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どうすればエンジニアが効果的に情報発信できますか。LINEヤフーのDevRelに聞く「成果を最大化する」アウトプット術

エンジニアや開発組織は積極的に情報発信をするほうがいい――。

そうした言説がよく語られているように、“情報発信”には数多くの利点があります。自分たちの解決した事業課題や書いたソースコード、プロジェクトのなかで得た学びなどをアウトプットすると、その情報を受け取った人たちの業務改善に役立ちます。複数のエンジニアが知見を共有することで、コミュニティ全体のスキルの底上げになります。ひいては、その情報発信がエンジニアのセルフブランディングや企業の技術ブランディング・エンジニア採用の成功につながるのです。

では、どうすれば効果的な情報発信を実現できるのでしょうか。その知見について、LINEヤフー株式会社でDeveloper Relationsの業務に携わる佐藤 祥子さんにインタビュー。佐藤さんがDeveloper Relationsの仕事を始めた経緯や情報発信のノウハウなどについて伺いました。

人には得意不得意がある。得意な人が得意なことをやればいい

――まずは自己紹介をお願いします。

LINEヤフー株式会社の技術支援本部 Developer Relations部 CommunityチームでAdvocateを務めています。また、LINEヤフーの業務とは別にGoogle Developer Group(GDG)TokyoとWomen Techmakers(WTM)Tokyoのオーガナイザーも担っています。2019年9月から、LINE(現 LINEヤフー)のDeveloper Successチームでエンジニア組織のテックブランディング・トレーニングや技術カンファレンスの運営を担当してきました。

2018年頃から、GDG TokyoとWTM Tokyoのオーガナイザーとして技術カンファレンスやMeetupの開催をしてきました。そして、さまざまな技術コミュニティにも運営として参画しています。また、個人でiOS/Androidアプリ開発に挑戦しています。

――どのような経緯で、Developer Relationsの仕事を始めたのですか?

私のキャリアには、技術コミュニティが大きく影響しています。私はもともと、小さなベンチャー企業のフロントエンドエンジニアとして働いていました。当時の私は、世の中にどんなエンジニアのコミュニティがあるのかなんて全く知らなかったんです。あるとき、会社の先輩がPHPの勉強会に連れていってくれました。

その体験がすごく感動的で。それまで、私は会社にいるエンジニアの人たちしか知らなかったんですが、外に出ると本当にいろいろなエンジニアがいることを知りました。優秀な人も多くて、そうした方々が発表されている姿を目の当たりにして「私もいつか登壇できるようになりたい」と夢見たのを覚えています。

その後、ある程度の年月が経ってからGDG Tokyoに参加するようになりました。GDG Tokyoでは、コミュニティのブランディングやイベント運営、マーケティングなど、Developer Relations(DevRel)で必要とされる多くのスキルを学ぶ機会を得ました。リブランディングを行う必要があるタイミングだったため、かなり厳しい状況の中で運営に奮闘したことを覚えています。

しかし、その経験は私にとって大きな糧となりました。そして、自分が直接エンジニアリングを行うよりも、エンジニアをサポートしてエンパワーメントする場や機会を提供する役割に興味を持つようになりました。実際、エンジニアリングよりもその方が得意だったんです(笑)。そうして、私はキャリアチェンジを決意し、Developer Relationsの職に就くことを目指すようになりました。

そんなタイミングでLINEのメンバーに出会い、彼らに魅力を感じたので入社しました。特に、当時のLINEのDeveloper Relationsの考え方や施策がとても好きでした。LINEはミッションとして「エンジニアが誇りを持って働ける組織」を目指していたんです。

ここに強く共感しました。私は自分がそうであったように、エンジニアの人たちが外の世界に触れることで、キャリアが豊かになったり、技術力が上がったり、視野が広がったりといったサポートをしていきたいと思っています。

情報発信には数多くの利点がある

――「エンジニア(開発組織)は情報発信をすることが重要」とよく言われます。なぜ情報発信が重要なのだと思われますか?

