あなたのキャリアに影響を与えた本は何ですか? 著名エンジニアの方々に聞いてみた【第六弾】

書籍には、特定領域の専門家たちが習得してきた知識のエッセンスが詰まっています。だからこそ「本を読むこと」は、ITエンジニアがスキルを向上させるうえで効果的な取り組みと言えます。では、著名エンジニアたちはこれまでどのような書籍を読み、そこから何を学んできたのでしょうか。今回は8人の著名なエンジニアのキャリアに影響を与えた“珠玉の書籍”を、ご本人にまつわるエピソードとともに紹介してもらいました。

※人名の50音順に掲載。回答者は敬称略。

岩崎裕馬が紹介『自分の小さな「箱」から脱出する方法』

自分の小さな「箱」から脱出する方法

あらゆる能力開発の基盤となるのは、「自分自身を成長させる力」だと、僕は考えています。

かつての僕は、無意識のうちに自分を守る「箱」の中に入りがちでした。自分の行動を正当化し、他人の意見や感情を二の次にしてしまっていたのです。その結果、自分の成長や他者との信頼関係において、大きな損をしていたのだと、この本を読んで深く理解しました。

「箱」から意識的に出るようになってから、周囲の反応は明らかに変わり、以前よりも格段に、一緒に仕事をする人たちが僕の話に耳を傾けてくれるようになりました。結果的に、的確なアドバイスや協力を得られる機会が増え、自身の能力が向上したのはもちろん、仕事も格段に進めやすくなったと実感しています。

内面的な変化が、結果的に僕自身の成長を促し、キャリアにおける新たな可能性を切り拓いてくれました。人間関係や自己成長に悩むすべての人に、一度は手に取ってほしい一冊です。

今でも油断すると、ふと「箱」の中に引き戻されそうになることがあります。定期的に「自分は今、箱に入っていないか?」と自問自答することが、僕にとって、自分を見つめ直し、より良い方向へ進むための大切な習慣となっています。

【プロフィール】
identify株式会社にてCTOの傍ら、水天宮前にあるワインと鍋(飲食店)を運営。なんでも屋をやっています。守備範囲が広いのが強み。最近はAIを活用したソフトウェアや効率化に非常に興味があります。趣味はハックすること。

大津和槻(02)が紹介『Scaling Teams 開発チーム 組織と人の成長戦略』

組織をスケールさせるうえで欠かせない「採用・人事管理・組織設計・文化・コミュニケーション」について、それぞれの重要な勘所や原則を解説している本です。これまでに読んだ技術書の中でも、今なおTOP3に入る一冊です。

初めて読んだのは新卒のときで、「自分の所属する組織がどのように作られているのかを知りたい」と思い、手に取りました。マネージャーやリーダーと一緒に輪読会を開いたことも、印象に残っています。普段、マネージャーがどんなことを考えながら組織のスケーリングに取り組んでいるのかを知ることで、自分の所属する組織に目を向けるきっかけになりました。

この本は、抽象的な論述ではなく、具体的かつ簡潔に要点がまとめられており、非常に実践的です。今でも、本書の内容をベースに、さまざまなマネージャーと壁打ちをしながら組織への理解を深めることがあります。組織設計を担う立場の人だけでなく、組織に所属するすべての人にとって学びのある一冊です。ぜひ一度、手に取ってみてください。

【プロフィール】
BASE株式会社に所属するフルサイクルエンジニア。現在はBASE BANK事業にて、Engineering Program Managerとして、プロダクトのデリバリーとクオリティに責任を持ちつつ、プロダクト開発をリードしている。
また、PHPカンファレンス2024・2025の実行委員長を務めるほか、PHPを中心にさまざまなカンファレンスへ登壇するなど、コミュニティ活動にも積極的に取り組んでいる。
X: @cocoeyes02

