この10年間で思い出に残っている本はなんですか? 読書経験で振り返るITエンジニアのキャリアの変遷(株式会社プレイド 野田陽平さん)

キャリアを重ねていくなかで考えるテーマも、学ぶべきことも変わっていくもの。成長やスキルアップとは、一言ではなかなか語れないものです。そんなキャリアの変遷を、その時々に読んだ本を通じて追っていく本企画。今回は、株式会社プレイド 野田陽平さんにインタビューしました。

野田さんは2015年1月にプレイドに入社。同社は2020年に上場を果たし、上場企業としてさらに変化と成長を続けるなかで、野田さん自身はどのように変化したのでしょうか。プレイドの成長過程を3つに分け、それぞれのフェーズで参考にした書籍とともに、10年間を振り返っていただきました。

フェーズA(2015〜2017年頃):大規模なモノシリック・サービス期。エンジニアリングの力で少人数で大きな価値をつくりだすことを目指していた。

フェーズB(2018〜2020年頃):チームの分割、マイクロサービス化を進めた時期。各チームが短期間で目的に対してフォーカスをして開発をしていた。

フェーズC(2020年頃〜現在):マルチプロダクト戦略を展開。プロダクトだけでなく、プロフェッショナルサービスによる価値提供も始まる。

エンジニアリングの力で世の中にいかにインパクトを与えるか

――2014年から2017年頃のフェーズAの時期。この頃の会社の状況を教えていただけますか。

2014年はシリーズAの資金調達をして、人を増やしていた時期でした。私もその一環で2015年1月に入社しました。エンジニアだけではなく、ビジネスのメンバーも増え、リリース後はクライアントも増えていきました。入社当時はエンジニアが6人ぐらい、業務委託も含めると8人ぐらいいました。

――野田さんは当時、どのような業務を担当していたのでしょうか?

プレイドが手掛けるCX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」(2015年当時は「Web接客プラットフォーム」)の開発には、大きく分けるとデータ解析基盤、クライアントが使う管理画面の2つがあり、私は主に後者の開発をしていました。

前職では既に存在している具体のユースケースに対して、多くの人数でプロダクトを開発していたので、価値検証の順序を定め、フォーカスするポイントを絞って少人数で集中的に作るやり方は、価値を生み出すまでの時間的制約が大きいスタートアップらしいやり方だなと感じました。スモールチームで大きな価値を作ることができるようにするためのスピード感は、この時期にアップデートされました。一人の生産性をかなり上げないといけないなという感覚もありました。

――この時期に参考になったのは、どのような本でしょうか。

小さなチーム、大きな仕事』と『ハッカーと画家』です。『小さなチーム、大きな仕事』の著者の一人であるデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンが開発したRuby on Railsは、趣味で使っていたことがあります。自分が使っていたフレームワークのエンジニアが働き方や考え方に焦点を当てた本を書いているのが印象的で手に取りました。『ハッカーと画家』は、学生時代から知っていた本ですが、創造性を発揮して良いものを作ることや、技術によって社会が変化すること、技術が人の可能性を広げることなどに触れられています。

この時期は主に個の力を高めることを意識していました。リソースが限られているなかで、エンジニアリングの力で少人数でインパクトのある開発をしていくにはどうするのがよいかということを主に考えていました。人を増やせば、それに比例して生産性が増す世界ではなくて――。

テコの原理のように、1人で100人分の力を発揮できる部分もあるので、労働集約型にならないようにすることを意識していました。

組織とアーキテクチャは密に紐付いている

――フェーズBの2018年から2020年頃。この時期の会社の状況について、お伺いできますか。

プロダクトの進化や事業進捗に伴って、2018年の時点でエンジニアだけで2~30人くらいと、エンジニアリング組織の規模もすこしずつ大きくなっていきました。その後の組織拡大を見越すと、全員がお互い開発しているものの依存関係を把握して生産性が高い状態を保つのは難しいサイズになってきました。

そこで、マイクロサービスのような形にアーキテクチャを変更していくこと、分割したいアーキテクチャの単位でチームや組織も分けていくこと(逆コンウェイの法則)を組織全体で進めていました。

