なぜUI研究者から不動産テック開発者に転身? フロントエンドエンジニア・薄羽大樹さんのキャリアの分岐点

不動産テック会社・イタンジ株式会社でフロントエンドエンジニアを務める薄羽大樹さんは、異色のキャリアを歩んできました。HCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)分野で博士号を取得後、LINEヤフー研究所の研究員を経て、2024年3月に同社へジョインしました。

なぜ研究者から開発者への転身という道を選んだのか。その理由を伺いました。

プログラミングとの出会い

――薄羽さんが初めてプログラミングに触れたきっかけは?

初めてプログラミングに近いことをしたのは、高校時代、情報の先生に「パソコンが使えるとお金になる」と教えられたことがきっかけでした。

先生はExcelを使って地元のテニス大会のトーナメント表を作成し、「こういうものが作れると100万円稼げる」と話してくれました。それを聞いて、自分も挑戦したくなったのです。

当時はマクロを知らず、関数だけでトーナメント表を作りました。点数を入力すると勝者が自動的に表示される仕組みで、先生に見せると「関数でこんなことができるんだ」と驚かれたことを覚えています。

大学については、数学が好きだったので数学科に進むつもりでしたが、数学科の先生に「数学科は数学が好きな人ではなく、そういうものを超えた人が行く場所だ」と言われてしまいました。

進路に悩むなかで「プログラミングを学ぶなら数学とコンピュータ両方が学べる」と考え、明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科に進学しました。次第に数学よりもプログラミングの方に興味が移り、大学2年生のときには「自分のプログラムを他人に見せたい」という気持ちからJavaScriptを書き始めました。

C言語の場合は、コンパイルして.exeファイルを渡す必要がありますが、JavaScriptならURLを渡すだけで共有できる点に惹かれたのです。

――当時はどんなものを作っていましたか?

声優やアイドルなどのエンタメが好きで、TwitterのAPIを使った推し活向けのツールをChrome拡張機能で作っていました。自分のやりたいことを実現するためにプログラミングしていましたね。

また、2年半ほどロボットメーカーでアルバイトをして、ユーザーがダンスモーションを指定できる小型ロボットの開発に関わっていました。「自分が好きなゲームの開発に携わったら楽しいだろうな」という思いもあって、スマホアプリゲームの開発会社でアルバイトしたこともあります。しかし実際に働いてみるとしんどく、自分には向いていないかもしれない、と感じました。

HCI研究者の研究者に

――その後、大学院に進学されましたね。

学科内では進学する人が多く、自然な流れで大学院に進むことを決めました。分野はHCIです。

――なぜその分野に?

研究室の先生が「科学」という言葉で研究を説明していたことが大きな理由です。当時、私は「研究は科学であるべき」だという感覚を強く持っており、自分の方向性に合っていると感じました。

――どのような研究をされていたのですか?

クリック操作やタップ操作に関し、実験と数理モデルを使った網羅的な研究をしていました。

ボタンというものは、見た目と当たり判定に分けて考えることができます。一例を挙げるとExcelのセルを選択したくてセルをクリックするときに、端の部分を押してしまうと意図しない挙動をします。見た目では分からないのですが、そのあたりはセルの大きさを変えるボタンになっているためです。

このような見た目と当たり判定の違いは、操作速度やミスのしやすさを左右するはず。マウスを使うか指でタップするかといった、さまざまな条件も影響するでしょう。

――博士課程に進む決め手は?

修士課程の後半で国際会議に論文が通り始め、「もう少し続ければ大きな成果が出せるかも」と思ったからです。また、博士という肩書きへの憧れも多分にありました(笑)

プログラミング技術をいかした研究

――LINEヤフー研究所に入所した経緯は?

同じ研究分野の先輩が​​LINEヤフー研究所に行き、私のことを誘ってくれたのがきっかけです。予算が潤沢で制約も少なく、研究の風通しの良さも魅力でした。

――研究所での印象残る出来事は?

データを集めることを目的として実験用のプログラムは、あまり難しくありません。しかし、自分はある程度プログラミングができたので、「技術力をいかした研究もしてみたい」と、D1(博士課程1年)のときから先輩と話していました。

それが実現したのが「Tappy」というツールの開発です。Webサイト上のボタンのタップ成功率を計算・可視化するUXツールです。社内のデザイナーやエンジニアから好評で、一般公開してみたらSNSでも話題になりました。開発に関わった者として非常にうれしかったですね。

研究者から開発者への転身

――LINEヤフー研究所からイタンジへの転職、どのような理由でしょうか?

大学院時代、「いい論文を書こう」と毎日のように研究室に通う生活を続けていましたが、コロナ禍でモチベーションを保つのが難しくなり、研究者であり続ける自信を失ってしまいました。

そんなときに、あるゲーム会社のシステム開発の求人募集を見つけました。もうゲーム開発に直接関わりたいとは思っていませんでしたが、ゲームを間接的にサポートする周辺アプリ開発は魅力的で、今まで培ってきたフロントエンドの技術も活かせそうだと感じました。

応募を出して面接を受けた結果は不採用でしたが、いったん転職を決意してしまうと気持ちの切り替えが難しく、その後も転職活動を続けました。

フロントエンド専門家として

――イタンジを選んだ理由は?

博士号を持っていることもあり、研究者としてのキャリアを評価してくれる企業を探していました。いろいろな企業のカジュアル面談を受けたのですが、そもそも履歴書を見てもらえていないことが多く、とても残念に思っていました。

そんななかで「研究内容について聞いてみたい」と僕のバックグラウンドに興味を持ってくれたのがイタンジでした。事業ドメインである不動産に関してはピンと来ていませんでしたが、話を聞いてみようかと思いました。

カジュアル面談でも「何をやりたいのか」と聞いてくるのではなく、「こういうことをしてほしい」と具体的な期待役割を伝えてくれたのが印象的でした。

――今後の目標は?

フロントエンドの専門家として開発に貢献していきたいです。

イタンジにはバックエンドもフロントエンドもこなせるエンジニアが多い印象があります。対して私はフロントエンドに特化していて、研究者としての経験から、UI/UXについて論理的に考えられるという強みがあります。

開発面では、開発環境やコードの改善。ユーザビリティの観点では、プロダクトによって異なるUIを統一して、“初めて見る画面でもなんとなく使える”状態を作っていきたいです。

ユーザーの方から直接フィードバックをいただくことはなかなかないと思いますが、まずは問い合わせ件数が減るなどの形で現れると思います。そして、ユーザーの方が「イタンジのサービスは使いやすい!」と他の方に勧めたくなるUIにまでブラッシュアップできたら理想的ですね。