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「エンジニアもマネージャーも専門性の高い技術職」新たなステージで挑戦を続けるまつもとりーのキャリア観とは

何かの出来事をきっかけに、仕事との向き合い方が変化することがあります。たとえば、「尊敬できる先輩と出会って仕事が楽しくなった」「未経験の業務にアサインされたが、取り組んでみたらその面白さに気づいた」などはその典型例でしょう。

さくらインターネット研究所 主席研究員・株式会社COGNANO 取締役CTOの まつもとりー(松本亮介)さんにも、直近の数年間でキャリア観に大きな変化がありました。かつて、まつもとさんは「技術志向のエンジニア・研究者であり、コードや論文を書くことが生きがい」という方でした。そんなまつもとさんが数年前から、マネージャーや経営者の道を志すようになったのです。

今回はまつもとさんに起きた変化や仕事との向き合い方についてインタビュー。その言葉には、エンジニア・研究者が良いキャリアを実現するためのエッセンスが詰まっていました。

新型コロナウイルスの流行をきっかけに、自分を見つめ直す機会が生まれた

――このインタビューでは、まつもとさんの仕事観やキャリア観の変遷についてお伺いします。「学生時代からさくらインターネット入社まで」のことについては、各種メディアなどで語られていますので、今回はそれ以降のことをお聞きしたいです。まず、2018年11月にさくらインターネットに入社されてからは、どのような研究開発に取り組まれてきましたか?

エンジニア・研究者として、さくらインターネットのクラウドサービスやホスティングサービスの基盤技術を作る立場として働いてきました。サーバー運用の負担軽減やパフォーマンス向上、セキュリティ向上のための技術などを研究してきたんです。レイヤーとしては、OSやシステムプログラミングからミドルウェアあたりまでを専門にしています。

さくらインターネットに参画する以前から、自分の研究した内容を論文にまとめ、各種の国際会議に通す活動をしてきました。さくらインターネット参画後は、その活動をより活性化しています。

これは入社時に社長の田中(邦裕)さんや所長の鷲北(賢)さんとも話したことなんですが、世界に向けて積極的に研究を発表して、どんどん国際会議に参加して、さくらインターネットの技術力のアピールになる活動をやっていこうと。それで入社後は、英語の論文を年に4本くらい書いて、年3〜4回くらいを目標に国際会議にも参加していました。

――最近起きた歴史的な出来事として、2020年からの新型コロナウイルスの流行があります。各種の国際会議にも、かなりの影響があったのでは?

いろんな国際会議が、新型コロナウイルスの影響で全部止まりましたね。論文の投稿は受け付けるけれど発表はしないとか、カンファレンスは開くけれど基調講演だけを実施するとか。新型コロナウイルスが流行した1年目くらいの時期は、カンファレンスの運営者たちもまだどのような形式で開催するかノウハウがなく、模索している状態だったんです。その結果、1〜2年くらいは国際会議での発表の場がほぼありませんでした。やりたかったことが何もできなくなり、気持ちの糸が切れるような感覚がありましたね。

――糸が切れる、ですか。

僕は論文を書いて、発表して、誰かの査読を受けて、ペーパーに採録されて現地に行って、他の方々と議論して学びを得るという一連のサイクルが楽しいからこそ研究をしているところがあります。その機会がなくなった喪失感というんですかね。やりたいことがやれないから、どうしようという感じになりました。

でも、そのときに自分を見つめ直せたんですよ。実は、自分が専門として取り組んできた技術そのものが、熱烈に好きなわけではないとわかりました。だって、技術そのものが好きならば、研究結果を発表する機会がなくてもモチベーションに影響はないはずですからね。

僕の場合は、何か新しいことを学ぶ過程で自分が成長して、その領域の専門家たちと交流するなかで面白い議論ができることや、関係ができて次のステップのことに取り組めることに幸せを感じる人間でした。もし新型コロナウイルスの流行がなければ、自分が本当に好きなことが何なのか、いつまでもわからなかったかもしれないです。

厳しいフィードバックでもへこたれないのは、「自分は成長過程」だとわかっているから

――研究内容を論文としてまとめて、査読のレビューを受けて改善していく。その一連のプロセスで成長してきたわけですね。学術論文の査読では、かなり厳しいフィードバックが返ってくる印象があります。気持ちが落ち込むことはありませんか?

