コロナ禍・逆境からの立ち上げを経て、人気カンファレンスへ。Kaigi on Rails運営の裏側

Kaigi on Railsは「初学者から上級者までが楽しめるWeb系の技術カンファレンス」です。その名が示すとおりRuby on Railsを話題の中心に据えたカンファレンスでありつつ、フロントエンドや各種プロトコルといったWebに関する知識全般についても扱います。今年は10月25日・26日にオンラインとオフラインのハイブリッド形式にてカンファレンスが開催されます。

いまやRuby on Railsのユーザーにとって定番となったこのカンファレンスですが、その立ち上げは決して順風満帆ではありませんでした。初の開催は2020年。世の中がコロナ禍真っただ中で、かつオンラインカンファレンスのノウハウも現在ほど蓄積されていない時代に、運営メンバーたちは試行錯誤しながらKaigi on Railsを立ち上げたのです。

今回はKaigi on Railsチーフオーガナイザーの大倉雅史さんとオーガナイザーのうなすけさん、okayuさんに、カンファレンス立ち上げと運営の経緯やKaigi on Rails 2024に向けての意気込みなどを聞きました。

「おぎじゅんさん、Kaigi on Railsという名前を使ってもいいですか」

――いよいよKaigi on Rails 2024の開催が今週末に迫り、楽しみですね。今回のインタビューでは、まず本カンファレンスが発足した経緯について聞かせていただけますか?

大倉:立ち上げは私が行ったので昔の話をすると、2019年にいろいろなカンファレンスのオーガナイザーをしていたんですよ。Rails Developers MeetupとVimConf、Tama Ruby会議、RubyKaigiのヘルパーの合計4つかな。いま思い返すと「なんで、こんなにたくさんやっていたんだ」と不思議なんですが(笑)。でも、たくさんやったことでノウハウが貯まって、自分にもカンファレンス運営は可能なんだとわかってきました。

その後、残念ながらRails Developers Meetupが2019年で終了しました。これにより、Ruby on Railsに特化したカンファレンスがなくなってしまったので、自分自身が新しいカンファレンスを立ち上げようと思ったんです。でも、RailsKaigiという名前にしようと考えていたものの、すでにそのドメインは他の方によって取得されていました。

困ったなあと思い、RubyKaigiチーフオーガナイザーの松田明さんに相談したところ「良いアイデアがある」と返答してくれて。RubyKaigi創始メンバーのひとりである、おぎじゅん(荻野淳也)さんが経営していた喫茶店・猫廼舎*1に、私は連れていかれたんです。店内でおぎじゅんさんがコーヒーを入れていて、RubyKaigi創始メンバーの高橋征義さんが座っていました。

大倉雅史さん

――そうそうたるメンバーがそろっていますね。

大倉:松田さんと高橋さんがコーヒーを飲みながら、「おぎじゅんがKaigi on Railsという名前を考えたことがあるから、それがいいんじゃないか」と勧めてきて。その場で私が「名前を使いますけれどいいですか」と確認したところ、おぎじゅんさんは「どうぞどうぞ」と。これが2019年の秋ですね。そこから他のオーガナイザーたちに声をかけていきました。

うなすけ:ここにいる3名は、初回のKaigi on Railsから運営に携わっているメンバーですね。他にも複数、初回から今回までオーガナイザーを務めている人たちがいます。

大倉:うなすけはもともと知り合いで「Kaigi on Railsを運営するなら、呼ぶよね」と思っていました。理由を覚えていないんだけど、どうしてだったんだろう(笑)。でも、すごく信頼していたのは確かです。okayuさんともう1人のメンバーが2人で一緒に入って、私はこの2人とは初対面だったんですよね。

okayu:当時は2人ともエンジニア歴が浅かったんですけれど、もう1人のほうがカンファレンス運営にすごく興味があって、「やってみようよ」と言っていたんですよ。私はカンファレンスに参加したことがなかったんですが、どんなものか知りたい気持ちが強くて、運営に加わることにしました。

唐突に訪れたコロナ禍。カンファレンスは開催できるのか?

――そこから、2020年になるとコロナ禍が始まるわけですよね。

大倉:そうなんですよ。運営メンバーの顔合わせは2020年2月で対面だったんですが、その次の3月のミーティングはもうオンラインに切り替えました。私は「オンライン形式でもいいから実施しよう」と考えていたものの、当時はオンラインカンファレンスを実際に運営したことのある人は、オーガナイザーのなかに誰もいなかったんですよね。

――その状況で、カンファレンスそのものを中止する選択肢は考えなかったのですか?

