
JSConf JPは、Japan Node.js Associationが日本で開催するJavaScriptの祭典です。今年は11月16日(日)に、グラントウキョウサウスタワーで開催されます。本記事では、前身イベントである東京Node学園祭の時代から運営に携わり、現在もオーガナイザーを務める古川陽介さんにお話を伺いました。カンファレンスはどのように変化してきたのでしょうか。これまでの歴史や、JSConf JP 2025の見どころに迫ります。
東京Node学園祭からJSConf JPへ。より間口の広いカンファレンスを目指して
――まず、東京Node学園祭が発足した経緯や、古川さんが運営に携わるようになった理由からお聞かせください。
前身イベントである東京Node学園祭は、meso(清水俊博)さんが2011年に立ち上げました。mesoさんは、現在TSKaigiを運営されている方ですね。当時は、日本のアーリーアダプター層がNode.jsを使い始めていた頃でした。
記念すべき第1回には、Node.jsの生みの親であるRyan Dahlさんや、現Vercel社CEOのGuillermo Rauchさんといった著名な方々が招かれていました。私は初回から参加し、徐々に登壇もするようになりました。
ただ、登壇を重ねるうちに、運営メンバーとの圧倒的な知識量の差を痛感しました。当時の私はまだまだ、スキルが不足していたんですね。運営に携わることで多くの学びを得られるのではないかと考え、「何か手伝えることはありませんか」と声をかけて、関わるようになりました。
その後、2015年頃に前任のmesoさんが代表を離任され、後任として私が指名されたのが転機です。私が代表になってからは「海外志向」をより強めました。当時、Node.jsはアメリカやヨーロッパといった海外の方が盛り上がっており、多くの事例があったため、海外のエンジニアを日本に招いてイベントを開きたいという思いを以前から持っていたんです。
現地のイベントに赴いては「日本で東京Node学園祭というイベントがあるのですが、登壇しませんか」と直接交渉するなど、海外と日本のコミュニティをつなぐ活動を2018年頃まで数年間続けました。

――JSConf JPへと名称を変更したのはなぜでしょうか?
最大の理由は、「Node.js」という名称ではサーバーサイド技術に限定されているイメージが強かったことです。実際、登壇者候補の方から「サーバーサイドでNode.jsを使っていないので」と発表を躊躇されるケースがありました。そこで、より間口の広いJavaScriptのカンファレンスにすることで、あらゆるエンジニアが発表しやすい場にしたいと考えました。
とはいえ、スムーズにJSConfと名乗れたわけではありませんでした。JSConfという名を冠するカンファレンスはJSConf EUやJSConf.Asiaなど世界各地に存在しますが、設立者の意向で「のれん分け制度」が採用されています。JSConfを名乗るには「いずれかのJSConfイベントへの参加経験があること」「既存のJSConfオーガナイザーがメンターにつき、その推薦を得ること」といった、いくつかの基準をクリアする必要がありました。
この基準をクリアするのは簡単ではありませんでした。当初、私たちが東京Node学園祭で登壇者に直接声をかけて依頼していたことに対し、「JSConfの基本方針である『公平公正な機会の提供』に反するのではないか」という厳しい指摘も受けました。
しかし、メンターの方が「日本のJavaScript文化は欧米ほど浸透していないため、有名なエンジニアを招聘することも必要なんだ」と間に入ってくれたんです。そうした過程を経て、JSConf JPは設立されました。
JSConf JPの歴史を彩る。コミュニティを揺るがした伝説のセッションたち
――過去のカンファレンスの中で、特に思い出深いセッションはありますか?
印象的なセッションが三つあります。
一つ目は、2011年に開催された最初の東京Node学園祭でのセッションです。Guillermo Rauchさんのライブコーディングは伝説的でした。聴衆をあれほど惹きつけるライブコーディングが存在するのかと、衝撃を受けました。
Node.js上で図形を描画するライブラリを使い、日本の国旗を描くアプリケーションをゼロから開発していくのですが、タイピングが圧倒的に速いんです。通常、タイピングミスはバックスペースで修正しますが、彼は間違えた行を丸ごと削除して書き直した方が速いほどでした。普段から膨大な量の開発をしていて、ライブラリの仕様もすべて頭に入っているんでしょうね。その圧巻のパフォーマンスは、今も鮮明に記憶に残っています。
二つ目は、2016年の東京Node学園祭での、JSONの発明者であるDouglas Crockfordさんによる基調講演です。従来のHTMLとブラウザで成立しているWebのあり方を、JSONのようなマシンリーダブルなデータフォーマットを基盤に再構築するという、壮大なビジョンを語りました。Webの新しい形を創造していくという思想は、非常に刺激的でした。
三つ目は、JSConf JPになった後の2019年の基調講演です。当時Googleに在籍されていたkosamari(Mariko Kosaka)さんにご登壇いただきました。kosamariさんは、趣味の編み物とプログラミングを結びつけた経験を語ってくださいました。
編み物の「表編み」と「裏編み」をデジタルの「0」と「1」に見立て、編み物のデザインを自動化するアプリケーション開発に挑戦されたそうです。単に0と1を繰り返すだけでは模様がギザギザになってしまうため、フーリエ変換といった数学の知識を応用し、滑らかな曲線をニットで表現する手法をプログラミングで実現しました。
ご自身の趣味から始まった探求が、いかにして世界で活躍するエンジニアというキャリアにつながったのかという、ユニークな道のりをお話しいただきました。

