スクラムマスター往復書簡 第2回:組織に影響を及ぼせるようなスクラムマスターになっていくには?

記念すべき最初の往復書簡は、アジャイルコーチとして多くの現場を支援されている中村洋さんと進めていきます。今回は、スクラムマスターにとって重要なテーマ、「組織に影響を及ぼせるスクラムマスターへの成長」について掘り下げたいと思います。



組織全体に効果的に働きかけるスクラムマスターになるには?

From: 天野

記念すべき最初の往復書簡は、アジャイルコーチとして多くの現場を支援されている中村洋さんと進めていきます。今回は、スクラムマスターにとって重要なテーマ、「組織に影響を及ぼせるスクラムマスターへの成長」について掘り下げたいと思います。

私自身、マネージャーとしてスクラムマスターの成長支援に携わる中で、しばしばこの課題に直面します。具体的には、 #ScrumMasterWay で言うところのレベル2,3への飛躍をいかに実現するか、という点です。

スクラムマスターの多くは、チーム内でのスクラムの基本要素の導入から始めます:

  • プロダクトバックログなどの作成物の整備
  • スプリントプランニングやデイリースクラムなどのスクラムイベントの進行
  • 障害物の管理と除去
  • ベロシティの安定化

これらの活動を通じて、スクラムマスターとしての基礎的なスキルを習得していきます。

しかし、この段階では視点がチーム内に限定され、チームの一員として世界を捉えています。チームを超え、組織レベルでのインパクトを生み出すには、チームの外の視点を獲得する必要があります。これが、スクラムマスターの成長における最大のハードルではないかと私は考えています。

ステークホルダー、マネージャー、経営層の視点を理解し、さらに一歩引いて組織全体をシステムとして捉え、効果的に働きかけられるようになるにはどうしたら良いでしょうか。

From: 洋さん

組織に効果的に働きかける前に、そもそものきっかけが必要と考えています。そのようなきっかけは少なくとも2つはあります。1つは上司やメンター、コーチなどからの問いかけやアドバイスが1つ。もう1つはチームの課題から発生するものです。

前者は1on1(私は雑な相談ということで雑相/ざっそうと呼んでいますがが)などでそのスクラムマスターの様子や今立っている場所、見えているものの様子から上司などが、組織(チームの外側)に目を向けてみることを示唆したり、背中を押したりするというものです。

後者はチームの日常の様子、会話、またふりかえりなどで組織に働きかけ何らかの影響を及ぼし、チームと組織との関係性にアップデートすることが必要であることに気づくことがそのきっかけになります。

では、いざ組織に影響を及ぼそう、効果的に働きかけようと思ってもなにからしたらいいかわからなく立ちすくむスクラムマスターも多いです。私がそういうスクラムマスターによく伝えているのは「組織といっても、一人一人の集まりなんだから、その人たちがなにを見ているのか考えているのか、なにをしているのか、観察したり対話してみたら?」ということです。
もう1つ伝えることは、自分のこれまでの考えを当てはめたり、判断することを少しだけでいいので留保することです。

要するに"相手のことを知ろう"ってことですね。文字にするとすごく短いしシンプルなんですが実際にやろうとすると難しいと感じることもあるようです。
スクラムマスターにとって、スクラムチームの開発者やプロダクトオーナーは共にプロダクトを作る仲間であり、チームが取り組んでいる事柄について自分自身もそれなりに知っているという状況が多いです。一方、組織は、自分にとって未知のものと認識することがあります。そして人は未知なものに対しては、自分のこれまでの経験から推測していろいろ判断していく傾向にあります。

なので、前述したように、「まず相手を知ること」と「判断を留保すること」の2つが最初の一歩と伝えることが多いです。

で、この2つを具体的にやっていくにはどうするか?という話になるのですが、いったんここまでのところで天野さんはどうお考えですか?

「相手を知ること」と「判断を留保すること」の難しさ

From: 天野

ありがとうございます。どれもすごく身に覚えがあります(笑)。

自分自身を振り返ると、当時のメンター・コーチからよく聞かれた「なぜそのやり方でやっているのか?」という問いかけにはっとしたことを覚えています。自分なりにこのやり方がベストだと思ってやっていたことが、改めて「なぜ」と問われると全然答えられないことにショックを受けました。それ以来、自分の意見にはどんな根拠や合理性があるのか、自分の好みを人に押し付けているだけになっていないか、常に自分に問うようになりました。

相手を知ることと判断を留保することはどちらも大切なことだと思いますが、個人的には「判断を留保すること」がとても重要でした。というのも、以前の私は物事をパッパッと素早く判断・評価する傾向が強かったのです。判断が早いことは物事を進める上では有利に働くこともありますが、スクラムマスターが組織に働きかける上では逆効果だと考えます。

判断が早いことは、目先の問題に振り回され飛びついてしまうことに繋がります。システムに働きかけるということは、問題を生み出すプロセスに働きかけることだと思います。私のスクラムマスターとして重要な気づきのひとつに、「問題が見えるところに原因はない」というものがあります。問題に飛びつきたくなる衝動を抑え、何が起きているかを見極めるためには、判断を留保することがとても大切なのだと学びました。

改めて、スクラムマスターにとって重要な最初の一歩である「まず相手を知ること」と「判断を留保すること」を実践するために、洋さんはどんなことを意識していますか?

