YAPCは「Yet Another Perl Conference」の略称であり、Perlを軸としたITに関わる全ての人のためのカンファレンスです。このカンファレンスは、Perlのみならず参加者たちが好きな技術の話をして交流することを目的としており、毎年数多くの方々が参加する一大イベントとなっています。
2024年2月9日・10日に広島県で開催されたYAPC::Hiroshima 2024は「what you like」がテーマ。職種やロール、プログラミング言語、技術要素など、各々のさまざまな「お好み」を語る場となりました。YAPC::Hiroshima 2024の運営に携わったメンバーたちは、どのような思いで活動をしたのでしょうか。
運営チームのリーダーを務めたkobakenさんと、長きにわたり運営に参加し今回は主に広報業務を担当したpapixさん、そして開催地である広島県在住でコアスタッフを務めたchanyouさんにインタビューしました。
開催地が広島になったのは、chanyouさんの存在が大きかった
――みなさん、YAPC::Hiroshima 2024の運営お疲れさまでした。このインタビューではカンファレンスについて振り返りますが、開催地を広島県に決めた経緯から教えてください。
papix:YAPCはコロナ禍の影響でしばらくオフラインの開催ができませんでしたが、2023年にようやく京都府で再始動しました。そして、「再開できて良かったね」で終わるのではなく、カンファレンスを楽しみにしている人たちに「次もあるよ」と言いたかったんです。
各地でカンファレンスを開催するには、その土地に住んでいて現地の企業や自治体などと交渉して準備を進める人が必要です。chanyouさんは広島県に住んでいるので、共通の知人を介して「広島でやろうと思っているので、運営に参加してほしい」という旨を伝えました。
――今回の開催地が広島県になったのは、chanyouさんの存在が大きかったのですね。
papix:本当にそうだと思います。もしchanyouさんがいなかったら、別の場所での開催になっていたかもしれないですね。
chanyouさん
chanyou:広島県の技術コミュニティの方々に「YAPCが広島県で開催される予定なんですが、一緒に運営をやりませんか?」と声をかけたら、すごく意欲的な返事をもらえました。会場を下見する際にも何人かに同行してもらい、地域のみんなで盛り上げていこうという下地ができた状態でカンファレンスのキックオフをしましたね。
YAPCをきっかけにして、もともとは「知り合いの知り合い」くらいの距離感だった広島の方たちと、一緒に飲みに行く仲になれました。それから、普段は広島でPythonやRubyなど他の言語を書いている人たちも、積極的にYAPCの準備を手伝ってくれたんです。地域の技術コミュニティには言語の壁はないんだなと、あらためて感じました。
大切なのはカンファレンスを“持続可能”にしていくこと
――イベント登壇者やスポンサー企業との事前準備で、印象に残ることはありますか?
kobaken:登壇者の方々とつながったきっかけとして、『WEB+DB PRESS』創刊22.9周年パーティーに参加したことからお話しさせてください。『WEB+DB PRESS』は休刊が決まっていたこともあり、かなり大勢の200人くらいが集まったんですよ。
とにかくパーティーの登壇者・参加者がそうそうたるメンバーで、ものすごい熱気だったんですね。この熱気を、YAPCでも実現したいと思いました。そこで、会場にいた元LINEヤフーDevRelの941さんに「次回のYAPCでこんな雰囲気を作りたいです。代わりに、私がISUCONでPerlの移植をするので」と声をかけました。すると、941さんは「OK」と返答してくれたんです。ISUCONのPerl実装を人質に、941さんの勧誘に成功しました(笑)。
その他にも、会場で技術評論社の馮富久さんやテスト駆動開発で有名な和田卓人さんに声をかけましたし、『WEB+DB PRESS』創刊22.9周年パーティーがあったことでつながることができた方々がたくさんいましたね。
また、このパーティーでPHPerKaigiやiOSDCの主催をされている長谷川智希さんやこれらのカンファレンスのスタッフをされていることみんさんに声をかけたことが、「PHPerKaigi・iOSDC Japan運営側の視点で語る、技術カンファレンスを表からも裏からも楽しむ方法!」というインタビューの実現につながっています。当日も、PHPerの方が何人もYAPCに来てくれました。
――YAPC::Hiroshimaの登壇者のなかでは、普段めったに技術イベントなどに現れない杜甫々さんが印象的でした。どのような経緯でお呼びになったのですか?
