日本からグローバルを目指す――運営メンバーが語る「AI駆動開発勉強会」に込めた思い

生成AIや大規模言語モデル(LLM)の登場によって、ソフトウェア開発の風景は急速に変化しています。コードの自動生成や補完などのプログラミング支援だけでなく、仕様整理、設計、ドキュメント作成、UIデザイン、テストなど様々な領域において、AIを活用したツールが次々と出現。開発プロセスの常識が、確実に変わり始めたといえます。

こうした中、2024年1月にAIツールを活用した開発ノウハウや開発プロセスの最適化を共有・議論するコミュニティ「AI駆動開発(AI-Driven Development)勉強会」が発足。同年2月の第1回勉強会を皮切りに、登録者数は1万人近くに上り、2025年5月に開催されたカンファレンス「AI駆動開発Conference Spring 2025」には、現地/オンラインを併せて3000人以上が参加するなど、大きな盛り上がりを見せています。

総勢約70人で運営するAI駆動開発勉強会。荒井康宏氏、鈴木章太郎氏、岡村匡洋氏、長瀬マキ氏、安次嶺一功氏の5人に、コミュニティ運営の裏側や参加者層の変化、目まぐるしい進化を遂げるAIに対する考えを聞きました。

(左から)岡村匡洋氏、鈴木章太郎氏、荒井康宏氏、長瀬マキ氏、安次嶺一功氏

立ち上げ背景は「AIがコードを書く時代がやってくる」という確信

──まずは、AI駆動開発勉強会を立ち上げた背景について教えてください。

荒井氏 個人的には、やはり初めてChatGPTを使った時の衝撃が大きかったです。私自身、お客さまのプロジェクトでインテント抽出や言語解析など自然言語処理のプロジェクトに関わった経験があり、特に日本語処理の難しさは身をもって感じていました。しかし初めてChatGPTを使った時、「今まで苦労してきたことが、もうできている…!!」と非常に驚いたんです。

さらに、OpenAIの研究者らが発表した論文「Scaling Law for Neural Language Models」(2020)で「データ量・パラメータ数・計算リソースを増やせば、その対数に比例してLLMの性能は上がっていく」という理論に触れ、AIがより賢くなる仕組みができたと思いました。ちょうどその頃、ChatGPTが会話だけでなく、コードの生成や理解まで可能になり、自分の中で大きなブレークスルーでした。

この流れを見て、「LLMは今後ますます精度が上がる」と強く感じました。データセンターの整備が進み、学習用データも増え続ける中で、皆がこぞってAIに投資することになる。LLMによるコード生成の精度向上に加え、AIエージェントが進化する余地も大変大きいーー。

こうした未来を見据えた時、「これはもう本当にAIがコードを書く時代がやってくる」と確信しました。そこで「AI駆動開発」という概念のもと、「これからはAIと共に開発していく」ということを広めたいと思ったんです。

安次嶺氏 私もChatGPTを使ったら、かなり仕事に応用できると感じました。仕事でAIに助けてもらうことが多くなり、「この先AIがさらに進化したら、自分の仕事はどうなるんだろう?」と不安を感じるようになったんです。こうした危機感から「これはもうトレンドを収集しないとまずい」と思い、第1回のAI駆動開発勉強会に参加しました。勉強会内で行われた「LT大会」に登壇させてもらったところ、思いのほか受け入れてもらい、運営に関わるようになりました。

長瀬氏 私はGitHub CopilotをChat機能が出る前から使っており、情報収集の一環として、GitHub Senior Architectの服部佑樹さんが登壇した第2回のAI駆動開発勉強会に参加しました。勉強会では、他にも優れたAIツールが数多く紹介されており、「これは激アツコミュニティだ!」と感じて参加を継続することにしたんです。運営にも興味はあったのですが、既に複数コミュニティの運営に関わっていたこともあり、すぐに踏み切ることはできませんでした。

しかし、現地での勉強会や懇親会に参加するうち、女性の参加者が非常に少ないことに気づきました。自分自身、居づらさを感じる場面もあったことから、「女性の仲間を増やしたい」という思いが芽生え、「運営側として何かできることはないか」と考えるようになったんです。こうした経緯から、運営に加わることを決めました。

長瀬氏

──「AI駆動開発」という言葉はとてもキャッチーですよね。この言葉には、どのような意味が込められているのでしょうか。

荒井氏 「AI駆動開発」という言葉については、当初違和感を持つ方も少なくなかったと思います。「テスト駆動開発」「ドメイン駆動設計」など、既に定着している“〜駆動”という用語がある中で、「果たして“駆動”という表現が本当に適切なのだろうか」という議論もありました。

