記事AI要約
アジャイル推進者とプロダクトマネージャー、この2つの立場の間にしばしば生まれる「溝」について、両者の視点から率直な議論を展開。プロダクトの成功という共通のゴールを持ちながらも、時として対立する背景には何があるのか。「理想」と「現実」のバランス、専門性の捉え方、組織変革の視座など、本質的なテーマに切り込んでいく。建設的な対話を通じて、より良いプロダクト開発の実現に向けた具体的なヒントと実践的な示唆を提供する。「溝」を超えて協働するための第一歩となる知見が詰まった往復書簡。
今回は、プロダクトマネージャーやアジャイルコーチを歴任し、現在プロダクトコーチとしてプロダクトマネジメントのコーチングやアドバイザリーを提供されている横道さんと書簡を交換します。テーマは「アジャイル推進者とプロダクトマネージャーの間にある溝」という、やや刺激的な内容を扱いたいと思います。
「アジャイル推進者」とは、マネージャー・リーダー・スクラムマスターなど、アジャイルの価値基準に共感し、組織でアジャイル導入を啓蒙する個人を想定しています。

天野 祐介(あまの ゆうすけ)
週3日サイボウズのスクラムマスター、その他は個人でアジャイルコーチなどしています。東京→仙台移住しました。スクラムフェス仙台実行委員会。すくすくスクラム仙台運営。社内外のチームをお手伝いしながら、最高のプロダクトを作れるチームワークを探求しています。
note:スクラムマスターの頭の中

横道 稔(よこみち みのる)
Product People株式会社 代表取締役プロダクトコーチとして、多数の企業にプロダクトコーチングを提供中。複数のソフトウェア企業にて、プロダクトづくりに関わる様々なリーダーシップロールを経験。元 LINE株式会社 プロダクト組織戦略担当フェロー。元 プロダクトマネージャーカンファレンス実行委員会 代表理事。プロダクト作りに関連する書籍の翻訳者(『TRANSFORMED』『LOVED』『プロダクト・レッド・オーガニゼーション』)。
視点の違いを知るために、振りきったポジショントークをしてみよう
From: 天野
このテーマを設定した背景には、多くのプロダクト開発の現場において、アジャイル推進者とプロダクトマネージャーの間に距離を感じることが多いという問題意識があります。私自身もより良いプロダクトを作るためにアジャイルの推進に取り組んできた一人です。プロダクトの成功という共通の目標を持ちながらも、組織の中で時として対立する両者には、それぞれどのような視点があるのでしょうか。プロダクトマネージャーの視点に造詣が深い横道さんにお話を伺いたいと思います。
本対談では、あえてアジャイル推進者(天野)とプロダクトマネージャー(横道さん)という異なる立場からの視点を強く意識し、それぞれのポジショントークをぶつけ合うことで相互理解を深めていきたいと思います。
From: 横道
天野さん、こんにちは。良いテーマですね!
私自身、マネージャーやアジャイルコーチとしてアジャイル導入を主導・支援してきた経験がありつつ、プロダクトマネージャーとしての現場経験や、プロダクトコーチとして多くのプロダクトマネージャーを支援してきましたので、両者の立場に一定の理解があると思います。
おっしゃる通り、私も(その溝を乗り越えているチームも多く存在することを知りつつも、)両者の間で溝や距離を感じるシーンに遭遇します。あえてポジショントークをぶつけて喧嘩をしつつ(笑)、最終的には両者の歩み寄りの方法まで話せると良さそうですね。この後のやり取りを楽しみにしています!
