今回は開発の現場に身を置くアジャイルコーチでありながら、アジャイルの学術的な研究を行う研究者でもある、ぼのたけさんにお話を伺います。今回のテーマは「スクラムチームにおけるリーダーシップ」です。特定の人物や役割によらず、チームのメンバーがそれぞれリーダーシップを発揮して成果を出すチームを作るにはどうしたら良いか考えていきたいと思います。
天野 祐介(あまの ゆうすけ)
週3日サイボウズのスクラムマスター、その他は個人でアジャイルコーチなどしています。東京→仙台移住しました。スクラムフェス仙台実行委員会。すくすくスクラム仙台運営。社内外のチームをお手伝いしながら、最高のプロダクトを作れるチームワークを探求しています。
note:スクラムマスターの頭の中
今井健男(いまいたけお、ぼのたけ)
フリーランスのアジャイルコーチとして様々な企業のアジャイル導入支援やプロダクトマネジメント支援、エンジニア組織づくりのお手伝いをする傍ら、国立情報学研究所(NII)の研究員としてスクラム・アジャイルの研究をしています。
ブログ:bonotakeの日記
スクラムチームにおける“2種類のリーダーシップ”
From: 天野
スクラムチームには特定のリーダーはいません。かわりに3つの責任(プロダクトオーナー、開発者、スクラムマスター)があり、複数の領域の専門家からなる自己管理型チームです。スクラムチームでは、各メンバーが自分の持つ専門性と責任のもとで常にリーダーシップを発揮することが重要です。
このようなリーダーシップのあり方は、1人のリーダーの指示に従うという伝統的なリーダーシップの世界観とはだいぶ異なると思います。スクラムチームで求められるリーダーシップは、リーダーシップ論の観点からはどのように整理できるのでしょうか。
From: ぼのたけ
最初にお断りしておくと、これからするお話はあくまで私個人がそう解釈しているというもので、特に学術の世界で定説になっているとか、そういうものではないことはご承知おきください。
スクラムはプロダクトオーナーとスクラムマスターという、異なる責務を担う2種類のリーダーを置くようになっており、それだけでなく、開発者も自己組織化して自らがリーダーシップを発揮していくのが特徴ですが、どうしてそのような形態になったのかの直接の理由は、残念ながら私は知りません。ただ、リーダーシップ論の観点からは、この形態がとても合理的であることが伺えます。
1940~50年代にオハイオ州立大学とミシガン大学がそれぞれほぼ同時に行った有名な研究があるのですが、その2つの研究から、組織のリーダーが行う行動には大別して2種類に分けられることが判明しました。その2種類には色々な呼び方がありますが、ここでざっくり名前をつけてしまうと「タスク志向」と「組織志向」です。
組織は何かしらの目的をもって活動をしている訳ですが、その目的を達成するために、個々のメンバーが何のタスクをどうこなせばいいかをはっきりさせて、実際に各メンバーにそのタスクをやってもらう、というのがリーダーの「タスク志向」の行動です。一方、信頼関係の構築やそれぞれの感情への気配り、人間関係への配慮も組織をうまく機能させるには重要で、リーダーが行うそういったタイプの行動が「組織志向」の行動です。
つまりスクラムでは、主にタスク志向の行動を取るリーダーとしてプロダクトオーナーを、組織志向の行動を取るリーダーとしてスクラムマスターを別々に定義した、とも考えられます。このようにすることのメリットはいくつかありそうです。特に、タスク志向の行動と組織志向の行動は時に相反することが知られているのですが、そうした矛盾しかねない行動を別々のリーダーに振り分けることで、2つのタイプのリーダーシップ行動のそれぞれに一貫性を持たせることができ、チーム運営において安定した効果を発揮させる効果が期待できます。
もう1つ注目すべきは、日本企業が独自に発展させ、70~80年代に世界的に広まったカイゼン活動です。これは一般的な業務以外に組織の改善をボトムアップに行っていくというものですが、この活動におけるリーダーシップは特徴的で、現場の従業員が全員で主導しつつ、チームリーダーや管理職がそれをサポートしたり、カイゼン文化普及の一助を担っていたりしていました。