kobaken:カンファレンスを運営するスタッフ同士で「キーノートスピーカーを誰にしようか」というアイデア出しをしていました。実は杜甫々さんが広島出身らしく「お呼びしてみてはどうだろう」という話になったんですよね。
chanyou:杜甫々さんはあまりカンファレンスで登壇するイメージがありません。ですが、2022年に岡山県のカンファレンスで登壇されていて、「あの杜甫々さんを呼べるのか!!」と広島や岡山の技術コミュニティで話題になったんですよ。そこで、いつか機会があったら呼びたいという話はずっとあって、YAPCは良い機会だったのでアプローチをして、ご快諾いただきました。
kobakenさん
kobaken:他にも、登壇者の松本勇気さんは私が参加している日本CTO協会のつながりで、声をかけました。スポンサー集めに関して印象に残っている話としては、吉祥寺のP2B Hausというクラフトビールレストランで、CTOたちが集まる会合を定期的に開催しているんですね。そこで、YAPCについてのライトニングトークをしました。
ライトニングトークで使用したスライド
スタッフが何名くらいか、運営にかかる費用はいくらかといったことを問いかける、クイズ番組のような形式でした。そしてライトニングトークの終盤で、重要な問いかけをしました。私たちは技術コミュニティに助けられてきたけれど、その運営が持続可能な状態になっていなければ、簡単に途絶えてしまう。だからこそ、持続できるようなスキームを、私たちの力で築いていくべきだという話をしたんです。
ありがたいことに、こうした広報活動の結果として、今回は過去最多の53社がスポンサーになってくださり、個人スポンサーの方々もたくさんいました。また、スポンサーの方々とのやりとりには、長谷川智希さんが開発したForteeというツールがすごく役に立ちました。あらためてこの場で、スポンサーの方々やツール開発者の長谷川さんにお礼を述べたいです。そして、『WEB+DB PRESS』のパーティーやP2B Hausでの集まりのように、会社などの枠にとどまらないコミュニティの方々にも、深く感謝しています。
参加者に「広島県の素晴らしさ」を伝えたい
――イベント前やイベント期間中は、どのようなオペレーションをしましたか?
chanyou:各スタッフの役割分担を明確に決めて、みんながその役目を全うできるように動いていました。
kobaken:本人の適性ややりたいことと、担当する役割がなるべくリンクするように配置しましたね。たとえばpapixさんにはSNSなどでの広報活動をお願いしましたが、彼は趣味で旅行のブログ記事を山ほど書いているんですよ。
papixさん
papix:私は旅行が好きですからね。その土地の歴史や文化、名物などを知ることは、人生をより豊かなものにしてくれると思っています。だから、YAPC::Japan 運営ブログでも、広島への移動方法や観光名所、おいしいご飯などの記事をたくさん書きました。
kobaken:他にも、chanyouさんを含む現地在住のスタッフの方々には、「広島県の良さ」についてイベント内でうまく伝えるための方法を企画・実行してもらいました。広島県に住む方々は、地元への愛着がすごく強いんですよね。
chanyou:私はやはり広島県が好きですし、多くの人に観光名所や食事などを堪能してほしいなと思っています。それもあって、広島平和記念公園のなかにある広島国際会議場をYAPC::Hiroshima 2024の会場に選びましたし、お好み焼きやB級グルメも含めてpapixさんに発信をお願いしました。あと、スポンサーが53社も集まって予算に余裕があったので、おいしいものを食べてもらいたくてお弁当のランクを上げました。
懇親会の食事も、業者の方々に「前夜祭やイベント中のお弁当ではこういった食事を出しているので、なるべく献立が被らないように調整できますか」とお願いしたところ、柔軟な対応で食事を出してもらえました。すごく満足できるものが提供できたと思います。
それからイベント当日には、スタッフはDiscordでやりとりをして各部屋の情報を連携し合って、運営がうまく進むように段取りをしていました。
