「ムダに動いて、面白い事を見つけて、自分で手を動かして、咀嚼して、他人を巻き込んで、新しい物を楽しんで作る」を信条に日夜模索中。
これは、株式会社Bloom&Co.*のCTOである増井雄一郎さんの個人サイトに記載されているフレーズです。この言葉が示すように、増井さんはこれまで多種多様な領域へと積極的に挑戦し、多くの人々とコラボレーションしながら、さまざまなサービスを作り上げてきました。また、クラブDJやYouTuberとしても活動するなど、エンジニアの垣根を超えた取り組みを行っています。
今回は増井さんに、こうしたチャレンジを続ける理由や、その経験から学んだことについてインタビュー。その生き方には、エンジニアがより豊かなキャリアを築くためのヒントが詰まっていました。
*…株式会社Bloom&Co.は、一部上場企業からスタートアップ企業まで、顧客インサイト起点のマーケティング戦略策定と実行で「顧客への価値創造と価値伝達による売上と投資対効果を上げるマーケティング」を支援する企業です。また、同時に自社事業も複数もち、世の中に新たな価値創造するサービスを運営。
※取材はリモートにて実施しました。
積極的に情報発信をして、多くの人を巻き込む
──「ムダに動いて、面白い事を見つけて、自分で手を動かして、咀嚼して、他人を巻き込んで、新しい物を楽しんで作る」というフレーズは非常に納得感のある言葉です。まずはこのフレーズを発案した経緯についてお話しください。
このフレーズを自分の個人サイトに掲載したのは、前職の株式会社トレタ*を卒業する前後くらいの時期ですね。自分のキャリアを一度総括しようと思っていた当時の私は、「この後の人生で何を実現したいのか」「自分は他の人々と比べてどのような特性があるか」などをまとめていました。
*…増井氏は2013年より飲食店予約台帳サービスを開発・運営する株式会社トレタの創業に携わり、CTOを務めた。その後、2018年10月に独立して広くサービス開発に携わり、2019年7月に現職であるマーケティング支援の株式会社Bloom&Co.に入社。
客観的な意見を聞いたほうがいいだろうと思い、これまで一緒に働いた人や技術コミュニティで交流した人、他社のCTOなどさまざまな方にヒアリングしました。「もしも私と一緒に働くならば私に何を望むか」「私は何を得意とするタイプか」「過去のプロジェクトで私はどういった働きをしていたか」などを質問したんです。
彼らの意見をまとめていくと、いくつかの特徴がわかってきました。いろいろな領域に関心を持つとか、常に面白いことを探しているとか、自分で率先して手を動かすとか、よく他の人とコラボレーションしているとか。それらを文章としてまとめた結果、「ムダに動いて、面白い事を見つけて〜」というフレーズになりました。
リモートでインタビューを受ける増井さん。
──フレーズを考えた後、自分の心の中だけに留めるのではなく、Webサイト上に公開したのはなぜでしょうか?
自分の生き方のスタンスや得意分野を明文化して見える場所に置いておくことで、その情報をもとに自分を見つめ直したり、行動を振り返ったりできるのが大きいです。自分にとっては、今回のようにインタビューを受けて、その記事がWeb上に掲載されるのと近い意味合いがあるんですよ。
定期的にそうした文章を読み返すと、当時の自分が何を考え、何を課題に感じていたのかがわかります。すると、自分の中で普遍的に大切にしていることや、その逆に考え方が変化した部分などが見えてくるので、自分をより深く理解できます。だからこそ、「ムダに動いて、面白い事を見つけて〜」というフレーズもWeb上に掲載して、自分のキャリアの指針としていつでも参照できるようにしました。
それから、誰かの目につく場所に情報を置くことで、フレーズを読んだ人が自分の活動に興味を持って声をかけてくれて、新しい取り組みが始まるケースもあります。
つながりを起点として、新しいキャリアの道筋ができる
──確かに、私(インタビュアー)が増井さんにインタビューの依頼をしたのも、個人サイトを拝見したのがきっかけでした。
そうですよね。私は個人サイトやSNSなどに、自分のキャリアの考え方以外にも、興味関心を持っている分野や手がけているプロジェクトなどを積極的に載せています。その情報を発端に、誰かが声をかけてくれることがこれまで数多くありました。