確かにそうなんですよね。「そんな厳しい書き方せんでも」って思うような査読もありますから(笑)。ただ、このプロセスって自分自身が20代の頃に、エンジニアとして通ってきた道と同じなんですよ。自分自身がエンジニアとして学んだことをブログにまとめると、技術に詳しい人に誤りを指摘されたり、時にはばかにされたりすることもあるじゃないですか。

もちろん人を傷つけるような書き方は良くないですが、当時の自分は知識に拙い部分も山ほどありましたし、他の人から指摘されても仕方がなかったと思います。だからアウトプットをくり返しながら技術力を身に付けて、いつか見返したいという目標がありました。学術研究も、僕のなかではそういうフェーズなんですよ。

アカデミアの世界では、今の自分の年齢である30代はまだまだ若手です。60歳や70歳になっても、論文を書き続けている人がたくさんいますからね。だから、査読で厳しいことを言われても「今の自分は、エンジニアになったばかりの頃と同じで、まだ他の人からの指摘を山ほど受ける時期なんだ」と思えます。いつか良い研究をして、良い論文を書いて、技術力の高い人たちと話して楽しみたいという目標があったので、乗り越えられました。

マネジメントや経営も、エンジニアリングとなんら変わらない

――まつもとさんのブログ「人間とウェブの未来」には、「自分は元々とにかく技術志向のエンジニアであり研究者であった。とにかくコードを書いたり論文を書いたりすることが生き甲斐であった。そんな自分が数年前に色々考えた結果、マネージャーや経営者の道を志すようになった(原文のまま引用)」とあります。これは何が影響しているのですか?

いろんな要素が絡んでいると思うんですが、まずはさくらインターネットに入る前に国際会議のCOMPSACでフルペーパーの論文を通すことをマイルストーンに置いていたんですね。それを達成できたことがまずひとつ。そして、時を同じくして新型コロナウイルスが流行して、さらに上のレベルの国際会議に出ようにも出られなくなったこと。

さらに、さくらインターネット研究所にどんどん優秀な研究者やエンジニアが集まってきて、良い組織になっていたんですよね。にもかかわらず、コロナ禍の影響でそういった優秀なメンバーのモチベーションが落ちてしまう。これだけすごい人がいっぱいいるのに、このままみんながやる気を失っていくのはまずいと思ったんです。ならば、自分一人が努力するのではなく、環境を整備してみんながモチベーション高く研究開発に打ち込めるようにしたほうが、研究所全体の成果を最大化できると考えました。

それから、僕は技術そのものが好きというより、何か特定の領域で試行錯誤しながら成功に導くことに生きがいを感じるタイプです。これは、エンジニアリングや研究だけに閉じた話ではないんですよね。たとえばマネジメントや経営という分野であっても、楽しさを感じるプロセスは変わりません。

――前述のブログ記事では「書籍や論文を読んで設計して試したりしながら、組織や会社を良くしていくプロセスは、限りなく自分が取り組んできたエンジニアリングや研究と似ている(原文のまま引用)」とも書かれていました。具体的にはどのような点が類似していると感じますか?

まず、学び方が一緒だったんですよね。いずれの領域でも最初に入門書などを読むじゃないですか。そして、本を読み進めるうちに「この内容はどんな理論がベースになっているんだろう。本当に正しいのかな?」と、もっと詳しい内容を求めて、一次資料に当たろうとする。これはプログラミングでも同じですよね。

マネジメントや経営は歴史が長いので、一次資料を探していくとアカデミックな論文などにたどり着きます。それらを読んでいると、知識が体系的に身に付いていきます。そして、年代ごとに手法が変化していることもわかるんですよね。これもプログラミングと近いです。こういった情報を調べたうえで企業やチームに合うように組織・制度設計を考えて実施していくと、エンジニアリングをやっているのと同じような気持ちになるんですよね。

――今回のインタビュー記事は、現在エンジニアや研究者として働いており、これからマネジメントや経営に挑戦したい人も読むかと思います。そういった方々に、どのような方法でマネジメントや経営の知識を得ることをおすすめしますか?

