「コンフォートゾーンを抜け出し、新たな挑戦を続けること」は、エンジニアが成長するうえで欠かせない要素です。たとえば、難易度の高いアーキテクチャを構築する、組織のマネジメントに携わる、あるいは技術だけでなくビジネスの知識を深める。こうした経験を積み重ねることで、より視野が広がり、高いスキルを持つエンジニアへと成長できます。
株式会社カミナシのVPoEに就任した高橋史行(pospome)さんは、まさに「挑戦を続けることでキャリアを築いてきたエンジニア」です。これまで、株式会社ディー・エヌ・エー、株式会社メルペイ、合同会社DMM.comなどの企業で実績を残してきました。そして、次なるステージとして選んだのが、急成長中のスタートアップ・カミナシです。今回は高橋さんに、これまでの経験やキャリア形成の考え方について話を伺いました。
「みんな」を巻き込んで働くということ
――今回のインタビューでは、まず過去の経験の中で特に印象に残るエピソードについて、お話しください。
DMM.comでのチーム組成のエピソードからお話しします。
前職のDMM.comでの5年間は、私のキャリアにとって転換期であり、エンジニアリングに対する価値観が大きく変わりました。それ以前の私は、エンジニアとして設計・実装を担当したり、特定チームのテックリードを務めたりと、一つのチーム内で自分の努力だけで完結する仕事をしていました。
DMM.comでは、全社横断的なプラットフォームの開発・運用を担う部署に配属されました。その部署には約120名のエンジニアが所属しており、私に任されたのは、組織的な技術戦略の立案から実現までの役割でした。
この組織の中で初めて、これまでのやり方が通用しない環境に身を置くことになりました。120名規模の組織では、自分一人の力でプロジェクトを進めることはできません。複数のステークホルダーを巻き込み、協力を仰ぎながら進めることが不可欠でした。
当初は、どう進めればいいのか途方に暮れました。他の方々を巻き込むため、さまざまな部署の人と会話をしました。しかし、各部署にはそれぞれ固有のミッションがあり、その実現に向けたプロジェクトで忙しい。当たり前の話ではありますが、私の提案に賛同して協力してくれる組織は限られていました。
そこで、「自分でチームを作ろう」と一念発起し、人を集め始めました。ようやくチームとしての体制が整い、何かを実現できる状態になるまで入社してから1年かかりましたね。
この経験を通じて特に実感したのは、「採用は難しい」という、当たり前のことですが重要な点です。私のチームは立ち上げたばかりで、ネームバリューも実績もありませんでした。何も手を打たなければ自分のチームを見つけてもらえないので、採用候補者すら来ない状態でした。
――その状況をどのように改善しましたか?
人が集まる組織を作るには、ブランディングが重要です。私がDMM.comに所属していた5年間、社外へのアウトプットを欠かさず続けてきました。具体的には、ブログの執筆やイベント登壇を行ってきたんです。
そうすることで、「この人と一緒に働きたい」と思って入社してくれる方が現れるようになりました。特に、組織をリードする立場の人が率先してアウトプットすることは、その組織の「みんなで情報発信に取り組む」という文化を醸成するうえでも重要だと考えています。
組織の状況を踏まえて、共通基盤の運用方針を決める
――他の事例はありますか?
部署の全エンジニアが利用するコンテナプラットフォームの構築ですね。DMM.comで経験した中でも、最も難易度の高いプロジェクトでした。
私のいた部署ではマイクロサービスを採用しており、合計で数十種類のアプリケーションが存在していました。そして、各アプリケーションを担当するチームが、それぞれ独自にインフラやCI/CDを構築していたんです。
チーム単体で見れば問題がないようでも、複数のチームが同じような作業をしていたり、チームごとに実施内容にばらつきがあったりと、部署全体の開発・運用の効率は良くありませんでした。そこで、マイクロサービスを管理するためのKubernetesの共通基盤を用意し、すべてのチームがその環境でアプリケーションをデプロイできるようにしました。
プロジェクトを進めるにあたって、各チームのアプリケーションのデプロイやインフラ設定を、Kubernetesのプラットフォームチームが一元管理する方式にはしたくありませんでした。この方式では、各チームがデプロイや設定変更のたびにプラットフォームチームに連絡をしなければならず、作業効率が落ちてしまいます。また、プラットフォームチームが各アプリケーションの細かい要件や仕様をすべて把握するのも現実的ではありません。
そこで、このプロジェクトでは各チームが自律的にKubernetesを活用できるよう、ノウハウの共有や共通基盤の設計をしました。
――読者の方が同様の取り組みをする場合、どのようなポイントを意識すると良いでしょうか?