チーム構築の「理想」と「現実」
From: 天野
それでは、ここからはアジャイル推進者とプロダクトマネージャーの代表者という立場を演じて意見を交わしていきましょう。
まずは私からアジャイル推進者としてよく感じるもやもやを共有します。端的に言えば、アジャイルの本質的な価値と原則が、多くのプロダクトマネージャーには「耳触りの良いスローガン」程度にしか映っていないのではないか、という強い危機感です。
最も顕著な例が、クロスファンクショナルで自律的なチームの構築についてです。これは単なる組織論ではありません。外部依存を最小限に抑え、迅速な意思決定を可能にし、市場の変化に即応できる組織能力を育てるための要です。チームの自律性と継続的な学習サイクルの確立は、アジャイル開発の根幹をなす原則と言っても過言ではありません。
しかし、こうした提案をプロダクトマネージャーに持ちかけると、往々にして「効率性」の観点から反論が返ってきます。「専門性に基づく分業の方が効率的だ」「役割を明確に分けた方が責任の所在が明確になる」といった、まるで100年前のテイラー主義のような主張です。さらに痛感するのは、仮にチーム編成の議論に同意が得られたとしても、「それは開発チームの話でしょう」と一線を画そうとする姿勢です。プロダクトマネージャー自身がチームの一員として共に学び、共に成長するという意識が希薄に感じられてなりません。果たして、このような状況で本当の意味でのプロダクト価値を最大化できるのでしょうか。
From: 横道
お、いいですね(笑)では私もグッと身を引き締めてポジショントークします。
「自律性なチームの構築」は重要な要素の1つだとプロダクトマネージャーである私も感じています。しかし、あくまでも「要素の1つ」です。アジャイル推進者がそこばかりに注力し続け、今現在の環境下におけるボトルネックを取り違えているとよく感じます。プロダクトやビジネスにおいて、今最も大きなボトルネックは本当にそこでしょうか?貴重な時間を投資する先として、そのポートフォリオは適切でしょうか?会社はどんなビジネス環境下に置かれているのでしょうか?現状を維持できれば良いですか?前年比10%程の成長で良いですか?T2D3レベルのハイグロースを求めているフェーズですか?会社の成長戦略はどのようなものですか?会社の経営陣はどのような投資家を選んでいますか?このように、今自分たちがどのようなビジネス期待下に置かれているかを理解しないまま、あまりにも理想のチーム“のみ”を追い求める姿を多く見てきました。
また、役割の明確化によってコミットメントを引き出し専門性を活用することを「テイラー主義」とラベリングするのは短絡的です。勝てるプロダクトづくりにおいては、専門知識や戦略的思考、判断力を高いレベルでチームに投入する必要があります。例えばプロダクトマネージャーは顧客・市場理解のための一次情報取得に多大な時間を投資します。その情報量を複合的に定量的・定性的に処理した上で下す判断と、せいぜいいくつかの一次情報に触れただけのチームが一面的な情報で下す判断とでは、作り出されるプロダクトの成功確率に大きな差が生まれるのではないでしょうか?開発チームにしても、強い内発的動機を持って獲得した専門性を活かし、背中を預け合い、時には一人格のリーダー(例えばテックリード)が、結果責任を請け負った意思決定をすることが、効率的なだけではなく効果的ではないでしょうか?
