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失敗から学んだエンジニア組織のマネジメント。LayerX松本勇気氏が3社で得た知見

f:id:findy-lab:20210702123337j:plain LayerXでCTOを務める松本勇気さんは、これまでGunosy、DMM.com、そして現在のLayerXという3社でCTOを経験した方です。事業開発や社内制度の立案・実行、開発組織のマネジメントなど、数えきれないほどの施策を講じ、技術的側面から企業の経営を支えてきました。

そんな松本さんですが、決して最初からCTOとしてのスキルが優れていたわけではないといいます。むしろ、「GunosyのCTO就任初期の頃はマネジメントの経験が浅く、至らない点がいくつもあった」と松本さんは語ります。

この記事では松本さんに、マネジメントの知見を習得した過程や、CTOを務めた3社で講じた施策の意図について語っていただきました。「開発組織のマネジメント論を学びたい」「学習し続けるCTOの知見を知りたい」という方は必見の内容です。

*…取材はリモートにて実施しました。

【Gunosy】マネジメント経験のほぼ無かった松本さんが、CTOとしての知見を身につけるまで

──まずはGunosy時代のエピソードから伺います。松本さんがCTOをされていた頃の、同社の事業フェーズや抱えていた課題などをお聞かせください。

私はGunosyの2代目CTOにあたり、同職に就任したのは2015年の夏でした。Gunosyは同年の4月に東証マザーズへと上場しており、事業が急速に成長するなかで各メンバーにかかる負担が非常に大きくなっていた頃です。人事制度やその運用体制を整備する前に企業が大きくなったため、組織的な課題が噴出していました。

特に課題だったのがミドルマネージャーの不足です。マネージャーがいないため開発組織の細かいケアが行き届かず、各所で課題が発生していました。そこで組織の立て直しを行うため、私に白羽の矢が立ったんです。そして、CTOとして開発組織全体のマネジメントを担当することになりました。

──CTO就任初期の頃、組織の改善はうまくいきましたか?

恥ずかしながら、最初はうまくいかなかったですね。当時の私は25歳くらいで、まだ大学を卒業してから数年ほど。マネジメント経験はほぼ無い状態です。とにかく、わからないながら思いつく限りに人事制度を作成するところからスタートしました。しかし、運営が回っていないことがトラブルの原因ですから、制度を整えてもうまくいくはずがありません。思い返すと反省点が多いです。

──その状態から、どのような方法でマネジメントの知見を学ばれたのでしょうか?

先人のCTOの方々にヒアリングをしました。彼らから各社の開発組織のマネジメント事例を伺い、その中からGunosyで活用できそうな知識をピックアップしました。おすすめの書籍を伺って、たくさん読んだりもして。そうして学んだ内容をもとに、開発組織の体制を整えていったんです。

また、CTOだけではなくVPoEの役割を置きました。私とVPoEの二人三脚で1on1ミーティングなどを実施して、メンバーの課題や悩みをヒアリングできる体制にしていったのです。拾い上げた情報をもとに、チーム編成の調整やミドルマネージャーの配置、各チームの業務負荷の調整などを行い、1年〜1年半ほどかけて組織の状況を改善していきました。

──当時に読まれていた本で、読者の方々にもおすすめしたいものはありますか?

HIGH OUTPUT MANAGEMENT』ですね。エムスリーのGlobal CTOであるブライアン・フーパー氏から紹介された本です。この本を読んだことが、開発組織におけるマネジメントのあり方を深く理解するきっかけとなりました。

──他のマネジメント系書籍と比較して『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』の良い点とは何でしょうか?

当時、この本だけではなく、ピーター・ドラッカー氏などマネジメント理論の大家と言われる方々の書籍も読み漁っていました。そうした方々の理論の先にある『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』は、高度な情報化産業における組織のマネジメント手法が体系的に学べるものとなっています。当時苦しんでいた私にとってこの本の内容は非常に納得感があり、自分自身の業務に直接的にも間接的にも活用してきました。

──先ほど、CTOとVPoEの2名体制にしたというお話がありました。企業によっては、CTO1名体制でVPoEを置かない組織もありますが、なぜGunosyの場合はVPoEを置くほうが適切だと判断されましたか?

