Findy Engineer Lab

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キャリアは一方通行じゃなくたっていい。はてなに戻った私が、肩の力を抜いてマネジメントと向き合える理由

2024年5月より株式会社はてなに転職し、エンジニアリングマネージャーを務める粕谷大輔(通称:だいくしー)さん。これまで複数の開発組織でソフトウェア開発に携わってきた粕谷さんは、2014年11月から2021年4月まではてなで働き、2021年5月にChatwork株式会社に転職。そして2024年5月より再びはてなで働き始めるというキャリアを歩んでいます。

いわゆる「アルムナイ採用」ではてなに戻った粕谷さんですが、なぜこのような働き方を選んだのでしょうか。そして、はてなで実現したいことやキャリアについての考え方とは?

旧・はてな時代の経験は、マネージャーとしての原点

── 粕谷さんが過去にはてなに所属されていた頃、「Findy Engineer Lab」に「マネジメントも『技術』のひとつ。技術志向だったエンジニアが、開発チームのディレクターに挑戦するわけ」というコラムを寄稿されました。この頃から現在まで、一貫してマネージャーとして働かれていますよね。

はてなでディレクターを担うようになった頃は、マネジメントの面白さがわかり始めた時期でした。さまざまな経験をするなかで、マネジメントは決して生まれながらの才能ではなく、後天的に学習によって習得可能なスキルだとその頃に気づいたんです。エンジニアリングと同じようにマネジメントも学べるのだとわかり、マネージャーの仕事に前向きに取り組んでいました。

開発チームのデリバリーの責任を持ち、Mackerelチームのエンジニアとデザイナーのピープルマネジメントに携わりました。自分のマネージャーとしての原点になった時代ですし、「今後もマネージャーとしてキャリアを歩みたい」と思っていましたね。

── Chatworkへ転職をした経緯を教えてください。

はてなではMackerelチームで仕事をしましたが、6年間ずっと同じチームで働いていたんですよ。私は個人的な意見として「自分自身の影響力の範囲を外へ外へと広げていくのがマネージャーの成長」だと思っているんですね。

たとえば、複数のチームを管轄するとか、会社全体をマネジメントするとか。さらに先に行くと、会社の枠すらも飛び越えるのかもしれません。より広い領域をマネジメントする経験を積みたいと思いました。それに、Mackerelチームを出ても本当にマネージャーとして活躍できるのか、腕試しをしたい気持ちもありました。

はてなもChatworkも開発組織全体の人数にそれほど違いはありません。でも、はてなの場合は「はてなブックマーク」「はてなブログ」「Mackerel」など複数のプロダクトを抱えているので、単一のチームはコンパクトなんですよね。

Chatworkの場合は当時の開発組織全体で単一のプロダクトを扱っていたので、プロダクトに対する人数という観点では、Chatworkのほうが圧倒的に規模が大きいです。おそらくChatworkのほうがマネジメントの難易度が高いからやってみたいと思ったのが、Chatworkを選んだ理由の1つです。

それから私は2021年にChatworkに入社しましたが、当時はコロナ禍の真っただ中でした。多くの会社が当時はフルリモートを選択していました。このタイミングでマネージャーとして転職をすると、一度もメンバーと対面で会わずにマネジメントをすることになり、それが不安でした。そうしたなか、ChatworkにはScalaコミュニティのつながりで昔から仲の良い友人たちが何人か社内にいました。そうした人たちに助けてもらいながら入っていければ、うまくいくんじゃないかという目論見もありました。

苦い失敗も経験した、Scrum@Scaleへの挑戦

── Chatworkで印象に残っていることはありますか?