もちろんチーム内で仲違いしているような状態は良くはありませんが、プロダクトとビジネスの成功確率を上げることに寄与するとは言い難いレベルで、そこに対して過剰な投資(例えば安易な全員議論や、過度なペア作業)がされることに強く警戒しています。
「共に学び、共に成長するという意識が希薄に感じられてなりません。」とありますが、むしろプロダクトマネージャーとしては、開発チームの改善に張り付くよりも、さらに大きな戦略的判断や顧客・市場インサイトの獲得に時間を割く方が、プロダクトの成功に寄与し、そしてそれが結果的にチームの成功、つまりチームの成長機会を増やすはずだと考えています。
時に対立する「深い専門性」と「チームの創造性」
From: 天野
プロダクトマネージャーが顧客理解や市場分析に多大な時間を投資し、その深い洞察に基づいて戦略的な判断を下すことの重要性については、私も強く共感します。それぞれの専門性を最大限に活かしてプロダクトの成功に貢献する。この点において、異論の余地はありません。
しかし(ここからはかなり踏み込んだ物言いになりますが)、その「専門性」の発揮が、時として深刻な弊害を生んでいることにも目を向ける必要があります。特に気になるのは、プロダクトマネージャーと開発チームの間に生まれがちな「考える人」と「作る人」という分断です。
この問題を代表する例が、PMによる「ちゃぶ台返し」です。現場から距離を置いて「戦略的思考」に没頭するプロダクトマネージャーが、開発チームが何週間もかけて練り上げたアイデアや成果物に対して、ある日突然「これじゃない感」を漂わせながら根本的な方向転換を求めてくる——このような事例は、多くの現場で見られる課題の1つです。
もちろん、プロダクトのグロースやビジネスの成長に寄与する判断を下すことは、プロダクトマネージャーの重要な責務です。しかし、「専門性」を振りかざすあまり、チームとの対話をなおざりにし、メンバーの創造性の発揮を阻害していないでしょうか。「市場をより深く理解している」という自負が、時として傲慢さを生み、チームの心理的安全性を損なっていないでしょうか。
確かに「すべての仕事をペア作業でやる」ような過剰な投資は避けるべきかもしれません。しかし、プロダクトマネージャーがその専門性を発揮しつつ、なおかつチームの創造性を最大限に引き出せる関係性の構築こそが、現代のプロダクト開発における最重要課題の1つではないでしょうか。
From: 横道
方向転換が「ちゃぶ台返し」に見えてしまうことは、確かに望むことではありません。ただ、プロダクトマネージャーがプロダクト戦略を担う以上、市場や顧客の変化、経営戦略のアップデートなどを考慮して、時には大きく方向転換する必要があるのは事実です。それを「専門性を振りかざしている」かのように感じられたのであれば、それは本意ではありません。問題は、大きな方針転換が必要になりそうな予兆を、開発チームに早期に共有できないコミュニケーションプロセスにあるかもしれません。だとすると、その問題の一端がプロダクトマネージャーにあることを認めつつも、アジャイル推進者にも問題があるのではないでしょうか?アジャイル推進者が、経営層やビジネス部門での議論に能動的、かつ早期に加わり、組織やプロセスに早期に適応する姿、ないしは積極的に巻き込みたいと強く信頼されているシーンを見た経験は決して多くありません。「ビジネスアジリティ」や「企業のアジリティ」ではなく、あくまでも「1つのチームの局所的なアジリティ」にしか目を向けられていない、または「経営者やビジネス担当者との関係性」や「会社全体のシステム」を蔑ろにし、利害の近い「開発チーム内の局所的な関係性」にしか目を向けられていないことも多いのではないでしょうか?
また、確かにチームの創造性の発揮は、チームが適切かつ十分量の一次情報を常に得て、正しい方向に向いていると強力なものです。ただそのレベルの高水準のチームを作るには時間とコストがかかります。市場環境によっては、そういった状態になるまで耐えられません。確かに創造性のあるチームの構築が重要なテーマであり、一定の投資をし続けるべき領域であることには同意しますが、常に「“最”重要課題」かどうかは、状況によるのではないでしょうか?ビジネスにおいて、常に最優先されるべきこととして投資するのは、投資ポートフォリオの組み方としていびつではないでしょうか。なので、時にはプロダクトマネージャーが「協働」ではなく「説得」を通して作るべきものをリードするのです。
