株式会社オープンロジでCTOとして「物流版AWS」の実現を目指し、技術面から事業をリードしている尾藤正人(@bto)さん。過去3社でのCTO経験のほか、数社の技術顧問や未踏ジュニアのPMとしても活躍するなど、日本のIT業界を牽引してきました。
尾藤さんご自身も2003年にIPA未踏ユースに採択された経験を持つ、根っからの技術が大好きなエンジニアです。一方で、最近は日本のIT業界が抱える課題やエンジニアが身につけるべきビジネス知識についての持論を積極的に発信しています。
インターネットビジネスに出会う前は「技術にしか興味がなかった」という尾藤さん。一体どのような経験を重ねたことでスタートアップCTOとしてのキャリアを極めていくことになったのでしょうか?コンピューターとの出会いからスタートアップで生き抜くために必要な考え方まで、幅広くお話をうかがいました。
UNIXと出会い、沼にハマってプログラマーの道へ
──尾藤さんはこれまで数社にわたってCTOとして活動されてきました。 そんな尾藤さんは2003年にIPA未踏ユースに採択されています。そもそも尾藤さんがプログラミングに興味を持ったきっかけは何でしたか?
尾藤 僕が本格的に技術に興味を持ったのは、高専の4年生のときです。通っていた愛媛の新居浜高専で、インターネットが使えるようになったのがきっかけです。昔はAC系と呼ばれていたアカデミック系のネットワーク網があって、愛媛大学から新居浜高専まで専用線でつながったのです。
僕は電子制御工学科にいて、弱電という分野で電子回路などを学んでいました。情報系は詳しくなかったので、インターネットをまったく知りませんでした。でも使ってみて「これは面白いなー」と思い、指導教官だった先生にいろいろ質問したのです。
そこで先生から、インターネットのサーバーはUNIXというOSで動いていること、そのUNIXというOSにはLinuxやFreeBSDなどいろんな種類があることを聞きました。
僕は当時NECのPC98を使っていたので、先生に言われるままにFreeBSD(98)を自分のPCにインストールして使い始めました。そこからですね、沼にハマったのは。
プログラミングを始めたのも、UNIXを学ぼうと思うと、そもそもネイティブ言語であるC言語を読めないとどうしようもなくて。そういった経緯でC言語を勉強し始めました。
── UNIXが面白くなって、仕事としてプログラマーの道に進もうと決めたのですか?
尾藤 決めたというか、自分が楽しいことをやりたいと考えていました。やっぱりUNIXが好きだったので、UNIXから離れたくなくて。
あと、もともと縛られることが嫌なんです(笑)。自由でいることをした重視した結果、大企業ではなくベンチャーでUNIXを使えるところで就職を考えました。ただ、その頃はベンチャーへの就職に関する情報も少なかったんです。
当時、『Linuxマガジン』という雑誌があって、HDE(現HENNGE)という会社がそこに広告を出していました。ここならベンチャーだしUNIXで仕事できるだろうと思い、HDEに入社しました。
── UNIXドリブンな就職活動だったんですね!
オープンソースは知りたい欲求を満たしてくれた
── UNIXのどこに面白さを感じたのでしょうか?
尾藤 オープンソースという点が大きいです。MS-DOSやWindowsのようなプロプライエタリなOSは、内部が公開されていない。
一方、オープンソースの世界だと、情報を公開することが原則になっていて、誰でも仕組みが見られるし、改造もできる。だから、オープンソースの文化がすごく好きだというのがありました。
── オープンソースで世界中とつながって、他の人と交流しながら楽しんでいたのですね。
尾藤 僕は物事の仕組みを理解するのがすごく好きなんです。それが何故そういう結果になっているのかを理解したい、という欲求がすごく強い。
反対に、原理・原則が分からないまま盲目的に物事を使い始めるのは苦手です。 だから仕組みが公開されているオープンソースは、とても面白いです。
山田進太郎氏に誘われてスタートアップの世界へ
── 尾藤さんは山田進太郎氏(メルカリ代表)が起業したウノウに、一人目のエンジニアとして入社されました。山田氏との出会いと、CTOになった経緯について教えていただけますか?