大倉:コロナ禍の時期に「2022年くらいまでは、対面での接触をなるべく避けて生活しなければならない」という方針になっていたじゃないですか。その話を聞いたときに、カンファレンス開催を数年単位で中断して、2023年にもう一度このオーガナイザーたちを集めるのは無理だろうと思ったんですね。だからこそ、オンラインカンファレンスの運営ノウハウは確かにないけれど、2020年のKaigi on Railsは絶対に開催しようと決めました。

okayuさんは初回からかなり大変だっただろうと思います。私を含めた他のオーガナイザーたちは他の技術コミュニティに参加したことがあって知見も持っている状態で、それをオンラインに転用するという感じだったんですが、初めてのカンファレンスがオンラインだと手掛かりがなかったでしょうからね。

okayu:最初は何をどうすればよいのか、確かによくわからなかったですね。

大倉:私たちも、フォローできるほど余裕があったわけでもないですから。本当によくがんばってくれました。

――そんな大変な状況のなか、配信を円滑に行うために工夫されたことはありますか?

うなすけさん

うなすけ:運営内で、誰かの自宅と他の誰かの自宅という、2箇所の拠点から配信を行う方針にしたことですね。オンラインのKaigi on Railsは、ZoomとOBS Studio(以下、OBS)とYouTubeを組み合わせた配信によって開催しました。登壇者にはZoomの部屋に入ってもらい、そこから映像をOBSに流し込んで画作りを行い、YouTubeへ配信するという構成です。

この形式だと、仮に配信担当者の自宅のネットワークにトラブルがあって画面表示が途切れたら、視聴者が何も視聴できなくなってしまいますよね。そこで、登壇者とオーガナイザー2人が同じZoomの部屋に入って、同じ画面を表示できる状態にしながら配信する。もし万が一メイン配信にトラブルがあれば、サブ配信のURLを告知して続けられるようにしました。

大倉:実は、オーガナイザーのなかにうなすけともう1名、配信のノウハウを持っているメンバーがいたんですよ。それもカンファレンス運営にはプラスになりました。もしこの2人がいなかったら、オンラインでの開催はそもそも不可能だったかもしれません。

この体制だと配信担当者が常にパソコンの前に張り付いている必要があって大変なので、配信拠点となる担当者の家に他の誰かが足を運んで負担を軽減するようにしました。うなすけの家には誰が行っていたんだっけ?

うなすけ:実は、私のところには誰も来たことがない。片付けができないから、人を呼べる家じゃなくって(笑)。

大倉:そんな理由だったの(笑)。

最初の年に「Kaigi on Railsらしさ」が定まった

――そうして2020年のKaigi on Railsを無事に終えられたわけですが、この年の手応えはいかがでしたか?

大倉:初回だったにもかかわらず、コンテンツがすごく良かったですよね。バランスのとれた登壇者になっていました。基調講演はアーロン・パターソンさんや松田明さんという有名人に担ってもらいつつ、Rubyコミュニティにおいて名を知られている方々にも多数登壇してもらいました。

また、オンラインならではの強みで動画に字幕をつけることができるので、海外からlulalalaさんに登壇してもらうという取り組みを初回から実施できました。それに、ベーたさんのように他のカンファレンスで過去にあまり登壇してこなかった人にも出てもらったことで、登竜門的な場所にもなって。カンファレンスとしての方向性が定まりました。

※2020年に開催された「Kaigi on Rails STAY HOME Edition」のタイムテーブルはこちら

うなすけ:1回目を実施できたというのが、カンファレンス運営においてはかなり大きいですよね。これで、運営のベースになるものを築けたという。その後の2021〜2022年のオンラインカンファレンスは、企業ブースを設置するとか懇親会をやってみるなど、初回の内容をベースにしつついろいろな要素を付け加えていきました。

大倉:オンラインの懇親会にはSpatialChatというツールを使ったんですが、すごく有効でした。Zoomなどでの懇親会だと、どうしても「特定の人たちだけが話していて、他の人たちはそれを聞いている」という図式になりがちじゃないですか。でも、SpatialChatはオンライン上で「近くの人と話す」という体験を実現しているツールなので、オフラインの懇親会に近い雰囲気なんですよ。

――翌年以降のカンファレンス運営について、印象的なことはありますか?

うなすけ:最後のオンライン開催である2022年は特に思い出深くて、配信の画作りの仕組みを変えたんですよ。2020年と2021年は、ZoomのデスクトップアプリとChromeから参加しているZoomの画面を、登壇者の共有している画面と登壇者のカメラ映像に割り当てて、それぞれの映像をOBSでウィンドウキャプチャしたものを配信レイアウトに流し込んでいました。

ですが、この方式だと登壇者が切り替わるタイミングで注意を払わないと、レイアウトが崩れてしまう可能性があります。この問題を解決するために、2022年からはNetwork Device Interface(以下、NDI)を用いようと、Zoom Roomsを導入しました。

まず、独立したWindowsのパソコンでZoom Roomsをホストします。そのZoom Roomsに入っている登壇者の共有している画面と登壇者のカメラ映像のそれぞれを個別にNDIで出力し、OBS側ではそれらをobs-ndiで受け取って、安定したレイアウトを実現できました。

また、カンファレンス中に私のパソコンが万が一動作を停止してもトラブルにならないように、Google Cloud上にGPUを追加したインスタンスを起動して、OBSからの配信はそこから行いました。

