげで、Wizard Bible事件や関連する事件の真相が世に知られるようになりました。

techbookfest.org

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peaks.cc

『Wizard Bible事件から考えるサイバーセキュリティ』表紙

人生においてまったく転ばないということはありません。新しいことに挑戦していると、転ぶことは珍しくありません。問題は転ぶことではなく、転び方です。うまく受け身を取れたら、ダメージを軽減できます。そして、もし受け身ができなかったとしても、諦めてはいけません。転んでもただでは起きず、それ以上のプラスの効果を目指すのです。私はWizard Bible事件を通じて、そうした精神の重要性を実感しました。

IT技術書を執筆するということ

IT技術書の執筆と聞くと、数百ページの内容を書き上げるのが大変そうと想像されるかもしれません。確かにそのとおりでもあるのですが、それ以外に注意すべき点がいくつかあります。ここでは、それらをピックアップして紹介します。

最も重要なのは1冊を書き上げる体力と精神力

本を書くには、取り上げるジャンルについての知識が必要ですが、それだけでは十分ではありません。文章を書いたり、人に説明したりするというテクニックに加えて、原稿を書き上げる体力や精神力も必要になるのです。むしろ1冊を書き上げるには、後者がより重要であると言えます。

もし1冊も本を書いたことがない方であれば、文章や内容の不完全さは置いておき、まず1冊を書き上げることをオススメします。いきなり商業誌は難しいかもしれないので、同人誌に挑戦するとよいでしょう(同人誌の効能については後述します)。ただし、同人誌を作るのは商業誌とは別の大変さ(表紙作成、組版、印刷所への発注など)があります。単純には比較できませんが、それでも商業誌よりははるかに敷居は低いです。また、自己完結するので誰にも迷惑がかかりません。

完璧主義にならないこと

完璧な本を書きたいというのは理解できますが、現実的には不可能です。本には物理的にページ数の制約がありますし、締め切りという時間的な制約もあります。仮に著者にとって完璧な本が完成できたとしても、出版後には「あれを書けば良かった」という思いが出てくるため、きりがありません。また、著者にとって完璧な本であっても、不満を持つ読者をゼロにはできません。逆に完璧な本でなくても、それを有用だと思う読者は多数存在します。

本が売れれば、将来的に改訂版が出るかもしれません。そのタイミングで新しい内容を追加したり、既存の内容をブラッシュアップしたりして、品質を高めればよいのです。

よって、IT技術書の執筆では、完璧主義は封印したほうがうまくいくはずです。最初にしっかりした構成案を作ると、完璧主義に陥りにくいと言えます。ここで言う構成案とは、書籍になったときに目次となるものです。やみくもに書き始めるより、筋が通りやすく、目標のページ数に収めやすくなります。

私の場合、執筆に着手すると、構成案に束縛されずに自由に執筆してしまいます*1。当然、書きたいことが爆発的に増えてくるので、執筆の後半戦では内容を収束させていく手間が生じます。締め切り日が近づくと、未完成の断片的な原稿をカットしていきます。

なお、このスタイルを手本にしてはいけません。カットするかもしれない文章を書いて、結局のところカットすることは、二重の意味で時間を無駄にしてしまうからです。加えて、作業時間の問題だけでなく、目標とする文字数に帳尻を合わせるのも難しくなってしまいます。

原稿を書き上げても終わりではない

執筆作業は原稿を書いて終わりと思われがちですが、まだ終わりではありません。

締め切り日(あるいはその前)に編集者に原稿を渡すわけですが、自分なりの推敲・自己校正を終えている必要があります。すぐに見つけられるような誤字脱字や表記揺れなどは、この時点で解消しておかなければなりません(解消したつもりでも後でよく見つかります)。たとえば、推敲・自己校正に2週間かかると見積もったなら、締め切り日の2週間前までには原稿を書き終えていなければなりません。そういったことを事前に考えて、スケジュールを調整するわけです。

原稿を提出すれば、著者の第1ステージは終了です。組版・編集のプロセスに移行します。著者的にはバトンを渡した状態なので、一時的に暇になります。

その後、編集者からゲラ(本の内容をチェックするために使う紙面見本)が送られてくるので、校正作業に入ります。ここからが著者にとっての第2ステージです。自分の原稿を自らチェックするのは簡単そうですが、集中力が切れやすく、1日10時間以上作業していると極度の疲労に襲われます。これは想像以上に大変な作業です。しかし、ここで手を抜いてしまうと後が大変です。校正の段階でできるだけ多くのミスを見つけることが重要です。

校正作業は何日も続きます。全体を確認し終えたら、1回分のチェックが完了となります。本や出版社にもよりますが、この作業を2、3回繰り返します。これだけで1カ月以上の作業時間を要します。私の能力では、ゲラチェックに1日平均60ページ程度進められます。800ページの本なら、全体をチェックするのに2週間かかることになります。これを3回繰り返せば、ざっくりと1.5カ月になります。