欧米の企業はそれまで非常にトップダウン色が強く、こうした企業内での草の根活動は、当時の日本経済の強さとともに驚きをもって迎えられ、研究され、今日のアジャイルに影響を与えた要素の1つとなりました。
そうした歴史的経緯から、カイゼン活動はスクラムの重要な影響源の一つとして考えられています。特に「現場主導」の考え方は、スクラムチームの自己組織化の概念に反映されており、開発者たちが意思決定にボトムアップ的に関わる仕組みとして具現化されています。この形態は、現在シェアードリーダーシップと呼ばれるものに非常に近しいものになっています。
つまりスクラムのリーダーシップは(1)タスク志向と組織志向、そして(2)ボトムアップ型(シェアード)リーダーシップ、という2つの観点で議論ができそうです。
シェアードリーダーシップと模範的なフォロワー(Exemplary Folllower)
From: 天野
なるほど、スクラムチームにはタスク志向と組織志向の2種類のリーダーと、ボトムアップ型の(シェアード)リーダーシップがあるというのは体感的にも非常に納得感があります。
私は昨年開発チーム作成ガイドを公開したのですが、こちらはスクラムで開発しているチームもスクラムでないチームのどちらでも共通して活用できるものを目指して作成しました。もっとも悩んだのは、スクラムでないチームでもプロダクトオーナーとスクラムマスターを置くべきかという点です。検討の末、チーム内の役割分担のあり方はこれだけに限らないとしつつも、スクラムチームの「異なる責務を担う2種類のリーダーを置く」というコンセプトはそのまま踏襲することにしました。
プロダクトオーナーとスクラムマスターがそれぞれリーダーシップを発揮することはもちろん重要ですが、それ以上に開発者が自己組織化して発揮するリーダーシップがチームの成功を左右するのではないかと考えています。プロダクトオーナーやスクラムマスターが「強いリーダー」だと、他のメンバーはリーダーに従うだけのフォロワーになってしまいます。むしろプロダクトオーナーの方針に異なる意見をぶつけたり、スクラムマスターの仕事を奪ったりした方が健全だと言えます。
ぼのたけさんの整理にもとづくと、(2)のボトムアップ型(シェアード)リーダーシップを強く発揮するチームを作るにはどうしたら良いだろうか、となります。例えば、プロダクトオーナーが開発チームの見積もりや実装方針に口出しをするというシーンはよくありますが、その逆(開発者がプロダクトオーナーの方針に口出しをする)はあまり見ることがありません。これは何が起きていて、何がボトムアップ型(シェアード)リーダーシップを阻害していると考えられますか?
From: ぼのたけ
まず、開発者がプロダクトオーナーに口出しできるかどうか、異なる意見を言えるかどうか、は開発者のリーダーシップではなく、フォロワーシップの範疇の問題かなと思います。
フォロワーシップの古典的な研究としてKellyのフォロワーシップモデルというのがあるんですが、彼はフォロワーの特徴を積極性と独立的・批判的思考の2軸で分類しています。
このモデルにおける模範的なフォロワー(Exemplary Folllower)は、積極的で、かつ、独立した批判的な思考を基に行動できるフォロワー、とされています。これをプロダクトオーナーと開発者の文脈に当てはめると、まさに「プロダクトオーナーに口出しできる開発者」ということになります。
なので、開発者が「良いフォロワー」となれるかどうか、をまず考えてみるとよさそうです。そしてここに、開発者が自らリーダーシップを発揮できるヒントも隠されていそうに思います。ひとまずKellyのモデルに則って議論を進めるなら、開発者が独立した批判的思考ができるか、そして積極的に行動できるか、といった2点が論点になりそうです。