papix:過去のイベントではチャットツールを使いつつ、緊急時には権限のあるスタッフが現場に走る、ということが多かったです。今回は自分がDiscordをずっと監視する体制を作れたのですが、結果としてDiscord上で即座に判断や指示をできて運営が大変スムーズに進みました。物理的に離れたところにいても会場の出来事をリアルタイムで感じられて、楽しかったです。
kobaken:私は当日の運営は各スタッフに任せて、スポンサーや登壇者の方々へのあいさつ回りなどを担当しました。みなさんが現場で動いてバシッと締めてくれたので、あらためて「良い体制だな」と感じましたね。
「what you like」に込められた思い
――カンファレンスのロゴや、テーマである「what you like」の意図などもお聞きします。
kobaken:中央に折り鶴をイメージした模様があります。広島といえば平和都市ですが、そのコンセプトを前面に押し出すと技術カンファレンスからはかけ離れてしまいます。平和というメッセージは大切にしつつ、YAPCらしい出力の仕方に調整して、このようなロゴになりました。図形が重なっている箇所にも意味があって、Perlだけではなく多種多様な技術を扱っている人たちが重なり合い、交流するような場にしたいという思いを込めました。
そして「what you like」は、広島らしく「お好み焼き」ですよね。お互いが好きなものを表現し合って、それが受け入れられている状態にしたいという願いを込めています。この「what you like」というコンセプトを、杜甫々さんがすごく表現してくれた気がするんですよ。
――杜甫々さんは「とほほのWWW入門」など、情報を詳細にまとめた複数のWebサイトを長年運営されていますが、そのモチベーションを「ただ単に好きだから続けている」と語られていたのがとても良かったですよね。
kobaken:エンジニアコミュニティでは「より良いキャリアを送るために勉強をする」とか「モチベーションを向上させるためにも技術カンファレンスに参加するほうがいい」といった、悪く言えば肩肘を張ったことがよく言われます。
でも、杜甫々さんはそういう次元に生きていないというか。杜甫々さんがやってきたことをあくまで淡々と話されていましたが、聞いているこちらは「好きだからやっている」というメッセージを全身でひしひしと感じました。最後「なぜそんなに続けられるんですか?」という質問に「好きだから」というほんの一言の返答で、これには頭をガツンと殴られたような衝撃がありましたね。
完璧ではないけれど最高だった
――イベント後の懇親会はいかがでしたか?
kobaken:懇親会はみんなすごく楽しそうでしたよね。
papix:飲み過ぎましたね(笑)。
kobaken:私は懇親会の会場に遅めに到着したんですよね。その頃にはpapixさんが完全に出来上がっていました(笑)。papixさんはよく技術カンファレンスの後に泥酔して、みんなへの感謝の言葉を述べているんですが、その姿を見るのがすごく好きなんですよね。
chanyou:わかります。私たちも救われる感じがあって。懇親会には400人超えの人が参加しましたが、業界のレジェンドたちも一堂に会していてすごく熱気がありました。あの雰囲気を見ながら飲むお酒はおいしかったですね。
――イベントを終えての振り返りも聞かせてください。
kobaken:もちろん、至らないところはいくつもあったので、完璧ではありませんでした。でも、参加者や登壇者、スポンサー企業、運営しているスタッフ、そうした方々の仕事仲間や家族、関係者の協力のおかげで最高のYAPCが開催できました。完璧ではなかったけれど、最高でした。この技術カンファレンスの運営を担えたことは誇りに思います。スタッフのみんなと働けて幸せでしたね。
chanyou:今回は開催地が広島県だったので、広島近辺に住んでいる人たちが「例年はYAPCに参加していないけれど、今回は参加してみよう」と来てくださったそうです。現地でも実際にそうした方々とお会いして、やって良かったとあらためて思いました。