筆が乗らないところを書き上げてこそ一人前

自分の専門分野や得意分野については、モチベーションが高いので筆が乗ります。問題は、それ以外の内容を書く場面です。

Webページの記事であれば、好きな部分を重点的に書くだけでも許されます。しかし、本の場合はそうはいきません。より多くの人に手に取ってもらうためには、基本的な内容も書いておく必要があります。たとえば、特定のソフトウェアのインストール方法や使い方、基本的な用語についてもしっかりと書くことを求められます。場合によってはスクリーンショットを載せながら、操作を1つずつ丁寧に解説しなければなりません。

一部の専門書は別ですが、ほとんどのIT技術書では初学者向けの解説を省略していません。つまり、筆者にとって自明なこと(または自明だと思い込んでいること)も書く必要があるわけです。こうした部分についてはモチベーションが上がらない人も多いかもしれません。しかしながら、筆が乗らない箇所を書き上げる能力は、本を完成させるためにとても重要です。

執筆業のメリット

執筆業と他の業種を比較した際のメリットを紹介します。ただし、ここで紹介するメリットはIT技術書の執筆に関するものであり、他ジャンルには当てはまらないかもしれません。

時間に関してフットワークが軽い

締め切りを守れば、丸1日寝ても、10日間旅行しても自由です。休日や連休を外せば、混雑も避けられます。遠出もオフシーズンにすることで、交通費や宿泊費を抑えられます。

次の画像は、私の1日のタイムスケジュールですが、厳密に決まっているわけではありません。

1日のタイムスケジュールの例

(用事がなければ)基本的には寝たいときに寝て、寝るのに飽きたら起きます。24時になったから寝るという感覚ではなく、身体が限界なら寝るという感じです。寝たくなければ、寝ないで作業すればよいだけです。結果的に、ほとんどの場合、このタイムスケジュールのように1日2回寝ていることが多いと言えます。

目覚めてからの3時間は脳のゴールデンタイムと呼ばれており、記憶や集中力が高まります。つまり、1日に2回寝れば、集中力のゴールデンタイムを2回分確保できます。この時間帯にはなるべく執筆するようにしています。

睡眠と執筆時間以外は、基本的に自由時間です。筆が乗っていれば、自由時間に執筆することもあります。大抵の場合は、読書、雑務、副業、運動などに費やしています。隙間時間にお腹が空いていれば、食事をします。

特別な予定がなければ、この1日のサイクルが毎日続きます。土日祝日、盆正月は関係ありません。淡々と執筆や読書をこなすだけです。毎日が文化祭の前日のような感覚であり、日々を楽しんでいます。

フロー型とストック型の中間的存在

フロー型ビジネスは、自分が働いた分だけ単発的に収入を得られるシステムです。一方、ストック型ビジネスとは、労働時間にかかわらず、継続的に収入を得られるシステムです。それぞれのシステムで得られる収入を、フロー型収入とストック型収入と呼ぶことにします。

ストック型ビジネスは初期費用や時間がかかったり、収入が低かったりするかもしれませんが、確立してしまえば長期間にわたって収益を生み出します。特にストック型は労働時間に依存しないため、積み重ねによる収益アップを期待できます。

IT技術書は、小説やビジネス書などと比較して寿命が短めです。一般的にIT技術にはトレンドがありますし、ソフトウェアやシステムも日々進化するからです。ただし、ネットワークの基礎知識、開発手法、ベストプラクティスのような不変的な内容の場合は別です。よって、IT技術書は完全なストック型にはなりにくく、フロー型とストック型の中間に位置すると言えます。

IT技術書の中でも、何度も改訂されている本や、英語に翻訳され全世界で読まれている本、新入生が毎年買う定番の教科書などは、強力なストック型の収入源になり得ます。改訂のタイミングで内容をアップデートできますし、著者にとっては初刷分の印税が保証されるので、良いことづくしです。

本をたくさん出していると、過去の本が新刊にプラスの影響を与えることがあります。たとえば、同人誌即売会では、新刊というキーワードで来場者を引き寄せつつ、見本誌や話術を活用して既刊(新刊ではない本)の魅力を伝えます。うまく関心を引ければ、複数冊を購入してくれるかもしれません。

さらに、本を出し続けていると、著者の知名度が上がっていきます。ある意味、著者そのものがストック型として働くわけです。

場合によっては本代を経費にできる

事業に関する本であれば、基本的に経費として計上できます。つまり、節税効果を期待でき、実質的に安く本を入手できます。読書でスキルアップすれば、自己投資になります。二重の意味でお得と言えます。

仕事の人付き合いが最小限

仕事で関わる人が極端に少なくなります。出版社ごとに1人の担当編集者がつくことになるでしょう。関わる人が少ないということは、人間関係のトラブルが少なくなることを意味します。また、集団行動が苦手でも問題ありません。

次回作の企画のために打ち合わせをすることはありますが、その頻度は多くありません。原稿の執筆に着手してからは、たまに進捗報告をする程度になります。特に担当編集者と信頼関係を築けていると、その傾向が強まります。部屋の中でずっと仕事をしていると、誰ともしゃべらない日々になることもあります。一方、校正時には何度もやり取りすることになります。