いくつか理由があると思っています。まずは、知識の共有と学習の促進です。エンジニアは情報発信を通じて、自分たちの知識や経験を共有できます。これにより、他のエンジニアが新しい技術や方法論を学ぶ機会が増えて、業界全体の知識レベルが向上します。

それに、組織がプロジェクトや技術的な決定に関する情報を公開することで、顧客や利害関係者に対する透明性が高まります。これは、組織や製品への信頼を構築して、ブランドの評判を向上させることにつながるんです。情報発信は、特定の技術コミュニティや業界内での関係構築にも役立ちます。アクティブに情報を共有することで、同業者や他の専門家とのネットワークを拡大し、協力や共同作業の機会を生み出すことができます。

リクルーティングとブランディングにも効果があります。優れた技術的な記事や成果の発信は、組織の技術的な能力を示すことになるため、スキルの高いエンジニアを惹き付けるんです。これは優秀な人材の獲得と組織のブランディングに直結します。そして、情報を公開すると外部の方々から新しいアイデアやフィードバックがもたらされます。これによって製品やプロセスの改善、さらには新たなイノベーションのきっかけとなることもあります。

それから別の切り口でも話すと、以前ある方が「なぜエンジニアはアウトプットをしたほうがいいのか」について、印象的な登壇をされていたんですよ。発表のなかで、「自分たちがサービスを作るときに助けられている技術(OSS)を、自分たちがより良い形でアウトプットして、IT業界に技術を循環させていこう。みんなで業界の底上げをしていこう」という趣旨のことをおっしゃっていました。

OSSの世界では、コードや知識の共有・協力を通じて、コミュニティ主導で開発が進められていきます。技術のアウトプットも同様に、自分自身のためだけではなく世の中に還元するという考えを持つことがとても大切だという意味です。その方が語られていたこの思いに、とても共感しました。

私自身、技術コミュニティに助けられてきたからこそ、技術コミュニティに還元したいと思っています。それに、いろいろな情報や技術を世の中の人々から提供してもらっているから、エンジニアという仕事は成り立つものだと思います。だからこそ、「今度は自分が誰かに情報を与える側になろう」というマインドが、すごく大事です。

情報発信の秘訣1:開始・継続の難しさを乗り越える

――ここからは、情報発信を行うにあたってのノウハウを伺います。大前提として、情報発信を開始・継続することの難しさはどのような点にあると思われますか?

ここで言う“難しさ”には、複数の側面があると思っています。まず、リソースの制約や不足の問題です。エンジニアや開発組織が多忙であるなど、ブログの執筆やイベント登壇に時間を割くことがそもそも難しい場合があります。所属している企業によっては「アウトプットの活動は業務外の時間でやってほしい」と言われてしまうケースもあるはずです。

多忙な日々の中で、ブログの執筆やイベント登壇のための時間を確保することは容易ではありません。そのため、自分のスケジュールを調整して、情報発信に必要な時間を確保することが重要です。これには、業務時間内での活動を可能にするための、開発組織としての支援体制の構築なども含まれます。

また、高度で専門的な技術や知識を、一般の方々が理解しやすい形で表現するのは容易ではありません。エンジニアが技術的な洞察をわかりやすく伝えるスキルを持っていない場合、アウトプットするまでにかなりの時間がかかったり、情報発信の効果が限定的になったりしがちです。「間違った情報を発信すれば、誰かからマサカリを投げられるかもしれない」と思うと、怖くて余計にアウトプットがしづらくなります。

この課題を解決するには、エンジニアが技術的な洞察をわかりやすく伝えるためのスキルを身につけることが重要になります。複雑な技術的内容を明瞭かつ精確に伝達するには、自分自身とは異なる知識レベルのユーザーに合わせたコミュニケーション方法を習得することが必要です。これは、たとえば専門用語の使用是非を適切に調整して、ユーザーの理解レベルに合わせて情報を適応させる能力などを含みます。

とはいえ、一朝一夕にそのスキルを身につけることは難しいですし、間違った情報を公にするリスクを避けるためにも、執筆者以外の人による事前の確認と校正のプロセスは不可欠です。企業ブログの編集部や開発組織の同僚、外部の専門家によるレビューを受けることなどでコンテンツの品質を向上させられます。それから、企業が提供する公式ドキュメントなど、信頼できる情報源を利用することも大切です。こうしたプロセスを通じて正確で信頼性の高い情報を提供することで、外部の方々からの信頼を築き、情報発信の効果を最大化することができます。