言葉の正確さを突き詰めれば「生成AIによるチャット駆動開発」などが適切かもしれませんが、呼びにくく定着するイメージが湧かなかったんです。加えて、当時はAIがチャットベースで人間を手助けするイメージでしたが、将来的にはAIが自律的に開発できるようになるという予想もありました。こうした背景から、「AI駆動開発」と呼ぶことにし、コミュニティの名称を「AI駆動開発勉強会」としました。

インフラエンジニアにライトコーダーも。参加者層が変わってきた

──AI駆動開発勉強会の参加者は増加傾向にあり、5月に開催された「AI駆動開発Conference Spring 2025」には現地/オンライン参加を合わせて3000人以上の方が登録するなど、大きな盛り上がりを見せていますよね。参加者から寄せられた反響などがあれば教えてください。

安次嶺氏 登録者数はありがたいことに右肩上がりで、参加者の熱量も高まっていると感じています。登壇者へ積極的に質問したり、SNSで発信したりする動きが多く見られます。

岡村氏 参加者が1000人を超えてもさほど驚かなくなり、感覚がバグってきましたね(笑)。あとはとにかく話が尽きない印象です。特に「AI駆動開発Conference Spring 2025」では、懇親会が盛り上がってなかなか締められなかったですよね。

鈴木氏 参加者層の変化も感じます。立ち上げ当初は開発者が中心で、その中でもアンテナを広く張っている方が多い印象でしたが、回を重ねるごとにライトコーダーの方も増え、現在は参加者の一定数を占めています。

特に印象に残っているのは、2025年1月に開催した第5回のAI駆動開発勉強会です。この回には、大手クラウドベンダーの社員の方も参加され、属性の異なるインフラ領域の方にも関心を持ってもらえたことに驚きました。これをきっかけに同社の他の社員の方も数人参加され、「一大ムーブメントになってきているな」と感じました。

荒井氏 AIを使った開発はアプリケーションだけでなく、インフラやデザインなど、ITに関わる全ての人に影響しますね。

鈴木氏(左)、荒井氏

長瀬氏 今は新しいツールがどんどん出てきており、皆が“未開の地”を手探りで歩んでいるような状態ですよね。悩みながら試行錯誤して使っており、だからこそAI駆動開発勉強会は情報共有の場として盛り上がるのだと感じます。

加えて、女性を対象とした「AI駆動開発勉強会 Women's Base」では、参加者の雰囲気が少し異なります。従来のAI駆動開発勉強会は開発者の方が中心なのですが、4月にWomen's Baseの第1回を開催した際は「AIの力で自分も開発できるかもしれない」といった気持ちで参加される初心者の方も多かったです。より幅広い層の方に関心を持ってもらえるようになった感覚があります。

──参加者層の変化が確実にみられるのですね。社会のAIに対する意識も変わってきているのかもしれません。勉強会やカンファレンスの開催を重ねる中で、「変わった」と感じることや新たに見えてきたことはありますか。

岡村氏 個人的に強く感じることとして、“身近な人々の変化”があります。デザイナーなど、非エンジニア職種の方が「これって、もはやシステムだよね」と言いたくなるようなアウトプットを実現しています。

つい最近までCursorが覇権を握っていたAIツールシーンも、5月頃からClaude Codeが着目されるようになり、その変化のスピードは目まぐるしいです。1ヶ月後には新しいツールが登場しているかもしれません。

長瀬氏 企業へのAI導入も確実に進んでいると感じます。当初は「新しいAIツールが好きで個人的に使っている」という参加者が多かったのですが、最近は「自社で導入が決まったから、情報収集で来てみた」という方が増えました。参加者のスタンスが変わってきている印象です。

荒井氏 発表者の変化も大きいですね。当初は「会社では使えないけど、個人で使っています」という方が多かったのですが、今は「当社ではこうやってAIを使っています」と語れる人が増えました。企業にとっても“AI駆動開発をやっている”ということが、開発者に対するアピールやユーザーにとってのブランド価値向上につながるようになったと感じます。

私個人としては、「AI駆動開発」という言葉自体が世の中に浸透してきたと感じます。Yahoo!リアルタイム検索で「AI駆動開発」と検索すると、使っている人が増えているのが分かります。Xのプロフィール欄に「AI駆動開発エンジニア」などと書いてる人を見ると、思わず“いいね”を押してしまうことがよくあります(笑)。

