
2020年に小学校でのプログラミング教育が必修化されてから、もう5年が経ちました。これからの社会では、テクノロジーを使いこなす力がますます求められていくはず。「どうすればプログラミングに興味を持ってくれるのか」「そもそも、子どもに何をどう教えればいいのか」と悩むパパ・ママや教育関係者も多いのではないでしょうか。
その答えを探るため、“対話型の学び”を大切にしている「LITALICOワンダー」で、子どもたちと日々向き合っている方々にお話を伺いました。お話を聞かせてくださったのは、LITALICOワンダー事業部長 兼 LITALICO高等学院 学院長の毛利優介さんと、神奈川地区のエリアマネージャーを務める永井颯人さん。子どもの「学びたい」を引き出すために、必要なこととは?
Scratchは知っていても「プログラミングで何ができるか」を知らない子も多い
――本日はよろしくお願いします。まずは、教育現場の現状について聞かせてください。小学校でのプログラミング教育必修化の前と後で、子どもたちのプログラミングへの接し方に変化はありましたか?
毛利:「LITALICOワンダー」の入門コースでは、ビジュアルプログラミング言語である Scratchを扱っています。必修化される前は、体験授業で「Scratchって何?」という子どもが大半でしたが、今では「やったことがある」「見たことがある」といった反応が多くなりました。おそらく、学校で触れたり、友だちから教えてもらったりしたのだと思います。認知度がずいぶん上がりました。
ただ、プログラミング教育の質や取り組み方には、学校や先生ごとに大きな差があるようです。新しい取り組みに積極的な先生がいる学校では、しっかりと授業が行われています。一方で、先生に余裕がなかったり、テクノロジーに詳しくなかったりすると、文部科学省から配布された教材をそのまま使って終わり、というケースもあります。Scratchは自由度や汎用性が高い分、先生によっては「教えるのが難しい」「トラブルになったら怖い」と感じる方もいるようです。

永井:私も同じように感じています。大きな転換点だったのは、「GIGAスクール構想」と呼ばれる、生徒一人ひとりに端末を配布し、高速大容量の通信ネットワークを整備する文部科学省の取り組みですね。以前は、体験授業で来たお子さんが「パソコンやタブレットに触れるのは初めて」というケースも多くありました。それが今では、小学生でも「学校の授業で使ったことがある」と話してくれる子が増えています。
ある地域では、雨の日など外で遊べない日に、端末を使って友だちと一緒に遊ぶこともあるそうです。私が子どもの頃は、消しゴムをはじいて友だちと遊んでいたことを思うと、ずいぶん進歩したなと感じます。
毛利:ただ、子どもたちが「プログラミング」というものを明確に意識しているかというと、そうでもない気がします。「Scratchはやったことがあるけれど、それがプログラミングなのかはよくわからない」という子が多いですし、学校の先生が本格的な内容を教えるのはやはり難しい。認知自体は広がったものの、「プログラミングで何ができるのか」といった本質的な理解は、まだそれほど深まっていないのかもしれません。
「好き」が学びの入り口に。子どもの好奇心を引き出すには?
――教室で大切にしている教育方針はありますか?
永井:これは「LITALICOワンダー」の理念にも通じますが、私が特に大切にしているのは、子どもたちの気づきや好奇心を引き出すことです。そのために、ただプログラミングの知識を一方的に教えるのではなく、「それ面白そう」とか「やってみたい」と子どもが感じられるようなコミュニケーションを意識しています。
たとえば、体験授業に来た子が「あるゲームの動画が好きでよく観ている」と話してくれたとします。そこを入り口にして、「ゲームの敵キャラクターに捕まると、プレイヤーが操作するキャラクターが爆発して、ゲームオーバーになる仕組みを作ってみない?」と提案してみる。すると、「面白そう!」と反応が返ってきます。
そうやって本人の好きなことから入っていくと、ゲームを面白くするアイデアが自然と出てきます。私たちはそれを否定せず、むしろ尊重して形にしていくんです。そうした体験を通じて、子どもの主体性や創造性が引き出されていきます。
――今回の記事は、「子どもにプログラミングのスキルを身につけてほしい」と思っている保護者も読むはずです。そうした方々に向けて、アドバイスはありますか?
永井:まずは、「何が好きか」を丁寧に探ることが大切です。たとえばゲームが好きな子でも、「登場キャラクターが好き」「YouTubeの実況者が好き」「フィールドを探索するのが好き」など、具体的な「好き」の中身は人それぞれです。ゲームで遊ぶこと以上に、友だちとボイスチャットで話すのが楽しいという子もいます。そうした要素をフックにして、子どもが興味を持ってくれるように声をかけてみてください。
ただ、好きな理由を子ども自身が言語化できることは少ないものです。だからこそ、保護者の方が普段の様子から「これが好きかも?」と見立ててあげることが大切だと思います。