From: 洋さん

少し話はそれるかもしれませんが、天野さんがご自分のことを「物事をパッパッと素早く判断・評価する傾向が強かった」と語っているのを見て思ったことです。それは自分の特性や傾向を知っておくことも大事ということです。

人それぞれの過去の経験や主義、価値観のようなもの、またはシンプルに好ましく感じるかといったことがいろいろな判断に関わってきます。これ自体は人間なので自然なことですが、気がつかないうちにある特性に強く影響を受けた判断になり、それがシステムに偏った影響を及ぼすこともあります。

この自分の特性やそれがどのように自分の判断に影響を及ぼすか知っておくというのは組織に働きかけるようなスクラムマスターになるのに必要な要素の1つだと思います。

話を戻すと、「まず相手を知ること」ですが、これはシンプルに観察することと相手に好奇心と敬意を持って話を聴くことかなと思います。相手の言動を観察しているとその言動の裏にある選択や意思決定が垣間見えることもあります。また1on1や立ち話で、相手がある意思決定をした際にどんな判断基準を持っていたのか?それをどのような重み付けで活用したのか?といったことを聞いたりします。

ベタなことですが、こうすることで自分の中にはなかった相手の意思決定の物差しがわかり、繰り返すことで「相手を知ること」ができていくと考えています。

これについて注意点があります。それは、どこまでいっても相手のことを"完全に"知ったつもりにならないということです。当たり前ですが、違う経験を持っていますし、相手にしても自分の考えを完全に表現できるわけではありません。なので、「こういう考え方をする傾向にあるなぁ」くらいの捉え方がいいと思います。

「判断を留保すること」の難しい点は、経験があればあるほど「あ、この人の言っているXは(自分の知っている)Yと一緒だ」と素早い判断ができてしまうことだと思います。私はこの現象を"早すぎるマッピング現象"と呼んだりしています。で、これをどう防ぐかですが、難しいですよねぇ。私も難しく感じています。

そんな中でも自分が意識したり、伝えていることは、頭に浮かぶのは仕方がないことなので浮かんだら一度場をストップしてでも片隅に追いやるようにするということが1つです。相手との関係性によりますが、正直に「今、少しごちゃごちゃしているので整理時間を3分ください」とか言ってもいいと思います。それができなくても自分の手元のメモ帳に自分の考えをいったん吐き出すだけで片隅に追いやることができるかもしれません。

もう1つはいったん相手にそのマッピングを確認してみるということです。わかった気になって確認せずにそれを前提とするのではなく、あえて「XとYはこの点で同じように感じるけどどう?」と伝えてみます。その対話の中で相違点が見つかったり、自分が思い込んでいたりしたことが見えてきて理解の形が変わっていくこともあります。

ただ、この2つは私も難しいなぁと感じることで、スクラムマスターの成長を支援するような時でも「自分もうまくやれていないけど…」と言いながら一緒に取り組んでいるトピックですね。

スクラムマスターとして成長していくには

From: 天野

相手を知ることも判断を留保することも、どちらも完全にはできないことを受け入れることが重要なのだと思いました。完全に相手を知ることもできないし、完全にバイアスのない中立な立場に立つこともできない。自分がどこかに偏っている可能性を認めた上で、相手を知り判断を留保する姿勢を保つ努力を続けたいですね。

最後に、成長の過程のイメージを膨らませたいと思います。「まず相手を知ること」と「判断を留保すること」の一歩を踏み出したスクラムマスターが、今回のテーマである組織に影響を及ぼせるスクラムマスターに成長する過程はどのようなものになるでしょうか?必要な期間や、スキルや振る舞いの変化について、洋さんの認識をお聞きしたいです。

From: 洋さん

成長する過程ってむずかしいですね。人によって合う合わないってありますし、その環境も違います。私自身やこれまで関わったスクラムマスターが成長していくのを見た時の体験をお話すると、けっきょくは実際にやってみて反応を見るから学んでいく経験主義がやはり大事のように思います。

もう1つ追加するとわかったことや学んだことを自分のメンター、コーチなどと対話することで自分の考えを整理したり、出来事から得たことを拡張したりさらに磨き込んだりすることもできます。そして、また次の取り組みをやっていくサイクルを意識的に回すことができると成長の過程が自分で見えていくんじゃないかなと思います。これは一種のふりかえりと言えるかもしれません。

From: 天野

私もスクラムマスターの成長過程を類型にまとめるのは難しいと感じています。チームのおかれる環境が多様で、解決すべき問題とそれに必要なスキルが常に変化するからです。

基礎的な知識を身につけた後は、実際にやってみて結果をふりかえって内省し、得られた気づきをもとに新たなインプットや改善に繋げる、という学びのサイクルを常に回すことが、近道のない成長の旅なのだと思います。

1人のスクラムマスター・コーチとして、他者の成長に貢献しながら自身も学んでいきたいと思います。