入社3年目にして、新たに株式会社ログラスのCTOとなった伊藤博志さん。創業期よりエンジニア組織を率いてきた坂本龍太さんから、その役割を引き継ぎました。
入社直後から「エンジニアそれぞれの自律性が高く、素晴らしいカルチャーがある」と評していた伊藤さんですが、自律性が高いからこそ苦労した部分もあったそうです。新たなCTOとして、引き継ぎのプロセスや、苦労した点、これからの展望などを伺いました。
創業者の2人が「ぶっ飛んでいる」ことが最大の魅力だった
――CTO候補としてログラスに入社したとのことですが、伊藤さんの目線から入社までの経緯を教えていただけますか?
ログラスは、創業直後から存在は知っており、記事などもよく目にしていました。「面白そうなことをやっている」という認識がありましたね。前職で人事担当を探していたとき、強くオファーした知人がログラスに入社を決めたと聞いたことがあり、勢いがある会社だと、改めて感じたのを覚えています。
また、その知人経由で当時のCTOである坂本とPodcastの収録をしたので、その時の印象も強く残っています。その音源は公開されていないのですが(笑)、これが坂本との初コンタクトになりました。
前職の退職が決まった後、ログラスが次期CTOを探していると聞き、知人を通じて連絡を取りました。転職活動する中、他にも2社から内定が出ており、他社のほうが会社規模は大きく、年収などの条件もよかった。当時42歳という自分の年齢や2人の子どものことを考えると迷う気持ちもありましたが、あらゆるところでマッチしたのがログラスだったんです。
私は新卒のときにゴールドマン・サックスに入社し、エンジニアとして自社内のトレーディング管理会計アプリの開発をしていました。リーマンショック真っただ中の頃には、ゴールドマン・サックスでさえも瀬戸際の状況だった時期もありました。管理会計アプリでキャッシュ状況をモニタリングしていたことでギリギリ危機を乗り越えたという逸話もあり、管理会計の重要さを体感としてわかっていました。さらに、前職で経営にも携わっていたので、それらの課題を解決するログラスのプロダクトに、自分ごととしてコミットできる感覚がありました。
開発言語にKotlinを使っており、Javaで育った私としてはなじみがあった。さらに、外から見てもエンジニア組織としての成熟度が高そうに思えました。
ただ、最終的に一番の決め手となったのは、創業者のお二人が「ぶっ飛んでいる」こと。ぶっ飛んでいるというのは、「常識にとらわれない」ということでしょうか。難しいことも突破して、遠くへたどり着けそうな感覚です。代表の布川は、過去のプレゼンで「日本の時価総額を10%上げる」と言い切っており、その自信に対して好奇心を覚えました。坂本はログラス愛にあふれていて、布川と会社に対して強くコミットし、組織を強くしている。2人についていけば、きっと面白いことができるだろうと思えたんです。私自身は2人のようなタイプではないので、支える立場として相性がいいと思えました。
入社当時はまだシリーズAを終えたばかりで、いわば真っ白なキャンパス。先を作っていくのは自分次第だ、という気持ちが沸き起こりました。年齢的にも、人生で大きな賭けに出られるのはラストチャンスと考え、ログラスに決めました。
一時は前CTOとぶつかったこともあった
――入社してからCTOになるまで、どのようなプロセスで進めていきましたか。
CTO候補として入社し、丸2年かけてステップバイステップで進めてきました。入社時はプロダクト開発をしていました。当時の私の目標は、自分の開発チームを起点として中長期的に成長していける、と思えるインパクトを出すこと。同時に、現場のチームがより成果に向き合えるよう取り組んでいました。
数か月後にはEMになり、他のEMたちと切磋琢磨しながら仕事を進めていきました。そして、入社から半年ほど経ったころにVPoEに就任しました。
実は、VPoEになるまでの期間で、坂本とぶつかったことがありました。私はCTO候補として入社しているので、下から突き上げるような形で業務を進めていましたが、本当は坂本に引き上げてほしかった。「そういう振る舞いをしてほしい」と告げたことがあり、それがお互いの心に多少なりのしこりを残していました。
解消されたのは、社内で坂本と一緒に実施したシステムコーチングでした。坂本も私も過去にぶつかったことを気にしていたため、言い合った内容を振り返るとともに、CTOの交代について前向きに道筋を立てることができました。
とはいえ、VPoEとして今の組織を拡張しながら、現場のプロダクトにコミットしてプラットフォームを成長させるのは簡単ではありません。目の前にやるべきことが山ほどある中で、CTO就任を見据えて向こう1年以上先の成長にもコミットする。さらに、当時担っていたVPoEとプラットフォームの仕事を、それぞれ別の人に引き継ぐ必要もあり、3つの権限移譲が同時発生している状況でした。
特に高いハードルを感じていたのは、CTOとして坂本の想いを引き継ぐ難しさです。坂本のカルチャー体現力は尋常ではないレベルなので、全力で引き継がなくてはならない、とやっきになっていました。ただ、坂本とのシステムコーチングを通じて、私は自分しかできないバリューをアドオンしていくべき、と認識できた。ゴールドマン・サックスという巨大なグローバル組織で働いた経験は、今のログラスにとってはずっと先の世界の経験になります。坂本から見ると未知の領域なので、その世界観を今の組織に植え付けるのは私しかできない。坂本のカルチャーを引き継いで拡張していくのはもちろんですが、私ができることをアドオンしていけばいい、と吹っ切れました。