大きく分けると、ChatworkではScrum@Scaleの推進とピープルマネジメント、採用の3点に注力していました。順に話すと、Chatworkは私が入社する前からScrum@Scaleという大規模スクラムの仕組みを導入し、複数チームをまとめていく取り組みをしていたんですね。私はもともとアジャイルコミュニティで積極的に情報発信をしていたので「だいくしーさん、まずはScrum@Scaleの導入を推進してくださいよ」と任せてもらえました。

知識としてはScrum@Scaleを知っていたものの、実践するのは初めてでした。いざやってみると、難しさもあれば、こうやれば確かにうまくいくなという成功体験も得られたんです。そうした勉強と経験の結果、『スクラムの拡張による組織づくり──複数のスクラムチームをScrum@Scaleで運用する』という著書を出すこともできました。良い経験でしたね。失敗もしましたけれど。

── 具体的にはどのような成功と失敗がありましたか?

成功としては、やはりフレームワークとしてScrum@Scaleが非常によくできていることを、実際の組織運営を通じて再認識できました。複数チームでプロジェクトを進める際、最も課題になるのはコミュニケーションなんですね。Scrum@Scaleでは「どのタイミングでどのような人たちを集めてどのような話をする」といったことが定義されており、これは非常にうまくいく実感がありました。

一方で心残りなのは、ステークホルダーの巻き込みが足りなかったことですね。Scrum@Scaleは開発チームだけではなく、プロダクトマネージャーやボードメンバーなど、さまざまなレイヤーの人々と連携をとる必要があります。ただ、そうした人たちは基本的にものすごく多忙で他の仕事もたくさん抱えています。

当時のCTOを中心にできる限りの支援をしてもらっていたんですが、いろいろな人をうまく巻き込んでいくための動きを上手にやりきれなかったこともあり、コラボレーションしきれなかった部分もあったかなと振り返っています。

── その経験を踏まえて、読者に伝えたい「スクラムを運営するうえでのポイント」はありますか?

説明責任が大事だと、私は最近よく思います。それはつまり、開発チームのことを外部の人たちにきちんと伝えて、スクラムの意義などを理解してもらうということです。「スクラムのルールがこうなので、参加してください」と言ったって「わかった」と言う人はいないわけです。

なぜやりたいのか、それをやると何が良くなるのかを、丁寧に時間をかけて説明する必要があるなと思っています。Chatworkでも当時の自分としてはがんばったつもりでしたし、周りの方々もとても協力してくださっていたんですが、いま振り返ると、まだまだ自分にできたことはあったなと感じています。当時は気づかなかったことも、時間が経って振り返ることで見つけられた気づきや学びもあるので、この経験を次につなげられたらいいですね。

大変な環境は「人生のボーナスステージ」

── では、次はピープルマネジメントについて伺います。

はてな時代はマネジメント対象がMackerelチームだけでしたが、Chatworkではビジネスチャットの開発に携わるすべてのエンジニアのピープルマネジメントに関わっていました。このポジションだと、社内のいろいろな困りごとが自分の耳に入ってくるんですね。

日々そうした情報が寄せられるので、それがしんどかった反面、「でもこれは、マネージャーとして人生のボーナスステージにいるんだ」という感覚もありました。かなり密度の高い経験を積んでいるなと思っていましたね。みんなの悩みに直面し続けていると当然気が重くなりますが、「これが成長につながる」という気持ちは自分の励みになりました。

この経験をしたことで、多少のことでは動じなくなりました。それに、経験の引き出しがかなり増えたので、今の私が何かのトラブルに直面しても「似たようなことは前にも対処したな」というケースがよくあるんです。その引き出しが増えたのは良かったですね。

── 世の中には、ポジティブな気持ちでマネジメントと向き合えない方もいると思うのですが、そうした方々へのアドバイスはありますか?

エンジニアの仕事でも、難易度の高い設計や実装をしたり、新しい技術を学んだりするときに、わからないことが多くてつらいことがあると思うんですよ。AWSの設定がうまくいかなくて何時間もハマるとか、あるじゃないですか。でも、試行錯誤しながら課題を乗り越えて、そのくり返しによってスキルが身に付いていきます。

結局のところ、マネジメントもそれと一緒です。たとえば、ある評価面談でフィードバックをうまくできなくて相手が落ち込んでしまったとか、私にも失敗の経験がたくさんあるんですよ。でも、そういうことを一度経験すると「もう二度と同じ失敗をしない」という自分の糧になります。