川崎雄太が紹介『DevOps導入指南 Infrastructure as Codeでチーム開発・サービス運用を効率化する』

僕のキャリアの礎になっている一冊は、『DevOps導入指南: Infrastructure as Codeでチーム開発・サービス運用を効率化する』です。リクルートテクノロジーズ時代の同僚が書いた本なのですが、とても刺激を受けたことを今でも思い出します。

僕はもともとオンプレミスのインフラエンジニアとして、設計や構築・運用を担当しており、QCDのバランスを取ることが至上命題になっていました。当時は以下のように対応していました。

  • Quality : ダブルチェックで担保
  • Cost / Delivery : 手順の簡略化、Shellのワンライナーを活用、開発環境をみんなで相乗り

「人に依存した成果」だったものを、Infrastructure as Codeやコンテナ化によってスリム化・冪等性確保するという方法は、さまざまな面でインフラ業務に革新を起こしたと考えています。僕自身、インフラエンジニアからSREへとキャリアを歩むきっかけとなりました。

今では当たり前の概念ですが、特に初学者にとっては本書に書かれた考え方やサンプルコードなどが役に立つと思います。ぜひこの本を読んでみてください。

【プロフィール】
2020年にココナラへジョイン、Head of Informationとして、プロダクトインフラ・SREと社内情報システム / セキュリティを管掌している。2024年からココナラテックの執行役員 情報基盤統括本部長を兼任。2025年からココナラのDev Enabling室 室長を兼任し、技術広報を中心とした開発の進化を進めている。

CHEEBOWが紹介『CPUの創りかた』

自分のキャリアに影響を与えた──というより、この道を選ぶ決め手になったのは、『マイコンBASICマガジン』『はるみのプログラミング・レッスン』『森巧尚のBASIC MAGIC』といった本でした。とはいえ、これらの本は今では入手も難しいため、昔話をしても仕方がないように思います。

そこで今回紹介したいのが、『CPUの創りかた』です。実はこの本を企画したのは僕自身で、著者は学生時代の先輩。もともと「マイコンの作り方」という企画があり、先輩にその話をしました。すると、先輩は「IC10個でCPUを作る方が面白くない?」と言って、僕の目の前でさらさらと回路図を書いたのです。これには度肝を抜かれました。

ハードウェア、しかも電子回路についての本ですが、ソフトウェアエンジニアにも強くおすすめしたいです。知っていそうで、きちんと理解していないCPUの仕組みを、電子回路の基礎からしっかりと学べます。それは、この本が「物語る」ということを意識して書かれているからです。知識をどういう順番で伝えていくか、どうしたら自然な展開になるかが、考え抜かれています。僕が、自分の持つ知識を誰かに伝えるときにストーリーが必要だと考えるようになったきっかけの書でもあります。

この本が出版された後、僕も数冊の本を書き、企画にも携わるようになりました。そこから始まり、広がったことがたくさんあります。僕の人生にも大きな影響を与えてくれた一冊です。

『CPUの創りかた』は今も版を重ねるロングセラーです。ぜひ、読んでみてください。

【プロフィール】
平日プログラマ、週末音楽家。エムロジック株式会社・取締役。本業ではiOSアプリを中心に、各種ソフトウェアの開発を手がける一方、週末は作編曲家としてライブアイドルを中心に楽曲提供を行っている。
GitHub:cheebow x:@cheebow

中島明日香が紹介『ハッカージャパン』

ハッカージャパン

私は14歳の時に「ハッカーがサイバーテロリストから世界を救う」という話の小説を読んだことがきっかけで、ハッカーに強い憧れを抱き、セキュリティの世界に入りました。

参考 : findy-code.io

ただ、当時の私はコンピューターに関しては完全な素人だったため、ハッカーに憧れを抱きつつも、その存在の輪郭をまだ捉えきれずにいました。そんなある日、出会ったのが『ハッカージャパン』という雑誌です。

