Findy Engineer Lab

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「最低限しか話したくなかった」 人付き合いが苦手だったエンジニアがEMになり、人間中心の組織づくりに取り組むようになるまで

人が働くうえで、誰もが一度は直面するであろうキャリアの分岐点。そのとき経験したこと、選択したことは、現在の立ち位置を決定づける重要な要素となっているはずです。

株式会社ビットキーで技術広報やスクラムマスター、エンジニアリングマネージャー(EM)を務めるパウリ(@pauli_agile)さん。彼は数多くの技術コミュニティの運営にも携わりながら、エンジニアや開発組織のマネジメントに全力で向き合っています。

キャリア初期の人間関係のつまずき、アジャイル手法との出会い、そして人とのコミュニケーションの重要性への気づき。これらの経験を経て、パウリさんはエンジニアマネジメントの道を選択したといいます。

彼の経験は、多くのエンジニアが直面する分岐点や、その結果広がるキャリアの可能性を示唆しているのではないでしょうか。そこでFindy Engineer Lab編集部では、パウリさんのキャリアを形づくった重要な出来事や、マネジメントに対する考え方についてお話を伺いました。

人付き合いが苦手だった自分がマネジメントを担当することに

ーーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

パウリと申します。現在、株式会社ビットキーのエンジニアリングマネジメント室に所属し、主に技術広報を担当しています。それ以外にも、組織内のマネジメント支援や制度設計のサポート、そしてエンジニアが働きやすい環境構築や文化醸成といった分野も担当しています。実装以外のほぼすべてと言えるかもしれません。

技術コミュニティにも参加しています。とくにEM OasisStartup in AgileXRelations(クロスリレーションズ)の会を中心に、複数のコミュニティで活動中です。そのほか、CHUO Techという中央区にある企業の技術関連コミュニティや、DevRel Guild Meetupのカンファレンス企画・運営にも携わるなど、この1年で150〜200くらいの技術イベントに参加していますね。

ーーとても精力的に活動されているんですね!エンジニアとしてのキャリアはどのようにスタートしたのでしょうか。

私は大学で生物学を学んでおり、コンピューター技術に詳しかったわけではありません。ただソフトウェア開発に興味があったので、大学卒業後の進路にSEを選択したんです。新卒で入社した会社で、PHPをメインとしたバックエンドエンジニア兼iOSエンジニアとしてキャリアをスタートしました。

実は当時、あまり人付き合いが得意ではなくて、できるだけ最低限の人としか話したくないという気持ちで仕事をしていました。なんというか、周りから学ぼうとせず、自分が持っている力や考えだけでその場をどうにかしようとしていた節がありましたね。

そのころは新規開発を担当する部署にいました。新しいプロジェクトがどんどん増えていく中で、マネジメント人材が不足していました。なので、必然的に自分もマネジメントに携わらなければならない状況だったんです。

ーー現在はEMとして積極的に活動されているパウリさんですが、当時のご自身のマネジメントスタイルについてどのように感じていますか。

当時のマネジメントスタイルは今とはほど遠いものでした。開発手法はウォーターフォール型が主で、プロジェクトマネージャーとしての活動が自分の関心事。目標もプロジェクトを終わらせることだったので、指示内容を完遂し、納期を厳守するために意思決定を行っているような状態だったんです。

具体的には、WBSでプロジェクトの作業を構造化したり、ガントチャートを作成したり、メンバーのSlackの投稿やJIRAのコメント通知をすべて確認して状況を把握して、細かなレベルで業務指示を下したり。いわゆるマネジメント1.0と呼ばれる、階層的なトップダウン型のマネジメントを行っていました。

人間関係で失敗して学んだ、コミュニケーションの重要性

ーーそのような状況から、大きなキャリアの分岐点があったそうですね。

はい。過去に寄稿した記事でも触れているのですが、後輩からスクラムを導入したいという提案をされたときのことです。彼に言われたある言葉が、自分を変えるきっかけとなりました。

それは、「メンバーが萎縮するから、パウリさんはスクラムイベントに出席しないでください」という言葉でした。

当時の私は20代前半。プロジェクトの完遂と納期厳守にばかり気を取られているようなマネージャーで、チームやプロジェクト内のメンバーとの人間関係が悪化してしまったのです。

後輩から言われた一言で自分の過ちに気づき、マネジメントスタイルや人との関わり方を見直そうと思いました。そして、アジャイルの手法やアーキテクチャ、ソフトウェア開発について本格的に勉強し始めたんです。

ーーアジャイルの手法について学び始めて、どのような変化がありましたか。

視野が大きく広がりましたね。人との対話の重要性や、チームメンバーの意見を尊重することの大切さを学びました。それから、自分の知識や経験だけでなく、書籍やWeb記事、外部の登壇動画などからの学びを積極的に取り入れることの重要性も認識しました。

とくに大きな変化があったのが、人間関係に対する考え方です。アジャイルの考え方に触れていると、ステークホルダーへの理解やメンバーのモチベーションなど、常に人に関する話題が出てきます。実際の業務でも、人とのコミュニケーションの重要性を実感していたので、「最終的には“人”がもっとも重要」という考えにシフトしていきました。

ーー人間関係の重要性に気づいてから、どのような努力をされたのでしょう。

コミュニケーションスキルの向上に力を入れました。以前は「最低限の話しかしたくない」と思っていましたが、人との対話を通じて学び、成長することの喜びを感じるようになっていったんです。