東京に住んでいた頃は出版社に出向いたり、編集者と会ったりすることもありましたが、最近はめっきり減りました。特にコロナ禍以降はその傾向が顕著です。ただし、初めての編集者とは、企画の打ち合わせを兼ねて、顔合わせをすることがあります。

本業の執筆に支障がなければ、趣味や副業は何でもOK

執筆と相性の良いものを選ぶのが吉です。たとえば、自宅で執筆するのであれば、家に荷物が頻繁に届いても対応できます。我が家には頻繁に株主優待が届きます。平日の昼でも荷物を受け取れるので、執筆業と株主優待投資は相性が良いと言えます。

一方、執筆は旅先でもできますが、荷物の受け取りはできません*2。頻繁に旅行する人には、荷物の受け取りが必要な趣味や仕事は相性が悪いと言えます。

執筆するにあたり初期費用やリスクがほとんどない

執筆には多大な労力と時間を費やす必要はありますが、初期費用はかかりません。PCが少なくとも1台あれば十分です。あとはテキストエディタに文字を打ち込んで、原稿を完成させるだけです。

ただし、同じ出版でも商業誌と同人誌では少し状況が異なります。同人誌の出版に関しては、自ら印刷所に頼むため、印刷代がかかります。売れなければ、在庫を抱え込んだり、赤字になったりする恐れがあります。

執筆以外の仕事では、初期費用がかかりリスクがあるものも多くあります。たとえば、物販であれば、仕入れのために資金が必要です。在庫リスクもあります。その代わりに、売れる商品を仕入れられれば、あまりスキルに依存せずに収益を上げられます。つまり、再現性があるわけです。そのため、どちらの仕事が良い悪いとは一概に言えません。

成果物として残る

執筆した成果物として、物理的な本が世の中に残ります。目に見える成果物なので、ITに関心のない人にもわかりやすいと言えます。ただし、ほとんどの場合は、本の内容に興味を持ってくれるわけではなく、本を出版したという事実に反応しているだけです。

物理的な本は書店に並びます。初著作が書店に平積みされているのを見たときには感動しました。新刊の刊行記念フェアが開催されたり、選書を依頼されたりすることもあります。

ジュンク堂書店池袋本店の『ハッキング・ラボのつくりかた』刊行記念フェア

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物理本は国会図書館に納本され、半永久的に保管されます。自分が死んだ後でも、書いた本はずっと残り続けます。そして、読者にも本に関する記憶が残ります。

ndlsearch.ndl.go.jp

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増刷されれば臨時収入

増刷は突発的なボーナスのようなものです。爆発的に売れ続けるのは、ボーナスの連続に相当します。

もう売れないと思っていた昔の本が増刷されることがまれにあります。これはストック型収入の大きな利点と言えます。

収入面では不安定ですが、ギャンブル的な様相を呈するのが逆に魅力的に感じる人もいるかもしれません。

工夫次第でどこでも仕事ができる

1台のPCがあれば、どこでも執筆できます。私は基本的に自宅の部屋で執筆していますが、たまに外出先でも仕事をします。たとえば、喫茶店、旅先の旅館、新幹線やフェリー内などです。

アイデアメモや軽い下書きなら、スマホでも書けます。また、音声入力も有効です。本記事の下書きはGoogleドキュメントアプリに手打ちし、アイデアは音声入力しました。そして、書斎のデスクトップPCで清書しています。

部屋だけで執筆を完結させられるということは、人混みが苦手な人でもストレスを感じずにできる仕事と言えます。満員電車に乗る必要もありません。したがって、自宅で黙々と作業できる人に向いています。

外出すると、外食する機会が多くなり、結果的にお金を使うことになります。逆に外出しなければ、余計なお金を使わないで済むでしょう。

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Xと相性が良い

新刊の発売前後は、Xで宣伝することで売り上げが大きく変わってきます。当然ながら出版社は宣伝しますが、著者も宣伝することで売り上げの増加をより見込めます。著者のXのアカウントが強ければ、本の売り上げの面でも有利です。

また、X上での影響力が大きいと出版社に認識されれば、さまざまな見本誌を恵贈される可能性もあります。それをきっかけにして、その出版社と新たなネットワークができることもあります。

本を書いたことで充実感が得られる

本が完成したときには、これまでの苦労が吹き飛ぶほどの充実感に満たされます。そして、出版された本の売れ行きが良かったり読者からの評判が良かったりすれば、充実感はさらに倍増します。

執筆業のデメリット

執筆業のデメリットは次のとおりです。

収入が不安定なうえに予測しにくい

本の印税が入るのは、発売されてから数カ月後です。たとえば、執筆に4カ月、編集に1.5カ月、校正に1.5カ月、印刷に1カ月というスケジュールであれば、執筆に着手してから約8カ月先に出版することになります。そこから数カ月後に初刷分の印税が入金されます。よって、執筆の着手時点から換算すると、1年以上経ってからようやくお金を手にすることになります。