開発者がプロダクトオーナーに対して批判的思考をできるようにするためには、1つには、プロダクトに対する理解、ユーザーに対する理解、ドメインに対する理解を十分に深める必要があります。技術志向が強すぎてプロダクトのそういった側面に興味を持たないエンジニアも多いのですが、そうするとプロダクトオーナーの言葉を鵜吞みにするだけで、批判的思考を持とうしない、あるいは持つ余裕がない、といったことが起こります。
積極性に関しては様々な観点があります。プロダクトオーナー・スクラムマスターは開発者が自主的に行動できるように育成する視点を持つべきですし、また、開発者が異なる意見であっても表明してよい、と感じられるよう、チーム内の心理的安全性を高める努力をすべきでしょう。「強いリーダー」という話が出ていましたが、リーダーが明確な意見を持っていて主張が強いのは健全なことです。ただ、自己主張の強いリーダーは同時に他者の意見も聞き、取り入れる姿勢を見せないと、フォロワーにとって「ものが言えない」空気を簡単に作ってしまいます。高圧的な態度を取ったり、相手を見下したり、といった言動に及ぶのはもっての他です。
一方で開発者は、自分たちの判断で行動しても構わない、と彼らから思ってもらえるような信頼を勝ち取らないといけません。たとえば開発者の能力が低いと、プロダクトオーナーは安心して開発者に仕事を任せられなくなります。「プロダクトオーナーが開発チームの見積もりや実装方針に口出しをする」というのは、開発者がプロダクトオーナーからあまり信頼されていない、という裏返しでもあるんです。
そうして開発者が独立的・批判的思考と積極性・自主性をもって行動できるようになった先に、チームにおけるシェアードリーダーシップを育む余地が生まれるのではないでしょうか。リーダーより先にフォロワーにならないといけない、という意味ではなく、リーダーシップとフォロワーシップは相互に密接に関連していると思われるのです。実はKellyは、模範的なフォロワーの特性は多くが効果的なリーダーのそれと同じであること、メンバーがそうした効果的なフォロワーの資質を持つグループはリーダーがいなくても非常に生産的になれることを指摘しています。
チームのシェアードリーダーシップを育むためになすべきリフレーミング
From: 天野
「良いフォロワー」となれるかどうかは非常に重要な観点ですね。リーダーシップについて考えると、いかに良いリーダーとして振る舞うかの話になることが多いのですが、リーダーは1人では存在できません。必ずフォロワーが存在し、フォロワーの存在なくしてはリーダーシップを発揮することもできません。チーム・組織のリーダーシップが弱いという問題は、実はリーダーの不在ではなくフォロワーの不在が問題なのではないかと思います。Kellyはまさにそのことを指摘している訳ですね。
私はスクラムマスターかつ組織のマネージャーとして、できる限り最初の賛同者「ファーストフォロワー」になることを信条としています。共感して支持できるビジョンやアイデアを持つ人を見つけ、彼らを助けるために手を挙げることが、自分にできるもっとも重要な貢献だと考えています。
リーダーシップはリーダーとフォロワーの相互作用による現象だと捉えると、1人の人間はリーダーでありながら同時にフォロワーにもなり得ます。良いリーダーを生むためには、良いフォロワーとして積極的に関わることが重要になる訳ですね。良いフォロワーになるための努力は、そのまま良いリーダーのあり方にも繋がります。
スクラムの実践を通じてチームがリーダーシップとフォロワーシップを同時に発揮し、シェアードリーダーシップを育むことができたら素晴らしいと思います。しかし、現場に目を向けると必ずしもそうはなっていないように感じます。何年もスクラムで開発しているのに、固定された関係性の中でスクラムイベントを回しているだけになっているチームも多いです。
スクラムの実践が必ずしもシェアードリーダーシップの醸成に繋がらない事象はどのように捉えると良いのでしょうか。そんな現状を打破して皆がリーダーシップを発揮できるチームを作るには、どんなことに取り組めると良いと思いますか?
