「人生のフェーズが変わっても、働き続けられる会社」を実現するには。万葉とウエディングパークの組織づくり

IT業界では「女性エンジニアの割合をどう増やすか」が長年の課題として語られてきました。ただ採用数を増やすだけでは、持続的に多様性ある組織を築くことはできません。出産や育児といったライフイベントを経ても、安心してキャリアを継続できる環境づくりが必要です。この記事では、そんな課題に真正面から向き合い、「働き続けられる会社」を目指してきた株式会社万葉株式会社ウエディングパークの取り組みに迫ります。モデレーターは、NPO法人Waffleのカリキュラム・マネージャーである鳥井雪さんです。

社内に、女性のロールモデルがたくさんいる環境

鳥井:本日はよろしくお願いします。まずは、自己紹介から始めましょうか。鳥井雪です。私は若年層向けにIT教育を行うNPO法人Waffleのカリキュラム・マネージャーとして働いています。前職では、万葉で15年ほどエンジニアとして働いていました。Waffleへの転職後も、万葉のフェローとして関わっています。そんなこともあり、久保さんとは長い付き合いです。

久保:私は万葉の副社長をしております久保優子と申します。2007年に大場寧子とともに万葉を立ち上げまして、今年で19期目、7月から20期目に入るところです。万葉はRubyの受託開発を中心に、事業を運営しています。トップが女性ということもあり、応募者や従業員の女性割合が他のIT企業と比べて高い会社です。

若宮:ウエディングパークに2017年新卒のエンジニアとして入社した、若宮奈々と申します。当社は、「ウエディング×デジタル技術活用」の領域でメディアやSaaSなどを提供しています。入社後はtoBのサービスをメインに担当しました。2年ほど前からエンジニアリングマネージャーになり、チームづくりや組織づくりに携わりました。現在は再びエンジニアに戻り、エンジニア組織を横断的に管轄する、TECH戦略室というチームに所属しています。採用や育成を中心として、組織づくりに関わっています。ウエディングパークも応募者や従業員の女性割合が比較的高いです。

鳥井雪さん

鳥井:両企業とも、女性がとても活躍されている環境ですよね。そもそも、なぜ女性にとって働きやすい環境を実現できているのだと思いますか?

久保:私も大場も子どもを産んでいて、「自分たちがしんどかったのと同じ経験を、万葉の社員にはさせたくない」というポリシーを持っています。私の場合、子どもの夜泣きがひどくて、翌日に寝不足で働くのが本当に辛かったんです。そんな状態でも仕事をしていたのは「みんなフルタイムで働いているんだから、私も頑張らないと」というプレッシャーがあったからだと思います。万葉の社員には、そうした気持ちを持ってほしくないですね。

たとえば、「育休に入りますが、技術力が落ちないように隙間時間で勉強します」と言ってくれる社員もいますけれど、そんな人には「無理して勉強しなくていいから、まずはあなたと子どもが生き残ることを第一に考えて」と伝えています。技術力は後からいくらでも取り戻せますから。

鳥井:私も一人目の子どもを産んだとき、そう言ってもらえて気持ちが本当に楽になりました。

若宮:ウエディングパークは「社内の女性社員が、次の世代の女性社員のロールモデルになっている」という風土があります。挑戦を後押しするカルチャーが根付いており、自発的に何かを提案した社員に対して、積極的に重要な仕事を任せて育てています。そうして女性社員がキャリアを築くことで、他の社員に勇気を与えていますね。

鳥井:女性エンジニアの応募者数や採用数が多い理由は、どこにあるとお考えですか?

若宮:ウエディングパークは新卒採用にも力を入れており、採用面接などで応募者が女性エンジニアと話す機会が多いです。実際に女性エンジニアと話すことで「この人たちと一緒に働けるのか」という安心感が生まれるんだと思います。また、結婚関連のサービスを運営していて、女性にとって関心の高い事業内容なのもプラスになっています。

久保:万葉の場合、大場も私も女性で、かつ現役のエンジニアというのが大きいです。それに、カジュアル面談で応募者に「どんな人と話したいですか?」と尋ねると「子育てしながら働いている方の話を聞きたい」と希望される方も多いです。やはり、社内にロールモデルがいることが、女性の応募や採用につながっているんだと思います。

仕事とプライベートの両立を支える“会社の雰囲気”

鳥井:出産・育児・介護などのライフイベントと仕事の両立について、実体験や自社で働く方々の事例を踏まえて、感じていることはありますか?