『ハッカージャパン』には、セキュリティにまつわるイベントの参加報告や技術記事などが掲載されており、素人の私にとってはお宝のような情報が満載でした。例えば、雑誌を通じて“ハッカーの祭典”とも呼ばれる「DEF CON」や、ハッカー系国際会議として知られる「Black Hat」の存在を知りました。

憧れの存在・世界が実在することにいたく感激した結果、後々実際に「DEF CON」に参加したり、セキュリティ研究者となってBlack Hatで発表するに至ったりと、私のキャリアに多大な影響を与えたと言えます。残念ながら現在は休刊していますが、もし復刊されることがあれば、またぜひ読んでみたいです。

【プロフィール】
サイバーセキュリティ研究者・技術者。 慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本電信電話株式会社に入社し、約10年間ソフトウェアセキュリティの研究開発に従事。研究成果をBlackHat等の国際会議で発表する。2022年にElasticに入社。現在はシニアセキュリティリサーチエンジニアとしてエンドポイントセキュリティの研究開発に従事。女性セキュリティ技術者コミュニティ「CTF for GIRLS」の発起人であり、Black Hat Asia/Black Hat USA/CODE BLUEのReview Boardを務める。サイバーセキュリティに関する総務大臣奨励賞受賞。著書に『サイバー攻撃』『入門セキュリティコンテスト』がある。

服部毅保が紹介『その幸運は偶然ではないんです!』

私は、夢ややりたいことが、昔からあったわけではありません。むしろ、夢がないことに劣等感を覚えていました。

そんな私はアソビューに入社してから、プロダクト開発にどっぷり浸かりました。役割は、開発メンバーからスクラムマスター、そしてマネージャーへと変化。目の前のことに必死でした。

そしてある日、突然、ベトナムのオフショア開発組織の立て直しに行くことになりました。今までずっと関わってきたプロダクトから離れるのは正直寂しかったですが、任せてもらったからには全力で応えたい、その一心でベトナムに行きました。

その半年後、新型コロナウイルスが世界を一変させ、ベトナムでのミッションは道半ばで終わり。今度は、日本の開発チームのエンジニアリングマネージャーになりました。与えられた役割を一生懸命やるつもりでしたが、心のどこかで「俺のキャリア、これでいいのかな……? ずっと受け身で、流されているだけじゃないか?」という不安がありました。

そんな悩みを抱えていたとき、アソビューCPOの横峯樹さんがこの『その幸運は偶然ではないんです!』を教えてくれました。そこで出会ったのが、「計画的偶発性理論」という考え方です。夢がないことを悩んでいましたが、この本を読んで、今まで自分がやってきたことは間違いじゃなかったんだと、心から思えたんです。

私がアソビューで経験してきた、すべての偶発的なチャンスに対して、自分なりに一生懸命向き合ってきた。その積み重ねが、今の自分を作っているんだと気付きました。

この本は、私のように「明確な夢がない……」と悩んでいる人や、「自分のキャリア、これでいいのかな?」と不安に思っている人に、ぜひ読んでほしいです。偶然こそが、自分だけの面白いキャリアを作ってくれるんだと、今は自信を持って言えます。

【プロフィール】
大学卒業後、SIer、海外スタートアップにてエンジニアリングを経験。アソビュー株式会社にバックエンドエンジニアとして入社し、オフショア開発組織のCTO、日本組織のEMを経験。現在はVPoEとして組織開発に携わっている。
X : @tkyshat

pospomeが紹介『増補改訂版Java言語で学ぶデザインパターン入門』

『増補改訂版Java言語で学ぶデザインパターン入門』はタイトルの通り、JavaでGoFのデザインパターンを学べる書籍です。

私は新卒時代にAndroidアプリの開発をしていたのですが、とある機能の開発でファイルツリーを実装する機会がありました。がんばって実装してみたものの、私のスキル不足もあり、複雑な設計になってしまいました。