From: ぼのたけ
天野さんの取り組みからEdmondsonを思い出したのですが、もしかすると彼女の研究がその疑問に応える鍵になるかもしれません。彼女は「心理的安全性」の生みの親として有名ですが、その元になったのは、チームワークと、その中でのリーダーシップの役割についての研究でした。寄せ集めのメンバーでできた即興のチームで緊急のタスクに取り組む、といった従来の常識では困難と思える状況でもチームワークを発揮し見事に目標を達成するチームが現実に存在するのを見て、その成功の要因はどこにあるのかを探求したのです。
そうした研究の中で、彼女はリーダーのフレーミング(物事の捉え方)が重要な要素の1つであることを突き止めました。チームが不確実性の高い困難な状況を克服するには、特にリーダーはリフレーミング、つまり、物の見方を変えるべき、としています。その内容を、彼女の著書『チームが機能するとはどういうことか』から引用します。
このプロジェクトはこれまでにかかわったどんなプロジェクトとも違っていて、新たなアプローチを試し、そこから学習する胸の踊るような機会に満ちている、と自分に言い聞かせる。
自分はプロジェクトの成功に不可欠だけれども、ほかのメンバーが意欲的に参加しなければ成功を収めることはできない、と考える。
ほかのメンバーはプロジェクトの成功に欠かせない存在で、自分には予想もつかない重要な知識を提供したり提案をしたりするかもしれない、と自分に言い聞かせる。
以上の三つが本当だったら他人にどのように話すだろう。それと全く同じように、実際にほかの人に話す。
天野さんが心がけている「ファーストフォロワー」になる試みというのは、ある意味でこの実践をしているとも言えます。それによって対象となったメンバーも、自分は尊重され、重要な存在だと認めてもらっている、と感じると思うのですが、天野さん自身もそのように振る舞うことで、そのメンバーが重要な存在だとリフレーミングできているのではないか、と思うのです。
そして彼女の研究から得られる示唆は、不確実性の高いミッションに取り組むべきチームでは、リーダーであろうとなかろうと関係なく対等な関係を結び、互いを尊重しあうことが重要、ということです。定常的なタスクだけこなしていればよい不確実性の低い状況では、スキルと経験のあるリーダーがリーダー然として振る舞い、他のメンバーはただのサポート役として従う、といった固定的な関係で十分かもしれません。しかし不確実性が高い状況では、たとえスキルや経験があるリーダーであっても簡単に間違います。だからリーダーは、自分が簡単に間違うことを認め、他のメンバーを重要なパートナーとして頼っていかないといけません。そうして1人では到底達成できないことをチームで一丸となって達成していくべきなのですが、リーダーがそうした弱い存在だと自覚し、フォロワーたちに自ら示していくことは、プライドが邪魔したりしてなかなか難しいのだろうな、と感じることが私自身の経験でも多いです。
シェアードリーダーシップとは結局、メンバーが互いに対等な立場で共同作業できる状態、コラボレーションしながら一緒に目標へ向かっていける状態のことを、リーダーシップの視点で言い換えただけに過ぎないと思っています。そして、誰とも対等な関係を作る、たとえ自分より立場が下だったりスキルが低かったりする相手でも対等のパートナーとして尊重する、という行動を人はなかなか取れないので、実現のハードルが高いのではないでしょうか。そしてこれを打破するきっかけは、まずはリーダーのリフレーミングかもしれません。
From: 天野
Edmondsonの著書『チームが機能するとはどういうことか』には、リーダー、特に組織の中間層に位置するリーダーの振る舞いが、他のメンバーが意見を述べる力や意欲に与える影響がきわめて大きいという記述がありますね。これはまさにリーダーのリフレーミングの力によって、周りのメンバーの意欲や行動に影響を与えられるということです。
スクラムが広く普及した一方でシェアードリーダーシップがなかなか浸透しない現状は、複雑な問題に取り組む組織で多くのリーダーがリフレーミングできずに苦しんでいることの表れかもしれませんね。
リーダーのリフレーミングが進まないと組織の振る舞いは変わらないと捉えると、自分にはどうすることもできないという気持ちになります。しかしリーダーシップとフォロワーシップは密接に関連しているという前提に立つと、1人のフォロワーとしてリフレーミング戦術を実践することで組織を変えられるとも考えられます。同書には次のように書かれています。
“たしかに、フレーミングはリーダーがメンバーや結果に対して好ましい影響をもたらしうる最も重要な手段の一つだ。しかし、担っている役割が何であれ、変化への取り組みにかかわっている人なら誰もが、学習フレームを確立したり強固にしたりするのを手伝うという形でリーダーシップを発揮できる。”
リーダーの肩書きを持つ人だけでなく、誰もがリーダーシップを発揮できるということには勇気づけられます。まずは自分から実践することで、リーダーシップに溢れたチーム・組織を作っていくことができるのだと「リフレーミング」し、日々取り組んでいきたいと思います。ありがとうございました。