その頃の私は、技術を活用してプロダクト開発をリードするスキルは一定以上あったものの、マネジメントは不慣れな状態でした。自分の成長を待っていては、現場で大変な思いをしているメンバーたちをすぐに助けることができません。ならば、ピープルマネジメントに長けた人物をVPoEとして置き、一緒に組織を立て直すほうが合理的だろうと考えたんです。

──読者のなかには、将来的に開発組織の体制構築に携わる方もいらっしゃるはずです。そうした方々に、VPoEを置くほうが良いケース、または置かなくて良いケースについての判断基準を教えてください。

大切なのは開発組織の状態を鑑みたうえでマネジメント職を配置することです。決して「企業の規模が○○なら、○○の役割を置く」というように、教科書的に答えが決まるわけではありません。

前提として、開発組織においては「テクノロジー」「プロジェクトマネジメント」「プロダクトマネジメント」「ピープルマネジメント」などの役割があり、それぞれを管轄できる人物を組織のトップに配置する必要があります。仮にこれらのスキルをすべて持ったCTOがおり、かつすべての役割をその人が担うことが事業成長にとっても合理的ならば、CTO1名体制で構わないと思います。

一方、ピープルマネジメントを支える人物がCTOとは別に必要ならばVPoEを置くとか、プロダクトの方向性を決める人物が必要ならばCPOやVPoPを置くなどの選択肢も出てくるはずです。CTOができること・できないことを見極めたうえで、会社が進むべき方向性から逆算して、どんな役割・ポジションが必要なのかを考えていけばいいのではないでしょうか。

──それ以外に、開発組織の適切なマネジメントのために大切にすべきことはありますか?

マネージャー1人が見る人数を一定以上に増やさないほうがいいです。適正な人数はマネージャー1人につき5人から10人ほどだと思います。これは、スパン・オブ・コントロールという言葉で表現される概念ですね。チームの人数がそれ以上に増えてしまうと、マネージャーがコミュニケーションを密に取れるメンバーとそうでないメンバーが生じ、各所で問題が発生しやすくなります。

【DMM.com】仮に社員数1,000人超の企業であっても、小・中規模の企業とマネジメントの基礎は変わらない

──2018年10月から、松本さんはDMM.comのCTOに就任されました。同社はどのような課題を抱えていましたか?

DMM.comの創業は1999年であり、約20年にわたりシステムの改修が続けられてきました。運用の長いシステムではよくあることですが、いくつもの技術負債があったり、各種の制約によって新技術の導入が難しかったりと、歴史が長いからこその課題が山積みでした。かつ、組織内の各チームが局所最適化して動いているものの、それらの行動が全体最適化されていない状態でした。

そんな中で、企業として「テクノロジーを有効活用して事業推進できるようになりたい」という漠然とした方針があったものの、そのための具体的な動きができていなかったんです。そこで、テックカンパニー化を率いる立場として、私がCTOに就任しました。

余談ですが、テクノロジーの普及・利用が進んだことにより、経営の方法論そのものが直近10年ほどの間に大きく変化したと私は考えています。近年、日本でも数多くのテック系ベンチャーが生まれており、そうした企業は各種のテクノロジーやデータを活用することで事業の創出・改善を行っています。

経営の施策を実行する道具としてテクノロジーを扱っているのではなく、経営のコアそのものにテクノロジーが組み込まれている、というのが現代的な経営のパラダイムです。歴史が長く、旧来的な経営の方法論によって運営されてきた企業にとっては、こうした新しいパラダイムを取り入れることが重要なテーマになっています。

──松本さんがGunosyのCTOに就任された頃、同社の社員数は100名未満でした。一方でDMM.comはCTO就任時に社員数が1,000名を超えており、企業規模にかなりの違いがあります。大規模な組織をマネジメントする特有の難しさはありましたか?

実を言うと、企業規模に起因した大変さを感じたことはそれほどありません。

──なぜでしょうか?

