Findy Engineer Lab

エンジニアのちょい先を考えるメディア

仮にコンピューターが無くなっても食っていける。課題解決のスキルは生き残るから。CTOを経験して得た大きな学びとは【前編】

「立場が人を育てる」という言葉があります。責任のある役割に就くことで、その立場にふさわしいスキルや知識、人間性が身に付くという意味です。人は重要な役割を任されると、事業やプロジェクトを成功させるために思考・行動し、問題解決能力やリーダーシップが養われます。チャレンジングな環境に身を置くことでひたむきに努力し、成長するのです。

さまざまな役割があるなかでも、開発組織をけん引するCTOのポジションは、業務の難易度の高さや責任の重さなどから、その成長の度合いも著しいものがあります。今回は前職でCTOを経験した、株式会社LayerXの新多真琴さんと篠塚史弥さん、星北斗さんに前編・後編に分けてインタビュー。前編ではCTOを担って得られた学びについて聞きました。

CTO経験者が数多く所属するLayerX

――今回インタビューに参加してくださったみなさんは前職でCTOを担われていますが、LayerXには他にもCTO経験者が多く所属されています。前提として、なぜ優秀な方々がLayerXに集っているのでしょうか?

篠塚:CTO経験者に限らず、エンジニアを惹きつける要素が複数存在しているからだと思っています。まず、経営陣が「テクノロジーに対して徹底的に投資する」という姿勢を持っていることは大きな要因です。LayerXには「Bet Technology」という行動指針があります。これは「⻑期的には技術が勝つと信じ、技術に賭ける選択をしよう」といった意味合いです。

この指針の通り、LayerXでは経済活動をデジタル化するためのプロダクトをすさまじいスピードで生み出しています。エンジニアリングが事業の成長に直結するという環境が、私にとってはすごく面白いと感じました。

新多:CTOを担う人は多かれ少なかれ「一度は自分ですべて経験してみて、何が得られるか試してみよう」という気持ちを持っていると思いますし、私もそのタイプでした。そして、CTOとして経験を積む過程で自分の得手不得手が見えてきたんですよね。苦手な部分については誰かに背中を預けられるようなチームで、もう一度新しいチャレンジをしたいと思って、転職を考えました。

ただ、すでに完成されている企業に自分が入るイメージが湧かなくて、かといって再びゼロからスタートアップを立ち上げたいかというと、それもまた違う。まだ未完成でいろいろなことをやれる余地があるけれど、強い仲間が揃っていて背中を預けられるような環境が良くて、LayerXがその条件に合致していました。

新多真琴さん

:私の場合、LayerXが解こうとしている社会課題に関心があったのも大きかったです。私は前職でCTOを担う前に、コーポレートエンジニアリングの部門をマネジメントしていて、その活動を通じてだんだんと会社や事業、お金、人などに興味が湧いてきました。

LayerXは「すべての経済活動を、デジタル化する。」というミッションを掲げています。まさにその思いは自分が志向している領域とマッチしていて。かつ、それを優秀なメンバーたちが強い思いを持ってテクノロジーの力で解決しようとしている。その相乗効果が面白いと思って入社しました。

それから、これは個人的な目標になりますが「未来の当たり前を作りたい」という思いが大学時代からずっとあり、前職ではtoCのサービスを作ってきたんですよ。前職から転職するときに、キャリアの区切りだから戦うフィールドを変えたい気持ちもあり、それもあってtoBの事業に移ったという経緯もありました。

「責任を取る立場」になったことで見えたもの

――CTOというポジションを担ううえでは、難易度の高い業務や乗り越えなければならない課題が山ほどあったと思うのですが、特に印象的だったものはありますか?

新多:仮にやったことがないことだとしても「できない」と言えないんですよね。要するに、開発組織の方針について、最終的な意思決定権を持つのは自分しかいないので。あらゆる手段で情報をかき集めて、正解らしきものを決断しなければならない。それまでの自分のキャリアには存在しなかった経験なので、最初はやはり戸惑いがありましたね。CTOになってから気付いた「腹を決めなければならないんだな」というポイントのひとつでした。

篠塚:すごくわかります。CTOは技術責任者だからこそ、これまで自分が関わったことのない技術領域も見なければならないし、その課題に対して解答を持っていなければならないのは大変でした。当たり前のことですけれど、最終的な責任がすべて自分にあるんだということを痛感しましたね。

最終的な意思決定の責任をすべて自分が持つので、ネガティブに言えば逃げ場がないですね。ただ、ポジティブな言い方をすると、実現したいビジョンを明確に持ってさえいれば、決定権を持っているからこそ、そこに向かって進みやすいという側面はあります。

一方で、会社を経営していく立場だからこそすべてが思い通りになるわけではなく、自分がやりたいことと反する意思決定をしなければならないことも多くあるわけです。そういった、一筋縄ではいかないシチュエーションに数多く直面したのは、CTOを担ったからこそだったと思っています。

もちろん気が進まないこともあるんですが、嫌だと言っているだけでは何も前に進まないですし、自分が決めなければ開発組織のみんなや会社そのものに迷惑がかかってしまいます。そんなときには「目指すビジョンを実現する上で、短期的に見ればこの決断は遠回りになるかもしれないけれど、長期的に見れば必要なことなんだ」といった気持ちを持っておくことが、すごく重要だと考えています。

星北斗さん

――エンジニアのようにテクノロジーを扱っている方々は、「わかりやすく結果が出る仕事」や「不確実性の少ないタスク」を好む傾向があります。一方でCTOというポジションは、ビジネスの市場や自社の事業、組織に所属する人々といった、明確な答えがなく不確実性の要素を扱いますよね。仕事の性質が変わったことへの戸惑いはありませんでしたか?