本の企画時に一定数(初刷の部数以上など)を売り上げることを期待されますが、実際のところ売れるかどうかは出してみないとわかりません。タイトルや表紙のインパクト、トレンド、本の内容、著者や出版社のブランド力など、さまざまな要因が売れ行きに影響します。結局のところタイミングや運に左右されることもあり、一種のギャンブルと言えます。想定より売れないことがよくありますし、逆に爆発的に売れることもあります。

売れるかどうかを自分でコントロールできないので、売れる本を出したければ基本的には執筆して出し続けるしかないのです。

執筆業の収入が不安定であることは、所得税的に不利になることがあります。本が爆発的に売れると、所得が大きくなり、結果的に所得税が高くなってしまいます。その救済策として、平均課税制度があります。逆に、執筆業が有利な面もあります。たとえば、個人事業税が非課税ですし、文芸美術国民健康保険(所得に関係なく定額)に入れるというメリットがあります。

平均課税制度については、次の記事でも解説しているので参考にしてください。

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何度も増刷されなければ、高収入は望めない

出した本すべてがヒット作になるとは限りません。本を出す前は売れると思っていても、いざ出版してみると一度も増刷されないこともあります。

印税収入は次の式で計算できます。

(印税収入)=(本の値段)×(印税率)×(部数)

まずは初刷のケースを考えてみましょう。話を単純化するために、部数は刷り部数、すなわち印刷された冊数とします*3

IT技術書だと一般書よりも高価なため、初版の部数はそれほど多くありません。ここでは3,000部と仮定します。予約が好調であれば、発売前に初刷の部数が急遽増えることもあります。実質的に発売前に増刷されるようなものです。

印税率は出版社や契約内容によります。昔は10%のこともありましたが、今では8%程度が一般的です。電子書籍であればもう少し高くなります。逆に翻訳だともっと低くなります(関わる人が多くなるため)。ここでは印税率を8%としておきます。

それでは、3,000円の本の印税を計算してみましょう。

3,000円×8%×3,000部=72万円

著者が手にする金額は、ここから源泉徴収された額になります(確定申告で還付になればいくらか戻ってきます)。消費税の課税事業者であれば、消費税を納付するため、実質的な収入はさらに下がります。

商業誌を年に2冊出したとしても、増刷されなければ、ざっくり140万円ということになります。ただし、話を単純化するために電子書籍の印税は計算していません。

次に、2冊のうちどちらかが増刷されて1万冊売れたとします。それでも、合わせて約310万円にしかなりません。

(片方の印税)=3,000円×8%×10,000部=240万円

(もう片方の印税)=72万円

夢のない金額が続きました。しかし、ホームラン級の売り上げを叩き出す本を出せれば、収入は跳ね上がります。たとえば、5万部が売れれば1冊だけで1,200万円になります。10万部*4売れればその倍です。ここまでくれば、夢のある金額です。このぐらいの金額の印税を一度体験してしまうと、執筆という一種のギャンブルに魅了されるかもしれません。

(印税)=3,000円×8%×50,000部=1,200万円

(印税)=3,000円×8%×100,000部=2,400万円

以上のことから、IT技術書の執筆だけで生計を立てるのは非常に厳しいことがわかります。まして、FIREするための資産を貯めるのは容易なことではありません。

収入が不安定なことは我慢できても、生活が破綻してしまっては仕事どころではありません。このような状況では家族の理解を得るのも難しいでしょう。金銭的・精神的な負担により、執筆にも悪影響を及ぼす可能性があります。こうした負のスパイラルに一度陥ると、そこから抜け出すのは難しくなります。

収入の面で厳しい執筆の世界では、多くの方が脱落していくため、生き残るだけで自然と有利な状況になります。

仕事とプライベートの区別がなくなる

基本的に仕事のオンとオフの区別がありません。

会社員であれば、自宅に帰ることで気持ちがプライベート・モードに切り替わります。そして、土日をプライベートに費やせます*5

一方、執筆業であれば、そもそも会社から自宅に帰るという概念がありません。入浴中や就寝前でさえ、ずっと仕事のことを考えることになります。土日も関係ありません。つまり、365日昼夜を問わず仕事のことを考え続けるわけです。これは執筆業に限らず、自営業・自由業全般に言えることでしょう。働けば働くほど収入が得られる(あるいは得られる期待値が高まる)ためです。

執筆は苦悩の連続

本を出したばかりの若い頃は、書店に本が並ぶことにワクワクしか感じませんでした。しかしながら、ある程度本を出してしまうと、書店に並ぶのは当たり前のことになります。今では3分の2はドキドキ、3分の1はワクワクのように、不安のほうが大きくなりました。

