たとえ「採用目的の登壇」でもいい。企業が広報できる場を――コロナ禍の停滞を機に生まれた、スタートアップのためのコミュニティ

近年、さまざまな技術コミュニティがエンジニア向けのイベントを開催する動きが活発です。数ある技術コミュニティの中でも、ひときわ存在感を放つのが、AWSを利用するスタートアップのためのコミュニティであるAWS Startup Community。現在の参加メンバーは3,000名を超えています。このコミュニティがどのように生まれ、発展してきたのかを、コアメンバーである前田 和樹さんとSumi Shiomiさん(通称:情シスのお姉さん)、スーさんにお聞きしました。

イベントを通じて、スタートアップ企業の方々を支えたい

――AWS Startup Communityが発足したきっかけについて教えてください。

前田:コミュニティが立ち上がったのは2021年1月です。当時はコロナ禍でオフラインイベントの開催が難しく、世の中のコミュニティ活動が大きく冷え込んでいた時期でした。運営を停止するコミュニティもありましたし、仮にオンラインに移行しても頻度を維持できなかったりと、どこも苦しい状況でした。

そうした中で特に困っていたのが、スタートアップ企業のみなさんです。知名度を上げて採用につなげなければならないのに、露出の機会がなく認知を得られません。さらに、スタートアップ企業の方々は悩みを相談できる場も少ないんですよね。その2点を踏まえて、「スタートアップにフォーカスしたコミュニティをやろう」となったのが始まりでした。私やSumiさんは、イベントの第2回から運営に参加しました。

前田和樹さん

――初期の頃は、どのような方針でコミュニティを運営していたのでしょうか?

Sumi:初期はとにかく「たくさん開催しよう」という方針で、毎月のようにイベントを開いていました。最初のうちは特にイベントのテーマを定めず、単に「Meetup」と銘打って、登壇者を募集するような流れでした。

前田:少し経ってから、徐々にイベントごとの企画を考えるようになりました。松田さんがスタートアップ支援担当だったこともあり、AWSジャパンで働く人や支援対象企業の著名人に登壇してもらうことなども実現できていましたね。当時はまだオンラインイベント自体が物珍しかったことや、魅力的な登壇者に出てもらえたこともあり、ありがたいことにイベントの集客もかなりうまくいっていました。

「後世に残るコンテンツ」を発信する責任感

――運営を続けていく過程で、転機となった出来事はありますか?

Sumi:印象深いのは、あるイベントでの登壇内容が、「これ大丈夫かな……?」と少し話題になってしまったことですね。

前田:しかもその日は、私が初めてファシリテーターに挑戦した日でもあったんですよね。よりにもよって、初回が過去イチ「ハードな回」だったという(笑)。当時はまだ運営に慣れていなかったので、問題が発生した際に躊躇(ちゅうちょ)してしまい、即座に中断するオペレーションができませんでした。

Sumi:その事件をきっかけに、コード・オブ・コンダクト(組織が遵守すべき行動規範)が生まれたんですよね。以後、この規範への違反があれば配信を停止する、あるいはイベント自体を中止する可能性があると明言するようになりました。

――このトラブルを経て、技術コミュニティ運営において何を学びましたか?

前田:「見られている場」であるという意識が芽生えたのが大きかったです。それまでは、正直なところイベント運営は「飲み会の延長線」くらいの感覚で、誰かの面白い話を聞ける場を企画すればいいと考えていました。

でも、その一件をきっかけに、後世に残るコンテンツを発信する責任があると感じるようになりました。私たちはあくまで余暇の活動としてAWS Startup Communityを運営していますが、それでも責任感や配慮を持つことが必要で、誰かを傷つけることがあってはならないという意識が身に付きました。

――他に印象的なエピソードや転機はありますか?

前田:パッと思い浮かぶのは2つあります。まずは、日中の時間帯に「AWS Startup Community Conference 2022」という大規模なイベントを開催できたこと。2年目の夏に開催したのですが、平日昼間にもかかわらず、500人近くが登録してくれました。オンラインでもこれだけ盛り上がるんだと実感できたのは大きかったですね。

もうひとつは、やっとオフライン開催が実現したときのこと。大阪での開催でしたが、これは関西在住のAWSジャパンのソリューションアーキテクトである、はまーんさんの尽力が大きかったです。Sumiさんが大阪在住だったことや、私も実家が大阪にあることから、体制的にもやりやすかったです。私は帰省のついでに現地入りしました。

Sumi Shiomiさん

Sumi:イベントの熱気がすごかったですよね。関西の勢いあるスタートアップ企業の方々が登壇してくださって、注目度も高く、会場の一体感が強かったです。

――そうした数々のイベントを経て、現在はconnpassのメンバー数が3,000人を超えるほどになりました。規模が大きくなったことで、運営方針に変化はありましたか?