2023年に「これからはAIで開発する時代です」と社内で提案した時は、十分に理解を得られていない感覚もありましたが、AIツールの性能が向上したこともあり、AI駆動の開発を経験した人は「もはやAIなしでは開発できない」という心情になっています。あくまで当社の場合ですが、AI駆動開発の概念が社内でも浸透してきたと思います。コミュニティで得られたノウハウを社内にも還元できているのは有意義なことでしょう。

現地参加の醍醐味は“脳汁体験”⁉

──参加を検討している方々に対して、「こんな風に関わってもらえたらうれしい」「こういう形で楽しんでほしい」といったイメージや期待があれば教えてください。

荒井氏 やはり新しい知見に触れてもらい、学ぶこと自体の楽しさを感じていただきたいですね。特に現地参加される方には、現地ならではの熱量を体感し、他の参加者や登壇者の方と交流していただけたらうれしいです。

勉強会やカンファレンスに現地参加すると、Xで相互フォローしている方と初めて顔を合わせることもあります。「あれ?あの人と同じ会場にいる?」と思って連絡すると、「前の列のこの席にいます!」「やっとお会いできましたね!」といったやりとりが生まれます。こうした出会いでは、普段SNSなどでは発信しないような深い話もできます。

長瀬氏 特にAI駆動開発のコミュニティは、懇親会の価値がすごく高いです。開発言語や使用しているツールが異なる人々と交流でき、非常に刺激になります。現地参加枠は毎回争奪戦状態なのですが、ぜひご参加いただきたいです。

岡村氏 私自身が面白いと思うのは、講演を聞いて初めて何かを知る、いわゆる“脳汁が出る”体験ですね(笑)。 AI駆動開発のイベントを運営していても「ずっとこういう話をしていたい!」と感じることがあります。ツールの組み合わせやアーキテクチャの工夫を聞くと、「その手があったか!」と膝を打ったり、「同じ同じ!」と共感したりします。これは、“AI駆動開発”という共通の興味関心を持つ人々が一堂に会するリアル開催ならではの良さだといえます。

荒井氏 トッププレーヤーとの交流も大変貴重です。例えば、Cursor Ambassadorなどトッププレイヤーとして活躍されている木下雄一朗(Kinopee)さん、Solomaker.devで有名なAlphaByte CEO の山崎大志さん、AIプラットフォーム「神威/KAMUI」を開発されているKandaQuantum 代表取締役社長の元木大介さん、日本の開発フローに合った独自のAI駆動開発ツール「GEAR.indigo」を開発されているRinteさんなど、視座が高い方を勉強会にお招きして直接お話しすることで、より一層濃い知識を吸収できます。

余談ですが、私が勉強会を開催するモチベーションの一つとして、“自分自身が学びたい”ということがあります。 ある分野に詳しい方に対して、SNSのダイレクトメッセージなどで「教えていただけませんか」と連絡するのはハードルが高いですが、「今度勉強会を開催するので、登壇していただけませんか」とお願いすれば、応じていただけることもある。自分の「もっと知りたい」という欲求を原動力に、勉強会を開催してきました。

参加者は新しいことを吸収でき、発表者にとっても発信の場になる。運営側も勉強できる。関わる全ての人にとってメリットがあるのが、コミュニティの良さだと感じています。

──脳汁が出る体験というのは興味深いです。「この時はまさに脳汁が出た」という具体的なエピソードがあれば教えていただけますか。

岡村氏 Rinteさんが2024年に発表した、開発ドキュメント(要件定義書・設計書)とソースコードをAIで生成するツール「GEAR.indigo」に出会った時には衝撃を受けました。2〜3年前に自分が書いたメモを見返したら、「自動で要件定義を生成するサービスを作りたい」と書いてあり、「できている!」とまさに脳汁が出た瞬間でした。

岡村氏

鈴木氏 取り組みに加え、活動のスタンスという観点でも、Kinopeeさんに刺激を受けています。行動力が圧倒的で、ツールをいち早く取り入れ、興味を持った人には積極的に会いに行く印象です。

荒井氏 第6回のAI駆動開発勉強会でご登壇いただいたクマイ総研主宰の熊井悠さんも印象的でした。熊井さんはAI活用を体系的に整理するとともに、常に一歩二歩先を見据えており、非常に勉強になります。