こうした苦悩は発売時だけではありません。執筆を開始したときから苦悩が始まります。

  • 書き始めるまでは「書くモチベーションが上がらない自分はダメ人間だ」「1行も書かずに1日を無駄にした」と悩みます。
  • 書き始めると「この内容に価値はあるのだろうか」「断片的には書けるが、うまくまとめられない」と悩みます。
  • 期限が近づくと「締め切りが迫っている」「各章のボリュームがバラバラでバランスが悪い」「もっと書きたいことがあるのに時間が足りない」「わざわざ書いたのにカットするしかない」と悩みます。
  • 書き終わると「これを公開してよいのだろうか」「印刷されたらもう修正できない」と悩みます。
  • 発売直後には「売れなかったらどうしよう」「新刊なのにランキング上位に入らなかったらどうしよう」「低いレビューが怖い」「叩かれるのが怖い」「間違いがまだ残っているかもしれない」と悩みます。
  • 発売後に売れなかったら「出版社に申し訳ない」「次回作の依頼が来ないかもしれない」「収入が少なくて生活が苦しい」と悩みます。
  • 売れたとしても「本の内容が古くなっていく」「良書がどんどん出てきて、自分の本の存在価値がなくなっていく」と悩みます。

最近は、自分がコントロールできないことを考えてもほとんど意味がないと割り切っています。書店に出版した本が並ぶ頃には、次の本の執筆に着手していることが多いので、頭を切り替えてしまうわけです。本について問い合わせや反響があれば、その都度対応すればよいのです。

IT技術書を執筆して、FIREを実現した理由や経緯

FIREの定義と分類

FIREの定義

FIREとは、経済的自立を意味するFI(Financial Independence)と、早期リタイアを意味するRE(Retire Early)を組み合わせた言葉です*6

たとえば、給料を貯蓄し、日々の生活費と老後資産を貯め、定年前に退職することはFIREに該当しません。この状態は、RE(早期リタイア)を達成できていますが、退職後の収入源がなくなるためFI(経済的自立)を達成していないからです。

ここで言う経済的自立とは、資産運用(株式投資、不動産投資など)で生活費を賄えている状態を指します。つまり、働かなくても資産をできるだけ減らさずに生活できれば、FIを達成したことになります。

通常はFIを達成してから、REの道を選択することになります。選択と言っているように、仕事を完全に辞める必要はありません。仕事に不満がなければ継続してもよいですし、半分に減らすという選択肢もあります。

FIREの分類

FIREにもさまざまな形があり、次の4つに分類されます。どれを目指すのかによっても必要な資産額が変わってきます。

ファットFIRE

資産収入のみで、生活費と贅沢費の両方を賄える状態です。「豊かな」を意味する“fat”に由来します。

一般の方が想像しがちな、仕事なしでの悠々自適な生活は、ファットFIREに近いでしょう。

リーンFIRE

資産収入のみで倹約しながら生活できる状態です。「無駄がない」を意味する“lean”に由来します。

資産収入のみという点ではファットFIREと共通していますが、それほどの贅沢はできないという点で大きく異なります。

たとえば、資産額が低めでも、それで生活が成り立っているのであれば、リーンFIREの状態と言えます。

コーストFIRE

資産収入のみで通常の生活費を賄えるにもかかわらず、自らの選択で仕事をしている状態です。のんびりしたイメージである「沿岸」(英語の“coast”)に由来します。

たとえば、資産収入で生活費を、労働収入で贅沢費を賄うという生活スタイルは、コーストFIREに該当します。

私の場合は資産的にFIをほぼ実現しましたが、執筆業を辞めるつもりはないのでコーストFIREの状態と言えます。

バリスタFIRE

資産収入と労働収入で生活する状態です。サイドFIREとも呼ばれています。

資産収入では足りない部分を、働いてカバーします。たとえば、フルタイムの労働を週2日に減らしても、FIREを実現できていれば、バリスタFIRE状態と言えます。

結局のところIT技術書の執筆で食べていけるのか?

IT技術書の執筆だけで食べていけるのか気になる人もいることでしょう。それは収入と支出のバランスによります。「収入-支出」がプラスであれば、日々食べられる程度には生活できることになります。

まずは収入の観点で考えてみます。

IT技術書の執筆では収入が不安定なうえに、大きな収入を見込めないことについて言及しました。執筆の作業時間はかなり大きいため、時給で換算すると、普通のアルバイトより低くなってしまいます。

1年に何冊も出せる人であれば、数でカバーできるかもしれません。しかし、私の場合は年に単著の商業誌を1冊、共著や翻訳本を合わせてもせいぜい2冊が限界です。そして、同人誌を加えてもプラス1冊程度です。となると、本の数でカバーできないので、ヒット作でカバーするしかありません。

私の執筆歴は20年を超えており、この中で大ヒット作と言えるのは5冊あります。その5冊は『ハッカーの教科書』『ハッカーの教科書 完全版』『ハッカーの学校』『ハッキング・ラボのつくりかた』『ハッキング・ラボのつくりかた 完全版』です。ここで言う大ヒットというのは、野球で言う三塁打レベル以上を指します。残念ながら、ホームランレベルの本を出したことはありません。単打や二塁打レベルの本がちらほらあり、三振アウトだった本もあります。

約5年に1冊の大ヒット作を出せた計算になります。逆に、それ以外の本はそれほど売れなかったわけです。売れた本と売れない本の印税をトータルして、5年で平均化すれば、30歳のサラリーマンの平均年収と同等程度になります(これは執筆に限定した収入)。

www.mhlw.go.jp

次に支出の観点で考えてみます。

私の場合は「お金のかかる趣味や娯楽に関心がない」「固定費を抑えられている」といった理由で、毎月の支出はそれほどかかっていません。特に、一人暮らし、かつ家賃がかからないことが大きいでしょう。また、株主優待を頻繁(2023年は190回)に受け取っているため、食費を節約できます。