豪華な二つの基調講演。「玄人好み」の最先端情報
――11月16日(日)にはいよいよJSConf JP 2025が開催されますね。例年との違いや、特に力を入れている点はありますか?
今年は基調講演を二つ用意した点が大きな特徴です。一つは、私から直接登壇を依頼したAllen Wirfs-Brockさんによる、JavaScriptの仕様の歴史をテーマにした講演。そしてもう一つが、公募の中から選ばれたJxckさんの講演です。
――それぞれの基調講演はどのような内容でしょうか?
まずAllen Wirfs-Brockさんは、JavaScriptの標準仕様であるECMAScriptの策定に深く関わってきた重要人物です。JavaScriptの仕様策定には、実は波乱に満ちた歴史があります。
JavaScriptが誕生した当初、標準化団体のW3Cに標準化を申請したものの、「HTMLやCSSとは違う、単なるプログラミング言語の一つだ」と拒否された経緯があります。
その後、ECMAという団体で標準化が進められましたが、バージョン4(ES4)の策定時に大きな混乱が起きました。JavaScriptの将来性に着目したMicrosoftやAdobeといった企業が、自社に有利な独自仕様を盛り込もうと激しく対立したんです。この状況を「カオスだ」として収拾したのが、Douglas Crockfordさんでした。結果としてES4は廃案となり、合意形成ができた最低限の仕様のみがバージョン5(ES5)としてリリースされました。
この混沌の時代を経て、「調和」を重視して策定されたのが、2015年に登場したバージョン6(ES6)です。このES6誕生の中心にいたのが、今回登壇いただくAllen Wirfs-Brockさんです。彼の思想は現在の仕様策定にも受け継がれており、ECMAScriptの仕様を策定する技術委員会TC39の議事録には、彼が執筆した「Webの仕様はどのように協調して作るべきか」という趣旨の論文がよく引用されています。
彼の基調講演では、JavaScriptが今日の発展を遂げるに至った物語が語られるはずです。タイトルもまさに「From Chaos to Harmony: A History of JavaScript(混沌から調和へ ― JavaScriptの歴史)」です。
もう一人のJxckさんは、東京Node学園祭時代からの運営メンバーであり、私よりもずっと長くWebを探求されてきた方です。特定の技術領域にとどまらず、HTML、CSS、HTTPといったWebを構成する技術全体を横断的に理解している、数少ない人物の一人です。今回の講演では、JavaScriptという枠を超え、「ソフトウェア産業は今後どうなっていくのか」といった、より大きな視点からの話が聞けるのではないかと期待しています。
――基調講演以外での今年のチャレンジはありますか?
カンファレンス全体として、最先端の技術テーマを揃えることに注力しました。たとえば、GoogleのエンジニアであるThomas Steinerさんには、Chromeに搭載されたAI機能をJavaScriptから利用するための専用APIについてお話しいただきます。
また、近年のJavaScriptはクライアントやサーバーだけでなく、CDNのエッジなど、非常に多様な環境で動作します。こうした環境間の垣根をなくし、共通の仕様を広げようという活動も進んでおり、その策定団体のメンバーにもご登壇いただきます。
――かなりレベルの高いセッションが多いのですね。
そうですね。先ほど「海外志向」を特徴として挙げましたが、「玄人好み」というのもJSConf JPらしさかもしれません。技術に精通したスタッフたちが公募から選考しているので、マニアックな内容が多くなりますね。

目指すは「調和」の場。JSConf JP 2025に向けて
――この記事の読者の中には、今後カンファレンスの運営に関わってみたいと考えている人もいるかと思います。そうした方々へ、何かアドバイスはありますか?
もし運営に興味があるなら、まずは多くのカンファレンスが募集しているボランティアスタッフとして参加してみるのが良いです。
私自身、カンファレンス運営に携わることで、より専門的な知識に触れる機会が格段に増えました。アプリケーションを開発しているだけでは得られないような深い話を聞くことができ、自身の専門性を高める上で非常に有益だったと感じています。
また、運営とは少し違いますが、個人的にはぜひ一度スピーカーとして登壇することもおすすめします。発表することで「あのテーマで話していた方ですね」と声をかけてもらえる機会が生まれ、コミュニティでのつながりが一層深まります。
――最後に、JSConf JP 2025に向けた意気込みをお聞かせください。
先ほどのAllenさんの話にもあった「混沌から調和へ」という言葉が、そのまま今年のJSConf JPのテーマにつながります。今年のテーマは「調和」です。
現在のJavaScriptの世界には、さまざまな情報が溢れ、混沌としている側面もあります。しかし、歴史を振り返れば、私たちの先人たちは常に調和を重んじる姿勢で困難を乗り越え、発展を築いてきました。
私たちもその精神に倣い、多様な技術や人々が調和するようなカンファレンスを創り上げていきたいと考えています。ぜひ、JSConf JP 2025を楽しみにしていてください。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子