私はひとりで黙々と何かを作るよりも、他人を巻き込んでプロジェクトを進めるほうが好きなので、可能な限り情報を外部に発信して誰かとつながることを大切にしています。前職のトレタで働いていたのも、Twitterでの共通の友人を介した中村(仁)さんとの出会いがきっかけです。実は現職のBloom&Co.でのキャリアも、知り合いが声をかけてくれたことが起点になっています。
──Bloom&Co.で働き始めた経緯についても教えてください。
トレタ卒業後、私は「これまで携わっていたビジョン・ドリブンの会社とは異なる性質の会社でキャリアを積んでみたい」という思いを抱いていました。多くのスタートアップ企業は、創業者が世の中を良くするための強いビジョンを持ち、その信念に基づいてプロダクトを生み出して事業運営を行います。
トレタはまさに、そういった性質の会社でした。創業者の中村は飲食業界で長年働いており、業界をより良くしたいという強いビジョンを持っていました。そして、生み出したいプロダクトのイメージが明確でした。いわゆるプロダクトアウト*といわれる形ですね。私はエンジニアとして、彼のビジョンを実現する役割を担っていました。
*…企業の理念やビジョンに基づいてプロダクト開発を行い、提供・販売する考え方。
サービス開発の手法には、他にマーケットイン*という考え方もあります。自分自身がプロダクトアウトの世界で長くものづくりをしてきたからこそ、今後のキャリアではマーケットインのやり方も身につけて幅を広げたいと思うようになりました。
*…顧客の声やニーズ、視点を重視してプロダクト開発を行い、提供・販売する考え方。
どのような会社ならばそういった目標を実現できるのかを、さまざまな人に相談したところ「顧客やユーザーの潜在ニーズをもとにマーケティング支援をしている会社がいいのではないか」とアドバイスを受けました。そんな折に、知り合いが「Bloom&Co.という会社が増井さんのやりたいことに合っていそうだから、紹介するよ」と言ってくれて。それをきっかけに、Bloom&Co.で働くようになりました。
Bloom&Co.のオフィス写真。コーポレートサイトより画像を引用。
プロダクトアウトとマーケットインの両方を経験した自分だからこそ、できることがある
──プロダクトアウト傾向のトレタとマーケットイン傾向のBloom&Co.とでは、求められる働き方やマインドに違いはありますか?
けっこう違いますね。Bloom&Co.においてベストな組織運営の形が何なのか、CTOとして今も試行錯誤しています。
──例えばどのような点が異なっているのでしょうか?
プロダクトアウトの考え方で動く企業では、明確なビジョンを持って意思決定をする人間が社内にいます。トレタではその役割を中村さんが担っており、彼の考えた指針に基づいてメンバーたちが仕事をしていました。
ビジョンがあることで、組織運営において合意形成が非常に楽になります。メンバーたちが何かの選択をする際、「私たちの会社は○○を目指しているから、プロダクトの機能もこうあるべきだ」とか「ビジョンを実現するには組織をこう変えたほうがいい」という共通認識を持ちやすいためです。
一方、マーケットインの考え方で動く企業の場合はそうではありません。もちろん会社としてのビジョンやそのサービスによって成し遂げたいことは明確ですが、常にその先にある顧客のことを念頭におき、市場や顧客のインサイトを掘り起こす各種の調査・分析結果をベースとした意思決定になるため、合意形成のフローそのものが全く異なります。この前提がある中で、組織をどのようにより良い方向へと動かしていくか、方法を探っている最中です。
Bloom&Co.での経験は、自分自身の考え方にも良い影響をもたらしていると感じます。市場環境や顧客のニーズが複雑化し変容していく中で、事業を成功させるには今まで以上に自分の思考に幅を持たせる必要があります。エンジニアが顧客インサイト起点のマーケター的な思考を持つことで、より俯瞰的な視点でものごとをとらえアウトプットを出せるはずです。
──今後、Bloom&Co.で増井さんはどのような価値を発揮していきたいですか?