若宮:私はまだ産休・育休を取ったことはありませんが、周りには男女問わず取得しているメンバーが多くいます。そうしたメンバーを見ていて感じるのは、そもそも社内に「休暇を取りやすい雰囲気」があることです。また、休業後に同じポジションに復帰して活躍している人も多いので、それが安心感につながっています。こういったことが、次の挑戦を生むきっかけにもなっています。

久保優子さん

久保:万葉も男性の育休取得率は高めで、直近では今月(取材時点)から育休に入った男性がいます。この事例では、受託開発のお客さまも「育休が終わったら戻ってきてね」と快く認めてくださり、復帰後も同じ現場で働ける環境を整えることができました。クライアントの方々がこうした理解を示してくださるのは、本当にありがたいですね。

鳥井:お客さまとの良好な関係があってこそですね。

久保:それから、万葉ではお客さまと「月あたり○○時間の稼働」という形式で契約を結んでいますが、産休・育休から復帰したばかりの社員は稼働時間を減らして契約するケースもあります。その場合でも、社員の給料は変えません。会社の売上を抑えてでも、社員が働きやすい環境づくりを優先しています。

また、お客さまが満足していれば働き方はなんでもいいというスタンスなので、仕事の中抜けも可能ですし、特に理由のない時短勤務も希望すれば可能です。「会社がその人に期待すること」と「お客さまが万葉に期待すること」を達成できていれば、それで構いません。

鳥井:働き方の柔軟性は、私生活と仕事との両立にも役立ちそうですね。ウエディングパークでは、稼働時間の工夫はどのようにされていますか?

若宮:ウエディングパークでは時差出勤が可能で、8時から10時の間で30分刻みに始業時間を選べます。たとえば、保育園のお迎えに行く日は早めに出勤して早めに帰る、逆に送迎のために遅めに出勤する、といった調整ができます。また、有給休暇の取得率も高く特別休暇も多いので、学校の行事や家族のイベントなどはもちろん、個人の予定に合わせて休みを取得するメンバーも多い印象です。

鳥井:ウエディングパークも万葉も、働き方に関する社内の理解がすごくある会社ですよね。そうした共通認識をつくるために、普段から意識していることはありますか?

久保:少なくとも万葉の役員は、「家庭を最優先にするのが当たり前だよ」という態度を率先して見せています。以前、ある社員が「あ、やばい!」と言い出したので理由を聞いたら、「奥さんに炊飯器のセットを頼まれていたのに、忘れてしまった」と。すると、私たちやチームの社員が口々に「今すぐ家に戻ったほうがいいよ!」と伝えました。仕事の代わりは私たちでできますが、家庭でトラブルが起きても解決のお手伝いはできないですからね。

若宮:ウエディングパークも役員陣に家族がいる人も多いですし、「働く人が幸せでないと幸せなサービスは提供できない」という考えが根付いています。特別に何かの施策に取り組んでいるわけではなく、身の回りの人たちがやっているので、自然と自分もやっているという感覚ですね。

働きやすい環境を実現するために、どんな制度や仕組みが必要?

鳥井:ウエディングパークでは、メンバーの声をもとに新しい制度が生まれる文化があるとお聞きしました。そういった文化が働きやすさに寄与している例はありますか?

若宮:はい。「せどつく(制度をつくるの略)」という、新卒入社1年目の社員が会社の新しい制度を経営陣に提案する仕組みです。1年目から経営陣と同じ目線に立った決断を経験してもらうことで、会社全体を俯瞰して物事を考える機会を創出しています。

生まれた制度の例を挙げると、コミュニケーション面で特に社員から人気のあるのは「コーシー」です。これはオフィス出社時の社内コミュニケーション活性化のために、カフェでのコーヒーブレイク代を会社が支給する制度です。同僚に「時間があったらコーヒー行きませんか?」と気軽に声をかけ、雑談を通じて良好な関係性を築けています。

若宮奈々さん

鳥井:家族に関連する制度はありますか?

若宮:年に一度、家族と一緒に過ごす1日を休日として取得できる「家族へありが10(とう)」という制度があります。休暇後は「どんな1日を過ごしたか」をSlackチャンネルに投稿するのですが、こうした活動を通じて、家族との時間を大切にする文化が会社全体に根付いていますね。

久保:万葉では、制度として家族との交流を促す仕組みは設けていません。でも、会社の飲み会や、ボードゲーム会のときなどに、子どもを連れてくるのを歓迎しています。逆に、万葉は「申請の手続きが面倒」というタイプの人が多いので、ウエディングパークさんのように制度をつくっても、たぶん誰も申請しないですね。

鳥井:確かに。私も経費精算ですら「面倒くさいなー」と思っていましたから(笑)。別のテーマについてもお聞きしたいのですが、組織づくりの施策の中で、予想よりも大変だったことはありますか?

