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3社のCTO経験者が大切にしているのは、良いキャリアを「目指さない」こと。うまくいくかわからないほうが、仕事は面白い

2024年9月、キャディ株式会社に杉浦正明さんが転職しました。杉浦さんは、Talknote株式会社や株式会社ニューズピックス*1、Uzabase USA, Inc.など複数企業のCTOを担い、各社の事業成長や開発組織の拡大に貢献してきました。これまで、CTO業務において何を大切にしてきたのでしょうか。そして、キャディ株式会社への転職を決めた理由とは。今回は杉浦さんに、キャリアについて振り返っていただきました。

フェーズごとに異なる、CTOとしての役割

――今回のインタビューでは、まず過去のCTO経験についてお聞きしたいです。Talknoteやニューズピックス、Uzabase USAなどでのCTO業務の特徴をご説明いただけますか?

Talknoteは社長と営業の2人、アルバイトのエンジニアが1人いる状態のところに私は1人目の社員のエンジニアとして参画しました。諸事情があって元CTOが退職してしまい、プロダクトとそのコードが残されたまま。そして、法人の銀行口座にはあと数百万ほどしかなく、財務状況もギリギリでした。

なんとか開発を立て直しつつ、売り上げを作らなければなりません。そこで、自分もプロダクトの営業に行きつつ、コードを書いてプロダクト改善するという立ち回りからのスタートでしたね。

幸いにも入社から半年ほどが経つと売り上げが伸びて、資金調達にも成功しました。そこから開発組織のメンバーを増やして徐々に役割も変わっていくという、シード期のスタートアップらしい経験をしましたね。

ニューズピックスも最初は似たような状況で、プロダクトはすでにあったもののエンジニアはほぼいない。知り合いのエンジニアたちをリファラルで採用し、チーム作りから始めたのがこの時代の特徴でした。

創業者である梅田(優祐)さんの経営手腕も優れていましたし、創刊編集長である佐々木(紀彦)さんのコンテンツ力も高かったです。それにソーシャル経済メディア「NewsPicks」において、プロダクトの特徴である「骨太なコンテンツ×ビジネスパーソンが独自のノウハウをコメントで共有する」という構造が新鮮だったこともあり、事業は世の中に受け入れられて急成長しました。最初は数人のエンジニア組織だったのが、3年で80人くらいまで増えました。

その次に、Uzabase USAで扱ったのは「SPEEDA Edge」というプロダクトです。私自身、海外で事業を展開した経験がない状態からのスタートでした。最初は、そもそも誰にどうやって売ればよいのかすら定まっておらず、ゼロからビジネスや組織を作っていくという経験をしましたね。

新規プロダクトは、とにかく“尖らせる”

――各社で印象的だったエピソードをピックアップしてお話しください。

ニューズピックスでは、かなりのスピードで事業拡大していたこともあり、プロダクトに関していろいろなチャレンジをしました。たとえば、2017年に「NewsPicks」で動画コンテンツをスタートしたことですね。

当時、海外のメディアでは動画コンテンツが当たり前になりつつありました。それに、ネットワークのインフラも徐々に整備されており、人々がスマホで動画を視聴するようになり始めたタイミングでした。その頃、日本の経済メディアではまだテキストコンテンツが通常でしたが、いずれ動画が普及するだろうという考えがありました。

ただ、単に動画を流すだけだと「NewsPicks」らしくありません。そこで、視聴者も参加できる仕組みを取り入れるとか、一般的な横長の画面比率ではなくスマホで動画がより大きく表示されるように正方形の画面比率にするとか、私たちならではの工夫を盛り込みました。

開発チームも編集部もとにかく急ピッチで作業を進めたので、機能をプロダクション環境にリリースしてから初めて、エンジニアは完成品のコンテンツを観ました。「私たちはこういうものを作りたかったのか」と、ローンチしてからようやく理解できたという感じでしたね。

――新規プロダクトを作るうえで、杉浦さんが大切にしているものはありますか?

私が一番大事にしているのは、最初は必ずプロダクトを尖らせるということですね。開発を続ける過程で、人間はどうしても「いろいろな機能を盛り込みたい」とか「他社のアプリのように、この機能がないと売れないんじゃないか」という欲が出てきます。

ですが、それらにすべて対応しているとお金がかかってスケジュールも延びますし、競争優位性が生まれません。そうではなく、とにかく1つだけでもよいので、他社にはない自社プロダクトの象徴のような機能を盛り込まなければなりません。WOW感というんですかね。今まで誰も見たことがないような、便利さや楽しさ、驚きをプロダクトに込めるんです。

もちろん、その機能がヒットするかどうかはわかりません。「NewsPicks」の挑戦のなかにも、良かった点もあれば、うまくいかなかった点も山ほどあります。それでも、仮に尖った機能を出せば、その反響を学びとして、次にどのような方向性を目指せばよいのかが見えてきます。中途半端な機能を出すと、周囲からの反響も中途半端になるので結局は学びが得られないんですよね。

事業を成功させるためなら、どんな仕事でもやる

――他の事例はいかがでしょうか?