:もちろん大変さはありましたが、新多さんが言ってくれたように「腹を決めた」という側面はあったと思います。私の場合はCTOになる前にずっとマネージャーをやっていたんですが、そのキャリアのなかで「自分の決断や行動、会話が他の人の人生に影響を与えるんだ」ということに自覚的になったタイミングがありました。それに気付いたときに、自分自身が扱う仕事の性質が変わったという自覚が生まれたんだと思います。

篠塚:仕事の性質が変わって戸惑いはありましたけれど、そんなときは社内だけではなく社外の人に相談して、新しい視点を身に付けていきましたね。社外のコミュニティなどでCTO経験者から「こういったときは、こう考えて意思決定していかなければならない」とか「こういったマネジメントスキルやヒューマンスキルを身に付けるといいよ」などと教えてもらって。外部の人たちに助けてもらいながら成長してきました。

新多:社外の仲間とメンターの存在はめちゃくちゃ大きいですよ。CTOは会社に1人しかいないので、社内では相談できない悩みも多いですからね。

より抽象度の高い課題を解けるようになった

――ここまで話していただいたような経験を積んだことは、ご自身の価値観にどのような影響を与えたでしょうか?

篠塚:最終的に自分が責任を取らなければならないとしても、すべてを自分の手の届く範囲で解決しなくてもいいという教訓を学びました。むしろ、社内外を問わずに「こういう領域はこの人が得意だな」とか「このテーマはこの人に相談しよう」と頼れる人を、普段から見つけておくことが重要だと気付かされましたね。

それらの経験は現在のLayerXの業務においても、何か有事が起きたときに頼れる人を見つけておくとか、もし自分がいなくなったとしても問題なく動けるような自己組織化したチームを構築していくという行動につながっています。

:目指したい世界観を持っておくことが大事という話をしましたが、その“世界観”の範囲が広がったように思います。自分自身だけではなく、周囲にいる人々も含めてどうなっているべきなのか、そのために周りの人たちをどのように巻き込んでいくべきなのかということを、常に考えるようになりました。

篠塚:メタな視点が得られたという感じですね。

篠塚史弥さん

:それからキャリアという意味で言えば、「どんな仕事をするとしても、なんとか生きてはいけるだろう」という、良い意味での図太さが身に付きましたね。

新多:極論、「何が起きても死なないでしょう」という。

:そうそう。極端な話をすると、世界中のコンピューターがある日、突然停止したとしても、自分は課題解決が好きだからどんな仕事をやってもきっとなんとかできる。エンジニアリングだけではない領域で、いろいろ問題に向き合ってきましたから。

新多:私はCTOの経験を通じて、解ける課題の抽象度が高くなりました。会社のビジョンやミッション、事業計画やプロダクトロードマップがあり、そこから開発組織のエピックやタスクがあるという抽象から具体までのグラデーションが存在するなかで、「自分は今どのような抽象度の課題を解こうとしているのか」を俯瞰して考えられるようになったのは、CTOを務めたからこそ習得できたスキルだと思います。

経営に携わったからこそ身に付いた視点

――CTOは経営者としての役割もありますから、技術や開発組織のことだけではなく、事業やお金のことについても考えなければなりません。そうした経験を通じての学びはありますか?

:会社が生き残るためには、苦渋の決断をしなければならないこともあります。その状況下で自分には何ができるのかを考え続けるのは本当に大変ですし、前職で自分がやりきれなかった反省点も山ほどあります。

篠塚:経営方針が変わったり市場が変化したりして、会社を筋肉質にしなければならない局面はありますからね。

新多:結局のところ、お金と人以上に困難なことはないですよね。資金調達環境が悪化する「スタートアップ冬の時代」という状況が今も続いていますが、それを潮目として大変な思いをしている会社はたくさんあると思います。そして、どう立て直していこうかと悩んでいるCTOの方々もすごく多いはずです。

私たち3人も大なり小なりそういう経験をしてきて、うまくできたことも、できなかったことも含めて自分の糧にしてきました。同じ失敗をくり返さないために、もっとうまくやるために何ができるのかを、周りの力も借りつつ試行錯誤しているのが今だと思います。

――企業の経営に関与したことは、その後のキャリアにおいてどのような点がプラスになったでしょうか?

篠塚:学んだ点は数多くありますが、たとえば開発組織そのものを俯瞰した目でも見られるようになりました。テクノロジーやプロダクト、組織をひとつの経営資源であると抽象的に捉えつつ、現場の具体的な業務に取り組むといったように、シームレスに目線を切り替えられるようになりました。

:確かに、視点切り替えができるようになったのは大きいですね。ロールプレイングゲームでフィールドの全体マップを見ながらプレイするようなものですね。事業や組織全体を捉えつつ、目の前にある課題を解いていくことが、自然とできるようになった気がします。

新多:そういう意味では、3人ともLayerXに来てから組織に馴染むのが早かったですね。

:それはそうだね。

篠塚:何かについて考えるとき、常に思考のベースになるものがありますよね。もちろん、新しい環境に来たのでこれまでの自分自身の経験をアンラーニングしていくことは大事なんですけれど、それはすべての記憶を忘れましょうという意味ではなくて、もともと持っている良い部分は残しつつ不適切になった習慣を無くしていくということ。だからこそ、CTOの経験を通じて思考のベースになる要素をたくさん学べたのは、現在のLayerXの業務でもかなり助けになっています。

取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子