私はプロダクトアウトとマーケットインの企業をどちらも経験していますから、両方の良い部分を理解しつつ、考え方の橋渡しができるような存在になりたいですね。そのために、Bloom&Co.で実施している自社事業のサービス開発のみならず、あらゆるカテゴリのクライアントの皆様のマーケティング支援をするプロジェクトに私も積極的に参加して、業務の理解を深めています。
また、エンジニアにしかない視点をマーケティングに活かすことで価値創造につながるという実感もありますから、「何かを作り出すだけではないエンジニア職の可能性」もBloom&Co.で広げていければいいですね。
偶然がきっかけでスタートしたクラブDJの活動
──ここからはエンジニア業務以外のチャレンジについても聞かせてください。増井さんはクラブDJの活動をされていることでも有名です。
DJとしてステージに立つ増井さん。
DJを始めたのは偶然がきっかけでした。もともと、やってみようという気持ちは全くなかったんですよ。あれは3年くらい前かな。突然、カスタマーサポートの情報交換をする「CS HACK」というコミュニティの方から「コミュニティの仲間で集まってバーベキューを開催するので、DJをやっていただけませんか?」というオファーをいただきました。
──増井さんはDJをやったことがなかったのに、ですか……?
事のいきさつをお話しすると、まず「CS HACK」のメンバーの中にトレタ時代の同僚がいました。私はクラブで遊ぶのが趣味なのでSNSにクラブの写真をよくアップしていたんですが、それを見た同僚が、私がDJをやっていると勘違いしたらしくて。「CS HACK」のメンバーに「増井さんはDJができますから、声をかけてみてください」と言ったそうです。
でも、一度もやったことなんてないわけですよ(笑)。だから「いや、私、DJはできないですよ」と返答しました。その時点で、バーベキューの開催が1か月後と知りました。
そこで「あくまでアマチュアとして出演するイベントだから、1か月あればなんとかなるんじゃないか」と考えました。音楽関係の知り合いにも相談してみると「1か月全力でやれば、ある程度のレベルにはなれるんじゃない?」と言われて、なんとかなるかなと。そこで「DJ、やります」と返事をしました。
そこからは毎日勉強ですよ。DJをやるのに何が必要かを調べて、音楽をやっている友人に基礎知識を教えてもらって、YouTubeなどのレッスン動画をみっちり見て。その結果、無事にバーベキューのイベントでDJとして音楽をかけることができました。
──その体験をしてから、DJとして活動するようになったのですか?
そうですね。もともとクラブには20代の頃からよく行っていたので、自分でDJとして曲を流すのも面白かったです。最初は小規模なイベントに出演するくらいでしたが、徐々に「きちんとしたクラブでDJをしてみたい」と思うようになりました。
その目標をSNSに投稿したら、知り合いが「どこかのイベントに呼んでもらうよりも、増井さんなら自分で主催したほうが早いんじゃない?」と書いてくれて。その言葉をきっかけに、自分でイベントを主催するようになりました。
──ここでも、増井さんの他者を巻き込む力がフルに発揮されるわけですね。
そうそう。ちなみに、すごく思い出深い出来事があります。DJとして初めてステージに立ってから8か月後くらいに、なんと「MONDO GROSSO」という有名なアーティストの前座として呼んでもらえました。もともと「MONDO GROSSO」は大好きでステージを観に行っていたので、感慨深かったですね。
ハードウェア設計やYouTubeに取り組む理由
──DJ以外の活動もいくつか教えてください。
ここ2年くらい取り組んでいるのは、ハードウェアの設計・開発です。例えば、(PCのカメラにキーボードを映しながら)これ見えますか? 私が設計やはんだ付けなどをした、自作キーボードです。基板から何から全て、自分の手のサイズに合わせて作りました。
増井さんの自作キーボード。
ハードウェアの領域はソフトウェアの制作とは勝手が違うので、勉強しつつやっています。キーボード以外にも開発しているものがいくつかあって、自分で作るだけではなく作業の一部を中国の業者に発注するなどしつつ、コツコツ取り組んでいます。
──なぜハードウェア領域に興味を持ったのでしょうか?