ニューズピックスの親会社である株式会社ユーザベースがその後、「Quartz」という海外のメディアを買収しました。日本国内だけではなく、海外にも事業展開するという方針を打ち立てていたんですね。「Quartz」の経営メンバーが東京のオフィスに来て自己紹介をしてくれたわけですが、私は超ドメスティックな人間で、英語を全く話せませんでした。コミュニケーションが一切取れない恥ずかしさや、会社全体がグローバルと向き合っているのに「自分は何もできない」という無力感がありましたね。

このままではいけないと思って、一念発起して英語を勉強しました。英会話教室に通って、とにかく集中的に学びましたね。TOEICが200点台だったのが、結果的には850点まで上げることができ、海外のメンバーとも問題なくコミュニケーションを取れるようになりました。

――おそらく読者のなかには、「その状況に置かれたら、英語を学ぶことは諦めてコミュニケーションを他の人に任せる」という人もいそうです。杉浦さんはなぜ、必死に努力しようと思えたのでしょうか?

今後、会社がグローバルに事業を展開することになれば、経営陣が海外でメンバーを採用するとか海外の企業とのやり取りをする場面が必ず訪れるはずです。そんなとき、自分の言葉でコミュニケーションをできなければダメだと思ったんですね。

事業の黎明期というのは必ず少数精鋭のチームから始まるので、すべての仕事を自分がやらなければなりません。Talknoteやニューズピックスで事業立ち上げの経験をしたことで、「物事を前に進めるためには、まずは自分が先頭に立って道を切り開かなければならない」という感覚が身に付いたんでしょうね。

けれどその逆に、自分がその仕事をするよりも他の人に頼むほうがうまくいくならば、積極的にそうします。ニューズピックスの開発組織が大きくなってからは、そうした人に任せるスキルが磨かれました。いずれにしても、「ビジネスを前に進めるために何をすべきか」を、常に最優先で考えていますね。

過去の経験をアンラーニングし、新しい価値観を受け入れる

――そうして海外展開をし、Uzabase USAで働くことになったわけですね?

そうです。「SPEEDA Edge」というプロダクトに4年間携わったんですが、2年目からは開発組織を拡大していく方針になりました。Uzabase USAの拠点があったニューヨークはエンジニアの給与が高いので、代わりにスリランカで開発拠点を作ることになりました。

なぜスリランカだったかというと、同国から来た役員がユーザベースにおり、ネットワークがあったんですね。私はスリランカのエンジニアメンバーを採用して、ニューヨーク・スリランカ・日本という3つの開発拠点をつなぎ合わせてプロダクトを磨いていく役割でした。

――やはり、アメリカのエンジニアは給与水準がかなり高いのですね。

アメリカではシニアエンジニアを雇おうとすると日本円で年収2,000〜3,000万円くらいはかかりますし、ビッグテックに行くようなハイレイヤーの人ならば年収1億円近くになってしまいますからね。余談ですが、コストの問題もありアメリカのスタートアップは自国のエンジニアをあまり雇わないことが多いんですよ。実際に手を動かすエンジニアは南米やメキシコ、ナイジェリア、インドといった国で雇っているケースが多くて、それが当たり前の世界なんですね。

それに関連して、海外企業の事例を見てきたなかで衝撃を受けたことがあります。もし仮に日本企業で「プロダクトの開発スピードを2倍にしたい。でも今よりも人件費を下げたい」と言われたら、絶対に無理じゃないですか。でも、海外のスタートアップは人件費の安い国でエンジニアを採用しているから、これができてしまうんですよね。おそらく、このことが海外のスタートアップが強い競争力を持っている理由の1つでもあるんですよ。

――そうした事例も、実際に海外で働いたからこそ実感できることですよね。海外の採用活動において、大切にすべきこととして何が挙げられますか?

これは日本でも海外でも共通なんですけれど、最初に採用するエンジニアが何より大事です。とにかく優秀で、他のメンバーを引っ張ってこられるくらいの影響力があるかどうか。そして、自分がそのエンジニアと腹を割って話せる間柄になれるかどうか。そんな人に最初に参画してもらえるかどうかで、その後の採用活動が全く違ってきますね。

――スリランカのように土地勘も人脈もない国で、どのように良い人を見つけたのでしょうか?

とにかく人に会いまくりましたね。スリランカでは誰もUzabase USAのことを知らないですから、待っていても良い人は来てくれません。幸いにもスリランカの1人目のエンジニアはすごく優秀なメンバーを雇用できて、彼が他のエンジニアたちを連れてきてくれました。

――他に、グローバルでの経験で印象深いことはありますか?