それから、持続的にコンテンツの企画を考え、更新するにはかなりのエネルギーが必要です。アイデアが枯渇したり、途中でモチベーションが低下したりといったこともあります。 コンテンツの持続的な企画立案と更新のためには、創造性とモチベーションの維持が不可欠です。アイデアの枯渇やモチベーションの低下に対処するには、定期的なブレインストーミングや他者の意見を取り入れることなどが有効です。コンテンツカレンダーの作成やテーマごとの計画など、組織的なアプローチが役立つと思います。

さらに、情報発信の効果は短期的に出るものではなく長期にわたる努力が肝要です。短期間での顕著な成果が見えにくいため、モチベーションの維持が難しいことがあります。これはよく言われるのですが、テックブログを始めたとしても、その成果は2年後とか3年後に初めて現れるものです。だからこそ、最初はすぐに成果を出すことではなく、定期的に情報を出していくことを目標にすべきです。継続は力なりという言葉が示すように、定期的な情報発信を続けることが、目指す成果につながると思います。

情報発信の秘訣2:媒体は何を選ぶか

――アウトプットの手段はブログやPodcast、動画配信、イベント登壇などさまざまですが、どのような観点で選ぶとよいでしょうか?

シンプルに、自分が続けやすい好きなものを選べばいいと思いますよ。人前で話すのが好きな人は登壇を選べばいいですし、文章を書くのが好きな人はブログがいい。とにかく継続することが大事ですから、話すのが嫌いなのに無理にPodcastを始めても、絶対に続きません。

開発組織で実施する場合は、まずはブログが良いと思います。専門知識や詳細な技術的内容を深く掘り下げるのに適していますし、いつでもどこでもアクセスできるとか、内容を理解しやすいなどの利点があります。

――ブログを執筆する場合、ある程度の時間をかけて一定以上のボリュームの記事を書くのと、短めの文章を高頻度で書くのとではどちらが良いでしょうか?

企業が運営するブログと個人が運営するブログで、そこには違いがあると思います。企業ブログであまりライトな記事を書くと、会社のブランディングに悪影響が生じるケースがあるんです。「この会社はあまり技術力の高いエンジニアがいないのかな」という見方をされてしまいます。会社が外部に対してそのブログをどう見せたいかによって、方針を決めるといいです。

一方、個人ブログの場合は執筆を継続することを優先して、短編をたくさん出す方針でも構いません。短めの記事がある程度の数になってきた段階で、複数の記事の内容をまとめてひとつの記事にしたり、技術書典などで本にしたりしてもいいですから。あくまで個人ブログの場合は、自分の記録用として情報を出していくスタンスでいいと思います。

情報発信の秘訣3:どうやって企画を出すか

――「なかなか企画を思いつかない」という方もいますが、そうした場合にはどのような解決策を用いるべきでしょうか?

企業の技術ブログの場合を例に説明すると、新サービス・新機能のリリースや新しい技術的な取り組みをしたならば、それに関連する内容からネタを探していくのが基本です。あまり、企業の技術ブログで「○○を試してみた」といった一般的な技術の話をしても仕方がないと思うので。その企業らしさや独自性が伝わるような情報をネタにするのがいいと思います。

たまに、「ウチで扱っている技術は普通だから」とか「他社と比べて明確に優れている部分はない」という理由で、企画として打ち出すことをためらう方もいます。でも、発信しないことには自社の技術的な情報を誰にも知ってもらえません。

「普通の技術」だとしても構いませんし、飛び抜けてすごい技術を持っている必要はないんですよ。それに、自分たちは「普通の技術」だと思っていても、実は第三者が見ると「すごい技術」だということはよくあります。そういった魅力を発掘するためには、たとえば編集者のような立ち位置の人を企画出しのサポートに置くといいです。

情報発信の秘訣4:長く続けていくためには

――長く続けていくためのコツはあるでしょうか?

まずは定期的な発信スケジュールを設定して、それに従って作業を進めます。たとえば、「1か月に1本はブログを出そう」といった目標を決めて、それを数か月間続けてみましょう。達成が難しそうな大きな目標を立てるのではなくて、小さな目標を設定して小刻みに達成感を味わいながら、モチベーションを維持していくことをおすすめします。

あとは、コラボレーションの活用をすることです。他のメンバーや外部の人々とのコラボレーションを通じて新鮮な視点や刺激を得ることは、モチベーション維持につながります。

――目標設定のポイントはありますか?