互いの「溝」を埋めるためには
From: 天野
ありがとうございます。ここでロールプレイによるポジショントークの応酬を一旦終えたいと思います。だいぶリアルな「喧嘩」ができたのではないでしょうか(笑)
ここからは、お互いのステレオタイプ的な主張を整理し、より良いプロダクト開発のためにどのような歩み寄りができるか考察していきたいと思います。
これまでの議論を通じて、アジャイル推進者とプロダクトマネージャーの間にある認識の違いが、より鮮明になったように思います。具体的には、以下の3つの観点で異なる立場が浮かび上がってきました:
1. 「理想」と「現実」のバランス
アジャイル推進者である私は、自律的なチーム作りという理想を追求する一方で、プロダクトマネージャーからは現実のビジネス環境や組織の成長フェーズに応じた柔軟な対応の重要性を指摘されました。確かに、理想論に偏重するあまり、現実の制約や優先順位を軽視してしまう傾向は、私たちアジャイル推進者の盲点かもしれません。
2. 専門性の捉え方
私が懸念する「考える人」と「作る人」の分断に対して、プロダクトマネージャーからは専門性の深化がもたらす価値について指摘がありました。この議論は、「専門性の発揮」と「協働による創造性」をどうバランスさせるかという、より本質的な課題を浮き彫りにしています。
3. 組織変革の視座
私の視点が「開発チームの局所最適」に偏りがちだったのに対し、プロダクトマネージャーからは「ビジネスアジリティ」というより広い文脈での組織変革の必要性を指摘されました。アジャイル推進者も、開発現場だけでなく、経営層やビジネス部門との接点を積極的に持つ必要があるのかもしれません。
私自身、これまでのアジャイル推進者としての活動を振り返ると、理想を追求するあまり現実の制約や文脈を十分に考慮できていなかった場面があったことを認識しています。その「理想」もあくまで自分の視点からのものであり、プロダクトの価値提供サイクル全体を見据えた上で、現実的かつ段階的なアプローチを取ることの重要性を、改めて認識させられました。
いかがでしょうか、横道さん。この往復書簡を通じて見えてきた気づきを、ぜひお聞かせください。
From: 横道
まとめありがとうございます!提示くださった3つの観点の1つ目と2つ目からも見えるに、私のポジショントークは、「状況を理解し、その状況に応じてバランスをとるべき」という話に終始していたと思います。
でも「バランスをとっている」つもりが「検討の幅を広げきれておらず、根拠が薄く、その場しのぎ的で、自分にとって都合の良いだけの選択」でしかないことも多々あります。これはポジショントークではなく、私自身の失敗体験としてたくさん心当たりがあります・・・。プロダクトマネージャーのみなさんにも経験があるのではないでしょうか。その結果、「良いリーダーシップ」ではなく「傲慢さや独善性」を感じさせ、チームのパフォーマンスを下げてしまうことを改めて胸に留めようと感じました。
そういったことを避け、「良いバランス」を見出すためには、「1. 一次情報をもとにした現状の理解」、そしてまさにアジャイル推進者が主張した「2. チームとしての対話を通じた創造性」、そして「3. 強力なビジョンや価値基準」と「4.可能な限りリードタイムの短い実験」が必要だと考えています。
「1. 一次情報をもとにした現状の理解」については、今回まさに二者での喧嘩にも当てはまります。この喧嘩においては、両者が相手への能動的共感が必要でしょう。意見の相違がある場合、そこにはお互いが普段から触れている(触れてきた)情報に違いがあります。この連載の第2回でも「相手を知ること」が語られていましたよね。アジャイル推進者にとっては、天野さんの挙げた3つ目の観点、さらには「#ScrumMasterWay」のレベル3で語られる「システム全体(会社全体)」の話でもあり、ビジネスや経営そのものと、そこへ関わる人に対する理解(何を見ていて、何を聞いていて、何がミッションで、何が達成すべき目標なのか)への一次情報取得への取り組みが不足している場合があります(少なくとも私はそうでした)。