大倉:okayuさんはたぶん2023年が印象に残っているんじゃない?ようやく初めてのオフラインカンファレンスに参加したという。

okayuさん

okayu:そうなんですよ。初めてオフラインでみなさんと会えて、とにかく「楽しい!」という気持ちで。カンファレンスでは案内のための看板を持つ仕事をしましたが、すごくウキウキしながら取り組んでいました。どうしてもオンライン開催だと有名な人に声をかけるのに勇気がいるんですけれど、オフラインだともっと気軽にいろいろな人に話かけられますよね。

大倉:私も2023年には会場でみなさんとお会いして「やっぱりカンファレンスってこれだよな」と実感しましたね。okayuさんには看板を持って最寄り駅の入口に立ってもらい、私は会場の入口に立ちました。RubyKaigiにおいて、角谷信太郎さんやおぎじゅんさんがやっている役割ですね。「会場はこっちでーす!」と声をかけるという。

Kaigi on Rails 2024に向けて

――Kaigi on Rails 2024における新たなチャレンジはありますか?

大倉:新しい試みはワークショップですかね。例年のKaigi on Railsは基本的にセッションを視聴するのみでしたが、今回は「Rackを理解しRailsアプリケーション開発の足腰を鍛えよう」という、参加者が手を動かして学べる催しをします。

うなすけ:ものすごく人気があって、すでに定員に達しているんですよね。余談ですが、このワークショップについての告知ポストをしたのは、夜中の22時くらいだったんですよ。「深夜の投稿だったから、次の日の昼ごろにリポストしたほうがいいよな」と思っていたんですが、次の日にふたを開けるとすでに定員の半分以上が埋まっていました。

大倉:他のカンファレンスなどでもやはりワークショップは人気があるそうで、たとえば今年のRubyConfでは、3日間カンファレンスがあるうち2日目はすべてワークショップらしいですよ。

他の工夫としては、これは当日まで秘密にしておきたいので詳細は語れないのですが、会場に物が増えて華やかになっています。あと、昨年もそうでしたが今年もおぎじゅんさんが会場でコーヒーを入れて、みなさんに振る舞ってくれます。オーガナイザーのみんな、すごく「今年もおぎじゅんさんのコーヒーを飲みたい!」と言っていたよね。

基調講演についても少し触れると、1日目はPalkanさんに登壇してもらいます。RubyKaigi 2024にも登壇し、Ruby on Rails関連だとAction Cableの実装も担っている人です。『Layered Design for Ruby on Rails Applications: Discover practical design patterns for maintainable web applications』という本を書かれているので、この内容に関連した発表をしてもらいます。

彼とのつながりに関する話をすると、私の作ったalbaというライブラリがその本で紹介されているんですよ。RubyKaigi 2024でPalkanさんと一緒にランチを食べた後、帰り道でこの本についての話をしていたんですが「albaを取り上げているんだよ」と彼が言ったので「え!それは私が作ったライブラリだよ」とびっくりして。彼も、私が作ったということを知らなかったそうなんですね。そうした縁もあり、今回めでたく基調講演をしてもらえることになりました。

2日目の基調講演は島田浩二さんです。株式会社えにしテックという会社を経営されていて、一般社団法人日本Rubyの会の理事でもあります。『Ruby on Railsパフォーマンスアポクリファ』『Rubyのしくみ』『なるほどUnixプロセス』『Ruby逆引きレシピ』など、数多くのRubyとRuby on Rails関連の書籍の翻訳をされています。日本のRubyとRuby on Railsのコミュニティに多大なる貢献をされてきた方です。

過去のミーティングの議事録などを見ながら「こんなことあったね!」と笑い合う3人

――今年もとても楽しみな内容になっていますね。それでは最後に、今週末に開催されるKaigi on Rails 2024の意気込みをお願いします!

大倉:Kaigi on Railsは、Ruby on Railsを仕事で使っているみんなが参加できて、かつ学びを持ち帰れることを大切にしています。単に「楽しかった」というだけではなく、参加者のエンジニアとしてのキャリアを豊かにすることにつながればと思っています。

さらに、Kaigi on Railsをコミュニティの入口にしてほしいです。これを機に、会場で友だちをたくさん作ったり興味の幅を広げたりして、他のカンファレンスにもぜひ参加してほしい。今年は会場が広くて参加者も多いですし、交流のための休憩場所もあるので、ぜひ人間関係も豊かにしてもらえたらうれしいです。

うなすけ:先ほど話したワークショップもそうですが、毎年何かしら新しいチャレンジをしています。実は、来年に向けての布石も準備をしているので、毎年新しくなっていくKaigi on Railsを楽しんでください。

okayu:私は去年のKaigi on Railsでだいぶオフラインカンファレンスの雰囲気がつかめたので、今年はもっと積極的に他の方々に話しかけていきたいです。ぜひ、会場にいらっしゃる方々からも話しかけてもらいたいですし、コミュニティのつながりを広げていきたいと思っています。

取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子

*1:荻野さんは現在は専業のエンジニアですが、かつて喫茶店を経営されていました。