あなたのキャリアに影響を与えた本は何ですか? 著名エンジニアの方々に聞いてみた【第五弾】

書籍には、特定領域の専門家たちが習得してきた知識のエッセンスが詰まっています。だからこそ「本を読むこと」は、ITエンジニアがスキルを向上させるうえで効果的な取り組みと言えます。では、著名エンジニアたちはこれまでどのような書籍を読み、そこから何を学んできたのでしょうか。今回は9人の著名なエンジニアのキャリアに影響を与えた“珠玉の書籍”を、ご本人にまつわるエピソードとともに紹介してもらいました。

※人名の50音順に掲載。回答者は敬称略。

aki.mが紹介『エッセンシャルスクラム: アジャイル開発に関わるすべての人のための完全攻略ガイド』

上手にプロダクト開発をしていく上でアジャイルソフトウェア開発宣言やスクラムガイドの考え方は非常に大切そうだということを感覚的に理解しつつある一方で、ミッションクリティカルかつ大規模なプロダクト開発においては適用が難しいと思っていた際に出逢ったのが本書です。

本書には、アジャイル開発やスクラムを実践していく中で直面する悩みの解決策や、実践していく上での具体的な戦略が散りばめられていて、実務の中でアジャイル開発を実践する際に大きな手助けとなりました。

特にスクラムチームにおけるマネージャーの役割や、リリースプランニング(長期計画)を立てる上での考え方、「作業効率」をどう捉えるかについては、これまで自分が採用してきたプロセスの問題点や転換していくための方法が具体的に記載されており、非常に役立ちました。

本書に出逢わなければアジャイル開発やスクラムは理想論であり現場で実践するのは不可能だと考えて、現在の出逢いや今の仕事につながっていなかった可能性も高いと思います。

アジャイル実践者の方にはロールを問わずぜひ読んでほしいと自信を持っておすすめできる書籍ですし、著者はもちろんのこと、本書を和訳してくださった翻訳者の方々に心から感謝したいです。

【プロフィール】
シンプレクス株式会社に新卒入社。証券系のミッションクリティカルなソフトウェア開発にエンジニアとして携わる中でアジャイル開発やエンジニアコミュニティに出逢い、以後アジャイル開発関連のコミュニティを中心に1,000回/年程度のペースで参加しながら、コミュニティの様子などを扱うプロダクト開発関連の情報発信ブログを1,300日連続で執筆している。
現在はコミュニティ経由で転職したデロイトトーマツコンサルティング合同会社に所属し、47機関と呼ばれるチームの中でアジャイルコーチ等の活動をしている。

五十嵐邦明が紹介『Rubyレシピブック 第2版 268の技』

https://www.sbcr.jp/product/4797340044/

Rubyで仕事を始めて15年が経ち、ありがたいことにRubyのおかげで日々楽しく仕事ができています。私は『Rubyレシピブック 第2版 268の技』という逆引き本でRubyのコードを書き始めました。逆引き本は「これをやりたいときはどんなコードを書けばよい?」に答えてくれます。やりたいことを日本語で作文して、逆引き本でコードを調べて組み合わせればRubyのコードが手に入るというわけです。

いま、Rubyを学ぶ方はRailsアプリを書くために学ぶという方がほとんどだと思います。それ以外にも、日常のちょっとした作業を短いコードを書いて解決できるのもRubyの魅力です。たとえば「テキストファイルを1行ずつ読み込んで、加工して、新しいテキストファイルとして書き出す」は当時たくさん書きました。

私が読んでいた『Rubyレシピブック』は古くなりましたが、これを書いている2024年9月時点で最新のRuby3.3に対応した『Ruby コードレシピ集』が発刊されています。

短いコード片でやりたいことを実現できること、それを一番手軽に学べるのが逆引き本ではないかと思います。逆引き本を片手にプログラミングを楽しんでみるのはいかがでしょうか。

【プロフィール】
フリーランスのRailsエンジニア。プログラミングスクール「フィヨルドブートキャンプ」顧問。著書に『ゼロからわかる Ruby超入門』(技術評論社)、『Railsの教科書』(達人出版会)、『パーフェクトRuby on Rails[増補改訂版]』(技術評論社)、『RubyとRailsの学習ガイド』、『Railsの練習帳』ほか。ガーネットテック373株式会社 代表取締役社長。

IPUSIRONが紹介『CODE コードから見たコンピュータのからくり』

『CODE コードから見たコンピュータのからくり』は、おすすめの本であると同時に、いつかこういう本を書きたいという意味で私のキャリアに影響を及ぼした一冊です。今でも繰り返し読んでおり、そのたびに新しい発見があります。