仮に社員数が1,000名超の企業だとしても、もっと小規模な企業だとしても、やることは大きく変わりません。組織を変えるというプロセスは、全員を急に方向転換させるのではなく、特定の箇所から徐々に変化させ、時間をかけて全体を軌道修正していくような作業になります。組織を要素分解して「数あるチームのなかで、どのチームをどういった順番で変えていくとコスパが良いか」を考えることが重要。実は企業のサイズというのはあまり関係がないんです。

ビジョンを明確に定義して全員が進むべき方向の指針を示す。特定のチームと向き合って成功事例を作り、組織が変われることを社内で示せたならば、今度はその手法を横展開していく。より良い仕事のやり方を理解したチームが増えることで、だんだんと会社が変わっていきます。

さらに、情報伝搬の効率を高めていくことも重要です。当時、私はすべてのメンバーに情報が適切に伝わる体制を構築しようと思い、組織の透明性を高める工夫をいくつも行いました。具体的な例としては、自分が毎日何を考えてどんな意思決定をしているかを、日報として全社員に公開していましたね。

──出す情報・出さない情報の基準はありますか?

基本的には、出してはならないもの以外は“すべて”出すと考えていました。例えば、社員の給与について話したミーティングや秘密裏に進んでいる買収案件などの情報は伏せる必要があるでしょうが、その場合でも「こういう理由で○○は出さないから」と前提を伝えていました。組織のトップが包み隠さずメンバーに情報を伝える。そうすることで、働く人々は「自分たちの会社はこういう方向を目指しているんだ」と理解してくれます。

──情報の透明性が高いからこそ、メンバーが何かを判断する材料が増え、組織が適切な方向へと進むわけですね。

これはどんな企業でもそうですが、仮になかなか結果が出ていない組織であっても、個々のメンバーのスキルやモチベーションは高いというケースはたくさんあります。あくまで、進むべき方向がわからない・間違っているというだけなんです。メンバー一人ひとりが自ら考えて行動できる状態を目指すには、全員に同じ情報を行き渡らせなければなりません。

全員がアイデアを出して、たくさんの施策を実行できる状態になることは、ビジネスにおける競争力にもつながります。私は、どんなチームや人であっても、事業においてヒットを打てる確率に大差はないと思っているんです。だからこそ、たくさんのヒットを打ちたければ、多種多様な視点から色んなアイデアを出してもらい、実行することが大事になります。

1年に1回だけ挑戦をする会社と、年間100回の挑戦をする会社とでは、バッターボックスに立つ回数が違いすぎる。1年後に成果を出せている確率は、後者の方が圧倒的に高いわけです。その体制を実現するうえで、組織が進むべき指針を示すことや、情報の透明性を高めることが重要になってきます。

【LayerX】事業を成功させるために必要なことは全部やる

──松本さんは2021年3月から、現職のLayerX CTOへと就任されています。会社を移った経緯について教えてください。

LayerXへと移った理由は、私がGunosyからDMM.comに行った理由とも関連しています。Gunosyに在籍していた当時から、近い将来に経営のパラダイムそのものが大きく変化し、ソフトウェアを活用できなければ企業の成長が鈍化する時代がやってくるだろうと推測していました。そして、その変化が起きるのはおそらく2025年くらいだろうと考えていたんです。

経済産業省がかつて『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』を発表していますが、このレポートがデジタル化の遅れの議論でたびたび登場しており、政府やさまざまな企業がこの年の前後を大きな節目と考えているのではないかと感じていました。そのため私はこの変化が起きるタイミングまでに、企業の変革を牽引できるような、ひいては日本社会全体のデジタル化に貢献できるようなノウハウを獲得し貢献したいと考えていました。

そのような考えのもと、Gunosyの次の道では、より大きな企業を動かす経験をしたいと思っていました。日本社会全体を変えたいのに自分自身が大企業の変革に携わった経験がないというのは、音楽の勉強や練習を何もしたことのない人がいきなりバンドメンバーを募集しているような感じといいますか、少なくとも他の方々から信頼はされないなと。そう考えていた折に、DMM.comとの偶然の出会いがあったわけです。