そのコードをたまたま先輩にレビューをしてもらう機会があり、その際に「お前はCompositeパターンも知らんのか」と言われました。「Composite?」と頭にはてなが浮かびましたが、調べてみると「GoFのデザインパターン」のひとつだとわかりました。私はこのとき初めて、設計をパターン化したものが存在することを知りました。

『増補改訂版Java言語で学ぶデザインパターン入門』は、私がCompositeパターンを学習するために購入した書籍です。 私はこの書籍がきっかけで設計に興味を持ち、設計に特化したエンジニアとしてキャリアを歩み始めました。昨今ではGoFのデザインパターンの有用性自体が疑問視されていますが、私のキャリアに大きく影響を与えた思い出いっぱいの書籍です。

【プロフィール】
ソフトウェアエンジニアとしてのキャリアを積んだ後、2016年より株式会社ディー・エヌ・エーでソーシャルゲームプラットフォームの開発に携わる。その後、2018年より株式会社メルペイでテックリードとして認証認可基盤の開発・運用を担当。2020年に入社した合同会社DMM.comではアーキテクトとして100名規模の開発組織で技術戦略を主導する。2024年10月に株式会社カミナシに入社し、2025年1月 VP of Engineeringに就任。

湯前慶大が紹介『INSIDE WINDOWS NT』

INSIDE WINDOWS NT

新卒で入社した会社で、私は情報系の研究所にてLinuxカーネルの研究に従事することになりました。しかし、大学・大学院では理論物理学を専攻しており、コンピューターサイエンスに関する知識は皆無の状態でした。そこで当時の上司の指導の一環で、マンツーマンの輪読会が始まり、最初に読んだのが『INSIDE WINDOWS NT』という書籍です。当時Windowsの研究業務ではありませんでしたが、Linuxと基本的な技術が共通しているという理由でこの本が選ばれたのです。実際にその後にLinuxカーネルを業務で使う場面で、プロセス管理・メモリ管理・ファイルシステム・システムコール・割り込みハンドラなど多くの概念が共通していたのでとても助かりました。

その一方で、カーネルの基本的な処理を理解するためには、そもそもCPUやメモリなどコンピューター・アーキテクチャを理解していなければならず、読めば読むほどわからない概念が出てきたのがとにかく大変でした。そういったつまづいたタイミングで関連する書籍を業務時間外でも読み、不明点は質問するという学習サイクルを数ヶ月間続けていきました。その結果、カーネルの基本的な概念を理解できるようになりました。

この本から得たのはカーネルの知識に加えて、問題解決に対する姿勢です。何か本番の運用でトラブルがあった時や、気になったことが出た時にカーネルのレイヤーまで深く原因を追求できるハードルが低いという点が、私のソフトウェアエンジニアとしてのキャリアを大きく助けてくれました。例えば、以前resize2fsコマンドによるストレージ容量の拡張をした際、なぜ一瞬で拡張できたのかを調査するために、Linuxに実装されているext4ファイルシステムのソースコードを読んで理解したことがあります。

このような地道な学習を継続し、全く知識がない分野でも最終的に理解できるようになった経験が、自己の能力に対する自信を形成していきました。

私のソフトウェアエンジニアとしてのキャリアは、この本から始まりました。その後、マネジメント職に就き、MBA取得を通じて経営の視点を持つようになった現在に至るまで、この本が与えた影響は大きく、私のキャリアを形成する上で重要な一冊です。

【プロフィール】
株式会社日立製作所にてLinuxカーネルの研究に携わった後、2014年に株式会社アカツキに参画。エンジニアやエンジニアリングマネージャーとして複数のプロダクトを担当し、2017年よりVP of Engineeringとして全社エンジニア組織のマネジメントに従事。2020年に執行役員 職能本部長に就任して以降は、ゲーム事業全体のマネジメント業務に携わる。2023年に株式会社カケハシに参画。新規事業領域のVP of Engineeringを務めた後、2024年に執行役員CTO就任。

編集:中薗昴