この本は、電球の点灯から始まり、電磁石やリレースイッチ、NANDゲートやフリップフロップといったデジタル回路の話へと進み、最終的には簡単なCPUを作り上げるという内容です。似たコンセプトの本は他にもありますが、本書ほど丁寧に説明している本は少ないと言えます。

良書は古今東西にわたってたくさん存在します。私自身、これまで多くの良書に出会ってきました。しかし、同じ読者でも読む時期によって、特定の本を良書と感じるか否かが変わることがあります。そういう意味では、年齢やスキルの違いを越えて万人におすすめできる本は一握りしかありません。本書はその限られた一握りに属していると言えます。コンピュータに興味を持つ子どもから、現役のエンジニアまで、幅広い層におすすめできる一冊です。

読書の観点では、本書は「技術だけでなく教養としての知識も得られる」「幅広い読者層に対応している」「何度読んでも純粋に面白い」「親子で楽しめる」「余裕がある人は実際に作ってみることができる」といった特徴があります。一方、文筆家の観点では「内容が普遍的なので長期にわたって売れ続ける」「全世界で翻訳される」「改訂のたびにパワーアップやブラッシュアップしやすい」といった特徴があり、私にとっては目標とする一冊です。

余談ですが、私はXで本書を何度も紹介しており、拙著『ホワイトハッカーの教科書』(C&R研究所)でも「モチベーションアップ間違いなしの本」として紹介しました。本書は、これまでは絶版となっていて、紙書籍の入手が困難でしたが、2024年にパワーアップして第2版が発売されました。これにより、今後は書店から選書のお願いが来た際に本書を堂々と紹介できるようになり、うれしい限りです。

紙書籍が入手困難な場合、書店の選書として紹介しづらいという事情がありました。なぜなら、書店が選書フェアを開催する目的は、新刊を出したその著者が推薦する本を紹介し、それらの本の売上げを伸ばすことにあるからです。つまり、たとえおすすめされたとしても、紙書籍がなければ陳列できず、結果的に除外されることが多かったのです。

【プロフィール】
情報セキュリティ、物理的セキュリティ、人的セキュリティを総合的な観点から研究し、執筆を中心に活動中。
主な著書に『ハッキング・ラボのつくりかた 完全版』『暗号技術のすべて』(翔泳社)、『ホワイトハッカーの教科書』(C&R研究所)、『ハッカーの学校 鍵開けの教科書』(データハウス)などがある。
近年は執筆の幅を広げ、同人誌では『シーザー暗号の解読法』『ハッキング・ラボで遊ぶために辞書ファイルを鍛える本』、共著には『「技術書」の読書術』(翔泳社)と『Wizard Bible事件から考えるサイバーセキュリティ』(PEAKS)がある。翻訳には『Pythonでいかにして暗号を破るか 古典暗号解読プログラムを自作する本』(ソシム)、監訳には『サイバーセキュリティの教科書』(マイナビ出版)がある。
一般社団法人サイバーリスクディフェンダー理事。
X:@ipusiron
ブログ:Security Akademeia

岩成達哉(Nari)が紹介『ザ・プロフィット』

大学院在学中に参加したインターンシップで、メンターから紹介されたのが『ザ・プロフィット』でした。この本は、ビジネスに欠かせない「利益」の本質を23個のモデルを通して説明していますが、【「利益とは何か」を知りたいと願う若者スティーブが、「ビジネスで利益が生まれる仕組みを知り尽くした男」チャオ氏に、8カ月のレッスンを通して利益について学ぶ】というストーリー形式になっているのが面白いです。

当時の私は、ものを創るための技術が純粋に好きで、ソフトウェアエンジニアとしてインターンシップに参加していました。そんな私に、この本は「ああ、ビジネスモデルを考えるのって面白いんだなあ」という気づきを与え、「自分が創るものがどう価値を生み出すか」というさらに深い問い・ビジネスへの興味につながる種をまいてくれた一冊です。著者の狙い通りだと思うのですが、利益モデルを細かく厳密に示すのではなく、ストーリーという形式で説くことが、まさにこの「種をまく」のにちょうど良い読みやすさを生み出していました。

私は難しい問いを解くことと、問いの対象(課題空間)を広げることが好きなのですが、これはまさに自分を広げてくれたうちの一冊です。

【プロフィール】
株式会社estie 取締役CTO。
松江工業高等専門学校で情報工学を学び、高専在籍時に開発したプログラミング教育教材をもとにして東京大学工学部在学中に起業。修士課程修了後Indeed Japanに入社し、ウェブ上の求人募集情報を集めて提供するデータパイプラインの開発に従事。2020年10月にestieへVP of Productsとして参画し、2021年8月にCTOへ就任。開発部門を統括してプロダクト連携の設計や、新規プロダクト開発、プラットフォーム構築を主導。直近では、AI領域の立ち上げに取り組む。
X:@tiwanari