結論としては、IT技術書の執筆のみで食べていくのは非常に困難と言えます。コンスタントに書ける能力がある、ヒット作を生み出せる幸運*7を持っている(しかも一生涯継続できるか)、あるいはそれ以外の特殊な案件(たとえば、定番の資格本の著者である、出すといつも売れるようなシリーズ物がある)があるなど、いずれかに当てはまらなければ厳しいと言えます。

IT技術書の執筆でFIREできるか

FIREの大前提として、FIできるかという問題に直面します。FIするには、年間支出の25倍(25年分)の資産が必要とよく言われています*8。たとえば、毎月の生活費が20万円であれば、年間の支出が240万円となり、その25倍は6,000万円になります。これがFIのための目標額です。

ところで、先ほどの話ではIT技術書の執筆を専業としても、ごく限られた一部の人しか食べていけないと説明しました。つまり、日々の生活の維持だけでも大変なのに、FIするための資産を増やすのはとても困難です。

ただし、これは執筆を専業とし、他の収入源がない場合の話です。「執筆が本業でも、別の副業でカバーできる」「軸となる本業があり、執筆を副業とする」といった場合であれば、資産を増やすチャンスがあります。実際、私は前者の戦法を採用して、FIREできるほどの資産まで貯めました。そして、現状は副業収入で日々の生活費を賄っています。本業収入は、金融投資(主に株式投資)と、自己投資や新しい挑戦のための費用、副業のための資金に使っています。

FIREを実現するまでに、私が実践してきた方法については、次の記事で紹介しています*9。再現性は低いかもしれませんので、参考程度に読んでください。

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同人誌出版は副業の第一歩に向いている

Wizard Bible事件の後にサークルを結成し、技術書典に参加したことは前述しました。我々のサークル「ミライ・ハッキング・ラボ」が最初に参加したのは、技術書典6です*10。そこで、初の同人誌である『ハッキング・ラボのそだてかた ミジンコでもわかるBadUSB』を頒布しました。商業誌であればBadUSBというニッチなネタはなかなか採用されませんが、同人誌なので売り上げを度外視して自由に執筆できます。

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商業誌を出しても、購入者の顔を直接見る機会はありません。一方、同人誌であれば、自ら手渡すわけで、とても新鮮に感じました。それと同時に、同人誌の売り上げが生活費の足しになったため、副業として成立しました。これをきっかけとして副業に目覚め、以後はさまざまなことを模索しながら、株主優待やポイ活など、副業の手札を増やしています。

ところで、商業誌の執筆のみをしていた頃はずっと生みの苦しみがありましたが、同人活動以後は本のネタが自分の中からあふれ出るようになり、ネタ不足という悩みが解消されました。今では、書きたいネタが多過ぎて、時間と身体が追いつかないという状況です。

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技術書典16にて設営完了の様子

私の人生に同人誌出版は大きな影響を与えてくれました。今この記事を読んでいるITエンジニアにとっても、同人誌出版が副業の第一歩になる可能性は非常に高いはずです。興味のあるテーマを本にする行為は充実感が得られますし、それが副収入になれば最高です。大人気サークルは、頒布数がとても多く、数百万円の収入になるようです。ここまで稼げるのは一部のサークルのみですが、同人誌から商業誌にデビューするのはよくある話です(私の周りでも数人います)。

FIREして変わったこと

FIREを達成すると、あらゆるストレスから解放されます。人生において大きなウエイトを占める、仕事、お金、人間関係に関する問題が最小化する可能性があります。余裕が出た分、健康や充実した過ごし方に意識が向くようになります。

FIREによって得られる一番のものは、時間です。私の場合はもともと執筆業であったため、締め切りさえ守れば時間を自由に調整できました。そのため、FIRE状態になっても、あまり時間的な変化はありませんでした。一方、執筆業以外でFIREを達成した人は、急に自由時間が増えたと感じるかもしれません。

次に、お金の悩みが軽減します。完全になくなるわけではありません。ある程度大きな資産を築いても、お金の不安が残るのは仕方がないことです。たとえば、「5,000万円を貯めても、1億円を貯めたい」「1億円を貯めても、2億円欲しい」と、際限がありません。他人と比較してもきりがないので、自分の生活スタイルと照らし合わせてFIRE状態を維持するようにしましょう。

仕事をするのもしないのも自由です。仕事の依頼を断るという選択もできるようになります。結果的に本当にやりたい仕事に絞ることができるでしょう。報酬が低くても、やりたいと思う仕事や楽しそうな仕事、将来の種まきになる仕事を積極的に受けるという選択肢もあります。場合によっては、仕事量を抑えて、趣味に没頭したり、大切な人とより長く過ごしたりすることもできます。