尾藤 彼(山田氏)とは、サンフランシスコの語学学校で出会いました。まさかそんなところにIT系の人がいるとは思いませんよね(笑)。
最初、彼と話をしたとき、「この人、IT系のことにやたら詳しいな」と感じて。自分が実は未踏採択者だということを伝えたときも話が通じたので、「なんでこの人は未踏のことを知っているんだろう」と驚きました。
当時、僕は技術にしか興味がなく、インターネットビジネスのことは本当にまったく知りませんでした。彼からITベンチャーに関する話を聞いて、そんな世界があるんだと知ったんです。ビジネスは未知の世界だったので、とても面白いと思いました。
当時ウノウは有限会社でしたが、株式会社化して大きくするという話を聞いたので、「じゃあ俺も一緒に」といったノリで参画しました。
── そのときまでは本当にUNIXや低レイヤーにしか興味がなかったのですね。
尾藤 Webサービスもいろいろ出ていましたが、UNIX以外にはまったく興味がありませんでした。でも、彼から聞いた話は僕のまったく知らない世界だったので面白かったです。基本的に、自分の知らないことって面白いので。
── 最初にお話しされていた「分からないまま物事を進めるのは苦手」という性質が発動したのかもしれないですね。
尾藤 そうですね。やっぱり物事の仕組みを理解するのがすごく好きなので。それはあるかもしれません。
失敗から学んだ「人」と「コンピュータ」の違い
── 尾藤さんは2022年に「失敗から学ぶエンジニア組織論」といったテーマで登壇されていました。個人として、失敗から学んだことはありますか?
尾藤 マネジメントについては大きな学びがありましたね。ウノウにいた頃はまだ20代後半で、マネジメントにはノータッチでまったく向き合っていなかったんです。当時は結構尖っていたので、周囲のメンバーに文句を言ったり、失敗を責めたりしたこともありました。
自分がやってきたCTOとしての振る舞いがワークしていなかったことに気づいたのは、退職して過去を振り返ってからのことでした。自分を変えなければならないな、と反省しましたね。
── 振り返って、どのようなことに気づいたのですか?
尾藤 よくよく考えてみたのですが、「人」と「コンピューター」はとてもよく似ています。人とコンピューターというのは、組織設計とシステム設計のことです。
組織設計とシステム設計はよく似ていますが、唯一違うのは、コンピューターは指示した通りに動くことです。失敗を想定したりせず、本当に指示された通りにしか動かない。人間は逆で、指示した通りに動きません。さらに指示した内容が間違っていたら、勝手にエラーハンドリングをしてくれます。
コンピューターと人間のこの差分も埋めることができれば、システム設計でやっているようなことが、組織設計にも使えると考えたのです。コンピューターを扱うのと同じように人を扱うと失敗します。では人はどうやって扱えばいいのか。そう考えると、やり方が定まってくるのではないでしょうか。
ネガティブフィードバックのコツは第三者視点のストーリー構築
── 人間関係で悩みを抱えることはありましたか?
尾藤 マネジメントをやっていると、評価をしなければならないですよね。評価っていいことだけじゃなくて悪いことも伝える必要があります。
悪いことを伝えると相手は不満に感じることもあって、揉めたり、いざこざも起こります。まあ、苦労はしますがマネジメントは半分嫌われ料をもらっているような面もあるので、あまり気にしないように心がけています。
── 人に対してのフォローやフィードバックで心がけていることはありますか?
尾藤 ネガティブなフィードバックをするときのコツがあります。できるだけファクトベースにすること、第三者視点の話にすることです。
僕がその人に対して評価をするとき、その人はだいたい周りの人からも同じ評価を受けていることが多いです。 それなのに「僕はこう思ってるからこうやった方がいいよ」という話し方をしてしまうと、それは僕個人の意見になってしまいます。
個人の意見として話してしまうと反論ができる余地をつくってしまうので、できるだけファクトベースで、第三者的な事実として「周りも私もこのように評価していますよ」というストーリーをつくるのがポイントです。
あと大事なのは、サプライズ評価にならないことです。普段からちゃんとフィードバックをしておかないと、相手をびっくりさせてしまうので。
スタートアップで生き抜くために必要な自己認識
── 数社にわたってCTOとしてマネジメントに携わってきた尾藤さんに、エンジニアがスタートアップで活躍するための秘訣をお伺いしたいです。
尾藤 僕が感じているのは、好き嫌いと得意不得意はしっかり区別したほうがいいということです。
人は自分が好きなこと、自分がやりたいことを選びがちです。しかし、自分が得意かどうかはまた別の問題だと思います。好きな分野で頑張っても、結果がでないことだってある。だったら自分が得意なものを定めて、それを活用していったほうがいいです。
僕は現在、組織マネジメントや技術責任者をやっていますが、自分がCTO業を好きかどうかでいうとニュートラルなんです。すごく好きなわけでもないし、別に嫌いというわけでもない。僕がCTO業をやっている理由は、比較的得意だから、です。
それに加えて、エンジニアという特殊な人種の集まりの中で、経営サイドやマネジメントサイドに来る人の割合が少ない。少ないパイの中で自分の力を発揮して、得意分野に磨きをかけたいという気持ちもあります。
── CTOとしてマネジメントをするなかで、メンバーの得意不得意を見極めている?