共感マップなどを利用して相手について何を知っていて、何を知らないのか考えてみることを最初の一歩にできるでしょう。他方、プロダクトマネージャーの関心ごとが顧客・ユーザー価値やビジネスに偏重しすぎている場合は、チームやそこにいる個々人、そして世の中に存在する「成果を出す理想の組織」に関する一次情報に改めて向き合い、学ぶ必要があるのかもしれません。特に職責が上がるほど、現場感覚は失われます。あの任天堂の元社長の岩田さんですら、定期的に全社員と1on1をしていたと言われていますので、言い訳はしにくいですね(笑)。アジャイル推進者に相互理解を深めるアクティビティを教えてもらったり、世の中の成果を出しているチームの事例を尋ねてみると良いでしょう。
「2. チームとしての対話を通じた創造性」についてですが、1で理解した現状は「その対象への迎合」に利用するのではなく、「共通のゴール達成のトレードオンを導く」ために利用する必要があります。適切に多様性のあるチームがそれぞれが持つ情報や観点、意見を、忖度せずに率直に表明し合い、受け手も相手へのリスペクトを前提にして意見を受け取ることで、「良いバランスを導くための観点の幅」が得られるはずです。それぞれが考えるアップサイドのリターンや、ダウンサイドのリスクの観点にも差異があるものです。例えば、今回の往復書簡くらいには、考えていることをお互いが言える必要はあるのでしょう(実際の現場ではもっと柔和に進めた方が良いと思いますが笑)。確かに、往々にしてプロダクトマネージャーは日々忙殺されており、その対話の時間が取れないことが根本的な課題であることも多々あります。とはいえ時間がなくとも、早めに検討途中のドキュメントをチャットに投げて非同期で意見を募る。完全に決定してしまう直前でも良いので、既存の定例ミーティングの場などを利用して意見をもらっておく、などの最低限であれば始められるはずです。アジャイル推進者も、忙しそうなプロダクトマネージャーに対して「何かチームが力を貸せることはありますか?」と能動的に話しかけることもできます。ちなみにこの件は、決して「合議にしよう」「全会一致させよう」と言いたいわけではないので留意ください。
「3. 強力なビジョンや価値基準」についてですが、ちょっと余談になりますが、アジャイルには「アジャイルソフトウェア開発宣言」という、明文化され、世界中で共同所有された価値観、価値基準がある点がとても良いですよね。そういった意味では、会社やプロダクトのビジョンや価値基準を同様に強力で求心力のあるものに育て上げることが必要でしょう。例えばアジャイル推進者が、その会社やプロダクトチームに所属していながら、それらのビジョンや価値基準よりも、アジャイルの価値基準の方が圧倒的優位に共感する心理状態であれば、それは健全ではありません。アジャイル推進者であろうが、プロダクトマネージャーであろうが、その問題には目を背けず、自分たちのコントローラブルな範囲で少しずつでも行動すべき領域でしょう。改めて「自分たちはどのような良い価値基準をすでに持っているのか?」「さらに楽しく、なおかつ最高の成果を出すために今後目を向けるべき価値基準は何か?」を、誰か思いを持つ人からでも良いので、チームや関係者へ発信し、対話していくのがよいでしょう。Amazon社のリーダーシッププリンシプルなど、世の中に参考になる情報もたくさんあります。会社全体で提示される価値基準をすぐに変えることはできなくても、それを尊重した上での「チームの価値基準」を作ることはできるはずです。
少し脱線しましたが、天野さんがあげてくださった観点の「さまざまな理想と現実のバランス」であれ「専門性と分担のバランス」であれ、その他のバランスであれ、状況に応じたバランスをとるためには、2で広げた幅を仮説として収束させる必要がありますよね。特定の一人格による意思決定が有用なケースも多いですが、やはり共同所有された「ビジョンや価値基準に沿うかどうか」は強力な意思決定基準の1つです。また、同時にそれらが継続的に確認され、時にはアップデートされることも重要でしょう。