――この時期はどのような役割を担われていたのでしょうか。

この時期には、チーム内のエンジニアとして開発のリードのようなことをやり始めました。また、チームをまたがった課題把握や課題解決、意思決定などの役割を果たすことも増えていきました。

スモールチームで、各チームが上下の隔たりなく能力を発揮し開発していくフラットな組織だったので、上下関係を意識してマネジメントするような形ではありませんでした。何かプロジェクトがあったときにあるチームを見たり、オンボーディング施策を整えたりもしていました。エンジニアが力を発揮しやすい環境を作る視点を少しずつ持つようになりました。

――この時期に参考にしたのは、どのような本でしょうか。

マイクロサービスアーキテクチャ』と『エンジニアリング組織論への招待』です。

アーキテクチャのアップデートに積極的なメンバーが中心となって、マイクロサービス化を進めていた時期で、『マイクロサービスアーキテクチャ』はその変化をキャッチアップするために読んでいました。私が開発していた一部の機能も、そのメンバーが中心となってマイクロサービス化を進めました。この本は、エンジニアリング観点でのアーキテクチャの学習のために手に取った本でしたが、組織とアーキテクチャとの関係性にも触れられていて、良いものづくりを行うための組織構造を深く意識するきっかけになりました。

『エンジニアリング組織論への招待』は、スタートアップでプロダクト開発をしていると、不確実なことも多いので、そこに対してどのように不確実性を解消しながら進んでいくべきか、組織やプロダクトのアーキテクチャはどうあるべきか、人事的な制度面はどうあるべきかなどを考えながら読んでいました。技術的な視点だけでは抜け落ちてしまうような、組織や人の話について論理的に整理されているのが面白かったです。

――開発における人の影響を考え始めたのは、この時期からですか。

特に意識するようになったのは、この後のフェーズC(2020年頃〜現在)の時期です。各チームで開発していたときも「プロジェクトと人のマッチングによって、進捗に差があるな」「この人は別のプロジェクトの方が合っているのにな」と思い、それを調整するような動きをすることが増えていきました。

そこで、心理的安全性の高い組織運営をベースに、個人が得意なこと/苦手ないこと、やりたいこと/他の人に任せたいことを表現できると、マッチングの精度は上がりやすいのかなと考えました。

心理的安全性は、職種に関わらず、問題を問題だと言える環境が組織をより良い方向に導く土台を作るという話だと思うのですが、エンジニアリングにおいても役立つところがあると感じています。まさに、この部分に関しては『チームが機能するとはどういうことか ― 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』に書かれている、心理的安全性の原点に関連していると思います。

風通しの良い組織にするために複数の視点を持つ

――2020年以降のフェーズCの時期。この時期の会社の状況について、お伺いできますか。

KARTEシリーズの様々なプロダクトの輪郭がより明確になってきた時期です。それぞれのプロダクトはデータ基盤は共通で持ちつつも、パッケージとしては独立していて、複数のプロダクトを契約いただいているクライアントも多く存在しています。

さらに現在では、こういったマルチプロダクトで価値を高める取り組みに加え、コンサルティングやプロフェッショナルサービスのような人を介した価値提供にも力を入れています。プロダクトだけでは解決できないような、クライアントの広く深い課題解決を実現しようとすると、もはやプロダクトの枠組みはクライアントにとっては意味をなさないのかもしれません。

横断的にプロダクトの価値を提供するフェーズになると、横の連携や調整が求められるようになり、様々な横断的な役割を果たす組織が必要になりました。個々のチームが独立して開発できるように関心を分離するだけではうまくいかなくなりました。

そこで全体の状況を理解して問題解決に取り組むシステムシンキングの考え方を身につけるために、米国ミネルバ大学から許可を得て国内企業が展開しているマネジメント研修を受けるなどしていました。

――現在はどのような役割を担われているのでしょうか。

人と組織がうまくワークするためのマネジメントの視点をプロダクト開発組織に加え、その仕組みを考え促進する役割を担っています。今はエンジニアリングマネジメントチームを立ち上げて、そのチームのヘッドをしています。このチームには、プロダクトマネージャーもデザイナーも関わっていて、プロダクト開発組織内のあらゆる職種を対象に、組織開発や人材育成などの視点でサポートする役割を担っています。