20代後半で初めて転職をしたのですが、新しい環境では多くの学びがありました。マネジメントや開発プロセスの改善、採用などを担当するようになり、周りの人々から感謝されるようになりました。事業側の人や開発メンバーからポジティブなフィードバックをもらうこと、また周りの人が幸せに働く姿を見ることに、非常にやりがいを感じましたね。

こういった経験から、キャリアに対する考え方も大きく変わりました。実は当時、ずっとエンジニアとして生きていくイメージは湧かなかったんです。ですが、社会人として資本主義社会で働き続けるには何が必要かを考えた結果、決めたことがあります。人について学び、組織の中で人がどう動くかを支援することを自分の専門性として持とう、と。

人を中心に据えた、持続可能な組織づくりへの挑戦

ーー過去の失敗と成功の経験が、人を中心とした組織づくりに取り組むきっかけとなっているのですね。それでは現在のお仕事で、パウリさんが大事にされていることを教えてください。

私の軸となっているのは、エンジニアが働くうえで自然に楽しさや幸せを感じ、エンジニアリングそのものが生きがいとなるような環境構築や文化醸成をすることです。

また、仕事やロールだけが人生ではありません。その人がどういう人生を謳歌したいのか、エンジニアとしてどういう姿を目指したいのか、この2つの軸を近づけるお手伝いをしたいと思っています。エンジニアリングマネージャーやDevHR(開発人事)などの役割から入りつつ、その人の人生全体を見据えて向き合うことを大切にしています。

人が納得感を持って日々活動していないと、良いものは生まれないし、持続もされない。だから、その人に求める職務や職責だけでなく、その人がどういう人生を歩んでいきたいのかを常に意識して人と関わっていきたいですね。

ーービジネスに関わる以上、成果を求められますよね。成果を重視すると人が置き去りになってしまうような場面に遭遇した場合、どうされますか。

会社員なので、成果を求められる環境は当たり前。ですが、解決策として人に無理をさせるのは最後の手段だと考えています。

たとえば、ある人がマネージャーを辞めてテックリードとして実装に関わりたいと言った場合、プロジェクトの開始時期を調整したり、新しいマネージャーを見つけたりと、その人の希望を尊重しつつ解決策を探ります。

短期的なプロジェクトやプロダクトの推進のために人に無理をさせると、長期的には組織の崩壊や人材の流出につながる可能性があります。持続可能な組織をつくるためには、やはり人に向き合うことが重要です。

成果が求められる環境でも、人やキャリアを優先することは十分に可能だと思います。必要なスキルが不足している場合は、外部の専門家やフリーランス人材を活用するなど、柔軟な対応をすればいいですから。

エンジニアが幸せに働ける環境づくりを通じて社会貢献したい

ーーご自身のキャリアを振り返って、どのように感じていますか。

キャリアの初期は、Will(やりたいこと)、Can(できること)、Must(すべきこと)の中で、Mustを中心に動いていました。組織で「こうすべき」と決まっていることをやり、それができるようになるためにCanを広げる、という感じで。Willについてはまったく考える余裕がありませんでした。

なぜなら、組織がやってほしいこと、つまりMustの部分に取り組めば給料が上がるという経験をしたことで「社会人とはこういうものか」という意識が醸成されていたからです。ですが、キャリアを重ねて人が幸せに働く姿にやりがいを感じるようになってからは、必要なのはMustとCanだけではないと思っています。

ーーキャリアを構築していくうえで、Will、Can、Mustのバランスが重要なんですね。

その通りです。Mustだけを追求すると義務感だけで仕事をすることになり、Canだけを伸ばそうとすると目的のない技能獲得になってしまう。そして、Willを無視すると情熱や興味を失ってしまう可能性があります。理想的なのは、自分のやりたいこと(Will)を軸に、それを実現するための能力(Can)を磨き、組織や社会の要請(Must)とうまく調和させていくことです。

現職のビットキーでは、Willを重視する組織文化の中で働くことができています。自分にとっては、それが大きな喜びです。自分のやりたいことと、会社の方向性が一致していることで、モチベーションも高く保てる。また、より良い成果も生み出せていると感じていますね。

Will、Can、Mustのバランスが取れたとき、個人も組織も最大のパフォーマンスを発揮できるのだと実感できる環境です。

ーー最後に、今後の展望についても聞かせてください。

世の中には行政手続きの煩雑さなど、さまざまな課題があります。これらすべてを短期間で解決するのは困難ですが、少なくとも1つの課題解決に貢献できる組織をつくり、その中で楽しく取り組める環境を提供したいと考えています。

エンジニアが自然に楽しく、幸せを感じられる環境づくりを通じて、より大きな社会的インパクトを生み出せるような組織や文化をつくっていきたいですね。

個人的には、漫画やドラマでよくある「あの人、生前は◯◯だったね」という死後の評価を、生きている間に体験したいと思っています。つまり、生きている間に自分へのフィードバックをもらいたいんです。

たとえば、このようなインタビューや登壇資料を通じて、自分の生き方や考え方を継続的に発信するじゃないですか。そうすることで、自分の言動が他者の人生にポジティブな影響を与えたというフィードバックを得られれば、自分の人生に価値があったと感じられますから。

皆が楽しく、幸せに過ごしているのを見ることが、私の生きがいでもあるんです。フィードバックを通じてもっと成長して、他者に良い影響を与えられる人間になりたいです。

取材・執筆・文責:河原崎 亜矢
編集・制作:Findy Engineer Lab編集部