しかし、2025年くらいだと予想していたパラダイムの変化が、2020年に突如やってきました。新型コロナウイルスの影響によってリモートワークの導入などが進み、政府もデジタル庁を創設することとなり、風向きが急に変わり始めたんです。市場環境が変わったならば、自分自身のキャリアのポートフォリオを組み直さなければならない、より早く次のステップへと進まなければならないだろうと考えました。

そのタイミングで自分が扱いたいと思っていたテーマが「行政」「企業」「金融」であり、この3つのDX(デジタルトランスフォーメーション)に真正面から向き合うスタートアップが、自分自身がかつて立ち上げに携わった*LayerXでした。良いメンバーが揃っていて、顧客からの信頼を獲得しており、日本の中で一番良い環境だと思えたんです。

*…LayerXはもともと、Gunosy社内のブロックチェーン研究開発チームが前身となっている。

──LayerXの事業について簡単に教えてください。

LayerXは「すべての経済活動を、デジタル化する。」をミッションに、大きく分けて3つの事業を推進しています。

①DX事業部: 請求書処理をデジタル化し、手入力ゼロを実現する自社プロダクト「請求書AIクラウド LayerX インボイス」を展開

②MDM事業部: 不動産・インフラを中心とする実物資産のアセットマネジメント事業を手掛ける合弁会社「三井物産デジタル・アセットマネジメント株式会社(以下MDM)」の事業運営

③LayerX Labs: ブロックチェーンや秘匿化の技術開発及び技術の社会実装に長期的な目線で取り組む研究開発組織「LayerX Labs」の運営

共同代表であるCEOの福島良典が主にDX事業に軸足を置き、私が主にMDM事業とLayerX Labsの2つを管轄しています。

──MDM事業とLayerX Labsにおいて、松本さんは具体的にどのような業務を担われていますか?

基本的には何でもやるスタンスです。開発組織のマネジメントだけではなく自分自身でもコードを書きますし、パートナー企業と連携をとりながらプロジェクト推進も行います。

──CTOのなかには、自分自身でコードを書かない方もいらっしゃいます。LayerXで松本さんがコードを書かれている理由について教えてください。

大前提として、CTOは技術的な側面から事業を成功に導くことがミッションです。企業のフェーズや状況に応じて、必要なことは何でもやります。例えば、事業が急成長しており開発に携わるメンバーが足りないならば自分も手を動かしますし、現場に任せられる状態になったならば、全体的な方針策定などにより時間を割く。現在のLayerXの事業フェーズでは、自分自身もコードを書くことがベストな選択だと判断しているということです。

──GunosyやDMM.comでの経験が、LayerXでのCTO業務に生きている部分はありますか?

基本的にはすべての経験が生きていると思いますが、何か具体的に挙げるならばさまざまな規模の企業を見てきたことですね。Gunosyでは社員数が一桁の時代から、数十名、100名超と成長していくフェーズを経てきました。DMM.comでは1,000名以上の社員がいる企業の運営を経験しました。

LayerXは現在、40人前後の社員数ですが、これが100人になり、300人になり、1,000人になったら何が起きるのか、その未来に向けて何を準備しなければならないか、自信を持って判断できるわけです。経営における意思決定を行ううえで、これまでの経験が生きています。

──最後に、今回語っていただいた知見を踏まえて、これから企業のCTOを目指す方にメッセージをお願いします。

CTOになるからには、経営者であることを強く意識してほしいです。テックリード・オブ・テックリードのような感覚でCTOに就くと、組織のみんなが不幸になってしまいます。CTOは技術だけではなく、マネジメントの手法や財務・管理会計の知識など、経営的な意思決定をするのに必要な知識を身につけていかなければなりません。

何よりも大切にすべきは、自分たちが取り組んでいる事業を成功させることです。そのために組織が向かうべき方向を考えて、各種の施策を導き出していってください。

取材・執筆:中薗昴