江部隼矢が紹介『Getting Real: The smarter, faster, easier way to build a successful web application by 37signals.』

この本は、BasecampやRuby on Railsで有名な37signalsの創業者たちによって書かれ、ソフトウェアプロダクトの開発に対する彼らの哲学が説かれています。

この本に出会ったおかげで私はSIからWeb事業開発にシフトすることを決め今に至っており、まさに私のキャリアに大きな影響を与えた本です。 特に深く共感したポイントを挙げると、

  1. シンプルさの追求
    機能を増やすよりも、ユーザーに本当に必要な機能を優先し、無駄を排除することが大事

  2. エンドユーザー中心の開発
    ユーザーにとって価値のある機能を最優先に開発し、社内の都合や複雑なプロセスに惑わされてはならない。常に顧客の視点に立ち、彼らが実際に使う場面を想定すべし

  3. 小さくスタートして改善
    プロジェクトは小さく始め、必要に応じて拡張していくべき。プロトタイプから始めてユーザーのフィードバックをもとに改善を重ねるべし

  4. チームの自主性を尊重
    管理は最低限にとどめ、チームメンバーが自律的に動ける環境を整えるべし

システムベンダーの立場でシステム開発に携わっていた中で、本当に自分の仕事がエンドユーザーにとって価値あるものを届けられているのか自信を持てず悶々としていましたが、この本に書かれていることに深くインスピレーションを受け、まさにこういう仕事がしたい!と強く思ったことを覚えています。 そして、それを実践するには自分でそれが可能な環境を作っていくしかない!と一念発起していろいろと行動を始めたところから、アソビューの立ち上げにつながりました。

【プロフィール】
大手SIにてエンジニアとしてのキャリアをスタート。大手企業向け案件を中心に、サービス・技術共に多様な分野での開発を経験したのち、2012年、カタリズム株式会社(現アソビュー株式会社)に1人目のエンジニアとして参画。初代CTOに就任しアソビュー!の事業立ち上げを実施して以降、2024年6月までプロダクト開発チームの総責任者として100人規模の組織に成長させる。2024年7月からは事業責任者として海外事業立ち上げを担当している。

篠塚史弥が紹介『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』

テックリードやエンジニアリングマネージャー、CTOを経験された方の中には、現場でのエンジニアリングスキルが評価され、その後マネジメントポジションを任されるようになった方も多いのではないでしょうか。わたしもそんな1人です。個人としてではなく組織として成果を上げるためには発想の転換が求められますが、この本はそのような気づきを与えてくれた一冊です。

本書は京都大学で総長を務められた山極先生が、ゴリラの研究のフィールドワークを進める中で得られた学びから、社会の中で人と協調していくために必要なこと・心掛けが書かれています。『サピエンス全史』、『モラルの起源』、『野生の思考』のような文化人類学の書物と日常生活の間を埋めてくれる本という位置付けで本書を読みました。

味方を作るより敵を作らない、ゴシップが共同体の規範を作るなどの考え方が紹介されますが、中でも1番の気づきとなったのは「自分の時間を生きようとするから忙しくなる。人の時間を一緒に生きる」といった考えです。

マネジメント業務が続き、日々数字やテキストによる報告を見ている中で「いかに効率よく組織をマネジメントするか」ばかりに気を取られてしまっていましたが、「ちゃんと人と向き合おう」と思うきっかけとなりました。組織マネジメント、リーダーシップについて学んだけれど、組織を構成する「人」についてもっと理解したい方におすすめの本です。

【プロフィール】
株式会社LayerX AI・LLM事業部にてエンジニアリングマネージャーとして生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」の開発、マネジメントに従事。生成AIで自身の仕事をなくすことも密かにもくろむもまだ道半ば。
元株式会社FiNC Technologies CTO。
X: @shinofumijp

杉浦正明が紹介『ハッカーと画家』

作者のポール・グレアムは元々は起業家で、自身の会社をYahooに売却後にVenture CapitalであるY Combinatorを共同設立し、多くの成功企業(Airbnb、Stripeなど)に投資を行っている人物です。特に彼の「普通のやつらの上を行け」というエッセイが好きで、今までのスタートアップ人生でくじけそうなときに何回も読み返して勇気をもらいました。