エンジニアリングもマネジメントも根っこは同じです。エンジニアをやっていても、わからなくてしんどいときはしんどいじゃないですか。でも、その大変さを乗り越えれば自分の血肉になると思えたら、前向きな気持ちでマネジメントと向き合えるんですよね。

採用に関して、粕谷さんは「とにかく行動量を増やしまくっていた」と当時を語る。スカウトの文面制作をエージェント任せにせず自分自身で書く、さまざまな媒体やイベントでのアウトプットを増やす、カジュアル面談に出まくるなど、採用に結びつくものは片っ端から手を付けたという。「この活動方針は(元はてなで現ヘンリーの)songmuさんを見習っている部分が大きい」という。



再び、はてなで「強くてニューゲーム」

── なぜ、再びはてなに戻られたのですか?

Chatworkは会社としてかなり大きな転機を迎えています。7月に社名変更をしてkubellという名前になる予定で、それに向けて社内でもさまざまな体制や仕組みを変更していました。また、業態も「ビジネスチャットの会社」から、BPaaS事業を新たに立ち上げ「働く人を支援するプラットフォームの会社」へと進化していくタイミングです。会社の変化のタイミングと、入社から3年が経ち自分への期待が変化する時期でもあり、転職するとして区切りの良いフェーズだと思いました。

はてなはすごく良い会社なので、「機会があればまた働いてもいいかもな」とほんのりと思っていたんですよ。とはいえ、「まさか実現するわけないよな」とも思っていました。はてなに決めた直接的なきっかけは、転職サイトで転職意欲のステータスを変更した際に、はてなの人事から連絡があったことでした。

私はかつてはてなのMackerelチームでマネジメントを始め、Chatworkでは組織を横断するマネジメントに携わりました。そんな自分がはてなで再び働けば、単なる出戻りではなく、レベルアップした自分としてより難易度の高い挑戦ができると考えたんですよね。

── 「強くてニューゲーム」といった感じですね。今後は、はてなで何を実現したいですか?

はてなの開発組織は、マトリックス型組織の構造になっています。組織の縦軸として特定プロダクトを担当するプロダクト開発チームと、組織の横軸としてエンジニアの育成・全社の技術マネジメントに責任を持つ技術グループが存在しています。そして私は、技術グループの専任のエンジニアリングマネージャーなんですね。

技術グループは横軸の組織であるため兼務の人による集まりなのですが、私がはてなで初めて技術グループの専任になりました。このポジションで活躍をして「やはり技術グループに専任の人がいると良いことがたくさんあるね」とみんなに実感してもらうのが、自分の最初の仕事だと思っています。

このポジションを新規開拓したうえで、組織に定着させたいです。ポジションの定着って結局どうなれば良いかというと、単に自分が活躍するだけではなくて、2代目の人に就任してもらう必要があると思っているんですよ。

たとえば生え抜きの人とか、あるいは社内でステップアップして抜擢された人にそのポジションに入ってもらえると、ひとつの新しいキャリアルートができます。そうすると、はてなでエンジニアリングマネージャーに挑戦している人たちの目標になるでしょうし、エンジニアリングマネージャーを目指す人も増えるはずです。

── 今回のインタビューの内容を踏まえて、読者に伝えたいことはありますか?

エンジニアリングマネージャーの仕事は面白いですし、やりがいがありますから、ぜひ挑戦してほしいです。それから、はてなに出戻りをしたことで、私はすごく気持ちが楽になりました。キャリアというのは一方通行で、やり直しがきかないようなイメージがありますよね。「転職で失敗をしてはいけない」という気持ちがプレッシャーになって身動きがとりづらかったりするじゃないですか。

でも、私ははてなに出戻りできたことで「キャリアは一方通行ではなくて、行ったり来たりしてもいいんだ」と思えるようになりました。要するに、一方通行ではなく引き返してもいいんだと感じられたんですよね。だからこそ、「キャリアについてもっと肩の力を抜いて、自分が想像しているよりも気楽に考えていいですよ」と、記事を読まれる方々には伝えたいですね。

取材・執筆:中薗昴
撮影:おくのゆき