FIREは幸せになるための手段に過ぎないことを忘れてはいけません。

自らのキャリアを振り返って、他のエンジニアの方々に伝えたいこと

IT技術書の執筆を専業にするのはオススメできない

私はIT技術書の執筆を専業としており、今でこそ充実した日々を謳歌していますが、運が良かっただけに過ぎません。IT技術書の執筆を専業とすることはまったくオススメできません。その理由についてはこれまで何度か解説しましたが、「収入の面で割に合わないこと」と「ギャンブル要素が強いこと」の2つに終始します。

最初の1冊は名刺代わりになる

しかし、1冊の商業誌を執筆することについては例外的にオススメできます。

最初の1冊は一種の名刺代わりになるからです。ただし、本当に名刺として渡すわけではなく、名刺のように相手に印象づけられることを意味しています。

最初の1冊であれば、自分の伝えたいことを詰め込めますし、収入を度外視して情熱で一気に書けるでしょう。その本がヒットすれば、本の次回作だけでなく、執筆以外の案件が降ってくるかもしれません。

最初の1冊目をどうやって出版するかについては、次の記事を参考にしてください。

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ミジンコ流 執筆のコツ

細かいテクニックはいろいろありますが、ここでは誰でもできる簡単な方法を紹介します。これができたら、執筆できないという悩みは幾分か軽減されるはずです。

執筆にすぐ取りかかれる環境を作る

仕事で使うツールを、仕事をしていないときにも閉じずに最小化しておくのです。執筆用のツールであれば、テキストエディタやメモアプリが該当します。スマホで執筆するのであれば、ホーム画面にメモアプリ等を配置しておきます。

この考えを発展させたものとして、「デュアルモニターの片方で仕事用ツールを常時表示する」「常にPCの電源をつけたままにする」「PCデスク上を整理する」「仕事に専念できる書斎を構築する」などが挙げられます。

このように商売道具を手の届く場所に置いておくと、仕事の効率性が上がるはずです。

毎日1行でもよいから書く

執筆において、やる気やモチベーションが出るのを待つ必要はありません。やる気がなくても書いてください。書いているうちに勝手にやる気が出てきます。やる気が出てこなかったとしても、書いた分は成果として残ります。

しかし、そうは言ってもなかなか書けないかもしれません。それは、書くという行為に心理的な負担を感じていることが原因です。そうであれば、その負担を取り除くことが第一歩です。簡単な解決法は、1行でもよいので、今書いてしまうことです。

「まとまった時間が取れたら書く」「土日にやる」などとやらない言い訳をしてはいけません。そう思いつつもやれないケースは多く、結果として罪悪感や焦りが生まれます。こうした悪循環を生むぐらいなら、1行でもよいので今書いてしまいましょう。

創造的なことを書けないなら、頭をあまり使わずにできることに切り替えます。たとえば、ソフトウェアのインストール方法や用語の説明など、調べたり手を動かしたりすれば書ける内容に取り組むのです。そのうちに筆が乗り、創造的な部分も書き始められるかもしれません(そうならなくても、よくあることなので気落ちする必要はありません)。

小さいことを達成したら、また小さいことを続けてください。小さいことでも繰り返して積み重ねていけば、大きな成果につながります。これが継続による効果の1つです。1行書くという行為は、この小さなことに対応します。どんなに分厚い本でも、1行の積み重ねで完成することを忘れてはいけません。

ソフトウェアやハードウェアは状況に応じて使い分ける

私は執筆にリッチなツールは不要だというスタンスです。そのため、秀丸エディタをよく使っています。シンプルなテキストエディタですが、アウトラインプロセッサとしても使えます。『ハッキング・ラボのつくりかた 完全版』は1,200ページもありますが、その原稿は1つのテキストファイルであり、秀丸エディタを用いて執筆しました。

細切れ時間を活用して執筆する場合には、Googleドキュメントを活用しています。原稿データをクラウド上に置き、PCからはWebブラウザ経由、スマホからはGoogleドキュメントアプリ経由で執筆できます。

他にも執筆を効率化するためにさまざまなツールを使い分けています。翻訳ツールのDeepL、メモアプリのObsidian、iPadのメモアプリのGoodnotes、ChatGPT、各種校正ツールなどです。詳細は『「技術書」の読書術』やブログの記事を参考にしてください。

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注意してほしいのは、ツールに振り回されないことです。また、執筆がうまくいかない際に「環境構築できていない」「使い方をマスターしていない」などとツールを言い訳にしてはいけません。そもそもツールのすべての機能を把握する必要はありません。最初はできる範囲で扱い、徐々に便利な方法を習得すればよいだけです。集中力が増しているにもかかわらず、まったく環境構築が済んでいない状況であれば、紙やメモ帳ソフトに書いてしまいましょう。そして、集中力が切れた際や細切れ時間などに、インストールや設定等を終わらせるのです。

成果物を介してインプットとアウトプットを循環させる

どんどんアウトプットできる人はそのまま突き進んでください。逆に、アウトプットできないという悩みを持つ場合は、そもそもインプットが足りていないのかもしれません。膨大なインプットがあれば、脳からあふれ出るようにアウトプットしたくなります。