毛利:大人が一方的に何かをしなさいと言っても、なかなか子どもたちの「やりたい」という気持ちにはつながりません。だからこそ、ぜひ保護者の方々は子どもと一緒になってScratchで遊んでほしいです。
たとえば、子どもの誕生日に「クリアすると“ハッピーバースデー”と表示されるゲーム」をお父さんが作ってあげるとか。子どもがそれを楽しんでくれたら、「私もやってみたい」と思ってくれるかもしれません。そのタイミングで初めてプログラミングの参考書を渡す、という流れのほうが自然です。
「LITALICOワンダー」の教室でも、私たちは先生というより、プログラミング好きのお兄ちゃん・お姉ちゃんのような存在でいようと意識しています。同じ目線で会話をしつつ、子どもたちの興味や関心を引き出しています。
僕は世界一になります──プログラミングが変えた、少年たちの志と未来
――特に印象に残っている、子どもの成長エピソードはありますか?
永井:すべての子どもたちが素晴らしい成長を見せてくれていますが、中でも強く印象に残っている子がいます。当時その子は中学生で、初めて体験授業に来たときは、興味がなさそうな様子でした。休日も外出せず、家で動画をぼんやり眺めて過ごすような子で、お母さんが「このままでは良くない」と、半ば強引に連れてきたそうです。本人も渋々という感じで、あまり乗り気ではありませんでした。
でも、じっくり話を聞いていくうちに、マニアックなインディーズゲームが好きだということがわかりました。一緒にそのゲームについて調べたり話したりしていたら、60分の体験授業のうち、40分近くがその話で終わってしまったんです(笑)。でも、それがきっかけで、本人が少しずつ心を開いてくれて、残りの20分で簡単なプログラミングにも挑戦してくれました。
授業の終わりに、初めてその子が自発的に「ここに通いたい」と言ってくれたんです。3カ月後には、お母さんの付き添いなしに一人で電車に乗って教室に通えるようになりました。それだけでなく、次第に自分の「作りたいもの」へのビジョンも芽生えてきました。彼はデザインセンスにとても優れていて、自分のゲームを形にし始めたんです。
最初は「とりあえず半年通ってみようか」と言っていたのが、気づけばもう3年近く。今では高校でテクノロジーの勉強をしています。彼の人生が大きく変わる瞬間に立ち会えたことを、本当にうれしく思っています。

毛利:私が一番ハッとさせられたエピソードは、小学校の頃から通ってくれていた男の子の話です。彼はずっとロボットを作るコースに通っていて、ロボコン出場を目標にがんばっていました。3年生、4年生では予選で敗退しましたが、5年生のときに彼らのチームは全国大会で優勝し、日本代表として世界大会に出場することになりました。僕も引率として同行したんです。世界中から集まった強豪の中で、彼らは約2,000チームのうち、見事7位に入賞しました。
そして現地で開かれた祝勝会で、普段は寡黙であまり多くを語らない彼が、マイクを持って「僕は次、世界1位になります」と宣言したんですよ。正直、小学5年生の子からそんな発言が出てくるとは思っていませんでした。私自身、「自分は何かの領域で、世界一を本気で目指したことがあるだろうか」と考えさせられましたね。
その後、彼は孫正義育英財団の奨学生にも選ばれ、今はアメリカに留学中です。海外にいる同世代の仲間たちとチームを組み、起業にもチャレンジしています。小学生のときに勇気を出して教室の門を叩き、何度も挑戦と失敗を経験して、最後には世界の舞台に立った。その経験が、彼に「世界を目指す視点」をもたらしたのだと思います。私たちはこの教室で、そうした原体験を一人ひとりにどう作ってあげられるかを、日々考えています。
プログラミングは、“自分らしさ”に出会うための入り口になる
――これからの時代、子どもたちがプログラミングを学ぶ意義は、どのような点にあるとお考えですか?
毛利:テクノロジーが私たちの生活や社会に与える影響は、加速度的に大きくなっています。そんな時代においてプログラミングを学ぶ意義は、「テクノロジーを使って何かを実現する」という主体的な体験を通じて、テクノロジーを「幸せのための道具」として捉えられるようになることにあると感じています。
つまり、スマホやゲームをただ受動的に使うのではなく、自分の思いを形にできる選択肢としてテクノロジーがある。その入り口として、プログラミングはとてもわかりやすく、手触りを持って学べる手段です。プログラミングはテクノロジーを自分にとって、あるいは社会にとって意義あるものに変えるための入り口になる。そんなふうに子どもたちに感じてほしいです。
永井:私たちは未就学児から小学校低学年くらいの子どもたちを多く見ていますが、その時期は、ちょうど初めて集団に入り、他者と関わりながら価値観を形成していく重要なタイミングです。そういった中で、「自分はこれが得意なんだ」とか「これが好きだ」といった自己理解のきっかけとして、プログラミングが果たす役割は大きいです。
たとえば、「10行のコードで何か作品を作ってみよう」と言うと、10人いれば10通りの作品が生まれます。そして、「どうしてそれを作ったの?」「このアイデアいいね」と声をかけてあげると、子どもたちは自分らしさに気づき、自信を持てるようになる。そのプロセスが何より大事ですし、プログラミングは自分を見つめる手助けをしてくれるツールだと思っています。

――お二人は教育の現場で、今後どんなことに取り組みたいですか?
毛利:まずは、より多くの子どもたちに学びを届けていくことが大前提です。その上で、ここでしか得られない教育体験を提供していきたい。ただの習い事ではなく、学校や家庭とは違う価値を持った「第3の場所」でありたいと考えています。
日々の授業では、子どもたちがものづくりの楽しさや奥深さ、そして最新のテクノロジーに触れられるように工夫を凝らしています。大きな会場で成果を発表する機会も設けています。また、今後はこうした教育観やノウハウを、保護者の方々や公教育の現場にも共有していきたいです。
永井:今、教育業界では「個別最適化」が当たり前になりつつあります。「LITALICOワンダー」では、そのアプローチをさらに深めていきたいです。たとえば、その子の好きなものや、会話のテンポ、目線の合わせ方といった細かな部分には、たくさんの情報が詰まっています。そうした要素に丁寧に向き合い、人と人との関係性の中で生まれる学びや気づきを大切にしたい。一人ひとりの成長を丁寧に支えていくという姿勢を、これからも大切にして、多くの人に届けていきます。
――より多くの子どもたちが、プログラミングに親しんでくれるといいですね。今回はありがとうございました。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子