前田:変えないように意識してきたことがあって、それは「フットワークの軽さと内容の自由さ」です。規模が大きい技術コミュニティになると、法人化したり何かの企業の資金が入ったりして、どうしても自由度が下がるという話をよく聞きます。私たちのコミュニティでは、なるべくそうならないようにしてきました。

もちろん、イベントでの発表は他のスタートアップ企業の方々にとって参考になる内容を話してほしいですが、それ以外にはほとんど制約を設けていません。だから、登壇で会社紹介や採用PRをすることも歓迎しています。採用につなげたいという「下心」ありきの登壇で、全然いいと思うんですよ。

スー:正直なところ、スタートアップ企業って採用目的なしで登壇するのは無理ですからね。ただでさえ忙しくて、人も足りていない状況なので、本業とまったく関係ない活動をするのは難しい。でも、採用に少しでもプラスになるなら動けます。そんな方針を許容してくれるからこそ、AWS Startup Communityで活動しようと思えました。

Sumi:スーさんがコアメンバーに入ってくれたのも、フェーズが変わった瞬間だったと思います。

前田:そうですね。しばらくコアメンバーが増えない時期が続いていたので、本当に歓迎でした。イベントのたびに「コアメンバーを募集しています!」と言っていたんですけれど、誰も来なかったですね(笑)。

スー:私も、学生の頃は機械学習系のコミュニティに運営で関わっていました。でも、現職の株式会社TechBowl(エンジニア教育事業「TechTrain」運営企業)に入社してしばらくは、忙しすぎてコミュニティ活動どころではなかったんですよね。最近になって余裕が出てきて、いろんな場所に顔を出せるようになったんです。今はうれしくて「もっといろんなコミュニティに行こう!」となっています(笑)。

AWS Startup Communityは“ちょうどいい”挑戦の場

――コミュニティに関わることで、エンジニアのスキル向上やキャリア形成にどのような点がプラスになると思いますか?

Sumi:自分の経験を踏まえて言うと、各種イベントに登壇する際、「情シスのお姉さん」と名乗るようにしていました。キャッチーだったので多くの方々に認知されるようになり、転職市場でも自分の価値が一気に上がったんですよね。

スー:確かに、私がSumiさんにお会いしたことがなかった時期にも、「情シスのお姉さん」というワードだけは知っていました。

私の場合は、コミュニティに参加したことで、自分自身やプロダクトのことを認知していただけるようになりましたね。「TechTrain」に関するニュースが発信された際に、イベントなどで「スーさんの会社が出ていたね」と言ってもらえることも増えました。

スーさん

前田:私も、Sumiさんやスーさんの話と重なる部分があります。コミュニティ活動を始めてから2回転職していますが、登壇歴や運営歴は間違いなくプラスに働いたと感じています。

そして、最近特に実感しているのは「偶発的なつながりの価値」です。AWS Startup Communityだけでなく、他のコミュニティ活動も含めて継続的に関わってきたことで、知人の知人、さらにその先の人たちともゆるくつながれるようになりました。それによって「この課題をあの人と一緒に解決できそうだ」と構想したり、実際に仕事につながったりすることが増えています。それが自分のキャリアの広がりに寄与していると感じます。

――今後、AWS Startup Communityとしてチャレンジしたいことを教えてください。

前田:これまでのようなMeetup系のイベントとはまた違ったコンテンツに挑戦したいですね。実際に取り組んでいるものとしては、ハンズオン形式のイベントや文化形成に関するワークショップなどが挙げられます。

たとえば過去には、AWSジャパンのソリューションアーキテクトの方と一緒に、プロダクトの構想を練るようなワークショップを開催しました。せっかくオフラインで開催するならば、よりクローズドで、その場にいるからこそできる体験を提供したいです。ただ人を集めて視聴してもらうだけではなく、より濃い学びの場をつくっていきたいと考えています。

スー:私は「AWSを利用するハードルを下げること」を大事にしたいですね。余談ですが、学生起業したスタートアップは、最初にインターンで使った技術スタックをそのまま使うことが多いんです。もし仮にインターン先でFirebaseを使っていたならば、AWSのほうが自社にマッチしていたとしても、Firebaseを選んでしまうケースもあります。

AWSは素晴らしいクラウドですし、サポートも手厚いですが、学生や若手エンジニアが「最初に触ってみよう」と思える入り口には、まだなれていない気がしています。だからこそ、ハンズオンなどを通じてもっと気軽にAWSに触れるきっかけをつくりたいですね。

Sumi:私は、AWS Startup Communityの認知度をさらに高めたいと考えています。コミュニティの価値が広く伝われば、より多くの方々が「参加してみたい」と思ってくださるはず。活動の輪をもっと広げていきたいです。

――最後に、この記事を読むエンジニアやスタートアップ関係者に向けて、みなさんからメッセージをお願いします。

前田:イベントに参加してくださるのは大歓迎ですし、運営にもぜひ加わってほしいです。基本的に、何かのコミュニティのコアメンバーになるのは心理的なハードルが高いものだと思います。でも、AWS Startup Communityはいい意味で“ゆるく”運営しているので、初めてコミュニティ運営に関わりたい人には、ちょうどいい挑戦の場だと思います。

仮に規模の大きなカンファレンスにスタッフとして参画しても、一部の作業だけにしか関われないことも多いです。でも、AWS Startup Communityではひとつのイベントのすべての工程をフルで回す経験ができます。ぜひ、気軽にイベントを覗きに来てくれたらうれしいです。

スー:私はAWS Startup Communityに限らず、PHP関連のコミュニティにも関わってきました。その活動を通じて実感するのは、社外に相談できる人がいることの心強さです。私がそうだったように、アーリーフェーズのスタートアップ企業にいるエンジニアこそ、コミュニティに参加してみてほしいです。

Sumi:本当にその通りで、コミュニティで生まれた関係性は、その後のキャリアにもプラスになります。横のつながりができることで、助け合えたり、学び合えたりすることも多いはずです。そんな場として、このコミュニティを活用してもらえたらうれしいです。

取材・執筆:中薗昴