最初は何でもよいので、アウトプットの結果である成果物を生み出すことを目指しましょう。この段階で成果物の価値を意識する必要はありません。成果物を生み出せたら、成果物を介してインプットとアウトプットを循環させることを意識してください。そして、1つの成果物から別の成果物に連鎖させます。すると成果物がどんどん生まれるようになり、結果的に利益や成果の最大化につながっていきます。

インプットとアウトプットの循環効果

本の執筆活動は、個人の強みが直結します。ここで言う強みとは、スキル、知識、人脈などです。特にスキルや知識が増えれば、執筆活動の成果物である原稿の魅力が増します。

しかし、本の売り上げは、運やタイミングの影響が大きいと述べました。これに関しては著者がコントロールできるものではありません。

そういった状況下で、全体の成功率を高めるには、個々の成果物の成功率を上げるか、成果物の数を増やすしかありません。両者を同時に高めるのが理想的ですが、即効性を考えれば後者が有効です。成果物を増やすには、インプットとアウトプットの循環の輪を小さくすることで実現できます。つまり、こまめにアウトプットし、それを公開するわけです。

たとえば、成果物の成功確率が10%だとします。成果物が10個あれば、全体で1回でも成功する確率は約65%になります(10回すべて失敗する確率は約35%(=0.9×0.9×…×0.9=(0.9)10≒0.35)であるため、1回でも成功する確率は約65%(=1-0.35=0.65)になります。)。20個あれば、約88%になります。このように成果物の数が多ければ、成功確率が高くなっていきます*11

以上の考え方の詳細については、次の記事を参照してください。

pr.forkwell.com

ここでは、私が実践している例の1つを紹介します。

  1. 日々の何気ない思いつきをXに投稿します。
  2. 1つのテーマに関する投稿がある程度貯まったら、ブログの記事としてまとめます。最初はXのポストを並べるだけなので手間がかかりません。ポイントは手間がかからなければ、アクションを起こしやすいということです。
  3. ブログの記事を随時更新します。ポストだけでは断片的になりがちなので、文章でつながりを解説します。新たな知見があれば、どんどん追加します。そして、他の記事との相互参照も検討します。
  4. ブログの記事がある程度できあがれば、本のネタになります。たとえば『「技術書」の読書術』における私の担当箇所の一部は、ブログの記事をベースにして執筆しています。また、本コラムも同様の方法で生み出していますので、記事内でリンクが多くなっています。

インプットとアウトプットの循環の適用例

幸せにはさまざまな形がある

最後にお伝えしたいことがあります。本コラムでは執筆業とFIREについて語ってきましたが、これは生き方の1つの例に過ぎません。

幸せの形は人それぞれです。「本業に励んで出世する」「副業に成功して稼ぐ」「専門分野の世界で活躍する」「FIREを実現して自分のペースで生きる」「家族と幸せな日々を過ごす」など、どのような形でも構いません。

本コラムの読者が、それぞれ望む幸せをつかむことを願っています。

*1:本コラムも文字数が多いですが、このスタイルで執筆したことによる悪影響と言えます。Web記事であり、多めに書いたネタはブログに移すという戦法が使えました。そのため、紙の本よりはカット作業の手間はかかっていません。

*2:荷物が数個であれば宅配ボックスでも対応できますが、数や大きさに限界があります。最近はスマートロックを導入して、宅配ボックスを超過する荷物に対応するようにしています。配達員から電話を受けたら、遠隔から玄関のスマートロックを開錠して、玄関先(家の中)に荷物を置いてもらっています。

*3:初刷の場合は刷り部数、増刷以降では売れた部数で計算されることが多いです。売れた数で計算するためには、書店からの返品などを考慮する必要があります。

*4:昔はIT技術書でも10万部以上売れた時代がありましたが、今はかなり厳しくなっています。

*5:IT関係であれば、プライベートの時間も勉強するかもしれません。

*6:FIREの定義は文献によって若干異なる場合がありますが、本記事ではここで示す定義を採用します。

*7:ここで言う運とは、運良く本が売れるという意味だけでなく、運良く周囲の人(編集者、家族など)に恵まれるという意味も含んでいます。

*8:この主張には4%ルールが関係しています。4%ルールとは、年間支出の25倍の資産を貯めて、その資産を年利4%で運用していけば、一定の生活費を切り崩しても、ほぼ資産が尽きない(少なくとも30年)という考え方です。

*9:具体的な方法については随時アップデートするつもりのため、ブログの記事で解説しています。

*10:コロナ禍前はイベント会場に1万人もの来場がありました。2024年5月に開催された技術書典16では2,600人の来場でしたが、その3倍以上の来場者があったことになります。コロナ禍前の来場者数に戻れば、まあまあの売り上げを期待できます。

*11:現実世界では、それぞれの成果物が一度に生まれるわけではありません。時間の推移に沿って成果物が生まれるため、時系列的に後ろの成果物は前の成果物よりも成功確率が高くなりやすいでしょう。さらに、一度でも成功を収めれば、その時点で知名度が高まり、それ以降の成果物の成功率が高くなりやすいと言えます。