「各チームが自律的に〜」という方針は、もともとそれらのチームがインフラを運用していたプラットフォーム開発本部だからこそ実現できた部分もあります。
もし、そういった経験のない組織で「明日からKubernetesで運用してください」といきなり導入を進めても、当然うまくいきません。そのため、組織の状況を把握した上で、無理のない形で最初のステップを踏むことが重要だと考えています。
たとえばこのケースですと、まずは1つのチームをターゲットにして、Kubernetesの勉強会を開き、理解を深めてもらう。その上で、最初はプラットフォームチームのレビューを受けながら進めるなど、段階的に進めるのが良いです。最適なアプローチは組織ごとに異なるため、そこをうまく設計するのがポイントになると思います。
カミナシで、自分の本当の力を試したい
――その後、なぜ転職しようと思ったのですか?
DMM.comで5年間働き、ある程度の成果を残せました。しかし一方で、メガベンチャーという整った環境の中で、下駄を履かせてもらっていると感じたんです。自分にとってDMM.comはやりがいのある環境であったものの、異なる環境で自分の力を試したいという気持ちが芽生えました。小さな組織を大きくしていく過程で、自分がどれだけの結果を出せるのか試したい。そう考えたのが転職の理由です。
――数ある選択肢の中から、カミナシを選んだ理由は?
自分の力を試したかったので、組織としての仕組みがまだ整っておらず、VPoEやCTOなど、組織を改善するポジションが空いている企業を転職先の候補としました。
私が入社する前のカミナシのエンジニア組織は、およそ20〜25名ほど。この規模感がちょうど良いと感じました。30名を超えるような開発組織になると、すでに一定の仕組みが整っており、私が入らなくても問題なく回るだろうと思ったからです。
もう一つ大きな理由は、カミナシのCTOである原トリさんの存在です。トリさんは以前、AWSで働いていましたが、その頃に私はDMM.comのコンテナプラットフォームの設計について相談したことがありました。その際、「この人は非常に優秀だ」と感じました。
VPoEとしてカミナシに入社すれば、CTOであるトリさんがどのように動いているのか学べる。エンジニアリングや組織について、中長期的な視点で一緒に考える機会を得られる。トリさんと働くことで、私自身も成長しつつ、より良い組織を作れるのではないかと考えました。
――高橋さんの入社後のSNS投稿を拝見すると、「トリさんとの会話が非常に勉強になっている」「カミナシに来て、これまでの自分が恵まれていたことを実感した」といった内容が多かったです。入社して感じた気づきや学びについて、お聞かせください。
今までの自分は比較的 "技術にしか興味ない" というエンジニアで、それしかやってこなかった。それによって得られたものもあるんだけど、CTOのトリさんと会話して「プロダクト設計やビジネスにエンジニアが貢献できると、こんなにスゴイ組織やプロダクトを作れるのか」という思った。
— pospome@カミナシ (@pospome) 2025年1月20日
前職はメガベンチャーでそれなりに裁量を持たせてもらっていたんだけど、スタートアップのカミナシに来て、いかに自分が恵まれた環境でエンジニアリングしていたかが分かる(お金も人も時間もあった)。言い換えると誰でも結果出せるような環境だった気がしていて、自分を過大評価してしまっていた。
— pospome@カミナシ (@pospome) 2025年1月19日
まず、「下駄を履かせてもらっていた」というのは、まさにその通りでした。カミナシに入社したばかりの頃は、この会社の事業・組織・技術についての知見がなく、適切な判断や行動ができなかったんです。そうした意味では、DMM.comの環境のやりやすさが、私の成果に大きく寄与していたと実感しました。自分を過大評価していたとも思います。
ただ、エンジニアリングに関しては、これまで培った知識や経験が、入社間もない時期に役立つ場面もありました。この会社で、自分のスキルを活かせるという自信になりましたね。
――CTOであるトリさんとのコミュニケーションを通じて、新たな気づきはありましたか?