このエッセイには、「スタートアップが普通のやり方をしたらつぶれる。なぜなら90%以上のスタートアップはつぶれるから。生き残りたいなら、何か変わったことをしなければならない」といったことが書かれています。

スタートアップでのプロダクト作りは孤独です。自分たちの仮説を信じ、キャッシュが尽きる恐怖と戦いながら、高速に開発を進めなければなりません。そもそも前例のないことをやろうとしていて、誰もが自分たちのプロダクトや進め方を認めてくれるわけではありません。

本当に今のやり方でいいのか、もっと普通のやり方をした方がいいのでは?という誘惑に駆られるのですが、そのたびにこのエッセイを読んで、自分が信じる道を進んでもいいんだという勇気をもらい前に進むことができました。感謝をしたい一冊です。

【プロフィール】
シンプレクスにて大手証券会社向けプロジェクトのマネージャーを歴任。その後、Talknoteに取締役CTOとして参画し、サービスの拡大に貢献。2014年にユーザベース入社、2016年にNewsPicks 取締役CTOに就任し、事業拡大に貢献。2020年よりUzabase USA CTOとしてSPEEDA Edge事業を立ち上げ、アメリカ市場開拓に従事。2024年9月よりCADDiに参画。

星北斗が紹介『モダンオペレーティングシステム 原書 第2版』

OSとは何か、その設計や構造、役割を説明するだけではなく、「なぜ」それが必要になったかという歴史の部分までを実用されたOSの例も交えながら解説してくれる本です。自分がこれまで触ってきたOSを思い浮かべながら学ぶことができました。

私がこの本を読んだのは大学生の頃です。1,000ページに近い分量で、内容も濃いため当時の自分だけでは読み切れず、研究室の友人たちと輪読という形で読み切った、思い入れのある本です。この本で学んだ「なぜ」の部分が、Webエンジニアリングの世界に進んでしばらく経った今でも、自分を助けてくれています。我々が扱うソフトウェアの大部分はOSなしには動きません。OSが隠蔽されたサービスを利用することも今では当たり前になっていますが、その仕組みやOSの「気持ち」を知っておくことで、より良い課題解決につながることが確かにあると感じています。

原著に対して、日本語版は第2版までとかなり古い版ではありますが、この本でOSの根幹や歴史をまず理解した上で、より近代のOSについて学ぶといった形でも、十分に役立つのではないかと思います。なかなか入手しにくいですが、機会があればお手に取ってみてください。

【プロフィール】
株式会社LayerX 部門執行役員CISO。2013年に新卒としてクックパッド株式会社に入社し、インフラとセキュリティを守備範囲とするエンジニアとしてキャリアを始める。SREやコーポレートエンジニアリング組織の立ち上げ、技術本部長、イギリス支店への出向などを経て2023年にCTO兼CISO。2024年1月にLayerXに入社し、7月より現職。AWSとログと料理が好き。
X: @kani_b

松本宗太郎が紹介『誰のためのデザイン?』

製品デザインについて認知科学のバックグラウンドから丁寧に原理原則を論じた『誰のためのデザイン?』は、この分野での古典であり、デザインを学ぼうとしたときには、最初に読むよう勧められることが多いのではないかと思います。1990年に発表された本ですが、いまだに色あせることなく重要な書籍であり続けています。

……ということになっていますが、でも、実際のところはどうでしょう。21世紀になって、普通に日本で育った大人が、日本で暮らしていて、この本の価値を感じることは正直なところあまりないだろうと思います。大体のものは既に十分に使いやすくなっているか、既に使い方を習得しています。

しかし、アメリカを訪れたときに、この本の偉大さがわかってしまいました。普通に回しても着火しないガスコンロ、温度調節と水勢調節が一体化したシャワーのハンドル、ランダムに配置されたエレベーターの呼び出しボタン。普通に日本にもあるものがうまく使えず、混乱した頭で「(この本の著者である)ドナルド・ノーマンを輩出した国はひと味違うな」と感じ入ったものでした。

(私が読んだのは1990年の版ですが、2015年に新版が出ており、全体的にアップデートされているそうなので、そちらを読むとまた印象が変わるかもしれません。)

【プロフィール】
Rubyコミッター。大学院でRubyプログラムの型検査の研究に取り組み、修了後はスタートアップでiPadアプリ・Webアプリの設計・開発に従事。2017年から型検査ツールSteepの開発を始め、2019年からはRubyコミッターとしてRuby標準の型定義言語RBSの開発を主導する。2024年4月、タイミーにフルタイムRubyコミッターとして入社。博士(工学)。

編集:中薗昴