バイネームではないですが、エンタープライズ企業に所属して果敢に挑戦する方々が一定数いるのは、日本ならではのすごさだと感じます。すぐに成果が出るわけではない難しい領域ではあるものの、イベントなどで具体的な取り組みを伺えるのは興味深いです。

目指すはエンプラ領域におけるAI導入推進

──お話しいただいたように参加者層の多様化や社会全体の意識変革が進む中、AI駆動開発コミュニティでは今後どのような取り組みをしていきたいですか。

荒井氏 まずは、様々な層の方が参加しているので、それぞれの層にとって適切なコンテンツを届けたいという思いがあります。例えば、まだAI駆動開発ツールを使ったことがない初学者を対象としたハンズオン形式の勉強会や、特定のツールに深く関心がある人に向けたディープダイブ形式の勉強会も開催したいです。

個人的に一つの目標としているのは、“エンタープライズ領域におけるAI導入”です。Web系のアプリケーション開発はAIとの親和性が高く導入も進んでいますが、品質要件が高くなればなるほど、また企業規模が大きくなるほど導入のハードルも上がってきます。こうした難しい領域こそ、ノウハウを結集して議論を重ねる必要があると考えています。

鈴木氏 私も同感です。実際にその意識のもと「エンタープライズ部会」のようなクローズドな分科会を立ち上げています。エンタープライズ領域では、「社外秘情報を含むので表には出せない」「リリース前なので詳細は伏せたい」といった事情も多くあります。エンタープライズ領域の特性を考慮しながら、参加者の方々が安心して情報共有できる場の提供に取り組んでいます。

私は政府機関のデジタル統括アドバイザーなども務めている経験から、“技術的負債”を目にすることが少なくありません。40~50年前に書かれたCOBOLのソースコードが現役で動いているケースもあります。これまでは、そうしたコードを分析するだけでもコストがかかり、「ここから先は解析不能です」といった制約が多かったんです。

しかし最近では、AIの進化によってコードの解析自体は可能になってきました。レガシーシステムのマイグレーションを考える上で、“AIによるコード解析の実用化”が、大きな鍵になると感じています。

安次嶺氏 地方開催の必要性も強く感じています。やはり、地方ではイベントの機会が少ないのですが、情報を求めている人は確実にいます。2025年4月に香川県で地方初のイベント「AI駆動開発勉強会 in 四国」を開催し、そこから大阪府や沖縄県など開催地域を広げてきました。

同年5月に「AI駆動開発勉強会 沖縄支部 第1回」を開催した際は、参加者の方々から「今までこうしたイベントに行く機会がなかったので、開催してもらえてうれしい」といった声を多く頂き、「これはもう全国で展開していかないといけないな」と実感しました。現在は、運営メンバーを募りながら、全国各地で開催できる体制づくりを進めています。

安次嶺氏

──将来的には、海外展開なども視野に入れているのでしょうか。

長瀬氏 世界全体では、AI駆動開発の概念がまだ広まっていない国もあると感じます。米シアトルで開催されたMicrosoftのイベントに参加した際、さまざまな国の方に「AI駆動開発の状況はどうですか」と聞いたところ、国によっては全然進んでおらず、「そもそもAIのコミュニティ自体ない」という声もありました。こうした中、日本ではAI駆動開発コミュニティの働きもあり、かなり進んでいるのではないかと思います。

荒井氏 クラウドが登場した時にも感じたことですが、日本では新しいサービスを生み出す力や、ITの根幹に関わる技術が生まれにくくなっていると感じます。結果として、デジタル赤字6兆円越え(2024年時点)*1という状態につながっているのではないでしょうか。

「自国内で完結するサービスをつくっていく」という戦略も一つのやり方ですが、私はやはり、日本から新しいサービスを生み出し、世界を席巻することを目指すべきだと考えています。そして、その分岐点は“AIを使いこなせるかどうか”でしょう。「日本からグローバルを目指す」というのは、このコミュニティにおけるテーマの一つです。そのためには、AI駆動開発勉強会などのコミュニティを通して開発者同士がつながり、技術力やイノベーションを生み出す能力を高めていく必要があると思っています。AI駆動開発勉強会コミュニティがさらにお役に立てるようになると大変うれしいです。

取材:北川 雅士
執筆:大場 みのり
撮影:芝山 健太

*1:株式会社三菱総合研究所「デジタル赤字は6兆円を突破、生成AI等の活用で先行きも拡大へ」(2025年2月10日)