若宮:目標設定の仕組みに、新しい要素を取り入れようとした事例があります。その過程が難しかったですね。前提として、ウエディングパークでは「エンジニアやデザイナーなどのクリエイターが、事業成長をリードすること」が求められているフェーズです。個々人が出す成果を、今後はより大きくしていく必要があります。

そして、TECH戦略室のメンバーたちは横断的にエンジニアたちを見ていく過程で「その人が成果を出せるか出せないかは、目標設定によって大きく左右される」と判断しました。そこで、目標設定用のシートを作成し、マネージャーとメンバーの会話に活用してもらう仕組みにしました。

そのシートは、仕事における「求められていること」と「自分ができること」の重なる点を見つけやすくするためのものでした。ですが、キャリアを描くことに難しさを感じるメンバーもいましたし、マネージャーも相手のすべてを理解しているわけではないのでうまくアドバイスできないケースもありました。仕組みの定着には苦労しましたね。

鳥井:その難しさを、どうやって乗り越えたんですか?

若宮:TECH戦略室のメンバーが、特に若手のエンジニアと伴走する形で、まずはそのシートを書ききることを目指しました。TECH戦略室のメンバーは若手エンジニアよりも経験値があるので、仕事のパフォーマンスを上げる方法を一緒に考えたり、本人が気づいていない強みを代わりに言語化したりするサポートを行いました。そうするうちに、小さな成功事例が積み重なり、定着につながっていきました。

久保:万葉ではそもそも目標設定をせず「実績に裏打ちされた保有スキル」を評価していますね。万葉の失敗事例についても話すと、過去にはツリー構造の組織づくりがうまくいきませんでした。エンジニアを中間管理職のポジションに配置したところ、辞めてしまうケースが出てきたんですよ。万葉のエンジニアは「ずっとコードを書いていたい」というタイプが多いですし、管理職特有の苦悩もありますからね。

それでツリー構造をやめ、ホラクラシー(各メンバーが裁量権を持ち、上下関係ではなく横の連携で成り立つ自律的な組織)という考え方を取り入れました。会社に必要な活動は、特定の誰かだけが担うのではなく、全員が少しずつ担う形にしています。

会社は人がいて初めて成り立つもの

鳥井:「誰にとっても働きやすい会社」が増えることは、IT業界にとってどのような意義があると思いますか?

若宮:私は「働きやすい会社が増えて、その結果としてIT業界全体が活性化すること」に価値があると思っています。私はものづくりに魂を燃やしたいですし、そういう気持ちを持つ人たちが周りにたくさんいる会社で働きたいです。多様な人たちが働き続けられる環境ならば、情熱のある人が辞めずに済み、新しいサービスや事業が世の中にもっと生まれます。

久保:これは意地悪な返事になるんですけれど、本当の意味で「誰にとっても働きやすい会社」なんて、私はないと思っています。たとえば、万葉に「女性は家で家事をすべきだ」という価値観の社員が入社したら、その人はたぶん居心地が悪いですよね。

だから正確には、万葉を「私たちの考え・理念に共感できる人であれば、ライフステージが変わっても働きやすい会社」にしたいと思っています。そういう会社があることで、きっとIT業界にとってもプラスになるはずです。

鳥井:最後に、これから組織づくりに関わっていく人たちに向けて、伝えたいことがあればお願いします。

久保:会社は人がいて初めて成り立つものなので、「雇ってやっている」みたいな考え方は通用しないと思っています。「どうすれば、みんなに働き続けてもらえるか」を、経営者は一生懸命に考える必要がありますよね。

そして、今回のインタビューでは私たちの価値観をお伝えしましたが、万葉の文化に合わない人も世の中には当然いると思います。そういう人は、自分の価値観に合う会社を探して、同じ思いの人たちが心地よく働ける環境にすればいい。大事なのは、「こういう会社を目指したい」という信念を持つことだと考えています。

若宮:組織は生き物のようなもので、日々変化します。その変化の中で「自分は何をすべきか」がわからなくなることもあるかもしれません。私自身、数年前にマネージャーだった頃は、そういう状態になったことがありました。悩みましたが「自分の発言や行動は、受け取る側にとってプラスになるか」という基準に基づいて、その都度判断しようと決めました。

組織を改善する上で、わかりやすく「これをすれば確実に成果が出る」という答えはありません。だからこそ、目の前の課題や人と常に向き合って、改善を地道に、タフにやり続けるしかないんだろうなと思っています。

鳥井:両企業とも、“らしさ”がすごく出ていましたね。今回はありがとうございました。

取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子