CTOという役職は、技術だけでなく経営者としての視点が求められるのだと強く感じました。かつての私にとって、トリさんは「AWSのコンテナスペシャリストであり、技術の人」でした。しかし入社後、一緒に会議に出たり日々のコミュニケーションを取ったりする中で、トリさんが経営的な視点で物事を考えていることがよくわかりました。
――経営的な視点の具体例はありますか?
トリさんはこれまで、ID・認証基盤の構築に取り組んできました。「カミナシID」というプロダクトとして提供されており、1つのアカウントであらゆるカミナシ製品にログインできます。
基本的に、スタートアップは資金が潤沢ではないため、売り上げにつながる開発が優先されます。売り上げを直接生まないIDや認証・認可といった基盤機能は、立ち上げからしばらくすると開発がストップし、十分に活用されなくなるケースも多いです。しかしカミナシでは、「1つのアカウントがあれば、つどログインせずに複数のプロダクトを利用できる」という強みを活かし、クロスセルを実現しようとしています。
さらに、「共用端末」という概念を導入し、カミナシのユーザーアカウントとは別に、共用端末専用のアカウント体系を構築しました。カミナシのプロダクトは、現場で作業をしている方々の業務をデジタル化するものです。多くの現場では、作業場に設置された端末を複数の人が共有して使用します。一般的なプロダクトと異なり、1人が1台の端末を持つわけではありません。
このユースケースに対応するID管理の仕組みとして、「共用端末」を導入しました。この仕組みは、カミナシの導入企業を増やす上で、強力な武器になり得ます。システムへの投資をビジネスの成長につなげるという意味で、まさにCTOらしい仕事だと感じました。
立場が人を作る。だからこそ新しい環境で挑戦する意義がある
――これまでのキャリアを踏まえて、高橋さんの思う「エンジニアが大切にすべきこと」を教えてください。
自分自身を進化させ続けることですね。ずっと同じ環境にいて同じ仕事をしていると、得られるものが限定され、成長が鈍化する可能性があります。どこかのタイミングで、未経験の技術に取り組んだり、新たな業務を担当したりして、自分になかった要素を取り入れていく。そうすることで能力が向上し、最終的にはキャリア形成にもつながります。
そして、挑戦する上で大事なのは、常にロジカルに物事を考えることです。これはエンジニアリングに限らず重要なスキルですが、何かを考えたり決断したりするときに、「どのような選択肢があり、それぞれの利点・欠点は何か」「どのような観点・理由でその選択をするのか」といった点を整理することが重要です。この解像度が高ければ高いほど、より良い決断ができるはずなので、意識すべきポイントだと思います。
――そうしたスキルを磨くには、どのような経験を積むと良いでしょうか?
おすすめは、今の自分のレベルよりも一段上の抽象度の高い課題を扱うことです。単にググれば解決できるような問題ではなく、答えがすぐに見つからない課題に取り組むことで、ロジカルに考える力を鍛えられます。最初はうまくできないかもしれませんが、試行回数を重ねるほど、少しずつ対応できるようになるはずです。そうした環境に積極的に身を置くことが、成長につながると思います。
私は、転職の理由として「メガベンチャーで下駄を履かせてもらっていたので、自分の力を試したい」と言いましたが、まさに今、その環境に身を置いています。難易度や抽象度の高い課題に直面し、悩むこともありますが、その分、入社して良かったと感じています。挑戦のしがいがありますし、これまでの経験の答え合わせができる環境です。
――キャリア形成やエンジニアとしての成長について、読者へのメッセージをお願いします。
私からのアドバイスは、「最終的にどうなりたいのか」という目標を設定した上で、それを目指すために「どのような時間軸で何をすべきか」を考え、行動することです。そして、自分の中で考えるだけでなく、先人たちに話を聞いてみることも大切です。
私は「立場が人を作る」という言葉が好きです。キャリアを積んでいく過程で、自分の立場は変化します。その環境の中で、さまざまな課題を乗り越えながら、人は成長していくものです。だからこそ、ご自身のキャリアの中で、積極的に新しい一歩を踏み出してください。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子