組織のそれに関しては、アジャイル推進者が取り組みを導くことができるでしょうし、プロダクトのそれに関しては、プロダクトマネージャーが大きなミッションとするところです。ここまでの私のポジショントークを見ると「プロダクトマネージャーがそれらを一人で描かなければならない」と誤解してしまうかもしれませんが、決してそうではなく、プロダクトマネージャーが得てきた良質な一次情報をもとに、チームの集合知と多様性を加えて良い未来を描くことはできますし、むしろそれが望ましくあります。例えば、最近私が気にいっているプラクティスは「プロダクトビジョン小説」です。プロダクトの3年後などを想像し、そのプロダクトが取り巻く世界がどうなっているのかを、ユーザー・顧客の一人称で3000〜5000字程度の小説として心象風景や群像を豊かに書き表すのです(生成AIの力を借りることもできます)。まずはプロダクトマネージャーが小説のドラフトを書き(もちろん全員が書いてきても構いません)、それをもとにプロダクトチームで感想戦をします。共感性の高いナラティブが、プロダクトチームの創造性を刺激し、自分たちが作り出す非常にリアルな世界と、そこまでの道のりに関するディスカッションが生まれます。
長くなりましたし、脱線した気もするのですが、そんなことを考えながら往復書簡を取り交わしていました!(「4.可能な限りリードタイムの短い実験」については想像しやすいと思いますので、割愛します笑)
あ、ちなみに読者の皆さま、天野さんと私は一緒に海外カンファレンスに行って寝食を共にしたりするくらいには仲が良いのでご安心ください(笑)
From: 天野
非常に示唆に富む実践的なアイデアを共有いただき、ありがとうございます。プロダクトマネージャーと開発チームが日々協働しながら共通のビジョンと価値観を育み、お互いをリスペクトしつつ専門性を発揮して優れたプロダクトを生み出すための具体的なヒントが数多く得られました。特に最後にご紹介いただいた「プロダクトビジョン小説」というプラクティスは、私も現場での実践を検討したいと強く感じました。
先日、日本最大のアジャイル実践者が集うカンファレンスである Regional Scrum Gathering Tokyo (RSGT) に参加した際、今回のテーマである「アジャイル推進者とプロダクトマネージャーの間にある溝」に関する相談を数多く受けました。このテーマが、多くの組織・現場で共通する重要な課題であることを改めて実感しています。
そこでの対話も踏まえ、最後に私からも実践に向けたアクションのアイデアを、それぞれの立場の方々に向けて共有させていただきます。
開発者のみなさまへ:
与えられたバックログアイテムをただ実装するのではなく、プロダクトの背景や狙い、目指すべきゴールを深く理解することを心がけましょう。そのためには勇気を持ってチームの外側の人々と積極的に対話を重ねることが重要です。ビジネスの文脈を理解することで、より価値の高い提案や実装が可能になります。
プロダクトマネージャーのみなさまへ:
チームに作業を指示するのではなく、メンバー全員が共感し、実現に向けて全力を尽くしたいと感じられるようなビジョンとゴールを示すことで、プロダクトの成長を導きましょう。理想的には、ゴールを共有した後は、その実現方法をチームが主体的に考え出せるような信頼関係を築いていきたいものです。
マネージャーのみなさまへ:
工数管理やプロジェクトマネジメントによってアウトプットを管理するのではなく、上記のような活動を支える関係性と心理的安全性を確保するための環境づくりに注力しましょう。ハイパフォーマンスで自律的なチームは、メンバー一人ひとりのテクニカルスキルとヒューマンスキル両面での高い習熟の上に成立します。メンバーの継続的な成長支援に積極的に取り組み、組織全体のケイパビリティを高める努力を惜しまないことが重要です。
本稿では、アジャイル推進者とプロダクトマネージャーという異なる立場から、時に厳しい意見をぶつけ合いながらも、より良いプロダクト開発の実現に向けた建設的な対話を重ねてきました。両者の間にある「溝」は、特定の個人や役割の責任ではなく、組織全体のシステムが生み出す課題です。だからこそ、それぞれの立場で実践できることがあり、また実践する必要があります。この溝は一朝一夕には埋まらないかもしれません。しかし、お互いの立場や価値観を理解し、尊重し合いながら、共通のゴールに向かって協働していく——そんな関係性を築いていくことが、真に価値あるプロダクトを生み出すための第一歩となるはずです。この往復書簡が、読者の皆さまの現場における対話のきっかけとなれば幸いです。