尾藤 そうですね。エンジニアは「プログラミングが好き」というタイプが多いので、それは尊重しつつも、本当にその選択っていいの?と感じることはあります。市場感などもふまえると、そのエンジニアがパワーを発揮できる分野は他にあるかもしれないですよね。
── スタートアップで働くエンジニアならではの苦労はありますか?
尾藤 僕個人の経験でいうと、営業が強くてテックが弱い会社のCTOをやったときは大変でした。理解が得られないことがつらかったです。
技術については会社のメインストリームではなかったので、経営の議題にも上がりません。とりあえず動くものをつくって問題なく運用してくれたらOK、というような雰囲気でした。システムが当たり前に存在していると、その価値に気づかないんですよね。
そのような状況でしたが、営業会社にしては技術力が高い組織をつくれたと思います。マネジメントにも向き合い、ゼロから開発組織を立ち上げる経験を積むことができました。
── 技術選定や技術的負債といった課題について意思決定が必要な場面では、どのように決定されるんですか?
尾藤 その辺りは”決め”ですね。だって未来予測って難しいじゃないですか。絶対に当てることができるんだったら、全員成功しているはずです。
でも失敗の確率を下げることはできます。失敗の原因を事前に避けることができれば、成功確率って上がりますよね。典型的な失敗を避けるのはすごく大事だと思います。
一方で、リスクヘッジをしすぎるとチャレンジできなくなるので、そんなにする必要はないと思っています。
日本のIT企業がグローバルで戦えない理由
── 2022年のミートアップイベントで、日本において技術知識を持った経営層が不足しているという話をされていましたが、日本のIT産業が直面している課題についてお聞かせください。
尾藤 日本はGDP(国内総生産)が世界第3位に転落したものの、世界的に見てもかなりの大きさの市場があります。ユニコーン企業が出るほどの市場規模がありますよね。
グローバルから見ると中途半端な事業規模でも、日本国内で見るとかなり大きな事業規模になります。だからサービス展開を日本国内で完結したとしても、ビジネスとしては成立するのです。そこまでテクノロジーにこだわらなくても、事業ドリブン、営業ドリブンである程度は成長できてしまう側面があります。
しかし、グローバルカンパニーとして世界規模でビジネスを拡大したいと思ったらそうはいかないですよね。システム的にスケールするビジネスモデルじゃないと、そもそもグローバルで大きくなるのは難しい。今の日本で主流になっている、ヒューマンパワーで大きくするビジネスモデルのままでは難しいです。
そのような状況で、世界のテックカンパニーとテクノロジーで戦っていくのは、なかなか難しいんじゃないのかなと感じていますね。
── だから、システムでスケールさせていくためにもCTO人材をもっと増やしていくべきだとお考えなのですね。
尾藤 海外に比べて、そもそも日本にはCTOのいる会社が少ないです。
IPO企業のCTOの株式・ストックオプション保有比率について、キープレイヤーズという会社が毎年調査しています。その調査によると、CTOのいる会社はIPO企業の中でも10%に満たないそうです。
── そんなに少ないのですね!では、事業会社や一般の会社もCTOのポジションが必要だということですか?
尾藤 CTOは技術的な視点から経営の意思決定を行うことができるので、いた方がいいと思います。もちろん、現在CTOがいない会社にもCTOを置けるなら置きたいと考えている人は多いでしょうね。
日本のインターネット産業を盛り上げよう
── CTO人材が増えて、日本のスタートアップが盛り上がっていけるといいですね。尾藤さんが考える、スタートアップで働くCTOという職業の面白さについて教えてください。
尾藤 会社を大きくする過程で重要な役割を担っているポジションなので、実際にやってみないと結果がどうなるかわからないですが、やりがいはあると思います。できれば、いろんな人にチャレンジしてもらいたいです。
── 最後に、スタートアップに興味がある/スタートアップで働いているエンジニアに向けて、メッセージをお願いします。
尾藤 やってみないと結果は出ないので、とりあえずやってみてほしい、どんどんチャレンジしてほしいです。
エンジニアだったら潰しは効くので、最悪うまくいかなかったとしても仕事は別に見つかります。難しいことではないので、いろいろチャレンジしてほしいなと思います。
── 自分の得意を定めてまずやってみて、違ったら別の方向で伸ばせばいいんですね。
尾藤 そうですね。あんまり考えていてもしょうがないから(笑)。
編集:河原崎 亜矢