よく、企業の技術ブログでは「1記事あたり○○PVを目指そう」といった目標を立てがちですが、最初のうちはやめたほうがいいと思っています。まだ認知がない状態でPVを追ってしまうと、伸び悩んだときに運営が辛くなってしまうので(笑)。もちろんPVやUUを見ることは大事です。シンプルに成果となる数値ですしね。

良い情報を発信し続けていれば、PVやUUなどの数値はおのずと上がると思っていますが、同じくらい良質な記事でも片方は数字が伸びて片方は伸びないといったこともあります。なのでまずは「定期的に出すこと」を目標に掲げてみましょう。そして、記事を継続的に出せる運営体制を会社内部で作ること。ひとつの記事で成果を出すというより、運営体制を整えることで定期的に記事を出し、ブログ全体で成果を上げるようなイメージです。

――アウトプットの活動に対する報酬設定はどう考えるべきでしょう?

個人的には、あまり過度な報酬は与えないほうがいいと思います。記事がバズったりイベント登壇をしたりしたら、表彰やプレゼントの贈与などをする会社もありますが……。私は情報発信は本来、自分のためでもあり世の中のためでもある活動なので「会社のために書いている」という意識ではなく「情報発信は個人のキャリアや世の中を良くすることにつながる」と思ってもらいたいからです。そういう意識を情報発信に携わる人たちに持ってもらうことのほうが、モチベーションの維持や継続的な発信につながる大切なマインドだと思っています。

情報発信の秘訣5:アウトプットした情報をより効果的に世の中に届ける

――アウトプットの成果を最大化するために重要なことはありますか?

たとえば、発信する内容の精度を上げていくとか、他社・他人がやっていないところに目をつけて外に出していくことが重要です。それによって注目度が高くなりますし、特定の技術に強い会社・人であると認知されて、ブランディング効果も高まります。

エンジニアにとって面白い内容であるか、ためになるか、クオリティはどうかといったことを意識して、かつ「外の人たちにどう見られたいか」なども鑑みつつ、ターゲットユーザーに合わせたアウトプットをすることが大事です。余談ですが、私は自分自身のブランディングを考えるときに、「これはストーリーとして面白いか?」ということをかなり意識しています。

それから、世の中の人に気づいてもらえるような“フック”になる仕掛けを作っておくことも重要です。たとえば特定言語のカンファレンスのスポンサーになったならば、そのカンファレンスが開催されるまでにその言語に関する記事を数本ほど書いておくんですよ。そして、イベント開催時にSNSでその記事をシェアするなど、世の中の動きや社内外の活動と情報発信が連動するような動き方をします。

この際に大切なのが、自社の活動の全体像を把握しておくことです。ブログ運営のことだけを考えていると「カンファレンスと連動させて〜」というアイデアが生まれません。活動を総合的に把握することで、適切なプランニングができます。

情報発信することで、個人のキャリアも好転していく

――佐藤さんが、今後のキャリアで実現したいことをお聞きしたいです。

私はコミュニティのおかげで自分のキャリアが変わったからこそ、コミュニティに還元していきたい。これからのキャリアも引き続きその活動をやっていきたいです。私は本質的に、困っている人を助けるとか、誰かのサポートをすることが好き。課題があればあるほど、やる気になる体質です。

今後、働く環境とかサポートする対象が変わることはあるかもしれませんが、働き方のスタンスは変わりません。社会や企業、組織、人のいろいろな課題と向き合いながら、自分の持っているスキルでどう改善できるか、ずっと挑戦していきたいです。

それから、私はとにかく新しいことが好きなので、同じことをやり続けるよりも、新しい何かを見つけて取り組みたい。その難易度が高ければ高いほど楽しめるタイプです。

――これからの挑戦が楽しみですね。最後に、情報発信に取り組もうとしている開発組織やエンジニアに向けてメッセージをお願いします。

情報発信をすることで、キャリアが良い方向に変わっていくのを私自身が体感しました。自分を変えたいとか、より素晴らしいキャリアを歩みたいならば、今すぐにでも発信を始めてほしいです。仮に失敗したとしても、失敗する経験を得たこと自体、ものすごく大事なんですよ。自分のなかでブレーキを掛けてしまわず、行動あるのみです。応援しています。

取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子