プロダクトの開発スピードやチームマネジメントの方法論など、すべてのことが日本と少しずつ違うという感覚がありました。日本人はなんだかんだみんな考え方が近いですし、空気を読む文化がありますし、細かいところにも気を配りますよね。でも、国が違えばそういった価値観や考え方、習慣が違いますから、しっかりと「どのように働いてほしいのか」を言語化しなければなりません。

それがよく表れるのは、たとえばソフトウェアの品質に対する考え方ですよね。もし仮に、バグがあれば問題になる機能とそうではない機能があった場合、日本人ならば両方に同じくらいのエネルギーのかけ方をすると思います。

でも、海外の開発組織ではそういった「暗黙の了解で品質を大切にする」という文化がないんですね。だからこそ、「開発速度が大切だから、あえて品質を最優先にしない」とか「今はこういう理由でプロダクト全体の品質を向上させなければならない」といった優先度付けを戦略的に行えるという特徴もあります。これは逆に、そうした戦略を明確に言語化して伝えなければ、開発組織がうまく回らないという難しさでもあります。

キャディならば、やりたいことをやれて、自分のアセットを活かせる

――なぜ、キャディへの転職を考えたのでしょうか?

Uzabase USAでの仕事が一区切りついて、日本に帰ることになりました。「SPEEDA Edge」の開発に4年間携わって、想定通りにうまくいったこともあれば、そうでないこともあって。いつかもう一度、日本初のプロダクトでグローバルに挑戦するならば、この経験を絶対に活かしたいと思いました。ただ、転職は全く考えていなかったんです。

そんなタイミングで、ある方から「キャディがちょうどシカゴオフィスを立ち上げました。この会社はグローバルで製造業のプラットフォームを展開しようとしているから、経営陣や社員と話してみるのはどうですか」とご縁をいただいたという経緯なんですよね。それで、何度かカジュアル面談をしました。

キャディが良い会社だと感じた点はいくつかあって、まずは製造業というドメインを扱っていること。前職では経済情報メディアを扱っていたわけですが、この事業ドメインでグローバル展開するというのは大変なんですね。そもそも各国に必ず有力なメディアがあるわけですし、競争がかなり激しい。

もちろんそれは偉大な挑戦ではあるんですが、日本企業がグローバルで戦うには「日本が他国と比べて優位性を持っているドメイン」を扱うほうがいいと、前職の経験で痛感しました。そういう意味では、日本の製造業は世界に進出していますし、アドバンテージがまだ残っている領域です。

そして、実際にキャディがすでにビジネスをグローバルで展開していて、外国籍のメンバーも多かったこと。前職で、さまざまな国籍や文化の人たちと働くのが楽しかったので、そんな環境でまた過ごしたいと考えました。彼らとカジュアル面談で話す機会を設けてもらいましたが、みなそろって「すごく良い会社だ」と言っていました。ただ今は、日本語を話すメンバーと英語を話すメンバーとの、社内でのコミュニケーションの壁があるそうなんですね。ならば、私のスキルを活かせると思いました。

やりたいことがやれて、目指すゴールも一緒で、これまでの経験も活かすことができる。この会社で働こうと思い、参画することを決めました。

良いキャリアを送る秘訣は、良いキャリアを目指さないこと

――キャディではどのような仕事をしたいと考えていますか?

私は何でもやりたいというか、自分の役割に対するこだわりがないタイプなんですよね。その時々で、事業を前に進めるために必要なことをやりたいと思っています。過去にCTOを経験しましたが、実際のところ肩書きや役職にこだわったことがないんですよ。

Talknoteに入ったときも最初は二等兵のような立ち位置でしたし、ニューズピックス入社時もそうでした。Uzabase USAに行くときも、自分から「役員ではなく普通の社員として行きたい。年収も下げてください」と言いました。

――世の中には「自分の地位が下がるのが怖い」と考える人もいると思うのですが、杉浦さんはそうではないのですね。この話題を踏まえて最後に聞きたいのですが、「エンジニアがより良いキャリアを送るために大切なこと」というテーマで、結びのコメントをお願いできますか?

一般的には「高年収や、良い役職になること」が良いキャリアの定義ですが、私はむしろより良いキャリアを目指さないことが大事だと思うんですね。お金や肩書きをゴールにすると、一度手に入れたものにとらわれて成長が止まってしまう可能性があります。

私はこれまで、たとえ一時的に年収が下がったり役職がなくなったりしても、「うまくいくかわからない世界」に飛び込んできました。そこで新たなスキルを身に付けると、後から自然とキャリアがついてきたという感じでした。大きく成長するためには、一度しゃがむことが必要なんです。

それに、絶対にうまくいくとわかっていると、仕事が面白くなくなってしまいます。うまくいくかいかないか、半々くらいが面白い。だからこそ、キャディでの挑戦も今後どうなるかわからないですが、絶対に面白い仕事になるだろうなとすごくワクワクしています。

取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子

*1:株式会社ニューズピックスは2023年7月1日付けで株式会社ユーザベースに吸収合併されました。