日本で出版されているマネジメントや経営に関する書籍は、数年前くらいの情報を収集して書かれているケースが多く、必ずしも最新の情報が掲載されているとは限りません。エンジニアや研究者出身の人は、そこから一歩踏み込んで最新の研究がどうなっているかを知りたくなると思うんです。そんなとき、たとえばエンジニアリングの場合には『WEB+DB PRESS』のような雑誌を読んで、最新の知識を把握していくじゃないですか。

マネジメントや経営も同じように、まずは概要をつかむためにノウハウが書かれた書籍を読んで、その後に最新情報を得るために専門雑誌を手に取ってみることをおすすめします。たとえば『ハーバード・ビジネス・レビュー』などは最新の論文を日本語で読めるのでおすすめです。この流れであれば、エンジニア時代の習慣と同じようなプロセスでマネジメントや経営を学ぶことができます。

「夢中になること」のパワーはすさまじい

――ここからは今後のことについて伺いたいです。研究者としての目標を教えてください。

現時点で、自分で手を動かして研究する活動はストップしているんですよ。さくらインターネット研究所のなかで研究に携わるチームと、研究をベースにしたプロダクト開発をするチームの両方のマネジメントをしているんですね。それに加えて、COGNANOという生命の分子情報とテクノロジーを絡めたビジネスに取り組む企業の経営にも携わっています。

研究と、研究ベースのプロダクト開発と、バイオ・ITのビジネスという3つを成功させることが、今の自分にとっては最優先課題なんですね。これらがある程度うまくいったら、研究に戻りたい気持ちが強くあります。それが3年後なのか、5年後なのかはわからないですが。

これまでの人生のなかで研究やエンジニアリングに注力してきましたから、それをここで終わらせてしまうのはもったいないと思っています。だからこそ、マネジメントや経営がある程度落ち着いて、うまく回るサイクルに入ったら、今度は研究者として現場に戻って、研究の成果を出したいです。

先ほども申し上げたとおり、60歳や70歳で論文を書いている人が世の中にいるわけですから、研究は何歳になってもできます。これまでCOMPSACのメインシンポジウムで、僕のファーストオーサーの論文がフルペーパーで採録されるという実績を残すことができましたが、その先のもっと有名なトップカンファレンスにはまだ到達できていません。そこで論文を通しているような人たちと議論して仲良くなれたら、絶対に楽しいじゃないですか。

――エンジニアや研究者のなかには「現場から離れて、手を動かさない期間が続くと不安」という方もいらっしゃいます。まつもとさんは、そういった恐怖感はありませんか?

もちろん、その気持ちがないわけではありませんよ。でも、仮にスキルが一時的に下がったとしても、何か特定の分野を学び続けてさえいればそれでいいと思うんですよ。それは、技術でもマネジメントでも、領域は関係ないと思っています。学び続けさえすれば、いつかどこかのタイミングでそれらが実を結んでうまくいく場面が出てくるはずです。僕はそうしたくり返しで成功体験を積んできたので、自分自身に対する信頼があるのかもしれないです。

――では、マネージャーや経営者としての今後の目標はいかがですか?

マネージャーや経営者としては、学びながら実践を続けているフェーズです。さくらインターネット研究所では組織構造や評価制度を変えたり、COGNANOでも組織の見直しや全体的な働き方を整備したりといろいろやっていて、結果が出るのはこれからという状況なんです。

やるべきことをコツコツとやりながら、会社や組織全体として成果を出せるようにして、メンバーが疲弊せず楽しく働ける構造にしていきたい。それができないと、口だけのキャリア論おじさんになっちゃいますからね(笑)。きちんと、マネジメントや経営の領域でも目に見える結果を出していきたいです。

――まつもとさんの今後にワクワクしますね。最後に伺いたいのですが、まつもとさんはSpeaker Deckに載せている登壇資料「まつもとりースタイル」のなかで、人生の教訓として「1:好きなことに素直になること」「2:進みたい方向へ一歩踏み出してみること」「3:興味のあることへ寄り道してみること」「4:得た知見をとにかく継続的に公開してみること」という4つを記されています。これらの内容と絡めてインタビューの総括をお願いします。

今回のインタビューで「技術というより何かを成功させることが好き」とか「学び続けることが大事で、何の領域を学ぶかはそれほど関係がない」といったことをお話ししました。あくまで、キャリアのなかでその都度、自分が好きなことにエネルギーを注いできただけなんです。だから読者の方々にも「夢中になれることは何だろう?」と、考えることを大切にしてもらいたいです。

夢中になることのパワーって本当にすごいなと感じるんですよ。かつて僕は、マネジメントをやりたいなんて1ミリも思っていなかったんです。コードを書くのが一番楽しくて仕方ない、というタイプでした。でも、抽象度高く捉えてみると両者には共通点がたくさんあったし、学びのプロセスを楽しむことができた。「自分は本質的には何に対して楽しさを感じる人間なのか。それはなぜか」を考えることは、より良いキャリアを実現するうえで意義のあることなのかなと思いますね。

取材・執筆:中薗昴
撮影:宮内弥緒