どういう仕組みがあれば、会社がもっとワークするのか、良い組織になるのかを日々考えています。

――この時期はどのような本を参考にされたのでしょうか。

ミネルバ式 最先端リーダーシップ』と『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』です。

『ミネルバ式 最先端リーダーシップ』は、最近発売された本ですが、前述のマネジメント研修そのもののメッセージが出ていて面白かったです。所属している1つの組織という箱の中からだけではなく、様々な箱から物事を見る能力が鍛えられました。

『ネガティブ・ケイパビリティ』は、技術や組織と直接的な関係のない本ですが、個人的にすごく重要だと感じています。プレイドは2020年に上場しており、上場企業としての責任がある一方で、スタートアップとしてのカルチャーが今も原動力になっている部分もあります。ガバナンスを強く効かせる部分と自由な文化や、トップダウンとボトムアップなど、見方によっては一見二項対立に思える要素が生まれやすく、それらのバランスをどう取るか、一方を選択するかなど、観点が複雑化しやすいフェーズにあります。また、クライアントの事業環境や技術などの変化も目まぐるしく、従来以上に不確実性の高い状況におかれています。そういった、簡単に答えが出ない状況でも、前に進みつづける人の強さが大事になっているフェーズなのかなと思います。そういった意味で、一見苦しいと思われるような場面があってもポジティブに捉えるネガティブ・ケイパビリティは大切だと思っています。考え方によっては二項対立ではないですから。

また、いかに見通しの良い組織にしていくかも重要だと考えていて、組織論の基本を改めて学ぶために『組織行動のマネジメント』や、組織の構造が予算策定に与える影響について解説している『組織行動の会計学 マネジメントコントロールの理論と実践』を読みました。

後者の本では、いわゆる目標数値の持たせ方が組織行動にどのようなメリット・デメリットをもたらすかや、組織を動機づけるマネジメントコントロールの方法が実例とともに解説されていました。予算策定ひとつとっても、組織構造と無関係に考えることはできず、組織文化とも深く結びついているところが面白いなと思います。

――まさか会計学の本が出てくるとは思いませんでした。

我々の事業はフェーズの浅いものから、すでにある程度のクライアントがいるものまで多岐にわたりますが、全社的な方針はありつつも、価値が生まれるフロントやボトムアップでの考えを重視して予算策定が行われている部分もあります。そのため、各チームがリクエストを出すのですが、最終的には経営レイヤーで投資の意思決定を行います。自分は各チームと経営の間に入ることが多いので、様々な視点での考え方が理解できる一方で、複雑な状況を生みやすいプロセスでもあり、課題感も感じています。どのような組織構造と数字の持ち方が事業を成長させるために最適なのか、次やるとしたら改善できないかとこの本を読みながら考えを深めました。

会社の成長に寄り添いながら、自分も成長していく

――この10年間で考え方や視点はどのように変わりましたか。

会社の成長とともに、私自身の視野も広がり、思考の深さが増しているのを実感しています。もともとは“エンジニア”として、良いプロダクトを作ることが良い事業につながるとシンプルに考えていました。世の中にユニークな価値を与える事業を作るために飛び込んだので、もちろん事業にも視点はあったと思うのですが、振り返ると直接ものづくりをするという視点が中心だったように思います。

しかし、この10年間を走り続けるなかで、事業や組織の拡大に伴い、個々人の能力を最大限に発揮する組織づくりに視点が移っていきました。不確実な状況下で組織や事業の課題を解くには、物事を様々な角度から捉えたり、一度立ち止まってバイアスがかかっていないかを見直したりすることの大切さを学びました。そこには、複数の専門分野の視点を取り入れる学際的な視点が必要ですし、そういった視点から事業を成長させるヒントが見えてくることにも気が付きました。

会社全体の成長にともなって常に状況は変わっていき、苦しいこともありますが、そういった経験は個人としてもチームとしても強くなる機会だったと感じています。会社の成長とともに、いろいろなチャレンジをさせてもらって視野が広がっていった感覚があります。スタートアップに長くいるのも楽しいですよ。

取材・執筆:Kaoly