あなたのキャリアに影響を与えた本は何ですか? 著名エンジニアの方々に聞いてみた【第七弾】

書籍には、特定領域の専門家たちが習得してきた知識のエッセンスが詰まっています。だからこそ「本を読むこと」は、ITエンジニアがスキルを向上させるうえで効果的な取り組みと言えます。では、著名エンジニアたちはこれまでどのような書籍を読み、そこから何を学んできたのでしょうか。今回は6人の著名なエンジニアのキャリアに影響を与えた“珠玉の書籍”を、ご本人にまつわるエピソードとともに紹介してもらいました。

※人名の50音順に掲載。回答者は敬称略。

天野祐介が紹介『コミュニティ・オブ・プラクティス』

www.shoeisha.co.jp

『コミュニティ・オブ・プラクティス』は、組織における非公式な学習コミュニティの重要性を、理論と実践の両面から解説した一冊です。本書では、共通の関心や問題を共有し、持続的な相互交流を通じて知識と技能を深めていく「実践コミュニティ」の概念を詳しく説明しています。

私にとってこの本が与えた最大の影響は、コミュニティという非公式な集団の持つ力に気づいたことです。特に印象的だったのは、「専門家の知識とは、経験の残留物が蓄積したものであり、生きているプロセスに近い」という記述でした。これは、知識が単なる情報ではなく、人々の活動や相互交流の不可欠な一部分であることを示しています。

スクラムマスターとして活動する中で、私はスクラムマスターの真の成果は組織に健全なコミュニティを作ることだと気づきました。本書で学んだ「領域・コミュニティ・実践」の三要素モデルは、私が組織でマネージャーをする上での基盤となりました。

組織を組織図として捉えるのではなく、実践コミュニティの集合体として捉え、それぞれのコミュニティが健全に機能するよう働きかけるという視点は、私にとって最も大きな転換点のひとつです。組織の学習と成長において、公式な構造だけでなく、実践コミュニティによる知識創造を促進したい方にぜひおすすめします。

uzullaが紹介『Linuxを256倍使うための本』

『Linuxを256倍使うための本』

当時(1997年ごろ)、Windows NT 3.51や4.0、FreeBSD 2.xで仕事をしていましたが、いかんせん「ライセンスの高さ」や「敷居の高さ」がありました。

そんな折、Linuxが注目され始めていて、私も秋葉原のLaser5でRed HatやSlackware + JEのCD-ROMを買ったりしていましたが、情報が少なく挫けそうに。

そんな時に(好きだった256倍シリーズの)『Linuxを256倍使うための本』を見つけました。シリーズを通じてかわらぬ軽快な語り口から“気軽なノリ”を感じ、Linuxに前向きに取り組めました。

いま振り返れば、その選択は正解でした。あの時期にめげずにLinuxに時間を投資できたのは、他の数ある書籍に加えて、何度も楽しく読み返せた同書のおかげだと思います。

そして、「カジュアルな振る舞いのハッカー」もアリなんだ!と(勝手に)解釈して…今に至ります。同書(と他の256倍シリーズ)がなければ、今の「私」ではなかったかもしれません。

兼平大資が紹介『Effective Java』

『Effective Java』

エンジニアとして経験が浅い頃に、先輩から勧められて手に取った書籍のひとつでした。

当時の私はJavaの文法を理解することで精一杯でしたが、『Effective Java』を通じて、言語仕様の背後にある設計思想に触れることができました。この本には、単に「どう書くか」だけではなく、「なぜそう設計するのか」という哲学が詰まっています。

これまでの開発の中でも、途中から変更が困難になるケースを多く経験してきました。ソフトウェアは常に他者の手を経て進化していくものであり、良い設計とは“育てられる構造”であると実感しています。