スマホやWebなどの領域に、若干飽きてきたのが理由のひとつです。スマホはiPhoneが日本で最初に発売される前から触れていますし、Webも1995年くらいから携わっている。エンジニアとして一通りのことをやってきたので、そろそろ別のことに手を出したい気持ちがあります。
また別の理由として、私は『アテンション!』という本が好きで、そこから影響を受けているのもあります。この書籍では、経済活動やマーケティングにおいてアテンション(人々の関心)を集めることの重要性が語られています。
かつて企業やサービス運営者は、Webで何かのメッセージを送ったり、スマホに通知をしたりという手段で人々のアテンションを獲得してきました。ですが、現代ではそれらの情報があまりに増えすぎており、人々はだんだんと通知やメッセージを鬱陶しいと思うようになってきています。私自身も最近は、スマホの通知をオフにしているんですよ。アテンションを集めるための行動が飽和した結果、かえって人々が興味を失ってしまうという例です。
この状況を改善するために、より生活に自然に溶け込むようなハードウェアなどを用いて、人々のアテンションを獲得するような手法が今後は主流になるはずです。だからこそ、今のうちにハードウェアの領域に手を出しておきたいと考えました。
それに、ここ数年でハードウェアを作る敷居はすごく下がっているんですよ。参考になる情報も世の中にたくさんありますし、金銭的にも安価で作れるようになりました。ハードウェア設計を始めやすい条件が揃っています。
──それ以外にも、増井さんはYouTuberとしての活動もされていますね。
YouTubeは自分自身のインプットを増やすための取り組みですね。例えば、誰かの話を聞きたいとしても、忙しい人に対して突然「あなたの話を1時間聞かせてください」とお願いするのは、時間を確保してもらうのも難しいですし、申し訳ないじゃないですか。
ですが、話した内容をYouTubeのコンテンツにするならば、その企業や人の広報活動にもつながりますし、視聴者の方々の役にも立つので有益です。自分も他の人も得をするインプット・アウトプットの手段として、YouTubeに動画を投稿するようになりました。
「目玉の数を増やすこと」を大切に
──何か次にチャレンジしたいと考えていることはありますか?
今のところは、新しい何かに手を出すつもりはありません。というのも、Bloom&Co.の仕事やハードウェア設計などは、一定以上の成果を出すまでにまだ数年はかかると思っているので、それに集中したい気持ちが強いからです。もし、将来的にある程度の結果を出せたら、その時にはまた別のことに挑戦するかもしれませんね。
──増井さんのように「ムダに動いて、面白い事を見つけて〜」というキャリアが向いているのは、どのようなタイプの人だと思いますか?
さまざまなことに挑戦することを、“不安に思わない人”だと思います。普通の人ならば、私のような生き方をかなり不安に感じるはずなんですよね。何が起きるのか先が見えないですし、自分の取り組んでいることが上手くいくかそうでないかもわからないですから。
──増井さんが、未知の領域へ挑戦することを不安に思わないのはなぜでしょうか?
ひとつは、元来の性格によるものがすごく大きいと思います。それから、私は「もしも持っているものを今日全て失ったとしても、明日からも普通に暮らしていける」という目標があるんですよ。
例えば、突然Bloom&Co.を辞め、家が火事になって銀行の通帳もクレジットカードもお金も全て燃えてしまったとします。その場合でも、私はプログラミングができるので、ノートパソコンを誰かから借りれば明日から仕事を探すこともできるし、お金をまた稼げるはずです。
もし最悪の事態になっても最低限の暮らしはできると考えているので、それが自分にとっての心理的なセーフティネットになっています。だからこそ、何かに挑戦しても不安にならないのかなと思いますね。
──納得感がありますね。インタビューの総括として、増井さんのようなキャリアを歩んでみたいと考えているエンジニアに対して、アドバイスをお願いします。
“目玉の数を増やすこと”を大切にしてほしいです。要するに、他者の意見やアイデアを積極的に取り入れるということ。これは「目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない」というオープンソースの思想が元ネタなんですが、自分だけでものごとを判断すると、視野が狭くなったり、誤った考え方をした場合に気づけなかったりします。
いろんな人と一緒にプロジェクトを進めたり、誰かの意見をもらったりすることによって、複数の視点を取り入れることができます。その結果、より良い選択ができるはずです。それに、今回のインタビューでお話ししたように新しいチャンスにもつながります。私の場合はそうやって、自分の人生でなるべく楽しいことがたくさん起きるように、キャリアを歩んできました。
取材・執筆:中薗昴