実は、私がエンジニアを志すきっかけになったのが、YAPC::AsiaのライトニングトークをYouTubeで視聴したことだったんですね。それが2014年頃のことで、私は広島県の高専出身でした。周りにエンジニアの知り合いはいませんでしたが、その動画を視聴したことで技術カンファレンスというものがあると初めて知りました。
「こんなに心から技術を楽しんでいる人がいるのか。こういう大人たちに自分も混ざりたい」と思って、エンジニアの道を歩みました。そして今、こうしてYAPCの運営に携われたのは感慨深いです。同じような経験を、私よりもっと若い世代の方々にもしてもらいたいですし、そのきっかけを生み出せたならいいなと思います。
それから、YAPCの良いところとして「面白いからその技術に打ち込んでいる」という人が多いことが挙げられると思っています。その文化を今回も継承できたのは良かったですね。
papix:YAPC::JapanがもしPerlに関する話題のみを扱うようなカンファレンスならば、「awkでWebアプリケーション開発をする」というプロポーザルはたぶん採択されません。それを採択するし、みんなも楽しんで視聴するのがYAPCの持ち味だと思います。
kobaken:他のプロポーザルもとても良くて、選考では本当に悩みました。合計で96個もプロポーザルがあったので、前夜祭を含めて20個のトークに絞り込むのは大変でしたね。
papix:カンファレンスを通じて感じたのは「また、次の世代につなげられたな」ということですかね。私は2011年に開催されたYAPC::Asiaでは参加者でしたが、気がつけばカンファレンスを運営する側に回っていました。もし運営に携わる人たちの心が折れたり、何かしらのトラブルや炎上などが起きたりすれば、こうしたカンファレンスは終わってしまう可能性もあります。きちんと運営を続けて、次の世代にバトンを渡していきたいですね。
異種格闘技戦のように、多様性を受け入れるカンファレンス
――YAPCはもはや、「Perlのイベント」という枠組みを超えて「Perlを使っている人も、Perlを使っていない人も両方が楽しめるイベント」になっています。なぜ、YAPCはこれほど多くの人に愛されるイベントになったのだと思いますか?
kobaken:3つの要因があると思っています。まず、現代のソフトウェア開発においては、エンジニアは特定の技術だけではなく、複合的な知識を習得しなければ適切にシステムを開発・運用できません。YAPCはそのための実践的な話を聞ける場であること。
余談ですが、今回のゲストの選定には、「どうすれば変更容易性を上げられるか」「エンジニアがどのように経営と連携を取るか」など、私自身がソフトウェア開発で感じている課題意識が色濃く出ています。運営する人が変われば、選定の基準も変わると思います。
そして、何かに熱中している人たちが楽しそうに話しているのを見ると、エネルギーをもらえること。YAPCに参加することでそうした熱気に触れて「そういえば私って、技術が好きだからエンジニアを始めたんだよな」という原点を思い出せます。
さらに、そもそもPerlという言語にはいろいろな手法や考えを受け入れる文化があること。だからこそ、懐が深いコミュニティになるのかなと思います。
papix:その通りでPerlの懐が深いのと、技術カンファレンスとして独自の立ち位置を作れたこと。Perlという言語に寄り過ぎず、かつ堅過ぎないイベントになりました。
kobaken:papixさんが、一言でYAPCの特徴をまとめていましたよね。あれ何でしたっけ?
papix:これはXで見かけた表現なのですが、異種格闘技戦。いろいろな人が集まって、それぞれの特徴や強み、好きなものを披露し合う場ということですね。
chanyou:そうした特徴がありつつも、共通言語としてPerlがあって、かつトレンドを押さえた話や実践的なエピソードが聞けるのも、YAPCの面白いところですよね。
papix:この記事を読んでいる方々も、好きな技術コミュニティやカンファレンスがあれば、ぜひ積極的に運営にも携わってほしいです。次回のYAPCは北海道函館市で開催される予定なので、楽しみにしていてください。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子