書籍に登場する責務分離や契約の定義といった考え方は、コードの安定性だけではなく、チーム間の信頼や再現性にもつながります。開発組織が大きくなるほど、属人的な判断ではなく再現可能な仕組みが求められるようになります。『Effective Java』で学んだ設計の思想は、スケールする組織を支える判断軸として今でも生き続けています。

現職のアソビューがJavaを採用していたのは偶然です。しかし、結果的にJavaとの出会いが今のキャリアを形成しており、その理解を深めるきっかけを作ってくれたのがこの書籍でした。

齋藤祐一郎が紹介『闘うプログラマー』

bookplus.nikkei.com

Windows NTの開発を取り上げたノンフィクション小説です。デヴィッド・カトラーとそれを取り巻く開発チームの人間模様が描かれています。

原題は『Showstopper!』といい、演技が止まるほどの喝采という意味と、プロジェクト進行が止まるほどの問題、両方の意味があるとされています。

プロジェクトは幾度もなくトラブルに見舞われ、そのたびにチームの中で衝突が起き、そして解決に向かって走っていきます。製品を世に出すために。それを達するために、「人生を書き換えるものすらいた」(本文中表現)のです。

僕はこの本を新人の頃に知り、その時はソフトウェア開発の現場というのは大変なんだなと感じるだけでした。しかしその後、さまざまなプロジェクトを経験し、今改めて読み直すとそういうこともあったなとより深みを持って読むことができます。

みなさんは、人生を変えるほど、コードを書き換えたことはありますか。

長谷川智希が紹介『バックアップ活用テクニック』

『バックアップ活用テクニック』

私は小学生のときにパソコンに出会って以来、仕事でもプライベートでも、常にコンピュータとともに生きてきました。そんな人生の中で出会った「印象深い本」は数多くありますが、今回ご紹介したいのは『バックアップ活用テクニック』という雑誌です。

『バックアップ活用テクニック』は1985年から1994年まで発刊されていた雑誌で、当時のパソコンや家庭用ゲーム機を対象に、ハードウェアやソフトウェアの解説、改造など幅広いテーマを扱っていました。

当時、中学生〜高校生だった私は、MSX2+ / turbo Rといったパソコンや家庭用ゲーム機で主にゲームを楽しんでいましたが、この雑誌を通して、メーカーが提供する範囲を超えた“低レイヤ”の仕様やハードウェアの世界に強い関心を持つようになりました。そして、そんな学生時代に得た知識や経験はコンピュータを仕事にするようになっても役に立っています。

『バックアップ活用テクニック』はもう発刊されていませんが、当時発刊されたものは現在でもAmazon Kindleで読めます。今すぐ役立つ内容は少ないかもしれませんが、当時の熱気や探究心を感じられると思いますので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください(PART 22にはスーパーファミコンの分解や改造の記事が掲載されており、『バックアップ活用テクニック』の雰囲気をよく味わえると思います)。

frenchbreadが紹介『7つの習慣』

fce-publishing.co.jp

ベストセラー書籍なのでご存知の方も多いと思います。エンジニアとして、というより、人生の指針のひとつになった本としてこの書籍を挙げました。

家族・仕事・趣味・お金など人にはそれぞれ「何を中心に行動するか」の対象がありますが、特定の何かに依存しすぎるとその対象物に振り回されるので、自分の中で「行動原則」を作りすべてその原則を心がけて行動すべし、というのが当書の教えだと理解しています。

この考えを頭に置いてから周囲の人物を観察すると、たとえば会社でもよくできる人ほど発言や行動にブレがなく、自分なりの「原則」を築けている人なのだろうと感じるようになりました。

自分が悩ましい状況・困った状況に置かれたときも、冷静に「自分の価値観(原則)と照らし合わせて、今はどう振る舞うべきだろう」と考え直す習慣が少しついたおかげで、メンタルを安定させた状態で仕事を続けられ、新しいことにチャレンジできているのかなと思います。

購入したのは17年も前ですが、今でもたまに読み返す一冊です。

編集:中薗昴