前CTOが作り上げた自律的な組織をどうマネジメントするか
――CTOを引き継ぐにあたり、どのような点に苦労しましたか。
坂本が創業時から大事に育ててきた開発組織は、自律分散型の素晴らしい文化を持っています。それぞれが高い自律性をもって開発にコミットするため、はたから見ると理想的です。ただ、マネジメントする立場としては難しいと感じました。
中央集権型の組織のように、トップダウンで「これをやるぞ」と言うだけでは動きません。とはいえ、みんながボトムアップでやっていけるように外堀を埋めていくアプローチでは時間がかかります。マネージャーが自己効力感を持ちにくく、難易度が高い。目の前の業務を進めながら、坂本さんのCTOより俯瞰したレイヤーの領域を引き継ぐレベルには、なかなかたどり着けませんでした。
その中で取り組んだのは、Tech Valueの策定です。トップダウンではなく、今の開発組織の良さをあぶり出すようにして進めていき、最終的には「Update Normal」という言葉にたどり着いた。既にいるメンバーみんなが共感し、新しく入る人たちにも共通の価値観としてインストールされる概念です。あぶり出すまでに時間をかけて、プロセスを開示していったことで、自律性が強化されたと感じています。
実例を出すと、ログラスでは最近、アジャイルのフレームワークをスクラムからFASTに変更しました。こういった大きな変化をもたらすときでも、「Update Normal」は大きな土台となっています。なかなか説明しにくいのですが、現場主導で上がってきたものを、その土台の元で促進させていくイメージです。現場のエンジニアがいくつかの開発手法を学ぶために勉強会を開き、そのうえで現場が主体となってFASTを第一候補として定める。その後、私が「Update Normalなんだし、FASTで行こう!」と最後のひと押しをする。実は、マネジメント側で具体的に動くのは、最後のひと押しくらいだったりします。
その他にCTOとして今も難しいと感じているのは、経営視点でビジネスにコミットしていくこと。技術的な視点で自分なりの考えをもって経営レイヤーに入り込まなくてはなりませんが、まだまだ弱いと感じています。解くべきイシューがある前提であれば、開発組織を導く自信はあります。でも、まだ見ぬおぼろげなイシューに対して技術が寄与する方向を見極めるのは難しい。不確実性と闘いながら、米国のSaaSの成長過程などの知見を持ち、根拠のある自分の意見を持たなくてはなりません。経営的イシューを見つけ、ビジネスとテクノロジーが接続する部分に自分なりの観点を入れてく力は、私自身にもっと必要だと感じています。
日本にいながらグローバルにインパクトを与えられる組織に
――CTOに就任された率直なお気持ちと、これからの展望について教えて下さい。
CTOを引き継いだ後も、坂本の存在の偉大さはひしひしと感じており、両肩に大きくのしかかっています。しっかりと全うしなくてはならないという重責を感じてはいます。
ただ、率直にはワクワク感のほうが大きい。私は、ゴールドマン・サックスを辞めた後にスタートアップの世界に入りました。その時に思い描いていたのは、エンジニアにとって最高の組織を作ること。ログラスはグローバルで通用する開発を進めており、大きなレバレッジの利く分野に対して技術的にコミットし、さらにみんなが生き生きと働いている。日本にいるエンジニアたちが、グローバルに強いインパクトを与える可能性を持っています。
初めてスタートアップに足を踏み入れたときに思い描いていた未来が、ログラスであれば実現できる。その実感にワクワクしているんです。ようやくその道筋のスタートラインに立てたので、全力で進んでいきたいと考えています。
現在、ログラスのマーケットは日本ですが、今後はグローバルにも展開していきます。その皮切りとして、まずは内部の開発組織をグローバルに拡張します。具体的には、インドの開発拠点を立ち上げようとしており、その前提で採用活動も進めています。開発組織としての下準備を進め、日本のマーケットも拡張しつつ、マーケットをグローバルに広げる予定です。
ログラスの開発組織は私の理想に近いと思っていますが、まだ足りていないのは多様性。現在は同質性が高く、最終的な理想形ではありません。
これからグローバルな開発拠点を展開していく中で、専門性に特化したチームが生まれたり、開発手法がチームによって違ったりと組織内に多様性が現れてくると思います。そのような状態で最大の力を発揮できる組織へと、どうやって発展していくのか。そこまで進む道を切り開いていくのは、大きなチャレンジです。
目指す方向に進むうえでの自分の役割は、やはりグローバル組織の拡張です。今とは違う国籍やカルチャー、言語の世界に踏み出していくので、大きなジャンプが必要。例えば、ログラスでは英語を話す人がほとんどいないのですが、「Update Normal」を掲げるうえでよいジャンプだと考えています。さらに、海外の開発拠点で現地の人たち採用して作り上げていく組織も、「Update Normal」を土台に、私なりのやり方で文化を作っていきます。
執筆:栃尾江美